東京モーターショー2011のバス
みんなが行く場所に行くより、誰も行かない場所に行くのが得意な私にとって、東京モーターショーというのはこれまで足を運んだことがありませんでしたし、今後もないと思っていました。しかし、そんな私が行かずにはいられなくなった動機は、昭和初期の国産バス「スミダM型バス」をいすゞ自動車が出品するからでした。
最古の国産バスと最新のバスとのコラボレーションも面白いかもしれない。そんな思いで足を運びましたが、最新のバスの方はどうも消化不良な感じが否めませんでした。
(撮影はすべて2011年12月9日)
スミダM型バス
私にとって今回のモーターショーの目玉とも言えるスミダM型バスですが、いすゞ自動車としても最前列に置いて強烈にアピールしていました。
大正から昭和初期にかけて、フォードやシボレーなど輸入車に頼っていた乗合バスですが、省営バスの誕生や商工省の後押しもあり、国産バスが誕生しました。その一つがいすゞ自動車の前身である石川島自動車製作所による「スミダ」という車名のバスでした。
スミダM型バスそのものは1929年の誕生ですが、この車両は1932年式で、元は警察車両だそうです。
このバスが保存されていることを知ったのは、弊サイトで「保存バスリスト」を始めたときのこと。社団法人自動車技術会のサイトに記載されていました。しかし肝心のいすゞ自動車のサイトには何の記述もなく、これまで本当に存在するのか、半信半疑でした。それが今回、まさに“ベールを脱いだ”という言葉がふさわしく、我々の目の前に姿を現してくれました。
車掌カバンを下げたコンパニオンも登場し、「わが国で初めて製造された国産バス」の前でポーズを取ります。
こういうことが始まると、バスの周囲はにわかにカメラの放列となります。
いすゞエルガ ハイブリッド
いすゞ自動車では、路線バスの標準形であるエルガをハイブリッド仕様に進化させた車両を展示していました。
国産バスメーカー3社の中で唯一ハイブリッドを持たなかったのがいすゞでしたが、ようやく参戦となる模様です。エンジンでは有害排出物が多くなる発進時にはモーターのみを使い、定常走行時はエンジンを使うという「パラレル方式」を採用。AMT(自動変速式マニュアルトランスミッション)との組み合わせにより、効率的な省燃費走行が可能になったとのことです。
ハイブリッドバスの外観上の特徴であった屋根上のバッテリーの大きなケースがないな、と思って車内に入ると、車内後部にデッドスペースを発見、ここにバッテリーが収納されているようです。
ただし、それ以外の車内の雰囲気は、今も街中を走っている普通のノンステップバスと変わりありません。
日野セレガハイブリッド プレミアム
日野自動車はハイブリッドバスの先駆的メーカーですが、大型観光バスでもハイブリッド車を製造している唯一のメーカーでもあります。
今回ポスト新長期排ガス規制に対応しての再発売されたモデルを展示。Jラインがゴールドになっていますが、これはゴージャスな内装の「プレミアム」を表現しているようです。
3列の特別シート付で後部にはパウダールーム付トイレを備える豪華仕様の車内。シート背面には小型テレビ付。ツアーバスなどで登場しているタイプに似てはいますが、座ってみた人によっては「もっとリクライニングしたらいいのに」との呟きも。
また、豪華仕様とハイブリッドの親和性にはいささか疑問も抱かないわけではありません。
非接触給電ハイブリッドバス
日野自動車のブース内に、このようなパネルを発見。国土交通省プロジェクトの非接触給電ハイブリッドバスの実証運行が行われているとのこと。場所は、モーターショー会場の東京ビッグサイトと豊洲駅との間。
なんか未来のバスと思える出展車両がないモーターショーでしたが、このような車両があるなら、見てみたいという気持ちにさせます。
と言うことで、豊洲駅に停車中の非接触給電ハイブリッドバスです。路面に埋め込まれた給電施設から、接触物を使わずに給電できるとのこと。ここでも短時間給電している模様です。
実証運行は前から行われていましたが、今回は車両の外装に大きく手が加えられ、いかにも新しい機能を持ったバスということをこれでもかとアピールしています。運行は東京都交通局が担当しています。
エアロクィーン
三菱では市販モデルの中では最上級車種であるエアロクィーンを出品。
車内外のカラーを青でコーディネートした結果は、独特の存在感をアピールに役立っていたようです。
ヒュンダイ ユニバース
韓国のヒュンダイも新型観光バスを出品。2012年の新モデルとのことで、国内のバス事業者に販売をかける戦略商品のようです。
これまで取ってつけた感が強かった社名表示部分がデザインに取り込まれています。
ユニバースの車内は、青いシートに青い室内灯と青を強調した強烈な印象の空間。
座席は傾斜角度の大きいゆったりした3列シートです。
ユニバースの視線の向こうには80年前のスミダM型バスが佇んでいます。
バスがどう進化してきたかを表現するため、またこれからも進化するバスを表現するための出品のようですが、果たしてこれからもバスは進化を遂げてゆけるのでしょうか。
電動フルフラットバスSAKURA
次に会場内のかなり離れた場所で開催されている「スマート・モビリティ・シティ2011」というイベントの会場に向かうと、この電動フルフラットバス「SAKURA」がありました。
慶應義塾大学が環境省の委託事業としていすゞなどの協力により開発したもので、電動バスであると同時に、室内の段差をなくしたフルフラットを実現させています。タイヤが4軸になっていますが、一つのタイヤを小型化し、動力をタイヤの中に入れる「インホイールモータ」を実現したからだそうです。
外観も次世代バスを予感させるデザインとなっており、大きな窓、逆台形の開口部シルエットなど、工夫が凝らされています。エンジンがないため、非常口は後ろ面にあります。
フルフラットバスSAKURAの車内です。
左はコックピット化された運転台。見た目や操作性は良いようですが、実際に路線バスとして実用化されると、運賃箱などの設置により、このスマートさは失われてしまいます。
中央は最前部の座席。市販のノンステップバスだとこの部分が巨大な壁になり、更にその上に分厚い座席が載るため、バリアフリーとは程遠いものになりますが、この車両ではそういった問題が解消されています。保安基準など理由もあるようですが、バスの座席については市販車両にもこのような工夫が必要に思います。
右は車内後部。ソフト感がある座席です。本来バスメーカーの出品車両の中に、このような居住性に工夫を凝らしたものがあっても良いように思いました。
会場を後にして
初めて足を運んだモーターショーでしたが、何か物足りなさというか消化不良の感が否めませんでした。
3社になってしまった国産バスメーカーは、実質的に1台ずつしか出品せず、それも現行モデルからほとんど踏み出すことのない車両ばかりです。これからバスはどう変わってゆくんだろう、と期待に胸を膨らませることなど到底出来ないメニューでした。
以前なら、別コーナーにいた電動バスSAKURAとか、実証実験で走行していた非接触給電ハイブリッドバスなどのような車両が、メインに置かれていて、私たちはこれから登場すると思われる新型バスをわくわくしながら眺めて歩いていたのでしょう。
恐らく日本のバスは、これからもこんな感じ、あるいはもっと不況感を強めて行くんだろうと思います。仮にがんばって日本の将来を担えるようなバスを開発しても、それを購入できるバス事業者は年々減少しています。三大都市圏以外のバス事業者が新車を購入することなど、なくなってしまうかもしれません。貸切バスも同様で、かつて大量に新車を購入していた大規模貸切事業者が減少し、台数を多く持たない新参の会社が貸切輸送の主力になってきています。
市場に魅力がなくなれば、生産者の数は減ってゆき、自然にその商品にも魅力はなくなってゆきます。
環境やバリアフリーに強い規制をかけ、それを実現することが理想のバス作りの目的だと誰もが思いながら進んできた近年の傾向でしたが、作り手も買い手も、末端にいる乗り手=バス利用者が本当に求めているものが何かを掴めないまま、事業を衰退させてきてしまったような気がします。