仮面について 

Sur Les Masques

 

 

 

 


  HHJ VOL.63  19988

P 8  9  P 10      HHJ

                                    

            

仮面を付けた人物の墓碑柱

             ☆仮面が登場する神話は何かを隠そうとしているので、ストーリーに論理的でない不自然な屈折が生じる。それに反して、サリシュ系リロエ卜族の神話には仮面の出現がない。これはリロ工卜族ではスワイフウェ(クウェクウェ)仮面を付けた人物像の墓碑柱が作られたが、サインヌクスと呼ばれる単独の仮面は消滅して現存しないことと対応している。仮面が消滅した理由は製作する必要がなくなったからだ。なぜその必要がなくなったのか?仮面の呪術的効果を信じない合理的精神がリロエ卜族を支配したからだろう。神話は他では仮面に置き換えられていた銅をはっきりと表面に出して、スワイフウェ起源神話の別の様相を示している。

〈一人の祖母と孫息子だけが疫病のあとに生き残った。老婆は孫が泣きやまないため、あやそうとして毛髪で釣糸を作り、餌の代りに髪の毛玉を釣針につけた。幼い主人公はその釣具で、彼の魔除けとなる最初の銅を釣り上げ、この魔除けのおかげで立派な猟師となった。彼の祖母は獲物の干肉を作り、皮をなめして縫い上げた。かくして二人は裕福になった。主人公は旅に出る決心をした。彼はスクアミシュ族と近づきになり、他の部族ともども彼らを招待した。彼は招待客の前で歌い、踊り、銅を披露に及び、厖大な富を分ち与えた。二人の首長がそれぞれ娘を花嫁として提供し、引き換えに銅を貰った。〉〈このようにしてこの金属はすべての部族に広まった。〉

フレーザー河中下流域の神話では、仮面を最初に発見した所有者は決して自分で仮面を被らなかった。銅鉱脈と冶金技術を持つアタパスカン族の領地と北で境界を接する内陸部のリロエ卜族では、仮面の場合とは反対に主人公はみずから魔除けの銅を披露して歌い踊り、富を分け与えて、魔除けの銅と交換に花嫁をもらう。主人公は珍しく健康で、冒頭を除けば、明るい緑豊かな新世界の開拓物語だ。しかし、カナダの太平洋岸はサーモン(鮭)の宝庫であることを想い出すと、はっとさせられる。魔除けの銅を釣り上げた主人公はそれから魚や獣を取って生活した、と展開するのが自然ではないか?

銅は、この神話では両義的な意味を帯びる。仮面が病気を癒して富を集める呪術的

 

 

                       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リロエ卜族の墓碑柱

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ヴァンクーヴァー島の彫像

              

 

 

 

 

 

 

 

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な力を持っているのに較べると消極的だが、銅は魔除けの力を持つ。しかし、神話はあたかもタブーであるかのように部族民が川で魚を取ることを暗黙裡に禁止して、狩猟生活が幸福になる道であると世界観を教えるのだ。こういう二律背反は、銅という鉱物資源の性質から起きる。銅は金と銀の次に美しい金属で加工しやすいが、天然銅が存在しない場合、銅を含んだ鉱石から粗銅を取り出すには危険が伴う。薪を燃やして加熱すると、猛毒の亜硫酸ガスが発生する1〕。従事する人間の呼吸器官さらに生命を損なわないように製錬するのは、ほとんど不可能だった。環境破壊がそれに続く。この恐ろしい出来事は〈疫病のあとに生き残った〉という神話の唐突な始まり方、いきなり訳の分からないカタストロフ(破局)が来る始まりに暗示されている。銅の貴重さと恐怖という二面性は2〕、その金属を呪力のある神秘的な存在に変成させるが、同時に表現の屈折をも引き起こさざるをえない。

リロエト族は一方的な被害者だったらしいが、環境汚染については沈黙した。しかし、残された墓碑柱はカタストロフを表現している。特に右の人物像はショツキングだ。長方形の仮面を被って両膝を突いた人物は右手で垂れ下がった舌を掴んでいる。注意してみると、この舌は両側の縁に刻み目が規則的に並んでいて、むしろ何か食べ物をロに入れているか吐き出そうとしているように見える。突き出した両眼は、明らかに苦悶の表情だ。この人物はいったい何を掴んでいるのか?レヴィ=ストロースは言う。〈ヴァンクーヴァー島のサリシュ族はスワイフウェ仮面を象った彫像を産んでいるが、その舌のあるべき部分には魚の図柄が浅浮彫りされている。〉そして、スワイフウェ仮面と魚との二重の親縁性を指摘する。〈すなわち一つは、その特徴的属性の一つである大きな垂れ下がった舌が魚に似ており、両者が混同されやすい点から来る隠喩(メタフォール)的な親縁性であり、もう一つは魚を釣り、また魚を舌をつかんで捕らえるというだけに換喩(メトニミー)的な親縁性である。〉この部族民は川縁で魚を食べている姿をなぜか墓碑柱に永久に刻まれたのだ。

 仮面と釣りの悪夢的な結合が銅を釣り上げたと歴史的に現実味のあるストーリーに戻されると、魚と銅の類似が意識される。釣糸がなかろうと、銅は鱗のある魚(例えばサーモン)に金属的な光沢という共通項で繋がる。彫像には言葉のような排除的表現はない。口に入れた食べ物は鱗のある魚を表わすと同時に銅を指示するダブル・イメージで

 

 

 隠喩       

ある事物と他のものの全体的な同一性を形や意味の類似(アナロジー)によって表現するレトリック。だが、魚の外観は舌に似ていない。

 

 

 

 

換喩

 ある事物をその部分的要素や密接な関係のあるものに置き換えるレトリック。精神分析や構造主義はレトリックを解読に応用するが、トリックでもある。

 

[この定義は英語とフランス語の辞書を参考に古い記憶と混ぜ合わせた]

 

1 日本百科大事典:小学館   2 古代社会にそんな例が無数にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ある。人類学者がもしそれに気づいて急が水中の有害物質に汚染されやすい生物であることに思い至っていたら、クウェクウェ仮面に惑わされて〈袋小路から脱出するために〉苦労はしないで済んだだろう。事実、アメリカ合衆国との国境の南に住むルンミ族の神話には、赤い守護霊と黒い守護霊が赤い鮭と黒い鮭を見つけても食べるなと潰瘍で死にかけた若者に禁じる夢がある。

 北米インディアンの仮面・神話はここでも北秋田の仮面・伝説と相互に反射を繰り返して、記号が表わす仮象に意味の変化を生じさせる。この若者八郎太郎は村の掟を破って一人で岩魚を食べて喉が焼けるように渇き、い<ら水を飲んでも癒されないので、川を堰き止めて十和田湖を作り、籠になって湖に住んだと伝えられている。墓碑柱は北秋田の有名な伝説の発端を彫刻したように映る。伝説は墓碑柱に表わされたリロエト族の一部族民の死を言葉で説明したかのような錯覚を起こす。その仮面はスワイフウェとクウェクウェの中間的な造形だが、意味論的には本源に近い。リロエト族は墓碑柱と神話を合わせて、一つの全体的な状況を明確に表現することに成功したと言える。フレーザー河中下流域のスワイフウェ仮面と神話は、第三者に歴史的な背景の想像さえ拒む。ただマスキーム族の仮面では頭部の左右に飾られた鳥が写実的な舌を垂れていて、なるほど、と思わせる。神話群と仮面群はいずれも相関的に形成される。第1章で引用したように対比構造系(バラディグム)に組み込まれて。カナダ西岸と北秋田には交流がなかったが、銅鉱石が作り出す同じ環境世界があった。

 北米インデイアンの墓碑柱は、こうして奇怪なべらぼう凧をも映し出す。ツィムシアン族の神話を後回しにして、先に米代川の大空を眺めてみたい。中流の町大館に伝わる凧は、所蔵者の山田福男さんによれば80年前まで町の真ん中を流れる長木川流域の空を舞っていた。ドキュメンタリーでは、羽州街道の中之島と橋が印象的な明治中期の大館町を描いた蓑虫山人の風景画に続けて入れた。記憶を辿って描いた91才の石田泔川さんは1〕、べらぼう凧について想い出を語れる人たちが亡くなったことを悲しむ。大館の歴史を編纂した《大館市史》には記載がないので、大館市民はべらぼう凧を米代川河口の町能代の風習だと思い込んでいる。この面とクウェクウェ(スワイフウェ)仮面の類似は、見る者をしばらく仮面そっくりにしてしまう。それらは医学と科学が発達していない社会の魔術的な道具だった。現代人には呪術が理解できないが、呪術者はそんな社会では支配者に等しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        

 

 

1 泔川(かんせん):米代川の別名。

米代川中下流域 江戸時代の鉱山       カナダ フレーザー河流域の鉱山

フレーザー河と1960年代の鉱山の位置関係は曖昧。百科事典の地図に川が描かれていないので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面について 

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呪術は、幼稚な精神構造の古代人(および未開人)に対して実際的な魔力を持っていた。べらぼう凧の効力は魔除けとして日本でも明治時代以前には信じられていただろう…しかし、江戸末期の菅江真澄も明治中期の蓑虫山人も北秋田の風土を事細かに絵と文字で記録しながらべらぼう凧には鉱山に関する記述がほとんどまったくないのと同様に一言も触れていない。べらぼう凧はクウェクウェ仮面の造形と特徴が似ているとはいえ、北米インディアンの神話・伝説のような対応する言語的表象が欠けている。だが、べらぼう凧を上げる行為は空中の魚釣りであり、仮面を釣る神話のイメージ版である。神話の重要なモチーフ(動機、主想)とスワイフウェ(クウェクウェ)仮面がべらぼう凧遊びでは合一化されている。これは、人々がその意味を自覚しようとしまいと、忘れられた民話・伝説の再現劇なのだ。おそらく龍伝記の原形には魚釣りの場面があったのではないか?

 べらぼう凧とスワイフウェ(クウェクウェ)仮面の共通項は、それだけではない。幸運にも事実の記録で裏付けることができる。鷹巣町の旧太田栄村の長合川伊衛門貞顕(さだあき)・屋政(いえまさ)が書き記したジャーナリスティックな《年代豊凶録》の中に1〕、銅山の煙害と思われる記事が2度載っているのだ。安改2(1855)年の8用16・17日頃より西風が吹き〈天地四方霧霞のごとく〉覆われて匂いがあり、〈煙の匂ひ同様〉で〈諸方痢病大流行〉 〈大小人病死〉した、と屋政は書く。衆人の覚えがないことだった。府の崩壊が6年後に迫った文久2(1862)年には〈七月中三日の間曇り、煙のごとくもやのごとく天地霞み其霞の匂ひくさく、銅山の焼釜か火葬などの匂ひと等敷〉不思議のことで外出しない方がいい、と今度ははっきり銅山に非難の目を向ける。事故があったのか?ただ、べらぼう凪が空に舞った、とはどこにも書いていない。

 

 

1 年代豊凶録:鷹巣町立図書館所蔵。約30キロ南に阿仁鉱山、約11キロ下流の二ツ井に加護山精練所がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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