新エッセイの部屋

 第 11 回(H18.2) ・・・ サ ク ラ、 桜 

 3月の声もまだ聞かないうちに、桜の話をするのはちょっと気が早いでしょうか。

 でも、微かな季節の移ろいに気を配っていると、この頃には木々の枝先の変化が見えてくるのです。

 今まではじっと耐えていた寒さに対して、そろそろ動き始めようという桜の木の意志のようなものが感じられるのです。

 蕾は固く閉じたままなのだけれど、その中に薄桃色の花びらを宿している・・そんな気配が枝先に漂い始めたら私に    

とっての春は始まりです。

在原業平は

「世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし」

と詠みましたけれど、桜は人の心を駆り立てます。

冬の盛りに桜の開花を待ちこがれるのは、いつものことだけれど

いざその季節を迎えると慌てふためいているうちに、一陣の風と

共に散ってしまう・・・そんな花だからこそいつまでも心に残るのか

もしれないけれど、はかない生命なりにできるだけ長いこと添って

みたくなるものです。

  だから早春の樹全体が輝き始める頃から私は桜のもと

 に通い始めるのです。今年はどんな桜に出会えるかしら、

 そんな思いに心ときめかせて。

  「 さまざまの こと思い出す 桜かな 」

 俳人、松尾芭蕉はこの歌を詠んだときどんなことを思い出

 していたのでしょうか。

  風景が桜色に染まる季節が近づくと今年はどの色で桜

 を描きましょうか、と悩みます。手元にある色の図鑑をひ

 もといてみるとずばり「桜色」という見本とともに紹介されて

 います。でもその隣には撫子色、一斤染{いっこんぞめ}

 紅梅色、桃色といった色が私だって桜色と呼ばれたいと

 言っているかのように並んでいるのです。色名の感じではかなり異なると思える色が、いざ色として並べてみると案外

同じような色だったりして首をかしげてしまうのです。

 それで、私の創作方法ですが、ホルベインウォータカラーを使っています。108色という恵まれた色数の中からどの

色を選択するかとなると、ざっと見て桜色と呼べるのは、ブリリアントピンク、そしてシェルピンクといったところでしょうか。

どちらも美しい色味をしています。でも白を含んでいるので、水彩画紙の上に置いたときインパクトがいまいちなのです。

そこで単色では滅多に使うことのないスカレットレーキという鮮やかなピンクをほんの少し混色するのです。そうすると

好い按配に華やいだ色が出来上がって満開桜の出来上がりというわけになるのです。が、事はそう単純には運びませ

んで、ひとくちに桜と言っても日本の桜の種類は300種に及ぶということですから、桜色と断定すること自体、無理があ

るのでしょう。圧倒的に多いのは、染井吉野ですけれど、それとても咲き加減でずいぶん印象は異なるものです。咲き

始めの色は濃く、散り際の花の色は白に近いですから矢張りその心象風景を描くのが一番のようです。

 何はともあれ今年も桜色に風景が包まれる季節がもうすぐ巡ってきます。 

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