「一條大蔵譚」 極め付の大蔵卿 2008.1.9 W208

9日に歌舞伎座昼の部を、12日に夜の部を見てきました。

主な配役
一條大蔵卿長成 吉右衛門
常盤御前 福助
鬼次郎 梅玉
お京 魁春
成瀬 吉之丞
八剣勘解由 段四郎

「一條大蔵譚」のあらすじはこちらです。

まず吉右衛門の一條大蔵卿が正面の門から出てきたところが何と言っても素晴らしかったです。今まで何人か方の大蔵卿を見てきましたが、この場面では役者さんの素が出ていたり、役に合ってないなぁと感じたりでいまひとつ腑に落ちませんでした。しかし吉右衛門の大蔵卿には全く違和感がなく、これこそ大蔵卿だと納得させてくれました。

吉右衛門の大蔵卿は春のそよ風のようなふんわりとした雰囲気をただよわせていて素敵でした。桧垣の阿呆ぶりもわざとらしさがなくて、花道七三で腰元たちを一人ひとり目で追いながら鬼次郎と目があうところも、ふっと動作が止るくらいでハラをみせず、それが大変に自然に感じられました。

奥殿で勘解由を刺して本心を明かすところも、きっぱりとはしてもあくまで公家の優雅さを失なっていませんでした。大詰めでは鬼次郎に「とっとといなしゃませ」という台詞廻しがリズミカルでとても心地よかったです。映画「歌舞伎役者片岡仁左衛門」の中で、十三代目が「とっとと〜」と時代に張り「いなしゃませ」と世話に砕ける台詞回しをお弟子さんに繰り返し繰り返し教えていたのが忘れられませんが、吉右衛門のはこれとも違う洗練されたものでした。

先月の「松浦の太鼓」もそうでしたが、このごろの吉右衛門の芝居には吉右衛門にしか出せない柔らかな空気が感じられ、それこそ芸の賜物かと思います。「充実」という言葉が似合う吉右衛門の大蔵卿でした。

他のメンバーも揃っていて、まず福助の常盤御前が驚くほど良いと思いました。何人もの男性から求められたとしてもおかしくないほど美しかったですし、高い声を使わなかったのが品よく落ち着いていて、表情も矜持を持った女性らしく凛としていて、大蔵卿の述懐をきちんと聞いていたのも良かったと思います。

鬼次郎の梅玉は源氏に一途に忠誠を誓っている信念の固さが出ていましたし、お京の魁春も多芸に秀でた武家の女らしくきりっとしていました。八剣勘解由の段四郎は初役とは思えないほど存在感があり、「死んでも褒美の金が欲しい」というユニークな台詞がくっきりと印象的でした。成瀬の吉之丞は大蔵卿を大事に思う心が感じられ良かったと思います。

吉右衛門の大蔵卿が最後にまた造り阿呆に戻り、勘解由の首をボールのように何度も放りあげるというやり方は、毒が効いていて秀逸な幕切れだと思います。

昼の部の最初は舞踊「猩々」。能を取り入れた足取りが面白いお正月にぴったりのおめでたい踊りでした。

―親孝行の若者・高風が夢のお告げにしたがって市で酒を売ると大金持ちになった。市へ酒を飲みに来る客にどれほど飲んでも酔わない者がいたが、名前を尋ねると海に住む猩々だといって姿を消す。そこで高風は甕に一杯酒を用意し海辺へ行って、猩々と心行くまで酒をくみかわす。―

三幕目がひさしぶりに登場した雀右衛門の「けいせい浜真砂」(けいせいはまのまさご)。通称「女五右衛門」。

―桜咲く南禅寺の山門の上で、石川屋の傾城真砂路が悠然と景色をながめている。武智光秀の娘だった真砂路は、父亡きあと遊女となってひそかに父を討った真柴久吉の命を狙っているのだ。その真砂路のところへある若い侍が通ってきて真砂路と恋仲になったが、その若者はなんと敵・久吉の息子・久秋だった。

敵の息子に恋をしたことを悔やむ真砂路のところへ一羽の雁がくちばしに何かはさんで飛んでくる。見るとそれは同じ傾城の早瀬から久秋への手紙。実は早瀬は久秋をめぐる恋敵で、その早瀬が久秋に送った手紙を見て真砂路は心中穏やかでない。

そこへ門の下を巡礼が通りかかる。巡礼は水に映る真砂路を見て「石川屋浜の真砂はつきるとも」と歌を詠む。真砂路が巡礼を見ると「実に恋草の種はつきまじ」と下の句を詠む。真砂路が簪を投げつけると、巡礼は柄杓でこれを受け止める。この巡礼こそ、敵・久吉。真砂路と久吉は門の上下でにらみあうのだった。―

「楼門五三桐」と同じように南禅寺の山門の上に現れた雀右衛門は、滝夜叉姫のようなとても美しい姿をみせてくれました。しかしずっと声を張り続けるのはもう無理なようでした。真柴秀吉の吉右衛門は圧倒的な存在感で幕切れをどっしりと豊なものにしていました。

「楼門五三桐」では「石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種はつきまじ」という久吉の歌が、このお芝居では「実に恋草の種はつきまじ」になっているのがしゃれていて面白く、小柄の変わりに簪を投げるというのも色気があって雀右衛門にふさわしいお芝居です。

次が幸四郎の「魚屋宗五郎」。幕が開いておやっと思ったのが、宗五郎の家の軒に掲げられた提灯。こんなものあったかしらと思ったら、筋書きに幸四郎自身の考えで、前回演じた時からつけるようにしたら、芝翫から実は昔はつけていたという話を聞いたとありました。

たしかにお通夜の家にお祭りの提灯はどきっとする違和感があり、中の嘆きと外の賑わいの差が際立ちますが、普通お通夜を出す家は真っ先に提灯などははずすのではないかと思いました。けれど「これが芝居」と言うものなのでしょう。

最後が團十郎の「お祭り」。寿の字海老の粋な首抜き姿の團十郎は浮世絵から抜け出たような華のある鳶の頭でした。しかし心なしか足どりが重く、バンと強く踏むところも充分ではなく、音楽のリズムにぴったり合っていないところがあったりしました。

夜の部は序幕が「鶴寿千歳」。最初は珍しく抽象化された松の背景の前にひな壇が並び、松の歌昇、竹の錦之助、梅の孝太郎が出てきて華やかに踊り、三人が引っ込むと背景が同じ作家の富士にかわって正面奥に姥の芝翫と尉の富十郎がせりあがってきて、ほのぼのと踊りました。

次が幸四郎、染五郎親子の「連獅子」。幸四郎は子供を思う親の役はとても集中して気持ちが入っているように感じます。染五郎も凛々しく踊りましたが、毛振りは幸四郎がとても遅いので最初はそれに合わせて振り、最後の方で染五郎だけスピードを上げて振っていました。

先代が作って新品のまましまってあったという前シテの衣装は扇の模様の着物に牡丹の袴で、牡丹の親子で微妙に違っている色が奥ゆかしくて綺麗でした。

大切りは團十郎の「助六」。この日は女性だけの河東節十寸見会でした。口上は段四郎が落ち着いて勤め、まず登場した揚巻の福助は、花道をふらふらと揺れる船のように出てくるところが風情があってとても良かったです。

その次に出てきた白玉の孝太郎は、台詞は良かったですが、揚巻が話している間の表情が「ぼんじゃりとした」遊女とは思えない怖い顔をしていました。花道七三で止るときも、ぐっとあごを引きすぎるのか、横顔があまり綺麗ではなかったのが惜しいと思いました。意休の左團次には古い芝居らしい鷹揚な雰囲気が漂っていました。

助六の團十郎、花道の出端は華やぎにみちていて、江戸歌舞伎の粋に浸りきりました。團十郎の助六が見られるというだけで幸せな気分になってきます。揚巻の悪態の初音は痛快でしたが、奥へ引っ込む時に意休の顔をのぞきこんで顔をゆがめるのはやりすぎで品格が損なわれるように思いました。調子がいまひとつなのか芝居がすすむにつれて團十郎の高い声がだんだんかすれてきたのには大丈夫かと心配になりました。

さわやかさで目を挽きつけたのは福山のかつぎの錦之助で、姿も綺麗で若い者にぴったりの張りのある美声。先月「対面」の五郎を演じた時は若干老けた五郎だと思ったのですが、今月は良かったです。

白酒売り半兵衛の梅玉は、初役とは思えないほど江戸和事に柔らかい持ち味が合っていて、これははまり役だと思いました。調子が万全とはいえない團十郎でしたが、梅玉の半兵衛に助けられていました。くわんぺら門兵衛の段四郎もとても台詞回しが上手く、やりようによってこんなに面白く感じるものかと思いました。満江の芝翫は貫録充分で品がありました。

通人の東蔵は團十郎のフランスでの受賞や梅玉の叙勲などを話題にとりあげ、「どんだけ〜」とか「そんなの関係ねぇ」とか流行のギャグをふんだんに盛り込んでいましたが、ちょっと詰め込みすぎではないかと思いました。朝顔仙平の歌昇は隈取りに朝顔の花を書かず葉っぱだけだったのがちょっと寂しく、独特な台詞の語尾がびしっときまらなかったのは残念です。

しかしお正月に助六が見られるのは、歌舞伎ファンとしては本当に嬉しいことで、今年一年良いことがありそうな気がしたのは、團十郎効果か又は曽我五郎効果なのかもしれません。

この日の大向こう

9日昼はわりに声を掛ける方が少なかったです。その中できっかけがあればすかさず掛けるという方の声がめだちました。お声も悪くなく、間も良く、声の調子の強弱も心得ていらっしゃるのに、鬼次郎の花道の出で一つ目のツケで「四代目」二つ目で「高砂屋」と掛けるいそがしさ。この方がかけられた分量を上手、下手と二人の方が分けて掛けたのだったら良かったのにと思いました。

なにしろ回数が多いので、そばの席に座った方はおそらく困惑なさったのではないでしょうか。しかし後半になるといつの間にかこの声は聞こえなくなりほっとしました。

「お祭り」では團十郎さんの場合、例の「まってました」と掛かる前にぐるっと回る動作をならさないので、あららと思いましたが、どうにかお一人が間にあってやれやれでした。会の方はおふたりいらしていたそうです。

12日夜は最初の踊りから威勢の良い大向こうさんの声にリードされるように、5〜6人の方が声を掛けていらっしゃり、お正月らしい華やかな気分をもりあげていました。序幕が終わったところで会の方はお二人でした。

「鶴寿千歳」では芝翫さんに「大成駒屋」と声が掛かっていましたが、「大」がつくなら「大成駒」で「屋」は余分だろうと思いました。「連獅子」の後ジテの出で、幸四郎さんが花道七三できまった時、「まってました」と声が掛かっていました。

1月歌舞伎座演目メモ
昼の部
「猩々」 梅玉、染五郎、松江
「一條大蔵譚」 吉右衛門、福助、梅玉、魁春、吉之丞、段四郎
「けいせい浜真砂」 雀右衛門
「魚屋宗五郎」 幸四郎、魁春、高麗蔵、染五郎、錦吾
「お祭り」 團十郎
夜の部
「鶴寿千歳」 芝翫、富十郎、孝太郎、歌昇、錦之助
「連獅子」 幸四郎、染五郎、松江、高麗蔵
「助六由縁江戸桜」 團十郎、福助、芝翫、孝太郎、錦之助、

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