#DOWN

異変 ―闇に堕ちる〈星〉―(12)

「レベルも充分だし、パーティーのクラス配分も悪くないと思う……それで、アガクの塔の試練、クリア経験はある?」
「一応、一回はあるよ」
 ルチルが答え、クレオもうなずく。
 アガクの塔には、一人の魔女が住んでいた。その魔女の試練を乗り越え、最上階で魔女が召喚する魔獣に打ち勝ったものには、財宝の一部と大いなる名誉が与えられる――というのが、塔を制覇しようとする冒険者の間に伝わる情報だった。
「とりあえず、道具の買出しに町に寄ろうか。あたしたちが知らないうちに、仕様変更があったかもしれないし」
 ワールドは、成長する世界だ。プレイヤーの要望やバグの発見でイベントが修正されたり、上級者向けに新たなイベントが追加されることもままある。
「じゃ、まずはカロアンだね」
 クレオは地図を広げ、三つの大陸のうちの中央大陸南部にある町を指差す。『ラージスの森』と、現在地が赤い文字で表示されているそこから、北に少し行った所にある町だ。そのさらに北に、アガクの塔がそびえている。
 魔法で町にも塔にも移動できるが、短い距離なので四人は徒歩を選び、森のなかを北上した。ステラも器用に車椅子を操作し、遅れることなくついていく。
「近くに他のパーティーはいないか……なんだか、今日は静かだね」
 軽い足取りで先頭を行くルチルが、つまらなそうに伸びをした。
 空は晴れ渡り、緑の木々の間からは鳥が鳴き交わすのが聞こえる。イベントの演出や、時折天気が変わる以外、いつも冒険者が目にする旅の風景だ。
 もっとも、平和的な雰囲気でも、常にプレイヤー側を倒そうとする敵――魔物と出くわすなどの危険がつきまとうことは、皆、知り尽くしている。
 特に危険を察知する能力に長けた盗賊系クラスであるルチルは、視界の隅に奇妙な光を捉えると、反射的にナイフを抜いて身を屈めた。
「魔物?」
「らしいね。吸血コウモリが四体……ザコか」
 真後ろのクレオの問いに答え、シーフマスターは、技能を持つ彼女にだけ見えるデータ画面の魔物名を読み上げる。
 吸血コウモリは、高レベル冒険者なら一度は戦ったことのある、下級レベルの魔物だった。
「油断はしないに越したことはないよ」
 スラリと剣を抜き、少年剣士は前に出る。
 黒い影が木々の間から飛び出してきたのは、それとほぼ同時だった。
「アイスアロー!」
 剣士が動く前に、ステッキをかざし、リルが魔法を放つ。魔法を使うたびに消費する魔力を節約しようと、もっとも弱い攻撃魔法で氷の矢を飛ばす。
 矢はコウモリの一匹に当たり、相手を地面に落下させる。翼を凍り付けにされた小型の魔物は、恨めしそうにもがく。
 しかし、それを見たリルは、わずかに眉をひそめる。
「後は任せて!」
 少女の懸念を知らず、クレオは跳び、剣を一閃する。標的になった吸血コウモリは一刀両断されて消滅した。
「んっ」
 表情を変えながらも、動きを止めずにもう一匹に斬りかかる。
「こいつら、何か硬い!」
 手ごたえから、普通の吸血コウモリとは違う防御力の高さを感じ、彼は驚きの声を上げた。静観を決め込んでいたルチルが弾かれたように動き、ナイフで最後の一匹を葬る。
 二人が息を吐き、振り向くと、ステラが錫杖の先端で軽く凍り付けのコウモリを叩き、粉々に砕いたところだった。
「何とか終ったけど……確かに、普通と違ったね」
 ルチルが感触を思い出すようにして、ナイフを握ったままの右手を見下ろす。
「普通なら、アイスアローでも一発で充分なはずだもの……」
 リルもまた、可愛らしいデザインのステッキを振ってみる。
 だが、クレオは迷いなく、剣を鞘に収めた。
「まあ、考えても仕方がないことは考えないようにしよう。倒せたんだから、それでいいじゃない……大丈夫だって」
「あんたは、ほんと、気楽だねえ」
 あきれたようなシーフマスターに、剣士は照れたような笑みを見せ、彼女に替わって先頭を歩き出した。
「ほら、そう何度も魔物に会わないだろうし、このまま町に」
「誰かいる」
 のん気な科白を、リルの鋭い声が遮った。
 突然のことに、クレオは一歩を踏み出そうとした格好のまま硬直する。それを木の陰に引っ張り、ルチルが気配を殺して様子をうかがった。
 どうやら、先は木のまばらな、開けた空間になっているらしい。そこに、人間一人分の気配があった。

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