葛の葉 幻想的な引っ込み 2006.10.6 W164

4日、歌舞伎座十月公演昼の部を見てきました。

主な配役
葛の葉
葛の葉姫
魁春
安倍保名 門之助
信田庄司 錦吾
妻・柵(しがらみ) 歌江
荏柄段八 橘太郎

「芦屋道満大内鑑」「葛の葉」のあらすじはこちらです。

魁春初役の葛の葉。先年、国立劇場で魁春が「卅三間堂棟由来」のお柳を見事に演じた時から、一度魁春の葛の葉が見てみたいと思っていました。

序幕の庄司夫婦と葛の葉姫が保名の家を訪ねてきた時、機を織る葛の葉と二役を演じた魁春は世話女房と赤姫との鮮やかな早替りをみせました。今回は姫から葛の葉に替りまた姫に戻りましたが、葛の葉を顔を合わせるところだけは一瞬中から顔を見せる葛の葉に吹き替えを使っていたのが珍しかったです。

本物の葛の葉姫が現れたので、この家にはいられなくなった狐の葛の葉が、寝ている子供のそばで自分が本当は保名に命を助けられた狐だということを述懐するところでは、間を延ばす狐言葉に少し躊躇が見られ中途半端な感じで、もっと思い切った台詞廻しでやったほうがいいのではと思いました。

この場面で狐の念力で門の戸を開けたり、屏風をひっくり返したりはよくしますが、子供を寝ている布団ごと一気に自分の方へ引き寄せるというのは初めて見ました。

引き寄せた子供に覆いかぶさるようにして片膝をついて片足を後ろへあげ片手を狐手にする狐のポーズを頭を客席にむけて見せましたが、横向きのほうがあの型の美しさは出るように思います。この場で狐ということを強調するためか、山吹色の地に白い菊やススキの裾模様の衣装を着ていましたが、なんだか唐突に感じました。

「恋しくばたずね来てみよ和泉なる信田の森のうらみ葛の葉」と曲書きするところは、狐が書くのだからあれでよいのかもしれませんが「書」として美しかったらもっと良かったのにと思いました。最後に「うらみ葛の葉」の「ら」の上の点を書き足していました。

保名に引き止められながら去っていく葛の葉が、ススキの中の少し高い場所に座ると、そのまま下手に引き込まれていくという仕掛けでした。

魁春の葛の葉で一番印象に残ったところはこの後の幕外の引っ込みで、この後の場が時間の都合でカットされたためだと思いますが、いつもと違った演出で行われました。幕は下手の下座音楽と、上手の竹本のために両方めくられていました。

黒衣二人が持つ差出のほのぐらい灯りに照らされて、すっぽんから登場した葛の葉の衣装は最初石持でしたが、花道つけねでふさのついた狐の白い毛縫いの衣装に引き抜き、頭も狐の耳をあらわしたような大きな前髪に後ろは下げ髪になりました。

狐の姿になった葛の葉は、愛する夫や子供と引き裂かれ信田の森へと帰っていく(花道を揚幕へ入る)のですが、ここがとても情があって素晴らしかったと思います。葛の葉が揚幕に入ってしまってから、この幻想的な雰囲気の引っ込みに改めて盛大な拍手が沸き起こっていました。魁春初役の葛の葉、ニンに合った役だと思いますので又演じて欲しいものです。


十二世仁左衛門の葛の葉

夜の部の二演目目は「寿曽我対面」。

―源頼朝の家来・工藤祐経は一攝Eとなり冨士の裾野で行われる巻狩りの総奉行に任ぜられたため、今日は祝宴がもよおされている。

大勢の人々の祝辞をうける工藤に、客の一人小林朝比奈が「かねて頼んであったが二人の若者にあってほしい」と申し出る。工藤がこれを承知したので、朝比奈は次の間に控えていた若者たちを呼び出す。

そこへ現れたのは十八年前、工藤がやみうちにした河津三郎祐康の遺児、五郎と十郎の兄弟。兄弟の顔を見てすぐにそのことを悟った工藤は河津を討った時の様子を話して聞かせる。

兄弟は名乗りをあげ、弟五郎は工藤に挑みかかろうとするが、兄十郎や朝比奈に止められる。工藤が兄弟に杯をとらそうとすると、五郎は杯を木っ端微塵に割り三方を押しつぶす。

この様子を見た工藤は、兄弟の養父・曽我太郎が紛失した源氏の重宝・友切丸が見つからないと仇討はかなわないと諭す。そこへ曽我の家臣・鬼王新左衛門が友切丸をもって駆けつける。

すると工藤は兄弟に年玉といって、冨士の狩場の切手をあたえ、冨士の巻狩りが終わり無事役目をはたしたら、潔く兄弟に討たれようと言って、再開を約束する。―

少し痩せた面差しの團十郎の工藤が落ち着いた風格を感じさせました。ひさしぶりに田之助が大磯の虎を演じましたが、立ったり座ったりする動作が多いこの役はいかにも大変そうでした。

しばらくしてから朝比奈に呼び出され花道揚幕から登場する十郎の菊之助と五郎の海老蔵。この海老蔵の花道の出が非常に鮮烈でした。沸々とわきあがってくる工藤への憎しみと闘志が顔に表れていて、強いパワーを感じさせ、これぞ荒事の真髄。現在剥き身隈がこれほど似合う人もいないでしょう。

対する十郎の菊之助は、少し憂いのある端正な顔で脇に徹していました。本舞台へ行くと、菊之助の声が線は細いものの凛々と響くのに比べ、海老蔵の声が含み声というのか、少しこもって聞こえたのは残念でした。

杯をやろうといわれて、五郎がくやしさを抑えられず三方を押しつぶし、杯を木っ端微塵にするところなどはまさに胸がすくようでした。海老蔵初役の五郎は本当は4年前に見られるはずでしたが、休演で急遽父・團十郎に代わりましたが、全体に若手の配役の中での團十郎の五郎は立派すぎたような記憶があります。

その次は幸四郎の「熊谷陣屋」。熊谷の出は、竹本の「討って無常をさとりしか」が終わらないうちに、音がしないように揚幕が開けられての登場でした。熊谷がわが子の首を妻相模へ渡すところは、首を首桶のふたに乗せ縁先へ置きそのまま後ろへさがるという方法でしたが、相模に直接首を渡す型の方が共感できます。

最後は仁左衛門の「お祭り」。刺青に追いかけ五枚銀杏の首抜きが本当に良く似合う仁左衛門、いなせな男の色気を堪能させてくれました。

この日の大向こう

昼の部は声のかけやすい演目がそろい、会の方も4人見えていたとか、一般の方も交じってにぎやかに声が掛かっていました。

「お祭り」では清元がひとくさり終わり、鳶頭松吉が花笠を肩にかついでぐるっと一周したあと、「まってました」と3人ほど声をかけられました。しかしながらちょっと早すぎるタイミングで掛けた方もいらっしゃり、その声が掛かった瞬間仁左衛門さんが顔をあげられましたが、もうちょっと後の仁左衛門さんが足をとめる寸前に掛かるのが一番良いのはないかしらと思いました。

―このタイミングについて知り合いの大向こうさんに伺ってみましたところ「毎回微妙に違いますが今回は
〜風もうれしき戻り道〜で正面を向きかかるや否やのタイミングです。」と教えていただきました。やはり早すぎるのは望ましくないそうです。―

対面では海老蔵さんの発する気がものすごいので、つられたように見得がきまらいうちからバンバン声が掛かっていました。

「熊谷陣屋」で熊谷が相模に首を「藤の方へ・・お目にかけよ」という悲痛な台詞の間に「高麗屋」と声が掛かりましたが、ここはだまってみていて欲しかったです。

10月歌舞伎座昼の部公演メモ
●「葛の葉」 魁春、門之助、
●「寿曽我体面」 團十郎、田之助、萬次郎、海老蔵、菊之助、権十郎、弥十郎
●「熊谷陣屋」 幸四郎、芝翫、魁春、段四郎、
●「お祭り」 仁左衛門 

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