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・2008年03月25日:第26話 予言されし過酷な旅(上)
・2008年03月25日:第26話 予言されし過酷な旅(下)
第26話 予言されし過酷な旅(上)
研究所に残る学生さんたちと教授たちが壮行会を開いてくれたのは、昨日のことだった。
「しばらく寂しくなるね」
と、ほほ笑んでいたリフランさんの顔が思い浮かぶ。でも、今日の出発直前には、わたしたちと同時に旅立ったレンくんも同じような顔で同じようなことを言っていた。違う班の人たちとは、二週間から一ヶ月くらいのお別れだ。
わたしの班は、わたしとビストリカ、ヴィーランドさん、ジョーディさん、道化師さん、四楼儀さんの六人。四楼儀さんと歩くのも二度目だし、コートリーへの旅も二度目だし、何も違和感はない。
エレオーシュの墓地に並ぶ墓のひとつに花を手向けてから――わたしたちは舟に乗り、コートリーに向かう。
「少々、雲行きが怪しいな」
道化師さんが空を見上げ、溜め息を吐いた。この辺はまだ晴れているけれど、遠く、行く手の空が少し暗い。
「前途多難だ」
「ま、何ならナジの村で何泊かしていけばいい。ちょっと遅れても文句は出ないだろうぜ」
前と同じように舟の端であぐらを組んで、ジョーディさん。
それにしても、水の上だと朝の空気がいつもより爽やかに思える。少し寒いけれど、わたしは以前買った白い上着を着てきた。荷物は、いつもの鞄の中に地図と魔導書、毛布とロープとナイフ、食堂のおばちゃんに作ってもらったサンドイッチと小さめのシェシュ茶入りの水筒、あとはおやつにクッキーを少し入れてきた。我ながら、ちょっと遠足気分のようだ。
うきうき気分に少し緊張感をからめながら、水陰柱を回り込むようにして、舟は見覚えのある船着き場へ。
アクセル・スレイヴァの使者に足止めされ、四楼儀さんが残った場所。
本当に、あのときはどうやっておさめたんだろう……?
しかし、舟を降りて階段を上がると、そんな追憶も吹き飛ぶくらい、周囲の状況は一変している。
道の脇に、びっしりと出店が並んでいた。まだ早い時間帯だけど、それにしては出歩いている人の姿は多い。
「聖霊祭って、町によってやる日が違うって話だったよな」
「ええ、今日がコートリーの聖霊祭だったんですね。あまりのんびりはできませんけど、歩きながら見ていきましょう」
ヴィーランドさんのことばに嬉しそうに答えて、ビストリカは輝く目で出店を眺める。エレオーシュのときは、見れなかったもんなあ。
出店を眺めつつ、足は中心部へ。道化師さんいわく、馬車を借りに向かっているらしい。
途中、端に〈水鏡の映す恋歌〉亭が見えた。営業中の看板がかけられたところだ。
――機会があれば、また寄りたいな。
そんな風に思ったとき、ヴィーランドさんが出店を指さした。
「あれ、面白そうじゃないか?」
その一角に並ぶのは、占いの店。お遊び程度のものから、本格っぽいものまで。
「魔法に占いみたいなものってあるんですか?」
「あるにはあるが……明確に未来が見えるほどのものはない。それに、曖昧な暗示を受けるくらいでも、かなりの魔力を持った魔術師でなければ不可能だからな」
わたしの問いに、道化師さんが答えてくれる。
その間に、ヴィーランドさんは適職占いとかいう、安いクジみたいな物を買っている。いくつか質問に答えて、出された筒からクジを引くものらしい。
「格闘家だって……フットボーラーがいいんだけどなー」
たぶん、この世界にそういう職業はない。
と思いつつ、わたしもビストリカと引いてみる。
「お医者さん、だそうです。当たってますよね?」
「見た目で引かせるクジを判断できるだろう」
と、いつの間にか引いていた道化師さんがヒラヒラ見せてる紙切れに書かれている文字は、『魔術師』。
それで、わたしはというと……。
視線を落とした先に書かれた単語は、『戦士』。
わたしに向いてる職業……戦士!?
「アイちゃんは何だったんですか?」
ビストリカが固まってるわたしの手元を覗いてくる。
今居亜衣(17)、職業・戦士。
――嫌だあぁぁぁ。
「へえ、嬢ちゃんはこっち側かい」
「まあ、きみらしいな」
戦士のクジを引いたジョーディさんと、道化師さんが笑う。
「どういう意味ですかそれは」
「戦士のように勇敢な魔術師、っていうのも全然ありですよ」
ビストリカは優しいなあ。
「ただのお遊びに、そうムキになることはないだろう」
一見職業不明の四楼儀さんは、興味がなさそう。
でも、そのことばに行く手から聞き覚えのない声が返る。
「ただのお遊びでも、何かを選ぶための指標にはなるもんだよ。ちょっとしたお遊びに付き合ってくれてもいいじゃないかい」
屋根のある二軒の屋台の間に、脚の長い椅子に座った、小柄な老婆がいた。黒い三角帽子を被り、膝の上に大きな水晶玉を抱えている。絵に描いたような占い師だ。
ただ、背後に杖が立てかけてある。
「魔術師の占い師、か……」
と、関心があるようなないような調子で、道化師さんは目を細める。
老婆は値踏みするようにわたしたちを眺めたあと、少し驚いたように白い眉を上げる。
「これはこれは……ずいぶん変わった一行だ。是非、占わせてくれ」
「胡散臭い」
胡散臭いを絵に描いたような四楼儀さんがそんなことを言うが、ヴィーランドさんが乗り気で、安くはないが別段高くもない代金を支払った。
「お主たち、長旅に出るところだな?」
「ええ、良くわかりましたね」
素直に感心するビストリカの後ろで、出で立ちを見ればわかるだろうと言いたげな男性魔術師陣。
「お主たち……これからの旅は、苦難の旅になる。全員そろっては、目的地に着けぬ」
「ええ? 本当かよ」
ちょっと不安げに驚くヴィーランドさん。わたしのとなりの道化師さんは、まだ胡散臭そうにしてるけど。
それにしても……占い師が苦難の旅と言ったとき、こっちを見てたのは気のせいだろうか。
確かめる前に、彼女は目を閉じる。
「まあ、前進し続けることだ。いかなる過去と対面することになろうとな。さすれば道は開かれん」
そんな意味深長なことばを締めくくりに占いは終わった。
占い師から離れて、わたしたちは中心部へ。
「何か、腹減ったなあ」
「そういや、そろそろ昼か」
ジョーディさんのことばに、ヴィーランドさんが同意する。
何か、ほとんど旅立ってもいないうちに、だいぶ時間が経ってるなあ。みんな、もうネタンに向けて出発してるだろうな……わたしたちはルートが違うから、仕方がないんだけれど。
「わたしが馬車を選んでおくから、きみたちはどこかで食事でもしていたらどうだ」
道化師さんのことばに、わたしはすかさず声を上げる。
「それなら、あそこがいいですよ。前に来た……」
もちろん、〈水鏡の映す恋歌〉亭のことだ。
「あそこか……いいのではないかい」
四楼儀さんが思い出したように同意する。
そう言えば、あそこの店主さん、キューリル先生の友人なんだっけ。余り落ち込んでないといいけど……。
「ああ、じゃあオレも馬車見てからそっち行くわ。場所はわかるから」
ジョーディさんが手の代わりに尻尾を振って、道化師さんに並んで離れていく。
道端で母親に抱かれた小さな子どもが、それを見て喜んでいた。
第26話 予言されし過酷な旅(下)
〈水鏡の映す恋歌〉亭に近づくと、店主のハーキュルさんが慌てた様子で店の奥に駆け入っていくところだった。中に誰かいるらしい。
お客さんは、ほかにふたつのテーブルについている四人だけ。まだ、昼食にはちょっと早い時間だ。
わたしたちがテーブルにつくと、ハーキュルさんは愛想笑いを浮かべて注文を取りにくる。
「いらっしゃい、また来てくれるとは嬉しいね。昼食かい?」
「ええ、まあ」
何か怪しいけど、落ち込んでるようには見えない。まだキューリル先生のことは知らないのか、吹っ切れたのか。まあ、わざわざ詮索することもない。
「軽い食事がいいです。あと、お弁当を作って欲しいんですけど……」
「ああ、かまわないよ」
わたしはメニューを適当に見つくろって、パスタとキノコのあっさりスープ、デザートに北方果物のミルク煮を頼んだ。
注文を待つ間にも、どんどんお客さんが増えてくる。注文した料理が来始めた頃に、道化師さんとジョーディさんが戻ってきた。
「馬車は西門に停めてきた。ルルークまで、五日もあれば充分だろう」
「天気が良くなさそうだから、ちょっと高級なのにしといたぜ。どうせ、オレらのじゃなくて研究所の金だしな」
大抵の町には、馬車の共同組合があると聞いていた。五日の予定で契約してきたということだろう。ルルークまでは二、三日と聞いていたので、念のために長めに借りたということらしい。
「馬はけっこう好きなんだ。乗馬や御者も何度かやったことある」
二股のフォークで肉団子を突き刺しながら、ヴィーランドさんが言う。
「それは、心強いですね。地球にも、馬車はあるんですね」
「いや、余り見かけないけどね」
ビストリカに車が主流だとか車がどういう物か説明すべきか迷うものの、幸い、話題はそちらに行かないらしい。
「じいちゃんが牧場やってて、子どもの頃は良く遊びに行ってたんだ。家が引っ越してからも、毎年夏休みには乗馬したり、何かを運ぶ手伝いに馬車を操ったりしてたぜ」
今は何でも機械化されてるところが多いんだろうけど、ヴィーランドさんのおじいちゃんのところは、古き良き時代のような牧場なんだなあ。
何だかのんびりした気分になりながら、スープをすする。
「お弁当、すぐできるからね」
わたしたちが食べ終えた頃に、ハーキュルさんがサービスで食後のシェシュ茶を持って来てくれた。
「みんな、今頃どこまで行ってますかねえ」
お茶をすすってまったりしたところで、時間潰しに言ってみる。
「早いところはエンガに至っているだろうな。しかし、こちらは馬車だ……まあ、道のりが違うのだから、だから早い、とは言えないが」
「ルルークで待っているかたって、どんなかたなんでしょうね」
道化師さんのことばを受けてビストリカは楽しみな様子でいるけれど、会話に参加していなかった四楼儀さんがあからさまに嫌そうに顔を逸らす。
「
「ってーと、あのときのか?」
ジョーディさんが言いたい相手はわかる。ここがコートリーなだけに、アクセル・スレイヴァの使者というと、やっぱりあの二人組を思い出してしまう。
戦いにならなかったとしても、あんなことがあった相手とじゃあ、何だってやりにくい。
「いや、儂はあの二人なら別に良いがね。油断は出来んが」
そうか。四楼儀さんはあの二人でもいいのか。ほんと、どうやって話をつけたんだろう?
「誰が来ても、油断は禁物だ」
道化師さんが肩をすくめたところで、小さな話し声がした。どこかで聞き覚えのある声だ。
話し声のするほうへ目をやると、店の建物から大きな包みを抱えたハーキュルさんが慌てたように出てきたところだった。
「い、いや、店の手伝いの子が、あれも入れろ、これも入れろとうるさくってね。日持ちするように作ってみたんだけど」
少し言い訳じみたことを言いながら、愛想笑いを浮かべる。
「お弁当の代金はいらないよ。研究所のみんながネタンに行く話は聞いてる。長旅なら、これから何かと入り用だろ?」
思ってもみない申し出に、わたしたちはちょっと驚く。
「いいんですか、お金の方は大丈夫だと思いますけど」
ハーキュルさんは、ビストリカのことばにも首を振る。
「いいんだよ。こっちも、色々とお世話になってることがあるから……ね」
キューリル先生のことだろうか。
そういうことなら、断るのも失礼かもしれない。わたしたちはお礼を言って、まだ温かいお弁当を受け取った。
昼食を終えると、西門へ。馬車は栗毛の馬の二頭立てで、雨にも耐えられるよう、御者台に屋根がついていた。
「ナジの村には、何もなければ日暮れには着けるだろう」
「何もなければなー」
ジョーディさんが言いながら、見張っててくれた門の番人に金貨を一枚渡し、木にくくっていた縄を外す。
わたしは、馬の首を撫でてみた。馬に触るのは初めてじゃないし、動物嫌いでもない。温かい手触りを感じていると、地球のものより少し尻尾の大きい感じの馬は気持ち良さそうに頭を上げる。
「で、誰が御者やるんだ?」
どう見てもやる気満々で、ヴィーランドさんがみんなを見回す。
「二頭立ての馬車を操ったことはあるか?」
道化師さんの問いかけにも、彼は元気良くうなずく。
「もちろん!」
「じゃあいいだろ。オレがとなりに乗る。この辺じゃあ野盗はいないだろうが、獣はいるかもしれないしな」
と、ジョーディさんにお墨付きをもらったヴィーランドさんは、喜び勇んで御者台へ乗って手綱を持つ。そのとなりに、ことば通りにジョーディさんが座る。
残りのわたしたちは後ろから幌付きの荷台へ。わたしにとってはちょっと高くて乗りにくい。
御者台とは厚い布で仕切られていて、布をめくって紐で固定すると、前方が見渡せるようになっている。後ろの乗り口にも同じく布の扉があった。
「アイちゃん、これ、下に敷きましょう。余り揺れる道じゃないといいんですが」
ビストリカが座布団代わりに二つ折りにした毛布を敷いてくれる。
長く乗っているとお尻が痛くなるとか酔う人もいるとかいう話は聞いていたけど、当然、馬車に乗るのは始めてだ。
「よーし、出発進行!」
ヴィーランドさんが手綱を弾く。
行く手の薄暗い空に、かすかに浮かび上がった水陰柱を見ながら、わたしはもうとっくに旅立っているはずなのに、研究所を出たときよりも旅立ちの気分を味わっていた。
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