#DOWN
異変 ―闇に堕ちる〈星〉―(10)
恐々としながら立ち上がるクレオに、リルがステラを紹介した。声や気配を覚えようとするかのように耳を澄ましていたステラは、自分の名が呼ばれると、にっこりとほほ笑んだ。
その笑顔に見とれていた少年は、脇をルチルにつつかれ、背筋を伸ばす。
「オレはクレオ。これからよろしく」
再び、少女の白い手を握る。前とは違い、少女も握り返す。
それを見届けて、ルチルが空になったカップをもてあそびながら、口を開く。
「ねえ、それで、どうするの? セルサスに頼ってみる?」
それは、当然の提案だった。車椅子の少女を連れてワールドを渡り歩くのは危険が大きい上、ステラがどこかで家族や友人とはぐれた可能性もある。
しかし、今、セルサスと対話することはできない。
そのことを知るリルとクレオは、顔を見合わせた。果たして、ルチルに事実を話すべきかどうか。
「どうしたの、いきなり見合っちゃって」
二人の、見るからに怪しい様子に、赤毛の少女は疑いの目を向ける。
こうなったら、言い逃れをするのも返ってわざとらしい。そう覚悟を決めて、クレオが話を切り出した。
「あの……実はね、ルチルちゃん……セルサスは、今いないんだ」
「へ?」
反射的に声を出しながら、ルチルは、何を言われたのか理解できない様子で動きを止め、ただ丸い目を向けている。
このネットワーク〈レチクル〉を管理する管理システムが『いない』とは、普通ではあり得ない。
彼女に、クレオは手短に事情を説明した。ギルサーの酒場でリルに伝えたことと、彼らが目指す先を。
やがて、ようやくことばをすべて飲み込むと、ルチルは鬱憤を晴らすかのように大声を出す。
「それって本当なのっ?」
「シーッ」
周囲の人々が顔を向けるのに気づき、クレオが人さし指を立てた。
「このことがバレると、パニックが起きるかもしれないから……何とか友だちを助けてから、セルサスが復帰すればいいんだけど」
「でも、こうしてあたしたちがいるってことは、システム自体は無事なんだよね。何とか管理局の連中が直してくれるまで、待ったほうがいいんじゃない?」
「でも、やっぱり友だちが困ってたら助けたいと思わない?」
真摯な目で、少年は問い返す。まっ直ぐ向けられたその目を見ると、ルチルも彼を止める気は失せたらしい。
彼女は背中を向け、頭の後ろで手を組み、もったいぶった調子で口を開く。
「あー、退屈だな。あたしも一緒に行こっかなー」
それはもう、是非――とクレオが答えるものだと、少女たちは思っていた。しかし、意外にも、少年が返したことばは静かなものだ。
「オレたちが行く先は、危険かもしれないよ。セルサスとの交信が全面的に停止するなんて、今までなかったことなんだから」
その横顔は、今までと同一人物とは思えないほど落ち着いていて、大人びいて見えた。瞳に輝く、今まで見たことのない光。少年の横顔に、リルははっと目を見開く。
ルチルが、やはり驚いたように振り返る。目の前のいつもの光景からはうかがい知れない、状況の異常さを思い出したように。
肩越しにクレオの真剣な視線を受け止めていた彼女は、やがて、日に焼けた顔に笑みを浮かべる。
「それでも行くよ。キミ一人に女の子たちを任せておけないしねえ」
「そ、そんなあ」
真剣な表情はどこへやら、クレオの顔は一瞬にして情けないものに変わる。
二人のやり取りを眺めて溜め息を洩らしているリルの袖が、軽く引っ張られた。それに気づいて見下ろす銀髪の少女の目に、見上げるステラの笑顔が映る。
「ステラ?」
膝を折って目線を合わせると、その様子が見えていないはずの少女は、視線は真っ直ぐ前に向けたまま、右手の人さし指である方向をさし示す。
そこには、スライド式のドアがあった。別世界への出入口となるゲートのうちの一つだ。
「……あなたも、一緒に行きたいの?」
なぜ、正確な方向がわかるのだろう――と思いながらの問いかけに対する答は、即座に返された。少女は、大きくうなずいて見せる。
足手まとい、とは、誰も言わなかった。ステラがレイフォード・ワールドで遊んだ経験があるのか、どれだけ戦力になるのかもわからないが、彼女の笑顔には、そんな疑問を持つのが相応しくないような雰囲気があった。
それに、三人に彼女を守れるだけの自信があったというのも、彼女の同行を拒否しないひとつの理由である。
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