NO.11 それぞれの決断へ - PART I

 最大にして最高の都と言われる中央都市、フォートレット。眠ることのないこの街だが、それにしても、今夜は騒がしかった。それに、物騒な気配を感じる……ビリー・フットはその気配だけで、何が起こったのか、大体察していた。
 だから、彼はフォーシュたちがやってきたとき、少しも驚きもせずに迎え入れたのだった。
「派手にやったみたいだな、警察が駆け回ってるぜ」
「私たちがやったわけじゃないわ……
 金髪の私立探偵は、溜め息交じりに言った。彼女と、案内役のディアロ以外に人の姿を見つけ、ビリーは軽くそちらを一瞥する。コートをまとった青年と、変わった格好の小柄な人間が油断なく辺りを見回している。
「元GP刑事のロッティと、何でも屋のキイ・マスターよ。知り合いなの」
「ふうん」
 ビリーは軽く肩をすくめ、地下室の照明をつけた。今までよりいくらか明るい、という程度の、ひかえめな明かりが周囲を照らす。その赤みがかった光のなかで、フォーシュは壁を背にして座り込むビリーを見つめた。
「《時詠み》はどこかに消えたようね。まだ、状況は動いているわ……でも、どうしてもあなたにききたいことがあるの。司祭長、とは誰かしら?」
 聞いているのかいないのかわからない様子でタバコをくゆらせていたビリーは、不意に目を見開いた。
「いよいよヤバイところに関わっているみたいだな、あんた」
「私より、知りたいのはキイだと思うけど」
 フォーシュが振り返ると、閉ざされた出口のほうに目を向けていたキイは、いつになく深刻そうな表情でビリーを見た。
「お礼はします、教えてください。司祭長とは誰です? どうしても会わなければいけないんです……郊外の様子が気になる。あまり時間をかけたくない」
 キイだけではない。ロッティもまた、街の外が気になっていた。GPの最強の戦艦、デザイアズが彼を追ってここにやって来るまで、もう時間がないだろう。
 そうでなくても、いつまでもここにいるのは危険だ。それを充分承知しているビリーは、溜め息とともに煙を吐き出した。自分のねぐらを警察に荒らされたくはない。
「オレもよくは知らねえんだが……〈宇宙の使徒〉の教祖らしい。信者は司祭長がいる場所を聖地とか呼んでるが、実際はこの星の周囲を巡る宇宙船だよ。簡単には近づけないが……
 仕方なさそうに立ち上がり、彼は懐からメモのようなものを取り出し、キイに差し出した。
「司祭長、ベリアラムの聖船〈アトラージュ〉だそうだ。当然AS搭載船さ」

 そびえたつ岩山の狭間、ゼクロスの前で、ユールはちょうどいい大きさの岩を見つけ、椅子代わりにしていた。完全に気を許したわけではないだろうが、とりあえず安心したらしく、ゼクロスは元調整者の青年を相手に今できる唯一のことをしていた。それは、暇潰しである。
「街が騒がしいな……何かあったのか?」
『建物が燃えているみたいですが……火事でしょうか? ケガ人が出ていなければよいですが』
 フォートレットの上空に、黒い煙が立ち昇っていた。その周囲を飛び回る、消火用や報道用のエアカーらしきもの。サイレンが混じったざわめきも、遠くに聞こえてくる。
「キイたちが何かやったかな?」
 もっとよく見ようと、ユールは座っていた岩の上に立った。しかし、見上げたその目に映ったのは、暗い空を塞ぎ、徐々に大きくなってくるシャトルの姿だ。彼にとっては見覚えのある、灰色のシャトル。
「あいつら……!」
『どうかしたのですか?』
 岩から飛び降り、懐に右手を入れるユールに、不安げな声がかかる。彼の警戒ぶりからは、ただごとではない様子がうかがい知れた。AS使いの襲撃は、今のゼクロスにとっては死の宣告に等しい。
 額に汗すら浮かべてにらみつけるユールの視界の向こうで、シャトルが降下した。岩山の間を器用に縫い、でこぼこした地上の上、数メートルの部分に浮かぶ。
 そこで、ハッチが開いた。
 ゆったりとした服に身を包み銀髪を背に流した青年と、色黒な巨漢が、地上に降り立つ。
「お前ら……!」
 怒りと、恐怖と、絶望。複雑な感情が混じりあった声で、ユールは威嚇するように、相手をにらみつけた。
 2人の襲撃者は涼しい顔で歩み寄って来る。結界の前で足を止めると、銀髪の青年が手をかざした。パキン、と、小さな音が鳴り、結界は解けた。そして、やはり何事も無かったように、彼らはユールの前までやってくる。
「久しぶりだな、ユール。それに、ゼクロスも」
 銀髪の青年は、澄んだ声で言った。その声は、どこかユールに似ている。
『あなたは……調整者ですね……! どうするつもりなのですか?』
 AS使いが2人。こちらは、ユールだけだ。戦いになれば、勝ち目は無い。
「ルッサ、フリオン……どうしても、やる気か」
 ユールの視線が、迷いと弱気を示すようにさまよう。
 この勝ち目の無い戦いは、避けられそうにない。
「いずれこうなることはわかっていただろう、ユール? 我々を裏切ったその時から。……ルッサ、ここは任せろ」
「いいだろう」
 フリオンと呼ばれた巨漢が一歩、前に出た。その手に、ASにより生み出された長大な銀色の棍棒が握られる。ユールは、懐から3本の短剣を取り出した。それもまた、ASで強化されたものだろう。
 フリオンがさらに足を踏み出す。それと同時に、ユールは跳んだ。その背後の岩が粉砕され、破片が散る。
「少しは腕を上げたはずだろう、ユール!」
「うるさい!」
 棍棒の先からほとばしる光線をかわし、短剣を投げる。
「あの時とは違う! 絶対に触れさせない……!」
 短剣は光の矢となって相手に降りそそぐ。その間にルッサが奥に進んでいるのに気づき、急いで身をひるがえす。
「逃げる気か、ユール? 変わっていないな」
「お前たちこそ、卑怯なままだな!」
 追いすがろうとする大男に短剣を投げ放ち、視線を戻すと、ユールはルッサに狙いをつけた。その手から放たれた短剣が、ふわりと優雅にすら見える動作で横に跳んだ相手の、服の裾を切り裂く。
「ほう。昔よりは腕を上げたな。だが、しょせん子供騙しだ」
 ユールがさらに短剣を投げようとした瞬間、地面に倒れた。フリオンに足を払われ、さらに棍棒を首に押し付けられて動きを封じられる。
 しかし、そのとき、ルッサのそばに光が散った。ゼクロスのレーザーだ。
『ユールを放しなさい! 次は当てますよ!』
 無駄だということはわかっている。しかし、ゼクロスは無感動な声で警告した。だがやはり、調整者たちは涼しい顔をしていた。
「今のお前に何ができる? ASも使えないのだろう」
 無情に言い、フリオンを振り向く。その口から、さらに容赦ないことばが放たれた。
「裏切り者は処分だ。早く済ませるぞ」
『やめてください! どうしてこんな……
 フリオンが小さなナイフを取り出し、ユールの背中に突き立てた。
「邪魔者を排除し、裏切り者を処分する……組織として当然だろう? 目的を果たすための手段だ」
 目的――それは、ゼクロスに違いなかった。
 ユールは、フリオンが離れても倒れたまま立ち上がろうとしなかった。悔しげに、調整者たちをにらむ。一見負傷しているようにも見えないが、弱っているようだ。毒だろうか。
『やめてください……やめてください! 何でも言うことを聞きますから!』
「ほう……
 美しくも絶望的な声に、ルッサが満足げに声をあげた。
 ユールが力なく、拳で地面を叩く。
「またダメだった……

 戦いは終り、調整者たちは宇宙船の前に並んだ。ここに来た目的を果たす、そのために。
『ユールを助けてください! お願いします!』
「そうする理由は無いな」
『そんな……!』
 必死の嘆願にも、調整者たちは無感動に応じる。
 だが、彼らの前に、突然小柄な人影が現われた。黒い染みのようなものが宙に人の形を作り上げると、その色が薄れ、マントにフードをまとった姿を浮き上がらせる。
「《時詠み》……
 その名は、調整者の耳にも届いていたらしい。今までにない警戒の光を瞳にたたえ、ゼクロスの紺の翼に腰を下ろした姿を見上げた。
 フードの奥の精悍な顔は、かすかに冷笑を浮かべているように見える。
「あいにくきみたちの思い通りにさせるわけにはいかないんでね。退いてもらうよ、ここは」
 どこか楽しげに言い、軽く手を振る。薄い光の膜のようなものが、2人の調整者を包んだ。
「これは……
「倒すことはできなくても、今のボクにもこれくらいはね……
 調整者たちの姿が薄れていく。シャトルも彼らと同時に薄れ、消え失せていった。
 残されたのは、ゼクロスと、倒れたままのユール、それに《時詠み》だ。
「これ以上は、ボクの役目じゃない。もうすぐキイが来る。運がよければ、助かるだろう」
『ひどい……
 《時詠み》もまた、姿を消す。調整者を追い払ってくれたものの、ゼクロスはユールを助けてくれない《時詠み》を恨んだ。彼にとっては、《時詠み》も調整者とそう変わらない。
 一方、ユールは《時詠み》に感謝した。
「あいつに……助けられたな。ま、結局オレは何もできなかったが……
『そんなことはありません! 解毒剤はないのですか?』
 ユールはうつ伏せから転がって仰向けになり、苦笑した。
「証拠も何も残さずに消滅させる、AS製の毒みたいなものさ。ASでしか消すことはできない。今は、何とか自分のASで効果を留めているが……今にも眠りそうだ」
『眠らないで! すぐに助けが来ますから……そうです、何か話をしましょう。楽しい話を……
「楽しい話? そうだな……
 息も絶え絶えに答えながら、彼はなかなか言うことをきかない身体を引きずり、赤茶けた岩の壁に寄りかかる。その耳に届く遠くのざわめきが、小さくなってはまた元に戻るのは、意識が朦朧としてきているせいか。
「明後日、フォートレットの第2衛星で、有名な歌手のコンサートがあるんだよ。ティシア・オベロンだ……知ってるだろ?」
『ええ……名前と、有名な歌手、という、それだけですけど』
「なんだ、意外と世間知らずだなあ」
『そっ、そんなことありません。ちゃんと他にもデータはありますよ』
「これじゃあ明後日、行けそうもないけどな……
 ユールは笑った。すでに、手足の感覚がなくなってきている。
 ゼクロスは、危険を承知で、この岩山の間からフォートレットのキイに知らせに飛んでいきたかった。しかし、ユールを置いてはいけない。今は、信じて待つしかない。
『きっと行けますよ。どうしてもダメなら、その、歌いましょうか……? 私では、意味がないかもしれませんが……
「そいつは貴重だな!」
 ほとんど目も見えない状態の中、ユールは無理に声を張り上げた。
「ぜひぜひ、お願いしたいね」
『眠らないでくださいよ……
 一呼吸置いて、彼は歌い始めた。その、聞く者の心を和らげ、忘れられぬほど深く刻まれるという優しい綺麗な声が、芸術と名高いメロディを紡いだ。何かに祈りを捧げるように――。
 だが、やがてその声が途切れる。
『ユール……?』
 聞こえているのかどうか不安なのか、小さく呼びかける。
 ユールは答えず、先ほど調整者のシャトルが浮遊していた辺りを見ていた。彼はそちらに、近づいて来る気配を感じていた。
「どうやら、助かったようだな……
「ゼクロス! ユール!」
 聞き馴れた声に、ゼクロスはどっと疲れたような気がした。
『キイ……! 遅いですよ、何やってたんですか!』
「ちょっと道が込んでてね」
 エアカーから飛び降り、彼女はユールに走り寄る。エアカーが止まると、なかからロッティとフォーシュがそれに続いた。
 キイがASを使い、苦もなくユールを治療する。
「すまねえな、結局迷惑をかけただけみたいだ」
「ま、ゼクロスの暇潰しにはなっただろう。気にすることはないさ」
『馬鹿なこと言わないでください……
 ユールは完全に回復したらしく、立ち上がって宇宙船のほうを向いた。
「貴重なもの、聞かせてもらったな。デビューしたらどうだい」
『まさか……
「どうするつもりなの?」
 疲れ切った調子のゼクロスから目をそらし、フォーシュはキイに問うた。キイは当たり前、といった調子で答える。
「やることは決まっている。〈アトラージュ〉を探す。そのためにここまで来たんだから。あなたたちこそどうするつもりです?」
「行かせてくれ」
 フォーシュが口を開くより先に、ロッティが後ろから言った。
「もうデザイアズが到着しているようだ……オレもここにはいられない。それに、いても仕方がないからな」
「ここで置いていくつもりじゃないでしょうね? キイ」
 フォーシュの脅すような声と視線に苦笑し、キイはエアカーを振り返った。
「ユール、ビリー・フットさんに送ってもらうといい。ビリーさん、頼みます」
 キイは懐からコインを取り出し、エアカーに放った。それを器用にキャッチし、ビリーは軽く手を振って応える。
「ちゃんと生きて帰って来いよ」
 ユールは軽い調子で言い、エアカーとともに、キイたちの前から姿を消した。

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