サントンジュ 地方のロマネスク |
Saintonge Roman |
“墓の前の三人のマリア” CHADENAC Église St-Martin |
この地方は、パリの南西ボルドーの北に位置し ており、大西洋に面した一帯はサントンジュ地方 と呼ばれる。 肥沃な牧草地や良港など豊かな立地資源に恵ま れており、農業や漁業を中心としたのどかな田園 地帯である。 かつてスペイン・サンチャゴへの巡礼路だった ので、オーネーやサントなどの美しいロマネスク 教会や、宿場町の面影を伝える古い町などが残さ れている。 一つの県にかくも多くの、しかも質の高いロマ ネスク教会が分布していることに驚かされる。 |
県名と県庁所在地 Charente-Maritime (La Rochelle) |
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エスナンド/聖マルタン教会 Esnandes/Église St-Martin |
Charente-Maritime |
ポアトウ地方のヴァンデ県 Vendée に最も近 い、サントンジュ最北の集落である。 教会は廃墟のように取り残された格好で建って いた。 建築全体は城塞または砦といった印象で、写真 のファサードが無ければ教会であることには気付 かないだろう。 二本づつの円柱が三つのアーケードを仕切って いる。 中央門には三重のブシュールとアラブ風の波型 が意匠されている。 左右のアーチには何らかの彫像があったようだ が、はっきりとは判らない。右アーチ下部の細か い花びら模様は、とても石を彫ったとは思えぬ程 繊細な表現である。 |
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シュルジェール/聖母教会 Surgères/Église Notre-Dame |
Charente-Maritime |
ロッシュフォールから東北へ25キロの位置に ある小都市で、教会は想像より遥かに規模の大き な建築だった。 ファサードは下七連、上四連のアーケードの大 半に壁龕や彫像を彫り込む程の豪華さなのだが、 いかにも今修復しました、というような白さと新 しさにはどうしても馴染めなかった。三廊式の聖 堂も、やはり修復が目立って好きにはなれない。 気に入ったのは、円柱控え壁と壁龕のような窓 を備えた八角鐘塔と、写真のクリプトである。 低い天井と分厚い梁と不細工な柱、やっとそれ らしいものに出会えたような気がしたものだ。 後陣を含めた後方からの鐘塔の姿は、ロマネス クの美しさを示す景観だろう。 |
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ジェヌイエ/聖母教会 Genouillé/Église Notre-Dame |
Charente-Maritime |
ロッシュフォール Rochefort の東約20キロ にある村で、前述のシュルジェールから10キロ 程の近さである。 教会は閑静な住宅街の中に建っており、並木の 緑の間からファサードのアーケードが見え隠れし ていた。 聖堂は単身廊で、天井は尖頭形の交差リブヴォ ールトが用いられている。祭室のステンドグラス 窓など、建築全体はゴシックに改築されてしまっ たようだ。単身廊の壁に窓が無いところが、唯一 ロマネスク時代の名残だろうか。 結局、最も見るべきロマネスクは正面のファサ ードだった。写真の通り簡素なアーケードだが、 アーチが尖頭形であることから、13世紀のロマ ネスク後期あたりの遺構だろうと思う。 中央の扉口は三重のヴシュールで装飾され、そ の内側に例の波型アーチが意匠されている。 先述のエスナンドでも見られたが、直接アラブ の影響があったわけではなく、一種の流行だった のかもしれない。 外側二重の帯状アーチには、細かい網目模様と 花びら模様が配されている。 左右の柱頭には、奇妙な人物の顔が彫られてい て、思わず写真を撮りたくなった。 |
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エシレ/聖母教会 Échillais/Église Notre-Dame |
Charente-Maritime |
ロッシュフォールの南3キロ、シャラント川の 対岸に位置している。 こうまでして飾るのか、と思わせるようなサン トンジュ式の見せかけファサードである。 しかし、詳細に見ると、それぞれの彫刻技術は 秀逸で、その魔力にだんだんと引き込まれてしま いそうな気がしていた。 上下二段に区分されており、上段は中央に開口 部を置いた九連アーチが壮観である。帯状アーチ の緻密な彫刻、軒持ち送りの多彩な図像は見逃せ ない一級品である。 下段中央の扉口は、三層ヴシュールと柱頭、両 側の円柱などが注目される。ヴシュールには聖エ チェンヌ(聖ステファノ)が石に打たれて殉教す る場面などが彫られている。左側の太い円柱の先 端は、悪魔の様な顔の口から吐き出されたような 図像になっていて面白い。 聖堂は単身廊に半円形後陣がオリジナルで、後 世に築造された聖堂が南側に建っている。 近年修復されたそうだが、かなり白塗りになっ てしまったそうで、掲載したこの1982年の写 真は貴重かもしれない。 |
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サン・シンフォリアン/ 聖シンフォリアン教会 St-Symphorien/ Église St-Symphorien |
Charente-Maritime |
ロシュフォールの南15キロ辺りの湿地帯に面 した丘陵にある集落で、隣接する La Grapperie ラ・グラペリと合併して一つの町になっている。 教会は分厚い控え壁に囲まれたような出来の悪 い補修が成されたようだが、ファサードと後陣に は当初の姿が残されているように見えた。 扉が開かず、内部を見学出来なかったが、どう やら三廊式のゴシック主体の聖堂のようだ。 正面ファサードは写真の扉口と、その上部の窓 付きアーチ部分で構成されている。 上部窓のアーチ上に、帯状のレリーフ装飾が彫 られている。双眼鏡で覗くと、どうやら六つの美 徳 Six Vertus が悪徳 Vices と戦っている場面 が描かれているらしい。同じテーマは Aulnay オーネーなどにも見られる。 下部扉口は、写真のように三重のヴシュール装 飾が成され、最内側は修復されたようだ。外側に は、これもオーネーに有る万歳をしたような格好 の人物の羅列だが、二十四の長老かと思ったら三 十人もいたのでちょっと戸惑っている。帯の内側 にそれぞれの足が彫られているのが、何とも可愛 いではないか。 中の帯には、首の長い鳥と植物の蔓、内側には 植物模様が描かれている。 いずれもくっきりとした、優れた技巧の質の高 い彫刻である。 |
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ポン・ラベ・ダルヌー/ 聖ピエール教会 Pont-l'Abbé-d'Arnoult/ Église St-Pierre |
Charente-Maritime |
想像していたよりずっと開けたこの町は、ロッ シュフォールの南約20キロに在り、Sanites サ ントとの中間に位置している。 教会は町の通りの角に堂々と建っており、重厚 なファサードが落ち着いた貫禄を示している。 三連続アーチはこの地方の定型であり、ここで は各々にタンパン彫刻が成されているのが珍しい だろう。 写真は、左手前からファサード全体を撮ったも のだが、右側アーチ内のタンパンには、聖ピエー ル(ペテロ)の殉教を表す逆さ十字が彫られてい る。十字の左右に天使の像が在ったのかと思われ るが、現在は一部を残すのみである。 中央タンパンは後世の作だが、周囲のヴシェー ル彫刻は五重で、聖人像を連続させた見応えのあ る装飾である。 左側のタンパンは、きっとペテロの逸話だろう と思うが、はっきりとした確証は無い。 |
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ジェ/聖ヴィヴィアン教会 Geay/Église St-Vivien |
Charente-Maritime |
サント Saintes の町の西北18キロ、シャラ ント川の南岸にある瀟洒な集落である。 正面ファサードは壁柱と扉口のみの平易なデザ インだったが、四つの梁間を持つ単身廊と翼廊の 交差部を仕切る四方のアーチ壁は、塔を支えるた めかのように堅固で豪快な造りになっていた。建 築全体は12世紀前半とされているのだが、身廊 の天井は尖頭ヴォールトだった。 注目するべきなのは、祭室の奥深さである。幅 は身廊よりやや狭くなっているが、奥行きは梁二 つ分はありそうな程である。祭室は中段に窓が開 いただけのやや殺風景な姿だった。 外へ出て、聖堂の周囲を見て歩いたが、驚いた のは写真の後陣の眺めだった。 サントンジュ屈指の美しさと言われる装飾を、 写真では見て知っていたが、実物の迫力には恐れ 入ってしまった。小生の写真では、本物の質感や 細部に至るまでの造形力の豊かさなどを、十分に お伝え出来ていない。 盲アーケード、開口窓と周囲の装飾、上部に連 続する三連アーケード、壁面を仕切る壁柱、基礎 部分の彫刻、などが奏でるオーケストラの響きの ように感じられた。 傑出したサントンジュ様式の事例の一つ、と言 えるだろう。 |
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エキュラ/聖ピエール教会 Ecurat/Église St-Pierre |
Charente-Maritime |
サントの北5キロにある小さな町で、教会は町 はずれの緑豊かな環境の中に建っていた。 残念ながら扉は固く、中へ入れる手段は当面見 つからなかったので断念した。 12世紀の創建だが、建築全体がゴシック様式 の張り出し控え壁で囲まれていることから、聖堂 はかなり改造されていると考えられたからだ。 写真は正面のファサードで、三層に仕切った中 にアーケードを意匠している。 扉口は四重のヴシュールと左右四本づつの円柱 で飾られている。帯状装飾の中二重は彫刻が省略 されたように見えるが、後世に失われたものか、 創建時から簡略化されたものなのかは判然としな い。簡素化した様式の類例がいくつかある、と記 した本もある。 柱頭彫刻には、蔓草に絡まる多くの鳥の姿が彫 られている。左右の盲アーケードとのバランスも 見事だろう。 聖堂は単身廊と思われ、規模の割に奧行きが長 い。梁間は四つ程あるようだ。 祭室との間に鐘塔が建っているが、四方に二連 のアーチ窓を意匠しており、なかなか見応えのあ る風貌である。創建時の姿に近いかもしれない。 円形の後陣は珍しくないが、祭室の奥行きが前 出のジェにとても似て長い。おそらく影響を受け たのだろう。 |
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サント/聖マリー修道院教会 Saintes/Église Ste-Marie de l'Abbaye aux Dames |
Charente-Maritime |
サントはこの地方の首都ではないが、実質的に は商工業の中心となっている町である。歴史的遺 産や博物館の多いことでも知られている。私達は この町に滞在して、この地方の多くの教会を巡っ てサントンジュ・ロマネスクを満喫した。 ここは、ノートルダム修道院の付属教会で、翼 廊の有る十字形の聖堂である。 身廊の天井は二つの大きな円形ドームで成り立 っており、翼廊とこの部分の建築が11世紀と言 われている。 写真の正面扉門の装飾彫刻は12世紀とのこと だが、いかにもサントンジュらしい美しい意匠を 見ることが出来る。 八重の帯状に見えるアーチ装飾は、緻密で技巧 も優れた見事な彫りである。一番内側の中央に神 の手を支える天使達、外から二番目は預言者達、 そして四番目には聖書の幼児虐殺の場面が描かれ ている。いかにも聖母を祭る教会にふさわしい、 厳選されたモチーフなのであろう。 ユダヤの王となるべき人が誕生したと聞き、ヘ ロデ王がベツレヘムの幼児を全て殺す。聖母はい ち早くキリストを連れて、エジプトへ脱出する、 という恐ろしい話である。 |
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サント/聖ユトロープ教会 Saintes/Église St-Eutrope |
Charente-Maritime |
サントの町に在る、もう一つの重要なロマネス ク教会である。 教会の建築は、状況に応じ複雑に改修されたた めに、様々な年代が並存している。翼廊から祭室 にかけての部分が11世紀で、他は全て14世紀 以降の改修による。 翼廊には数個が連続する柱頭が有り、深い彫り の図像には興味が尽きない。 だが、ここでの一番の見所は、写真の地下祭室 クリプト Crypte で、聖堂の11世紀建築部分 はちょうどこの真上に重なるように造られている のだ。 太い柱と豪壮な半円アーチの梁、重量感に満ち た柱頭彫刻など、ロマネスク建築が示しているプ リミティブな美しさの全てを、ここでは見ること が出来るのである。 どこの教会でも、最初に造られるクリプトにこ そ、信仰と美の歴史の根源が秘められている。 |
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モルナック・シュル・スードル/ 聖ペテロ教会 Mornac-sur-Seudre/ Église St-Pierre |
Charente-Maritime |
スードル河の河口に広がる湿地帯に面した古い 漁港の残る集落で、「Plus Beaux Villages フラ ンスの美しい村」に指定されたチャーミングな村 である。湿地一帯は Pacs à huîtres カキの養殖 場になってる。 教会は港へ通じる集落中程の通りに面して建っ ており、背後は港の広場に向かって開けている。 三つの梁間を持つ単身廊に、南北に長い翼廊が 交差し、そこに鐘塔を建て、半円形の後陣を配し ている。 起源はメロヴィングまで遡る程古いそうだが、 写真の手前に置かれたのが当時の石棺だと言われ ると、見え透いた演出としか思えないのは小生が 素直でないから、これは家人の感想。いずれにせ よ、筋金入りの歴史を有していることに間違いは 無さそうだ。 正面のファサードと鐘塔が後世の再建になるも ので、特に写真の後陣 chevet 部分がひときわ 美しかった。 身廊は石積みが古びて雰囲気は良いが、天井が 木造だったのが残念だった。天井を石で組むこと こそがロマネスクの意義だった、と小生は解して いるからである。 |
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ヴォー・シュル・メール/ 旧聖エチェンヌ修道院教会 Vaux-sur-Mer/Ancienne Abbatiale St-Étienne |
Charente-Maritime |
港町ロワイヤン Royan に隣接するコミュー ンである。 高台の中腹に建つ教会は、ファサード周辺が修 復中で立ち入れなかった。幸いなことに目的の後 陣は、写真の如く美しい姿を見せてくれた。 11世紀創建のベネディクト会修道院教会の、 翼廊と後陣部分だけが残されている。 現在の建築は12世紀のものだが、写真は半円 形後陣の上部アーケードである。二本の付け柱が 三つの局面を創っている。各四連の盲アーチが連 続していて躍動的だ。 柱頭の彫刻も、軒持ち送りの装飾もそれぞれが 精巧で劇的な彫刻が成されていた。 |
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メディ/聖ピエール教会 Medis/Église St-Pierre-ès-Liens |
Charente-Maritime |
ロワイヤンの東北4キロに在る町で、町の中心 に建つ教会は11世紀を起源に12世紀に建築さ れたものである。 単身廊の聖堂で四つの梁間を持ち、翼廊との交 差部に方形の祭室が連なったラテン十字形となっ ている。交差部にはかつて鐘塔が備わっていた筈 である。身廊の天井は尖頭ヴォールトだった。 歴史的には何度も破壊や修復を繰り返してきて いるので、ほとんど原形を留めないというほうが 正しいのだろうが、ロマネスク当初の面影は、写 真の西側ファサードに色濃く残されている。 上下二段に仕切られており、下段の中央に一段 と大きなアーチの扉口が設けられ、左右に盲アー チを配した三連アーケードとなっている。帯状ア ーチの装飾には、二羽の鳥に囲まれたキリストと 思われる人物像や、人物と絡まる植物の蔓や組ま れた縄目の連続模様などが注目される。 上部には、中央に開口部を設けた五連アーケー ドが意匠されている。サントンジュ様式だが、上 五連下三連の事例は、後述の Fontaine-d'Ozilla フォンテーヌに同型が見られる。左右対称の安定 したデザインと言えるだろう。 最上部、破風下の軒持ち送りには多様な彫刻の 傑作が並んでいるが、後世の作品だということだ った。 |
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ソジョン/洗礼の聖ヨハネ教会 Saujon/Église St-Jean-Baptiste |
Charente-Maritime |
ソジョンの繁華街の中心に建つ教会で、建築と してはおよそロマネスクとは無縁の構成の建物だ った。 目的は、身廊左手の礼拝堂入口の柱と壁にはめ 込まれた四基の柱頭彫刻だった。 「魂の計量」「漁夫と農夫」「ライオンの穴の ダニエル」「キリストの復活」を主題とした傑作 で、写真は「魂の計量」である。 図像の解釈については、昔から諸説が唱えられ ており、宗教的な解釈となると我々の理解の範疇 からはみだしてしまう。 写真の柱頭では、右手で裸婦の手を握り、左手 にはかりを持っているのは大天使ミッシェルだろ う。もう一人の天使が悪魔の計量を阻止している ように見える。裸婦は純粋な魂の象徴だろう、と は現地の解説。若干の間違いはご容赦願いたい。 もう一基の「漁夫と農夫」に関しては更に難解 な主題かもしれない。 単純に、民の姿としての漁夫と農夫を描いたと いう説のほかに、旧約聖書のトビーの逸話説もあ るそうだ。 父の病を癒すために、大天使ミッシェルの案内 で旅に出たトビーが、捕らえた魚の心臓で父の病 を治す、という説話である。 いずれにせよ、リアリティがロマネスク的にデ フォルメされた稀代の傑作、といえるような珠玉 の柱頭彫刻である。 |
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コルム・エクルーズ/聖母教会 Corme-Ecluse/ Église Notre-Dame |
Charente-Maritime |
この村は、後述の海辺の教会の在るジロンド河 畔のタルモン Talmont から、内陸へ15キロほ ど行った牧歌的な農村地帯の集落である。 聖堂は翼廊の付いた単身廊、つまり十字型で、 写真でも判るように交差部に立派な鐘塔が建って いる。 ここにもサントンジュ様式とも言うべき見せか けファサードが有り、三連アーチ装飾が施されて いる。一見すると平凡な装飾に見えるが、細部に 技巧が発揮された美しいファサードである。 ヴシェールは三重だが、左右の盲アーチ部分に も精巧な図像が彫られている。正体不明な鳥や動 物の連続模様や、網目のような植物模様が、まる で透かし彫りのように浮き出ている。 ファサード中段の連続する盲アーチ部分にも、 柱頭彫刻や柱下のレリーフ彫刻など、望遠レンズ で覗いて驚いたほど、精密な彫刻が施されていた のである。 半円形後陣の軒下に彫られた軒持ち送りの彫刻 が、石工の遊び心の所産のようで面白かった。 |
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タム/聖ピエール教会 Thaims/Église St-Pierre |
Charente-Maritime |
レトーから更にD114号線を南下すると、9 キロ程でこの村へとたどり着く。この教会も本道 に面して建っているので、アプローチにはナヴィ も地図も不要だった。 ガロ・ロマン時代の遺構の上に建てられた教会 で、身廊や翼廊は13世紀に改造されているもの の、写真の後陣部分は11~12世紀の建築であ る。そして、鐘塔及びその基礎部分はカロリング 朝期の遺構である。古いけれども何かちぐはぐに 感じられるのは、そういう背景があったからだっ たのだろう。 写真の後陣部分は、上部にサントンジュ様式の 盲アーケードを意匠しているのだが、下部は小さ い窓が五つあるのみで、ロマネスク本来の構造体 のみのプリミティヴな姿であると感じさせる。 鐘塔部分の時代を考えると、様々な時代が複合 的に組み込まれているのかも知れない。 彫刻や絵画の時代を設定する難しさと同様、建 築は様式からの判断が材料となるのだが、ここは 複雑過ぎて素人には無理と知った。 遠回りの末最終的には、古式の塔と素朴な後陣 が描く造形的な美しさが全て、という結論に至っ たのだった。 |
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タルモン/聖ラドゴンド教会 Talmont/ Église Ste-Radegonde |
Charente-Maritime |
ドルドーニュ河とガロンヌ河はボルドー随一の 銘醸ワイン産地であるマルゴー村付近で合流し、 ジロンド Gironde 河となって大西洋に流れ込ん でいる。 タルモンの教会はその河口に面した崖の上に建 っており、対岸はワインで名高いメドック地方の 先端部分である。 河口側の町ロワイヤン Royan 辺りから遠望で きるが、丸で教会が水の上に浮かんでいる様に見 えた。 聖堂の建築は完全な十字型だが、身廊部分は非 常に短いので、袖廊の南門を正面と間違えそうな くらいである。正面入口は15世紀に改修された が、他の大半は12世紀創建のものである。 写真は、祭室の後陣を海寄りの断崖下から眺め たものである。盲アーチや軒持ち送りの彫刻や、 窓の周囲のレリーフなど、すべてが調和のとれた ロマネスクならではの美しい建築美を見せてくれ た。 南門のファサード彫刻は、一連のサントンジュ 様式であり、三連のアーチ門装飾が見事である。 |
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アルス/聖ピエール教会 Arces-sur-Gironde/ Église St-Martin |
Charente-Maritime |
11世紀に起源を持つ古い教会だが、ほとんど の教会がそうであったように、今日までの間に様 々な修復を繰り返している。 大きな二つの梁間(ベイ)のある単身廊の聖堂 で、翼廊との交差部の上に八角形の鐘塔が建って いる。天井が尖頭ヴォールトであったり、翼廊部 分に方形の小祭室を増築したり、ゴシック的な改 造が顕著だった。そのために、聖堂背後から眺め られる筈の後陣の大半が、方形祭室の控え壁が隠 してしまっているのは論外だろう。 そんな中で、最もロマネスク当初の姿を伝えて いるのが柱頭彫刻である。 写真は、彩色された祭室の入口のアーチを受け る柱頭で、魂を計量する大天使ミッシェルと悪魔 である。駆け引きをする商人のようにも見えて、 重いテーマにもかかわらず大層ユーモラスだ。天 使の左側に人物がいるが、ソジョン Saujon と同 じ魂の象徴なのだろう。 祭室や身廊には、優れた表現の柱頭彫刻が見ら れ、彩色にやや抵抗感を感じるが、造形を左右す るほどの障害ではないだろう。 |
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サン・フォール・シュル・ジロンド/ 聖フォルチュナ教会 St-Fort-sur-Gironde/ Église St-Fortunat |
Charente-Maritime |
タルモンからジロンドに沿って南西へ10キロ 行き、更に内陸に10キロ入った辺りにこの町が 開けている。 教会は大半がゴシックに改造されている。単身 廊の天井は尖頭形の横断アーチで仕切られ、梁間 は交差穹窿で構成されていた。祭室も完全なゴシ ックだった。 ファサードの中段より下だけに、辛うじてロマ ネスクが生きていた、と言えそうである。 このファサードの特徴は何と言っても中央扉口 のヴシュールのデザインだろう。真ん中のヴシュ ールに、馬の頭が帯状に並んでいるのである。妙 な意匠だと思ったのだが、この後訪ねたサン・カ ンタンやペリニャックにも似たような事例があっ たので驚いた。地域性と時代性に彩られた流行と も言うべきアーケード装飾 Arcatures だったの だろう。両側の盲アーチ内のヴシュールにも、馬 の頭の造りかけのような帯状彫刻が見られる。 下三連、上十連というアーケードは、偉大なる マンネリズムとも言えそうな意匠だが、ここは彫 りが深いので、彫刻がくっきりと浮き立って見え る。 ファサード中段の軒持ち送り彫刻にも、ユニー クな彫像が見られた。 |
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コンサック/聖ピエール教会 Consac/Église St-Pierre |
Charente-Maritime |
サントンジュ地方最西南端に位置する町がミラ ンボー Mirambeau で、その北方5キロにこの 小さな村がある。 教会も、これがロマネスクなのか、と思わせる 程の見栄えのしないファサードだった。 小さな半円形のアーチの扉口が単純に設けられ ているのみで、全てが後世の改造による建築のよ うに見えた。 単身廊かと思ったら、北側だけに側廊が付いた 変則的な聖堂で、これは明らかに後補によるもの だろう。 身廊や祭室、更に鐘塔も完全なゴシックだった が、交差部の八角ドームより下が創建時の生き残 りである。 ドームを支える扇形のトロンプ Trompe と半 円アーチが四方に組まれ、見事な構造美の空間を 作っている。 写真はアーチを支える柱頭の一つで、植物模様 と幾何学模様を光明に絡ませた見応えのある意匠 である。ドーム下には多数の柱頭があり、いずれ も同じ様な発想の図柄が彫られていた。 これらの柱頭彫刻群を見るだけでも、訪問する 価値があるだろう。 |
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フォンテーヌ・ドジャック/ 聖マルタン教会 Fontaine-d'Ozillac/ Église St-Martin |
Charente-Maritime |
この地区の中心ジョンザック Jonzac の南東8 キロ、サントンジュのほぼ最南端に位置している 村である。 教会は村の東端、少し開けた場所に、墓地と隣 接して建っている。 写真は、西正面ファサードのロマネスク部分だ が、左に鐘塔、右にバロック様式の扉口が付設し ている。 単身廊部分は半円筒の横断アーチ、交差穹窿に よって構成された天井が美しい。バロックの扉口 に対応した南側廊が、後世に付け加えられた。 注目したいのは、やはりファサードのサントン ジュ様式だろう。 下層に三連、上層に五連という、シンメトリッ クなデザインに安定感が感じられる。 扉口の三重ヴシュール彫刻は、見るからに技巧 に富んだ彫りで、外側に剣と楯を持つ騎士の姿で 表現される「美徳と悪徳の戦い」が、内側には十 字架を背負う神の小羊を囲む天使像が描かれてい る。オルネーなどを中心にして、この地方に広く 分布している共通のテーマである。 真ん中の帯には、蔓草に絡んだ人間と動物の葛 藤のようなものが描かれている。 |
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シャンパニョール/ 聖ピエール教会 Champagnolles/ Église St-Pierre |
Charente-Maritime |
ポン Pons の南西12キロの、比較的大きな村 落である。教会は主要な交差点に面して、写真の 様な存在感を示している。 12世紀後半の建造なので、後期ロマネスクと 言えるだろう。 ファサード、単身廊、翼廊、鐘塔、後陣と一通 りロマネスクの役者がそろっている。 三連、六連、扉口と三段にアーケードを配した 西正面のファサード。 四つの梁間に尖頭穹窿の天井を持つ単身廊。 幅のある翼廊と身廊の交差部に建つ、五連、二 連のアーケードを擁した鐘塔。 半円形壁の上部の周囲を二十連のアーケードで 飾っている中央の後陣。 写真は、後陣と鐘塔を写したもので、いかにも サントンジュらしいアーチずくしとなっている。 軒持ち送りには様々な図像が彫られているが、 石工たちの手慰みとしか思えないような遊び心に 溢れた彫刻ばかりである。中には教会に何故、と 思わせる様な際どい性的な描写も混ざっている。 大らかなデフォルメが救いではある。 |
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サン・パレ・ド・フィオラン/ 聖パレ教会 St-Palais-de-Phiolin/ Église St-Palais |
Charente-Maritime |
次掲のサン・カンタンへ向かう途中、予定外で 偶然見つけた12世紀ロマネスク教会である。 ファサードは一つの扉口と上段の四連アーケー ドがサントンジュ様式を示している。 単身廊で三つの梁間に横断アーチ、尖頭ヴォー ルトの天井ながら半円形祭室はロマネスクの原形 を保っている。 鐘塔は三番目の梁間上に建てられているが、近 年の再建になるものらしい。 教会後方から眺めた写真の姿は、サントンジュ としては物足らない気もするが、素朴な聖堂の美 しさを十分見せていた。 |
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サン・カンタン・ド・ランサンヌ/ 聖カンタン教会 St-Quantin-de-Rançanne/Église St-Quantin |
Charente-Maritime |
ポンPons の町の中心から南西へ8キロ、田園 地帯の中に開けたやや大きな集落である。 教会はちょっと小高くなった広場状の平地に建 っており、周辺に他の建築が無いので環境は抜群 に優れている。 残念ながら扉が閉まっていて、開ける手段が見 つからなかった。致し方なく、建築の周囲を見学 することにした。 構造から見て単身廊で、後陣は要塞風の半円形 であり、上部に異質の改造が見られることから、 天井などは尖頭ヴォールトなのだろう、と推測し た。鐘塔も失われたようだ。 写真のファサードには、最下部に半円アーチの 扉口が一つ、アーチの外側には植物をモチーフと したメダイヨンのような装飾が施されている。ま るで花や葉の図案集のようだ。 十一連の盲アーケードが豪華だが、そのすぐ下 に何と二十三の馬の顔が並んでいる。サン・フォ ールではヴシュールに彫られていたが、ここでは 壁面横一列に並んでいる。人の顔同様に、様々な 表情に彫り分けられているところが見せ場なのだ ろう。日本にも馬頭観音が信仰されたように、馬 への格別な想いがあったのかもしれない。 軒持ち送りの彫刻も質の高いもので、様々な突 飛でユーモラスな、化物図鑑とでも言えそうな図 像を見ることが出来る。 |
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マリニャック/聖スルピス教会 Marignac/Église St-Sulpice |
Charente-Maritime |
後述のアヴィの村に隣接する、これもまた実に 鄙びた寒村である。ガイドブックには載っていな い。 バジリカ式単身廊なのだが、東端のドーム部分 の左右に、半円形の祭室が袖廊のように飛び出し ているのが特徴である。 柱から上はゴシックに改造されているが、ドー ムと祭室の部分は彩色されていて大層美しい。 柱頭とそれを結ぶ帯状のレリーフ彫刻が見事だ った。写真は祭室部分のレリーフで、ドームの左 右の柱頭を結んでいる。ライオンなどの動物や様 々な人物が、複雑に絡まった植物の蔓や葉の間に 彫られ、それは果てし無く続いていく様だった。 柱頭に彫刻されたフォルムを詳細に眺めると、 繊細で豊かな表現が成されており、ユーモラスな 動物の表情と共に楽しめる。 |
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シャドゥナック/聖マルタン教会 Chadenac/Église St-Martin |
Charente-Maritime |
サントンジュ地方には、多重半円アーチで装飾 された門が多い。写真もその一つで、文字通りコ ニャックの産地であるシャラント県のコニャック の町の南にある、シャデナックの教会の正面門で ある。 正面ファサードの全面が色々な彫刻で飾られて おり、特にアーチ部分と柱頭には、多くの聖人や 聖女像の他に、鳥や獅子などの動物も見られた。 彫れる場所に制限が有るために、像は全て細長く 湾曲しているのが特徴だ。 詳細に見ると、十二ヶ月の仕事を表した彫像が 有るが、これはサントンジュに多い、黄道十二宮 を象徴したものだろう。また、タンパンの無いの もこの地方の特色で、見慣れると、いかにも天国 へ通じる門という気がしてくる。 ファサード右端の柱頭に「キリストの墓に詣で る三人のマリア」が彫られているのだが、この装 飾過多とも思える彫刻群の中に有って、ロマネス クにふさわしい素朴で愛らしい姿を見ることが出 来たのは幸運であった。 |
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ジャルナック・シャンパーニュ/ 聖ソヴール教会 Jarnac-Champagne/ Église St-Sauveur |
Charente-Maritime |
この辺りは集落ごとにロマネスクの聖堂が建っ ている、といったイメージが強い。前述のビロン からは東へ7キロ、シャドゥナックからは東北へ 2キロという至近距離にこの村がある。 教会の正面は鐘塔になっており、扉口のアーチ とポーチ Clocher-Porche が設けられている。 隣接するリムーザン地方ではよく見られるスタイ ルだが、サントンジュでは珍しい。 五つの梁間を持つ三身廊だが、身廊部分はすっ かり改造されており、仕切りのアーケードや円柱 は現代のもので、天井は方形の平天井だった。ロ マネスクの生きた部分は、どうやら正面のポーチ と写真の祭室部分だけのようだった。 半円形祭室の窓は正面三つが開口アーチで、左 右に小盲アーチ二つづつが設けられている。 方形部分の開口窓が左右に一つづつ開けられて おり、半円筒の横断アーチや半円形ドームなどの 構造と組み合わさって、落ち着きのあるロマネス ク建築の端正な美しさを示している。 正面の窓の両端に、捩り棒のような妙なデザイ ンの円柱が取り付けられている。余り上等の意匠 とは思えないが、斬新さを求めた結果だったのか も知れない。 この祭室に対応した後陣建築は、半円柱の壁柱 や帯状装飾などもあって見応えの有る景観を構成 していた。 |
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エシェブリューヌ/ 聖ピエール教会 Échebrune/Église St-Pierre |
Charente-Maritime |
ビロンとジャルナックの中間に位置している村 だが、地方主要道 D700 に面しているのでやや 大きな集落となっている。 教会は家並からはちょっと離れた場所に建って おり、想像以上の長さを持つ身廊や聖堂中央に聳 える八角鐘塔にはやや圧倒される。 それにも増して迫力があるのが写真のファサー ド装飾だった。 下三連のアーケードは両端のアーチに比べて、 中央の扉口アーチが六重のヴシュールを持つ大き なアーチであることに驚く。前出したビロンやエ キュラ等と同じ簡素なヴシュールの仲間だが、彫 刻装飾は少ないが重量感に満ちた迫力を示してい る。 六重のヴシュールと左右の壁円柱に対応した柱 頭が七つづつ連続しており、それぞれに植物模様 や鳥などがデザインされて目を見張らされる。そ れに続くレリーフが、更にファサード両端へと展 開している。 上段には窓のあるアーチを中心に、左右に三つ づつの盲アーケードが意匠されている。中央窓の 上部アーチに、波型装飾が見られる。やはり、ス ペインから入って来た意匠なのか、または影響を 受けた石工の仕事なのかと思われる。 |
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ビロン/聖ユトロープ教会 Biron/Église St-Eutorope |
Charente-Maritime |
五つの梁間を持つ単身廊のロマネスク聖堂であ る。天井は木造だが、半円筒ヴォールトを構成し ていた。 鐘塔下の交差部までがロマネスクで、その奥の 翼廊と祭室は完全にゴシック様式に改造されてい る。 ファサードの装飾は、下三連、上十一連のアー ケードが主体だが、前述のエキュラ Écurat で 記したヴシュール簡略様式を踏襲しているように 見える。実際五重のヴシュールには彫刻は無く、 各層の仕切り部分にのみ繊細な彫刻が施されてい る。派手な装飾は無いが、聖堂全体の佇まいが素 晴らしかった。 |
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アヴィー/聖母教会 Avy/Église Notre-Dame |
Charente-Maritime |
この教会は、高級なブランデーで知られるコニ ャック Cognac の町の南西に位置する Pons ポ ンの町の近郊に在る、鄙びた村にポツンと建って いる。ポンを中心としたこの一帯はポントワーズ Pontise と呼ばれ、ロマネスクの教会が各村ごと に密集している。 建築はバジリカ式単身廊で、祭室後陣周辺は後 世の安直なゴシック様式に改造されている。 鐘塔も決して美しいと言えるような代物ではな さそうだ。 何と言ってもこの教会の見所は、見せかけファ サードの装飾と、扉口彫刻である。 この地方の特色である多重ヴシェール、つまり アーチ装飾の連続彫刻が見事だった。扉上に半円 形のタンパン彫刻が無いのも、この地方の際立っ た特徴である。 アーチは輪郭の飾りアーチも含めて五重で、楽 器を奏でる長老達や、蔓草に絡まった動物や人物 像の複雑な図像が、アーチいっぱいに溢れるほど の量感である。 この地方はロマネスク期の密度濃いファサード を持った教会が数多く分布しており、旅するには まことに魅力的な場所である。 |
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ブニョー/聖ピエール教会 Bougneau/Église St-Pierre |
Charente-Maritime |
ポン Pons の町外れに隣接する集落で、教会 は先述したタム Thaims などと共に、プレ・ロ マネスクの面影を伝える11世紀の建築遺構とし て貴重な存在なのである。 聖堂の大半は後世の改築になっており、サント ンジュにありながらファサードに見るべきものは 無い。大半のガイドブック、一番詳しいミシュラ ンですら取り上げていない、知られざる遺構なの である。 聖堂は、単身廊だが天井は木造で、翼廊も交差 リブの穹窿で構成されている。 古い面影が残るのは祭室と、奥の後陣部分に限 られている。いずれも上下二段のアーケードが設 けられている。特に下段は全てが盲アーケードで あり、特に後陣のアーケードは上下共に七連、方 形祭室部分は左右共下四連、上三連という構成に なっている。方形部分の柱が角柱であるのが、妙 に古めかしく感じられる。 写真は、後陣の壁面下段のアーケードに残る八 基の柱頭彫刻の一つである。いずれも繊細で巧妙 な植物模様が彫られており、アカンサスを発展さ せたような意匠が駆使されている。壁面を除き三 面づつあるので計二十四面、図案の見本帳をめく っているような面白さであった。 |
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ペリニャック/聖ピエール教会 Perignac/Église St-Pierre |
Charente-Maritime |
ポンからブニョーを過ぎ、更にD700号を5キ ロ行くとこの町に着く。教会は国道に面して建っているのだが、サントンジュでは珍しい方形のフ ァサードである。 ゴシックの控え壁に挟まれたファサードの中上 段のみがロマネスク様式で、聖堂や後陣などの大 半が後世に改築されてしまっている。 正面扉口もゴシック様式で、尖頭アーチのヴシ ュールが辛うじてロマネスク創建時のイメージを 残している。 サントンジュ様式のアーケードは二段で構成さ れており、下段には十三連のアーチが連なってい る。アーチ毎に彫像が立つが、全ての頭部が失わ れている。異教徒の仕業なのだろうか。キリスト を中心とした十二使徒の像と考えられる。 上段は九連アーケードで、中央にステンドの開 口部が設けられ、その上部に馬の頭の帯状連続彫 刻が見られる。左右のアーチ内の彫像は、楯と剣 を持つ人と女性像が交互に立っている。おそらく は、美徳と悪徳の戦いと賢明な乙女と愚直な乙女 の複合図ではないだろうか、と考える。 最上部の壁面にレリーフが彫られているが、二 人の天使に支えられたキリスト昇天の図像と思わ れる。サイトの一部にはマリアの昇天、と記した ものがあるが、間違いではないだろうか。 |
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コロンビエール/聖マクロ教会 Colombiers/Église St-Maclou |
Charente-Maritime |
ポンの北5キロの町で、教会は集落の東端に建 っている。 単身廊に鐘塔、半円後陣が一列に連なった素朴 な建築だが、15世紀のファサードや壁面のゴシ ック的な付け柱が、いきなり見学意欲を低下させ てしまった。 しかし、鐘塔に残るロマネスク的な部分や、半 円形後陣の優雅な姿がこれを救ってくれた。 四つの梁間 travées を持つ単身廊はすっかり 白塗りで、木製の天井と尖頭アーチが再びテンシ ョンを下げた。 この窮地を救ってくれたのが、鐘塔下の柱頭群 だった。魂の計量らしき図像は見られたが、大半 は写真の様な植物の蔓草と人物や怪獣が絡まり合 ったものだった。口から蔓を吐き出したり、舌を 抜いたりしているようにも見える。謎めいた図像 の数々に、先ほどまでのガッカリが消し飛んでい た。 |
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レトー/聖トロージャン教会 Rétaud/Église St-Trojan |
Charente-Maritime |
この村はサント Saintes の西南12キロの地 点にあり、タルモン Talmon へ通じる地方道D 114号線に面している。 教会も本道に面していて判り易い。 余り美しいとは思えぬ鐘塔が先ず目に入るが、 これは15世紀の再建だそうだ。 西正面のファサードは初層のみにアーケードが 見られ、上層は壁面だけの再建部分である。下層 は、四本の太い円柱で仕切られた中に、三連のア ーケードがはめ込まれている。ヴシュール装飾は かなり崩壊しており、相当に改修されている。 単身廊の天井は尖頭ヴォールトで、ファサード 同様壁面から上はゴシックに改築されている。単 身廊の壁面には、12世紀のロマネスク様式の名 残が色濃く残っている。 写真は、細長い祭室と半八角形の後陣で、二段 に設けられたアーケードこそが、創建当初の姿を 今日に伝えるものである。 後陣部分上段のアーケードは三連づつで、祭室 側面のみが四連となっている。中段には仕切りご とに、窓とアーチ装飾が施されている。アーチの 彫刻は、大半が植物連続模様である。この地方に 流行した意匠、ということなのだろうが、先述の ジェ Geay などにも通じる構成である。 |
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リウ/聖母教会 Rioux/Église Notre-Dame |
Charente-Maritime |
レトーの南5キロの村で、教会は、後陣を見た だけではどちらかの判別がつかぬほど似ている。 こちらの上層が四連であること、鐘塔の位置が異 なること以外はとても似ている。やはりこの地域 に共通した何らかの底流が存在したのだろう。 聖堂は翼廊と交差部が15世紀の改築だが、扉 口と単身廊部分、そして祭室は12世紀創建時の ものである。 ここでは、西正面のファサードに注目してみた い。 四重のヴシュールには細密な幾何学模様が彫ら れ、基礎部分にも帯状彫刻が意匠されるという 、行き届いた装飾が施されている。 中段には九連の盲アーケードが配置され、両サ イドには壁柱やニッチのような細長い壁龕が意匠 され、中央にゴシック的な聖母子像が彫られ祀ら れている。 |
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ル・ドゥエ/聖マルシャル教会 Le Douhet/Église St-Martial |
Charente-Maritime |
サントの北東10キロの閑静な村である。 祭室や鐘塔は、明らかにゴシック様式に変貌し ており、半円筒ヴォールト天井の単身廊も、真っ 白に塗られている。 見所は扉口の彫刻で、四重のヴシュールと柱頭 に質の高い彫刻が見られた。 ヴシュール最内側には、十字架を背負った羊を 囲む天使像、その外側が唐草模様、そして植物の 網目模様が繋がっている。 外側の帯彫刻は失われているが、輪郭部分にキ リスト像を中心にして左右に十二使徒が彫られて いる。 イサクの犠牲や動植物などを主題とした、柱頭 の彫刻も見逃せない。 |
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フニウー/聖母昇天教会 Fenioux/Église Notre-Dame de l'Assomption |
Charente-Maritime |
ル・ドゥエから更に北へ10キロ行った所にあ る割と大きな村である。 教会は村外れの高台に建ち、聖堂と有名な死の 頂塔 Lanterne des Morts とが、少し離れて対峙 して建っている。 聖堂は単身廊で、プレ・ロマネスク時代の壁面 とロマネスクが複合している。残念ながら、祭室 などは完全にゴシックに改造されていた。 天井は丸味を帯びた尖頭ヴォールトで、現在は 木造になってしまった。壁面に古い円柱と柱頭が 残されている。 見所は正面の扉口を含むファサードだが、この 見た事も無いような意匠に驚かない人はいないだ ろう。 最も異様なのは、ファサードの両端に並べられ た七本づつの壁柱(円柱)である。天から降りたよ うな円柱の壁は、美しいというよりも、人智を越 えた意匠と言うべきだろうか。死の塔の軸部が同 じような円柱を束ねた意匠で、同じ発想から出た ものだろうと思う。 扉口のヴシュール彫刻は、十二か月の仕事、賢 い乙女と愚かな乙女、美徳と悪徳の戦い、などが 所狭しと彫られている。この地方に数多く分布す る主題である。 |
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ヴァレーズ/聖ジェルマン教会 Varaize/Église St-Germain |
Charente-Maritime |
サントの北30キロ、シャラントの支流ブトン ヌ Boutonne 川に沿って発展した、この一帯の 中心都市である St-Jean-d'Angély サン・ジャ ン・ダンジュリーがあり、そこから東へ8キロ行 った田園地帯にこの村がある。 教会は三廊式の立派な建築で、二層のアーケー ドが意匠された鐘塔が遠くからも見える。 ファサードは平板なデザインだが、身廊の南側 に設けられた写真の扉口が、この地方の特徴を伝 える貴重な遺構だった。 四重のヴシュールの帯状彫刻がアーチを飾って いる。大外枠に天使が舞っており、さながら飛天 を見る想いだった。 外側に大勢の人物像が並んでおり、黙示録の長 老達に加え多くの聖人像も彫られているようだ。 緻密な唐草模様の内側に、盾と剣を持った人物 の戦いが描かれている。美徳と悪徳の戦いを象徴 したものである。 最内側には、十字架を背負った羊を、天使たち が支えている図像が彫られている。 柱頭など、かなり修復の痕跡が目立つが、総じ てサントンジュの扉口らしい主題が詰まった見事 な門だと言えるだろう。 後陣と鐘塔を聖堂後方から眺めるのも、ここで はお薦めである。 |
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ニュアイエ・シュル・ブトンヌ/ 聖母昇天教会 Nuaillé-sur-Boutonne/Église Notre-Dame de l'Assomption |
Charente-Maritime |
ブトンヌ川に沿って更に北へ向かって10キロ も行けば、川沿いに開けたこの町へは容易に到着 できる。オルネー Aulnay からは数キロの距離 しかない、ブトンヌに面した村である。 単身廊の聖堂で、天井は木造の尖頭ヴォルトで 構成されていた。建築的にはロマネスクの魅力は 感じられなかった。 サントンジュ様式とは異なった西正面ファサー ドには、写真のような扉口と壁面にレリーフが少 し見られるだけだった。 二重のヴシュール外側には、聖母子を中心とし て、受胎告知や東方三博士礼拝などの聖母伝が綴 られている。繊細な美しい彫りであったことが、 摩滅はしていても十分想像出来る。 内側には、キリストを中心とした十六人の聖人 が彫られているが、鍵を持った聖ペテロ以外は判 然としない。残念ながら破損がかなり進行してし まっているのである。 柱頭部分にも意欲的な彫刻が成されており、ラ イオンと戦う人物や、ライオンに頭から食いつか れている人間などが絡まった何とも面白い図像が 見られる。特に、通常は彫刻はされない柱頭の上 の冠板石 Abaque にまで、びっしりと彫り込ん だ石工の情熱には感心した。 |
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オルネー/聖ピエール教会 Aulnay/Église St-Pierre |
Charente-Maritime |
オルネーを訪ねたのは冬の晴れた日で、やや西 に傾いた日差しが、南の門の彫刻をくっきりと浮 かび上がらせていた。 私個人の趣味として、派手な装飾は余り好みで はないのだけれど、この門の四重迫縁飾りには見 事な統一感があり、壮麗な気品に満ちている事に 感動した。 これほどに美しい門をくぐった中世の人々が、 一体何を感じていたのかを想像すると興味は尽き ない。 黄道十二宮を象徴する奇妙な動物達や、聖人達 の群像の他に、ランプを持った「賢い乙女」達と ランプを逆さに持った「愚かな乙女」達の像が彫 られている。美徳と悪徳という寓意の表現が成さ れているのか、黙示録的な審判を意味するのか、 確実なことは分からない。 サントンジュ式のアーチ門だが、密度の濃い意 匠の彫刻には、他とは明らかに違うほぼ完璧とも 言える完成度が見られる。 西正面の門および半円形盲アーチには、栄光の キリスト像やペテロの逆さ十字架などが彫られて いる。周囲の装飾植物模様の精密さも合わせ、見 逃してはならない。 |
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マタ/聖エリー教会 Matha/Église St-Hérie |
Charente-Maritime |
マタはオルネーの南20キロにある、この地域 を代表する小都市である。この教会は、町の南側 に建っている。 ファサードと身廊南壁がロマネスクで、祭室そ の他はゴシックに改造されてしまっている。天井 は尖頭形の木造であった。 写真の西ファサードは、二層の三連アーケード が意匠されているが、左上のみが喪失している。 中央上層の四重ヴシュールは、様々な幾何学模 様が駆使されている。下層扉口は三重で、外側か ら絡み合った動植物、蔓草模様、四葉模様が、深 い彫りでぎっしりと描かれている。卓越した技量 を持った石工の仕事だったのだろう。 聖堂南壁のアーチ窓の帯状装飾にも、動物や植 物をモチーフとした質の高い彫刻が見られた。 |
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マタ(マレステ)/ 旧聖ピエール修道院 Matha (Marestay)/ Ancienne Abbaye St-Pierre |
Charente-Maritime |
マタの北側に建つもう一つのロマネスク教会で ある。 かつての大修道院付属教会の遺構だが、現在身 廊部分は失われ、翼廊と鐘塔、祭室と三つの後陣 だけが残されているのみだった。 鐘塔下の交差部柱頭に、ライオンとダニエルが 彫られている。ライオンの表情が面白い傑作だ。 見所は後方からの後陣の眺めであり、それは失 われた身廊やファサードの姿を想起させる手懸り となるのである。きっと整然とした美しい聖堂だ ったに違いない。 中央後陣の窓のアーチに、二重のヴシュールが 彫られている。厚みのある彫刻で、外側には植物 の蔓の連続模様、内側には無数の人面や色々な動 物が並んでいて興味深い。 |
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マックヴィル/聖エチェンヌ教会 Macqueville/Église St-Étienne |
Charente-Maritime |
マタの東南12キロにある村で、サントンジュ の最東端に位置している。 聖堂は身廊の下部のみにロマネスクが生きてお り、正面ファサードや木造天井、祭室後陣などは 全て後世のものである。 ここでは、身廊に展開する柱頭彫刻に注目した い。 写真はその一つで、ライオンを打ち負かす人物 の像である。左側にもライオンの像があったよう だ。図像はデフォルメされているが、彫りはしっ かりしているようだ。 他にも、蔓に絡まるライオン、龍と蔓草などが 主題となっている。 身廊の北壁に設けられた扉口のヴシュール装飾 は、不思議な動物の帯状彫刻で飾られており興味 は尽きない。 |
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