NO.11 それぞれの決断へ - PART II

 デザイアズはフォートレットの上空を旋回しながら、地上の様子をうかがっていた。探査艇を飛ばし、政府のバックアップを受けながら、情報収集を行う。
『目撃者がいるようです。ただ、ランキムの行方は依然として不明です』
「うまく隠れたものだな……
 艦長のセールズ・フィリオが、メインモニターの街並みをにらみながらぼやいた。
 その背後にはいつものスタッフの他に、憮然とした表情で席に腰を下ろしているレオナードとテリッサの姿があった。ランキムと上司であるロッティの失踪で宙に浮いた形となった2人は、とりあえずロッティを説得するためという目的で連れ出されていた。
「とにかく、探査艇で監視続行。高周波ビットも飛ばしておけ」
 フォートレットの上空を、エアカーに混じって不気味な金属塊が飛び交う。もちろん通常のシステムとしても最高位の技術と知識が使われているが、AS搭載船デザイアズの搭載機器だ。今のゼクロスには、それすらも恐怖だった。
『キイ……あのなかを突っ切れるでしょうか?』
 ブリッジには、いつもの艦長席のキイの後ろに、ロッティとフォーシュが適当な席に座っている。
「私がガードする。でも、見つかるだろうな……覚悟を決めるしかない。発進」
 岩山の間を上昇し、ゼクロスはその姿を顕にする。吸い寄せられたように近づく探査艇を引き離そうと、一気に加速し、フォートレット上空へ。
 しかし、大気圏を離れようというそのとき、ゼクロスは危機を感じ、急停止した。メインモニターに、白い大きな壁が横たわる。
「デザイアズか……
 ロッティが唇をかむ。
 ギャラクシーポリスの最強戦艦が、行く手を塞いでいた。その船からの呼びかけを受け取り、ゼクロスは映像と音声を中継した。
『そちらに元刑事ロッティ・ロッシーカーが乗っていることはわかっている。ランキムをどこにやった? 大人しく質問に答えて投降しろ!』
 ゼクロスのほうは映像を送信していない。だが、艦長席の男は見透かしたように怒鳴りつけた。映像には、ロッティには見慣れたレオナードとテリッサの姿も映っている。
「突然失礼じゃないか。そこをどいて欲しいんだけどね」
『キイ・マスター、強盗の犯罪者をかくまっているとなれば、きみもただではすまない。大人しく投降するのが身のためだぞ』
 探査艇や高周波ビットが、ゼクロスの機体の周囲を取り囲む。
『さあ、投降しろ。少しでも抵抗の気配を見せれば容赦なく攻撃する』
 どうする……
 フォーシュとロッティがキイに目をやる。キイは眉一つ動かさなかった。
「CSリング、バリア展開」
 ゼクロスは答えることもなく、即座に指示に従った。リングが機体の周囲をめぐり、探査艇やビットを叩き落す。
 それをモニターで確認し、GP船のブリッジで、セールズは溜め息を洩らした。
「やれやれ……砲撃だ、デザイアズ。一撃でしとめろ」
……はい』
 ゼクロスの通常バリアは、エルソン船には劣るものの、相当なものだ。それを破るには、ASを使用するほかない。
「キイたちを死なせる気……!?」
 思わずコンソールのそばに駆け寄ろうとするテリッサの行く手を、レオナードが手を伸ばして塞いだ。
「これが一番いい方法なんだよ。仕方がないんだ。キイとゼクロスは存在してはいけなかったのさ。それほど大きな力を持った者は、いずれ秩序を破壊する」
「秩序? GPが秩序を作れるって言うの!?」
 テリッサはレオナードにくってかかった。彼女はさらに、驚きの表情を浮かべているスタッフたちを見回す。
「ASだってゼクロスが造ったものでしょ! さんざん利用しといて、目障りになったら消すつもり? あなたたちなんかに、正義を決める権利はあるの!?」
「これは、必要なんだよ。この世界に必要だから、やるしかないだけさ」
 セールズはわずかな間苦悩の表情を浮かべ、しかし、彼ははっきりした声で指示を下した。
「命令は変わらない。デザイアズ、ASレーザー用意」
『了解』
 砲門が、ゼクロスの機体の白い表面を狙う。
「撃たないで!」
 テリッサの声にも何も感じない様子で、セールズは無感動に告げた。
「発射」
 ドン、というかすかな音とともに、光の束が伸びた。
 それが到達した瞬間、デザイアズのクルーは、モニターに信じられないものを見る。
 だが、最も驚いたのは、ロッティだろう。
「なぜだ……!?」
 白い巨大な戦艦との間を遮るように、飾り気のない小型戦艦が出現していた。その船の名を知らぬ者は、この場にはいない。
「ランキム……!」
 見違えようもない、元GPのNO.2戦艦。
「被害は?」
『わかりません……交信不能です。外部に被害は見当たりませんが』
 ゼクロスはサーチ不能という答を返した。双方のブリッジに困惑と不安が広がる。
 だが、やがてランキムが動きを見せた。デザイアズと向かい合うように機首をめぐらす。
 ゼクロスのブリッジに、無感動な声が響いた。
『ここは私が抑える。キイ、ゼクロス、きみたちはきみたちの目的を果たせ』
「ランキム、無事なのか?」
 仰天するロッティに、相変わらず落ち着いた声が、しかし、かすかに嬉しそうに応答する。
『もちろんです。今は、説明しているヒマはありませんが』
「キイ、頼みがある」
 ロッティはキイを振り返った。キイは、最初からすべてわかっている、という様子でうなずく。
 キイがロッティをランキムに転送すると、ゼクロスは即座にメインドライヴを起動し、その場を離れた。デザイアズは進路を塞がれ、大気圏を出て行く船を見送るしかない。
 ブリッジに転送された元刑事は、どこか満足そうに艦長席の背もたれにコートをかけ、腰を下ろした。
「それで、どうなってるんだ、ランキム? ま、何となくわかってるが」
『そうでしょうね』
 いつものように、素っ気なく答える。
『ASに対抗するにはASが必要です。《時詠み》に感謝するべきでしょうね。もう、デザイアズにも簡単に負けることはありませんよ』

 フォートレットを出たゼクロスは、ビリーからの情報を頼りに、惑星の周囲を巡る〈アトラージュ〉が現在あるはずの座標に向かった。衛星のそばを突っ切り、明るい惑星から放れ、闇に沈む人工物へ。
 闇の奥に向かううちに現われた巨大な船は、エルソンの芸術と言われる宇宙船ルータにも似た、美しいものだった。青白い水のようなものが船の半分を満たしているのが、透けて見える。
「あれが〈アトラージュ〉なの……?」
 フォーシュが文字通り闇に浮かぶオアシスのような船を凝視し、わずかに眉をひそめた。
『迎え入れてくれるようですよ……
「望むところさ」
 巨大な出入口が口を開け、小型宇宙船を取り込む。途端に入口が閉じ、わずかな星の光も遮られる。奥は暗く、外部のように透けて見えない。ライトの光も、闇の濃さに負けてほとんど役目を果たしていない。
『何か嫌な感じです……怖い……
「へえ、ゼクロス、ASが使えないのに何か感じてるのかい?」
『見たままを言ってるだけですっ』
 奥に向かうにつれ、やがて鈍い銀色の巨大なハッチが現われた。しかし、そこに向かおうというその時、ゼクロスは異変を察知する。
 サブモニターの映像が切り替わり、キイもそれを確認した。
 無数の小さな、人の形をした影が船に飛び移ろうとしていた。いくつかは手を伸ばし、紺色の翼にしがみつく。それは人ならざる運動神経で、翼の上に飛び乗った。
『ど、どうしましょう、キイ?』
「とにかく、あの向こうにいければ……
 閉ざされたままのハッチに目をやり、次にキイはサブモニターに目をやった。翼の上を、小柄な影が4つ、移動している。ゼクロスがどこかのハッチを開けない限り、内部に侵入されることはありえないだろうが。
『人なんでしょうか……?』
 高度を上げるべきかどうか迷い、ゼクロスが困惑した声をあげる。人ならば、彼には振り落とすような真似はできない。
「もう、外に出ても平気かしら?」
 不意に天井を見上げ、フォーシュが問う。
『ええ、空気も気圧も大丈夫ですが……まさか……
「そのほうが手っ取り早いでしょ。準備して」
 言うなり、キイたちの答も聞かずにブリッジを出て行く。もとよりキイには止める気もないが。
『外に1人で行かせるなんて……いいんですか? 危険ですよ』
「子どもじゃあるまいし……
 キイは振り返りもせず、肩をすくめた。
「好きにさせるといい。彼女も自分の目的を遂げるためにこんなところまで来たんだろう」
 ゼクロスがハッチを開けると、フォーシュはその翼の上に走り出た。そこに、彼女の腰ほどの身長の人の姿が駆け寄り、素早く手を突き出した。滑らかな足場に気をつけながら一撃をかわし、フォーシュはジャケットの下のベルトのホルスターから抜いたレーザーガンを撃つ。近距離とはいえ、その早業で発射された光線は、外れることなく人影の肩をつらぬいた。
 さらに、別の人影が迫る。フォーシュは懐から鎖を取り出し、それを投げた。
「あいつの得意技だけどね……
 並んで走り寄ってこようとするふたつの姿が足をとられ、下に落下した。ゼクロスはフォーシュが外に出てから高度を下げている。フォーシュは負傷しながらも手を伸ばす相手を蹴り落とすと、姿を見せた最後の1人に向かい、自ら突進した。走りながらレーザーガンをホルスターに戻し、ジャケットの内ポケットから警棒のパーツを取り出し、組み立てる。
「場所を変えさせてもらうわ」
 相手の目の前に迫ると同時に素早く腰を落とし、警棒を振るった。それで意外に細い足を払い、バランスを崩した相手ごと床に飛び降りる。
 フォーシュは、頭上を通り過ぎる宇宙船を見上げた。
「高度を上げなさい」
『フォーシュさん……
 巨大なハッチが開かれた。その周囲によじ登ろうという姿がないのを確認し、フォーシュはゼクロスを見送る。
『気をつけて……
「そちらもね」
 機体が完全に見えなくなると、ハッチが自動的に閉じた。闇が完全に辺りを満たす前に、フォーシュは3つの照明球のピンを抜き、周囲に転がしている。
 その明かりが地面に転がる人の姿を照らし出す。
「子ども……!?」
 そこに倒れて、それでも彼女に鋭い視線を向けながら身を起こそうとしているのは、12、3歳ほどの少年少女たちだった。
 一瞬戸惑う彼女に、体勢を立て直した金髪の少年が、ナイフを手にして跳びかかる。
 すぐに迷いを振り払い、彼女はレーザーガンを抜いた。ゼクロスのような人の好いことを言ってはいられない。彼女には、生きるための戦いにルールなど必要ないということはわかっている。
 それでも、致命傷を狙わず、足を狙って発砲した。子どもたちは歩けなくなると、這いずって近づこうとする。
「人としての意思は無いようね……
 戦闘用のロボットなどではないらしいが、造られた存在には違いなかった。
 子どもたちは致命傷を与えられるまで、声もなく、フォーシュに近づいて攻撃しようとするだろう。ここから出なければ……彼女は油断なく、辺りを見回した。
 そして、壁に人1人がくぐれるくらいの大きさの丸いハッチを見つける。おそらく、そこから子どもたちが侵入したのだろう。
「他に手はないわね」
 面倒臭そうにつぶやくと、彼女はレーザーガンをかまえたまま、壁に走り寄った。

 五つ並んだプラットフォームの真ん中の横で、ゼクロスは停止した。どこか不安になるほど天井は高く、空間は広い。しかし奥に続く通路はひとつだ。その四角い通路は人間が通るには充分に広いが、小型といえども、宇宙船が通るには狭過ぎる。
『キイ……
 おそらく後方の巨大ハッチの向こうではフォーシュが戦っているのだろうが、分厚い壁に阻まれ、物音ひとつ聞こえてこない。静寂の中、プラットフォームに降りたキイに、ゼクロスは不安げな声をかけた。
「ああ、とりあえずこの辺に敵意は感じない。私が話をつけてくるから、大人しく待っているんだよ」
『1人で大丈夫なんですか? 今の私では、足手まといにしかならないでしょうけど……
 機体を離れかけて、キイは振り返った。その顔には、あの、独特の不敵なほほ笑みが浮かんでいる。
「心配いらないさ。すぐに戻って来るって」
 軽く手を振り、通路に向かって歩き出す。
 その背中が通路のなかに入りかけた時、ゼクロスはこらえきれなくなったように呼び止めた。
『キイ! あ、あの、約束してください!』
「約束?」
 再び振り返り、キイは首を傾げた。そのまま次のことばを待つ彼女に、迷ったようなわずかな間を置いて、ゼクロスが告げる。
『明後日……明後日、フォートレットでティシア・オベロンのコンサートがあるんです。だから、それを聞きに行くって、約束してください!』
 必死の調子のことばに、キイは驚いたような、あきれたような、奇妙な顔をした。
「明後日って……きみ、オリヴンに飛んで帰って、人々を助けて、またASを使って明後日までに帰ってくるの、無茶じゃないか?」
『いいですからっ! 約束してください!』
「仕方ないなあ……
 無謀だと思いながら、彼女は小指を立てる。
「はい、指きり。ちゃんと覚えておくよ」
『絶対帰って来て、約束守ってくださいね』
「わかってるよ……
 苦笑混じりに言って右手を振り、キイ・マスターは通路の奥へと姿を消した。

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