「仇ゆめ」 ペーソスはどこへ  2004・8・24

17日、歌舞伎座第一部と二部を見てきました。

主な配役
勘九郎
深雪太夫 福助
禿 児太郎
揚屋の亭主 染五郎
舞の師匠 扇雀

「仇ゆめ」のあらすじはこちらをご覧ください。

去年「錦秋特別舞踊公演」で見た時に、小品ながら「末摘花」を思い起こすようなユーモアとペーソスでホロリとさせてくれた「仇ゆめ」が二部で上演されましたが、あまりの変貌ぶりに唖然としました。

勘九郎自身のやっていることは前回とさして変わらないと思うのですが、まわりの役者の演技の違いがこの差になったのかと思います。

深雪太夫の福助は綺麗なのですが、禿の児太郎と本筋とは関係ないしぐさをやりすぎて、花魁らしい「あどめもなく、ぼんじゃりとした」ところが足りなかったです。

千両箱をえさに狸をつかまえボコボコニする染五郎の揚屋の亭主たちも、騎馬戦スタイルで引っ込んだり、まるで「砥辰」のような大騒ぎで、前回もこんなだったかしらと思いました。義太夫の清太夫も大はりきりでしたが、勘九郎の狸の面白さを引き立てるためには、むしろ回りは抑えた芝居をしたほうが良かったのではと思います。

なんといっても一番がっかりしたのは最後のところで、深雪太夫をうけだそうと命がけで千両箱をもってきた狸がついに息たえるところに、なんの愛おしさも感じられなかったことです。深雪太夫に情というものが感じられませんでした。この作品の魅力であるユーモアとペーソスは一体どこへ行ってしまったのでしょうか。

歌舞伎には笑える芝居が少ないので、愉快なものをやってくれるのは私も大歓迎です。しかしただ大笑いしていれば観客は満足するのでしょうか。今回の舞台、劇場中大笑いでしたが、私には面白いとはとうてい思えなかったです。

歌舞伎はなんで400年間生き残ってこられたのかといえば、なによりもそこに普遍的な人間的感情の機微があったからでしょう。楽しいのは結構ですが、それ以外の感情を軽んじるのは自分で自分の首をしめるようなもので、本当に悲しいことです。

最近「勘九郎は何をやっても面白いものをみせてくれる」という観客の期待は非常に大きく、この間はとうとう武部源蔵を演じていても笑いが起きるようになってしまいました。お岩さんが笑える芝居になってしまったのもこの流れかと思います。

中村勘三郎の初代は最初猿若勘三郎と名乗って「猿若」つまり滑稽な芝居を演じていたということで、来年勘三郎を襲名する勘九郎は名前にふさわしい芸風を確立しようとしているのではないかと思います。けれど勘九郎にはどちらかというとオーソドックスな芝居にたくさん出て、もっともっと人の心を揺さぶるような素晴らしい芝居を見せて欲しいと、私は心から願っています。

ところで今回気がついたことですが、同じ衣装を着ているの狸と踊りの師匠に、ひとつちがうところを見つけました。それは狸のつけている紋で、狸の肉球の図柄でした。

一部は「元禄忠臣蔵」の「お浜御殿」。、綱豊卿を染五郎、富森助右衛門を勘太郎、お喜世を七之助、江島を孝太郎で演じましたが、現代劇調のところはあったものの、ドラマの輪郭がはっきりと見えた好舞台でした。

染五郎の綱豊は次代将軍の貫録こそまだ足りないですが、セリフだけのこの芝居をたるむことなく最後まで持っていけたのは敢闘賞物。ただ最後師直と間違えて切りつけて来た助右衛門を押さえて張って言うせりふが、かすれがちで朗々とは聞こてきえませんでした。

勘太郎の助右衛門もちょっと力みすぎのところが惜しいなと思いましたが、助右衛門の実年齢34歳という若さが感じられて、好感が持てました。お家再興の願いだけは取り下げてもらおうと、意地を捨てて部屋にかけこんでくるところなどは、ぐっと胸に迫ってくるものがありました。新井白勘解由の橋之助は落ち着いた演技で重みがあります。

一部の後半は福助の「蜘蛛拍子舞」。上から大きな蜘蛛がするすると降りてきて、その大きさは舞台上で蜘蛛を扱う黒衣の姿が半ば隠れるほどでした。三人が紅葉の枝を交互に刀の上に振り下ろし刀鍛冶をあらわすところでは、紅葉の葉が火花のように見えて面白く思いました。勘九郎が最後に赤っ面の暫のような金時になって登場。「義弟だ、兄貴だ」と二度も繰り返される楽屋落ちはちょっぴりくどくかんじられました。

二部は三津五郎の「蘭平物狂」。三津五郎の蘭平はなかなか風格があって立派でした。刀を見て正気を失う「物狂」(ものぐるい)では軽妙な所作でその面白さを十二分に堪能させてくれましたが、立廻りになるとなぜか今ひとつ気がのらないように見えました。「ととはここにおるぞ」と息子の繁蔵を呼ぶところは、やはり先年演じた若い松緑よりもずっと様になっているなぁと思いました。

三津五郎が刀を取り落としてしまってハッとさせられた場面もあり、あたりまえのようにやっている殺陣も一歩間違えるとやはり危険。もともと筋があるような無いような話で、この坂東八重之助作の殺陣が見せ場ですが、大はしごを使った立廻りもこのごろ良く見るので今一つ新鮮味がなかったです。

一部二部見終わって、未完成ながら若い人たちが一生懸命がんばった「お浜御殿」が印象に残りました。

この日の大向こう

1部、2部とも3〜4人の大向こうさんがいらしてました。「蘭平物狂」には10人ほどの声が掛かり、私もツケ入りの見得で3回ほど掛けさせていただきました。

「仇ゆめ」では、狸が深雪太夫に抱かれて息絶える幕切れで女の方が「おみごと〜〜」と大きな声を掛けられましたが、お芝居の内容と関係があるような声ではありませんでした。おかけになるなら、どうかその場にマッチする声を掛けていただきたいなと思います。

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