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【モノカキさんに30のお題回答】


01. はじめまして - 初めてじゃない最初


 太陽系の第三惑星、地球。二〇〇〇年代に入ると、この惑星の人類の進歩はさらに加速していった。紛争や食糧不足は完全な決着をみたわけではないが、不況をやり過ごした先進国の目は、必然的に地球の外へと向いていた。あるいは、不況を乗り切るための利益を求めて、か。
 SETIプロジェクトや、次々射ち上げられた宇宙望遠鏡、最新鋭の機材を搭載した人工衛星の観測により、ある惑星から人工的な信号が発信されている可能性が高まったのは、その年の、ひどく暑い夏のことだった。
「向こうもこっちに気づいたらしく、以前より強い信号を定期的に送ってきております。解析結果によると、二週間後に何かが起こる、ということだそうです」
「何か、とは?」
 壇上の研究チームの主任である科学者に、聴衆席のマスコミから質問が飛ぶ。
 科学者は机に手をつき、身を乗り出した。
「現在……交信相手の何者かがこちらにやってくるのではないかという説が有力です」
 聴衆席からどよめきが起こった。それまでも期待の目が壇上の白衣姿に向けられていたが、学者たちの理論に裏づけされ、いよいよ、という気運が高まってくる。
 科学者は少し場が落ち着くのを待って、再び口を開いた。
「この事態に際し、国連は対策委員会を組織する運びとなりました。詳細は議論中です」
 再び、会場がわいた。説明が終わったと見るや、記者たちは我先にと手を上げて質問を始める。
「今回交信している相手はどのような形態をしていると思われますか?」
「他に何か言ってきていることは?」
「攻撃的な相手だと思いますか?」
 この取材攻勢に、主任科学者は戸惑いながら、個人的な主観だと前起きして適当に答えた。そして、逃げるように壇上から降りて控え室に向かう。
 控え室には、国の高官が映像で会場の様子を眺めて待っていた。
「やあ、お疲れ」
「疲れましたよ、本当に。何でここまで騒ぐんだか」
 どさっとパイプ椅子に腰を下ろし、部下に渡された紙コップのアイスティーをしばらくのどに流し込んでから、主任科学者は溜め息混じりに言った。その向かいで、政府の高官は苦笑する。
「彼らにとっては未知との遭遇だ。それに、物には順番というものがあるのさ」
 その翌日から、ニュースは毎日、ほぼすべて国連の会議と信号の情報になった。『信号は昨日と同じく繰り返されている』という変わり映えしない情報が表現を変えて毎日流された。一方、会議のほうは順調に進み、時間のかかった場所決めも、丁度相手側の惑星を向いており、上空からわかりやすい、そしてロマンを感じるという考古学愛好家やUFO愛好家の押しもあって、ナスカの地上絵付近に決まった。歴史的瞬間を歴史的に美しい場所で迎えようということである。
 国連の代表団が現場に赴き、一週間前から準備を進めた。警備員たちが遮る周囲をマスコミが陣取り、上空をヘリが何機も飛び交った。当日には、上空は航行禁止になるが。
 各国首脳や外相、心理学や科学系のスペシャリストで構成される代表団が現地に到着して一週間、やがて、約束の時がきた。
 空は薄らと雲がかかり、はるか天空まで見通せるとは言いがたい。いつもは隙あらば関係者にインタビューしようと言うマスコミたちも静まり返っており、ナスカの地上絵の神秘も手伝って、どこか異様な雰囲気だった。
 代表団の本部が、人工衛星が地球に近づく飛行物体を捉えたという連絡を受け、それをマスコミに向けて発表すると、一度周囲は騒然とした。だがそれも、すぐに沈黙に変わる。
 世界中の人々が注目する中、それは突然、空中に現われた。
 灰色の、船に似た飛行物体。
 人々はざわめきもせず、降下する船を茫然と見ていた。
 やがて着陸した船の入り口が開き、人々は息をのむ。現われた三人の異星人たちは、地球人とほとんど変わらぬ外観をしていた。
 代表団は恐れ気も無く、宇宙船に近づく。いまだかつてない注目の中でお互いの代表者が近づき、やがて、目の前に立った。
「ようこそ地球へ」
 国連側の代表者が大きな声で言い、次に、相手にだけ聞こえる声でささやいた。
「お疲れさん。第一声、頼むよ」
 言って、手を差し出す。異星人側の代表者は肩をすくめ、差し出された手を握った。
「初めまして、地球の諸君」
 彼が流暢な英語で言うと、周囲の人々が歓声を上げた。
 会談の場所は、代表団が設置したテント内に映る。マスコミの目はシャットアウトされるが、親しげなやりとりから、人々は安堵と驚愕を得ていることだろう。少なくとも、相手が攻撃的でないことと、この会談が成功に終わりそうだということは印象付けられている。
 実際、テント内の席につくまでに、それぞれの代表は親しげにことばを交わしていた。
「長旅、お疲れさん。どこの出身だい?」
「プレデアスだよ。そっちは?」
「ああ、ここから二三光年先の田舎だよ。代表団には、遠く一〇〇光年以上旅してきた者もいるんじゃないかな」
「とにかく、やっとこっちに認知されるってわけだね。まあ、今となってはあまり意味はないかもしれないが……ちゃんと歴史の教科書に『異星人と初コンタクト』って載っけてもらわないとな」


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02. 秘めごと - 新しい始まり


 宇宙空間は、以前目にした時と変わりなく、暗く静かだった。だというのに、今までよりずっと頼りなく感じられるのは、命を支えているのが自分の技術だからか。操縦免許証はあるし、恒星間航行の可能なこの時代、シャトルの操縦はほぼ全自動の簡単なものだが、他人を乗せての操縦は初めてなのだ。
 計器でシャトルの針路をチェックしながら、リクは苦笑した。ふと目をやると、となりのシートに座っている少女は窓の外を眺めており、少年の緊張には気づいていない。
 少女は、その名をサラと言った。リクとは同じ学校に通い、同じ屋根の下で暮らす、幼なじみだ。二人とも、地球からの入植者が暮らす、惑星テラ03の孤児院で育った。リクはもともと捨て子で、五歳のとき、事故で両親を失ったサラと出会う。
 それから一二年間、まるで兄弟のように、生活をともにしてきた。今更、ことばにしなければ分かり合えない想いなど無いはずだった。
 しかし、気楽に何でも語り合えるのとは逆に、リクには隠してきた想いがあった。今の関係を壊したくなければ話してはいけない、見せてはいけないと感じ、仮面をかぶせてきた想い。
 すべてを取り払った裸の想いを、いつかはぶつける時が来るのか、と考えていた。サラをこうして宇宙空間の散歩へ誘ったのは、無意識のうちにその時を望んでのことか。
「ねえ、どこまで行くの?」
 降りしきる雪のように窓の外を流れていく星を見ていたサラは、リクの思いなど知るよしもなく、不思議そうにきく。『もっと近くであの星空を見てみたい』と常日頃口にしていたのは彼女だが、リクは明らかに、ある一点を目差してシャトルを飛ばしていた。
 少女のことばに、リクはほほ笑みを浮かべた。
「新しい始まりを見に行くんだよ」
「新しい始まり……?」
「そ。行けばわかるよ」
 軽くかわされて、サラは少しムッとしたように、相手を見た。
「いっつもそうやって、驚かそうとするんだから……
 溜め息混じりに言いながら、サラはあきらめたように、宇宙の闇と同じ色の瞳を再び窓の外にやった。その様子を見て、リクが再びほほ笑む。
「サラは、本当に星が好きだね」
 地上にいる時も、サラはよく、孤児院の近くにある丘で夜空を見上げていた。それに付き合っていたリク自身も、やがて宇宙に憧れを抱くようになっていったのだが。
 サラが星空に憧れる理由は、リクにも何となくわかっていた。
「星の間に行けたら、お父さんとお母さんの近くに行けたって思えるかなって。あたしにとって、天国に近い場所、っていうのかな」
 照れ隠しなのか、少しおどけたように、サラは答える。
 彼女の両親は、大気圏外の仕事中、爆発事故に巻き込まれて亡くなった。地上に形だけの墓はあるものの、遺体は回収不能だった。彼女には、星々の間が両親の墓に思えるのだろう。
「天国か……
 独り言のような調子で、リクが口を開く。
「そうかもしれないね。宇宙空間の、星々の間に色々なものが生まれ、消えていく……ほら、見えてきたみたいだよ」
 そのことばに、サラは見逃すまいと、慌てて正面モニターを振り返った。
 そこには、広がる深淵の暗黒と、中央に小さなかすみのようなものが映っていた。リクがセンサーの倍率を上げると、かすみのように見えていたものが画面全体に拡大される。
 それは、どんな芸術家も創り得ない、壮大な美だった。
 紫色のベールに包まれたオレンジ色の膜になかに、無数の光の粒が瞬いている。中心ほどまばゆく、粒が敷き詰められているようだった。無数の星と、それを形作るチリやガスが創りあげた、ひとつの芸術。
「きれい……
 しばらく声もなく見入っていたサラは、ようやく一言だけ口にして、また、じっと映像に見入る。
「新しい始まり。あのなかのどれかにいずれ命が生まれて、ぼくたちみたいに泣いたり、笑ったり、後悔したり、未来を思ったり……愛し合ったりするのかもしれないね」
 静かな口調で語るリクを、サラが振り返った。何かを予感するように、あるいは、期待するように。
 ああ、今、ここで言うんだ。
 リクはまるで映画を見ている観客のように、他人事のような気分でそれを確信し、すぐに決意に変えて、口を開く。
 そう、今、言わなければいけない。
 ずっと心の底に秘めてきた、新しい始まりをもたらすことばを――。


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03. 鬼 - 節分


 どこかで子どもが泣いている。ふと横を向くと、窓の向こう、となりの家の窓のカーテンに、うずくまっているような人影が映っていた。そのそばに、大人のものらしい影が歩み寄る。母親だろう。
「かずちゃん、泣いてばかりいたら鬼に食べられちゃうぞ。ほら、悪いことしたら、ごめんなさい、でしょ?」
 猫なで声の母親に、子どもはただ泣き続ける。
「かずちゃん、泣かないの。近所迷惑でしょ?」
 確かに迷惑だが、小さな子どもにそんなことを言っても通じない。
「ほら~、早く泣き止まないと鬼が来るぞ~」
 脅しは相手を怖がらせるだけでまったく効果が無い、悪いしつけの見本だって心理学の本で読んだことがあるな。
 少しあきれながら、窓を眺める。我ながら野次馬根性旺盛だ。
 見ていると、子どもは立ち上がった。お、泣き止んだのか?
 子どもが影が映る範囲から消える。と思ったら、何かを手にして戻って来たらしい。そして、小さなものをバラバラと投げる。
「まあ、なにするの?」
 慌てた母親に、子どもは涙声で、
「鬼が来たら嫌だから、追い出すの。ね、豆まきしたら鬼、来ないよね? お母さん」
「まあ……
 母親が驚いたように言う。
「そうね、かずちゃん。でも、いい子にしてたら、鬼がもっと遠くに行くわよ」
「うん。ごめんなさい。ぼく、いい子にするね」
 子どもと母親は和解したらしい。窓の影は消え、わきあいあいとした「鬼は外、福は内」の声が遠くなっていく。
 そういえば、今日は節分か。でも、豆なんて買っていないな。一人暮らしの若者なんてこんなものかもしれないが。
 でも、私は豆自体は好きだ。そういえば、つまみに買っておいたものがあったかな?
 キッチンの棚を探ってみる。そのとき、怒鳴り声が聞こえた。
 流しの壁にある小さな窓から、先ほどとは別のとなりの家の窓が見える。カーテンの向こうで、大人二人が、何か言い争っているらしい。
「前からずっと約束していたでしょう! いきなり行けないってどういうことよ!」
 若い女性らしい声が響いた。夜七時に大声を出すのはやめてもらいたい。
「しょうがないだろ。大きな声出すな。そういうとこが下品だってんだよ」
 こちらは若い男。修羅場か。
「何ですってー!」
 女性は金切り声を上げて、左手で何かを持ち上げた。その何かに、右手を突っ込む。
「この鬼ー! 出てけー!」
 何かを、相手に叩きつける。たぶん豆だろう。
「いてててっ! なにすんだよ!」
「鬼は外ー!」
 開き直りぎみの女性の攻撃に、男性は窓から見える範囲から退場した。
 節分も流儀は家それぞれだな……と思いながら、大豆をゆでる。
 自分の年齢の数だけ食べるといいというのを思い出したが、そんな年齢の数だけゆでるのは水がもったいないので、適当な数だけゆでた。
 それと、掃除が面倒なので、豆は狙って部屋の隅に投げることにする。
 ……これが私流ということで。


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04. 遊園地


 この遊園地は、今日も盛況だった。
 子どもたちが笑顔で人込みの間をかけ、若いカップルは観覧車に乗り、観光客の団体がサバイバルを擬似体験できるというドーム内に入っていく。
 サバイバル体験ドームや、宇宙空間を体験できるドームは、植物やアウトドア、天文学や科学の勉強にもなるということで、地方の学校からの見学旅行も多かった。
「また、あちらのゲームでは、一定時間にモデルガンで飛んでいる風船を割った数を競います。すでに固定ファンもついているもようです」
 ここのスタッフと同じ白いスーツ姿の男が、となりの男に説明する。彼らの周囲には、体格のいい、サングラスをかけた男たちが陣取っていた。
 この遊園地にはそぐわない姿だったが、皆楽しむのに夢中なのか、気にする者はいない。
「安全性は考えられているのか?」
 珍しそうに見回しながら、白いスーツの男のとなりの男が訊いた。
「ええ、もちろんです。貴重な戦力、ですからね」
 白いスーツの男は小さく笑った。
「他にも、さまざまな場所を再現できる『バーチャルかくれんぼ体験装置』、『パイロット体験コーナー』、反射神経を鍛える『バーチャル落下物回避』などがあります」
 彼は、歩きながら、それぞれの詳しい内容を説明する。
 一通り聞くと、となりの男は溜め息をついた。白いスーツの男は目を丸くする。
「お気に召しませんでしたか、大統領?」
「いや」
 大統領と呼ばれた男は、笑って、通路を占める人込みを見回した。
「感心していたのさ。実に良くできているよ、この〈訓練施設〉は」
 子どもたちが笑顔で人込みの間をかけ、若いカップルは観覧車に乗り、観光客の団体がサバイバルを擬似体験できるというドーム内に入っていく。
 この遊園地は、今日も盛況だった。


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05. 雨


 雨の中を歩いていた。当然、道にも人通りはない。特に、わざわざ傘もささずに歩いているのは、私くらいのものだろう。
 雨は好きだ。すべてを流し去ってくれるから。
 私は、全身びしょ濡れになりながら、海岸の丘に向かった。『晴らしが丘』と呼ばれる丘が、私のお気に入りの場所だった。
 ところが、今日は先客がいた。
 しかも、私と同じく傘もさしていない。長い髪の、私と同年代くらいの女の人で、綺麗な花柄のワンピースが濡れそぼっていた。
「こんにちは。あなたも、晴らしが丘の伝説を見に来たんですか?」
 思い切って話し掛けてみると、彼女は笑顔で答えてくれた。
「ええ。ふと、思い出して。ここにはよく来るんですか?」
「はい。私の場合、ほとんどは好きだからただ来てる、って感じなんですけどね。でも、今日はちょっとわけアリかな。昨日、実家で飼ってた猫が死んでしまって」
 私は、笑みを作って見せた。でも、本当に笑っているかどうかは、私自身にもわからない。
 彼女も、笑っていた。
「私のほうは、入院していた祖父がついに亡くなってしまって。ずっと前から覚悟はしていたんですけどね」
 雨の中、私たちは笑顔のまま、色々と他愛のないことを話した。
 そのうちに、雨がやんだ。
 私たちは、同時に空を見上げる。
「あ」
 黒雲に切れ目が走り、陽の光が海の上に降りそそいだ。じっと凝視している私たちの前で、うっすらと、七色の筋が濃くなっていく。
 泣きはらした乙女の心を晴らすため、涙を流す雨が切れて空が晴れたとき、天からの使者が虹を渡り祝福する――
 私たちぐらいしか気にかけていない、晴らしが丘の伝説。
 それでも、それは今、私たちの心を晴らしているのに間違いなかった。


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06.レトロ


 緊迫した空気の中、大岡博士はモニターを覗き込んだ。
 まだ、決定的な作戦は提案されていない。それというのも、モニターを赤茶色にぼかすガスと、電波を感知して攻撃してくる自動対空砲のせいだ。
 ガスのせいでその存在は視認できないが、モニター上に映し出された景色の奥に、地球人からこの惑星に入植した者が住む、小さな基地があるはずだった。基地とはいえ、小さなコスモポートが併設されているだけの、居住区に過ぎない。この惑星上の二つの国の争いに巻き込まれ、逃げ遅れた住人を、大岡たち地球軍付属救援隊の一機、〈ネオクロウ〉が救護に向かったのである。
 しかし、予想に反して、基地の周囲はかなりの防衛兵器で固められていた。
「まだ、アルパ政府とは連絡がつかないのか。助け終える前に攻撃が始まっちまうぞ」
 艦長のオバードが、苛々した様子でオペレーターを見る。若いオペレーターは首をすくめた。
「それが、通信も妨害されているらしくて……
「こっちで片付けるしかないってか」
 金髪の士官、エルムが肩をすくめる。
 艦内の頭脳担当が文字通り頭を突き合わせて考えること二時間。未だ、妙案は浮かんでこない。
「頼むぜ、理論屋よお。約七〇〇人の命がかかってるぜ」
「ああ、わかってるよ」
 再三の艦長の要求に、大岡は肩をすくめる。
 基地に、脱出方法はそろっていた。脱出用ポートやシャトルにに乗り込み、大気圏外に出てしまえば、邪魔されることなく、〈ネオクロウ〉が回収できる。問題は、連絡がとれないことだ。通信も妨害されていることで、基地内の地球人は、詳しい戦況も知らないだろう。
 通信は妨害され、電波を発する小型探査艇も発射できない。
「いっそ、鳩に手紙でも括り付けて飛ばすか?」
「ガスで死ぬぞ。それ以前に、どこに鳩がいるんだよ。お前が飼ってるカナリヤか?」
「よせよ。わが子同然だぜ?」
 大岡のことばに、エルムは顔色を変えて首を振る。
「子どもか。早く帰って祐樹と再会したいもんだ」
 大岡は、ふと、ステーションで帰りを待っている我が子のことを思い出した。
「あいつ、宇宙船のパイロットになりたいってな。よく紙飛行機を作って遊んでたよ」
「紙飛行機? また、レトロなもんを……
 半ばあきらめかけて雑談を交わす二人を、艦長がにらむ。
 それと同時に、突然、大岡は身を乗り出した。
「そうだ……紙飛行機だよ! 機体にメッセージを刻んで飛ばせばいいんだ」
 彼のことばを、ブリッジ内の他のスタッフたちは、すぐには理解できない様子だった。だが、いち早く、大岡のアイデアに気づいたエルムが、まだ半信半疑ながら、口を開く。
「実際に紙で飛ばすわけにはいかないし、推進力はどうするんだ?」
「形状記憶合金の板を使うんだよ。推進力は……プロペラを使うってのはどうだ?」
 博士は、同意を求めるように一同の顔を見回す。
 望みはある。そう感じ取るなり、艦長は一時間ぶりに晴れやかな顔をして、号令をかけた。
「早速作戦に取り掛かれ」

 二時間後。
 〈ネオクロウ〉号の艦内広間は、助け出された地球人の入植者たちであふれ返っていた。恋人同士らしい男女や老人とその息子らしい青年、少年とその両親など、老若男女が危機を脱して、一息入れていた。
「それにしても、よく思いついたよな」
 避難民の子どもに紙飛行機を折っている大岡に、カナリヤを指先に留まらせたエルムが感嘆を洩らした。
 大岡は、できた紙飛行機を少年に渡してやりながら、ほほ笑む。
「温故知新。レトロなものの裏方にも、未来に通じる知恵が隠されてるってことさ」


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07.携帯電話


 命は等価値などではない。
 そう憲法に書き込まれたのは、何十年前のことだったろうか。あらゆるエネルギー源が枯渇してから、人々は、〈燃料〉となる生贄と、それをもとに生活する捕食者たちへと分かれていた。
 その命の価値が分かれるのは、日常の中で政府の燃料調達人に燃料にすべきと判断されるかどうか、あるいは、一八歳のときに一斉に受けるテスト結果が出た瞬間だ。
「試験結果、全解析結果……駄目だった」
 携帯電話でテスト結果の通知を眺めていた少女は、夕日に目を向け、明るく言った。
 彼女と一緒に丘の上に腰を下ろしている少年が、驚いたように目を向ける。
「リディ、それじゃあ……
「ラス、あたし、燃料になっちゃうみたい」
 やっと振り向いた少女の白い顔には、明るく無邪気なほほ笑みが浮かんでいた。話している内容とは裏腹に、その表情は清々しいくらいだ。
「でも、あたし、ほら、昔っから身体弱かったでしょ? だから、覚悟はできてた。いつかこうなるんだって」
 ラスは、彼女が幼い頃から病気で学校を休みがちだったことを思い出す。明るくて、誰とでも仲良くなるような性格から、つい忘れがちになっていた。彼女が、病気で何度も命を落としかけていることを。
「だから……気にしないで」
 小声で言って、リディは、また夕日を見た。
 ラスは、これからもずっと一緒にいよう、と約束していた二人の間で最後になるかもしれないその会話に、納得できなかった。彼女の、何でもないような態度にも。
 だから、幼馴染みの細い肩をつかんで顔を向けさせて、
「リディ……
 少年は、目を見開いた。
 リディの大きな目から、雫がこぼれ落ちていた。
「ラス、あたし……寂しい」
 二〇年近くそばにいて、初めて見る泣き顔、初めて聞く弱音。
 燃料に選ばれた者は、自分が機械で分解され、燃料に変わる番が来るまで、アリ一匹通さない隔離施設に入る。密閉された空間は完全に社会と隔絶され、一旦入った生贄の復帰は許されない。
 一方、彼女と違ってテストに合格したラスには、燃料から生み出されたエネルギーに支えられた、社会の中での未来が保障されている。
 しかし、彼は、リディのいない未来はいらないと思った。そう決意した瞬間、強く、恋人を抱きしめる。
「これからも、一緒にいよう――」

 最後の日、二人は、夕日を見ていた。
 格子のはめ込まれた窓の内側、密閉された空間から。
「そろそろ、か」
 つぶやいて、ラスは狭い部屋を見渡す。彼のそばには、幼馴染みの少女が寄り添うように立っていた。
 自分も一緒に、燃料になりたい――
 ラスの申し出は、あっさり許可された。生活に使うエネルギー源が増えるのだから、当然だ。家族は一応反対したが、見舞金と称した大金が出ると、すぐに何も言わなくなった。
「この時間帯って、黄昏時、って言うんだって」
 少年のたくましい手を、小さな白い手ですがりつくように握りしめながら、リディは、目に焼き付けるようにして、夕日を凝視していた。
「最後だね」
「ああ。最後まで、きみと一緒でよかった」
 その背後、分厚いドアを開けて、武装した男たちが入ってくる。
 二人は閉ざされた部屋から連れ出されると、四方を男たちに囲まれ、通路の突き当たりのドアの、清潔そうな白い部屋に導かれた。そして、天井と周りに奇妙な装置が並ぶベッドの上に寝かされる。男たちが部屋を出ると、透明な蓋がベッドの上を覆った。
「ありがとう、ラス」
 リディが再び強く、ラスの手を握る。となりの部屋からガラス越しに監視する男たちも咎めない。
「生まれ変わったら……いつかきっと」
 天井から光が降りそそぎ、周囲を白に染める。ラスは眩さに目を閉じる。すると、すぐに意識が遠のいていく。
 彼は身体が分解され、完全に意識がなくなるまで、ずっと右手のぬくもりに集中していた。

 光が収まり――徐々に、室内のものの輪郭がはっきりしていく。
 完全に装置が停止すると、一人の人間が身を起こす。
「今度も上手くいったようだな」
 となりの部屋のドアから入ってきた男の一人が、親しげに声をかける。ベッドの上の、唯一の姿に。
「今度の燃料はけっこう良さそうでしょ。最近の男の子は、すぐ燃え尽きそうなのが多いから苦労したのよ」
 溜め息交じりに言い――少女はベッドから降りる。
「さ、次の燃料を確保しなくちゃ。今月の燃料調達ノルマの達成も大変だわ」
 携帯電話のモニターで、何人もの別の学校の幼馴染みの顔を切り替えながら、少女は肩をすくめた。


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08.境界線


 幼い少女が、境界線の前で遊んでいた。
 彼女が草花で冠を作っているのは、町を二分する境界線の、貧民街の側だ。反対側は、豊かな暮らしをしている貴族たちの住居が並ぶ。
 その貴族の街から、綺麗な服を着た少年が、境界線を示す看板の前まで歩み寄った。
「ねえ、きみ」
 声をかけられると、少女は、驚いたように顔を上げる。
「ぼく、レクっていうんだ。きみは? いつもここで遊んでるの?」
「あたし、ナン。ここには綺麗な花がたくさんあるから、良く来てるのよ」
 同い歳の相手だとわかってほっとしたのか、ナンは笑顔で答えた。そして、完成したばかりの花の冠を相手に差し出す。
「ありがとう」
 思わず受け取ってしまってから、レクはナンにつられて、ほほ笑んだ。
 丁度、その背後の店から出てきた女が、顔色を変えて駆け寄ってきた。
「坊ちゃん、何をしてらっしゃるのです! 『境界線から足を踏み出すことはできない』という決まり、お忘れではないでしょう?」
「わかってるよ」
 メイドのことばに、レクは口を尖らせた。
「さあ、お嬢ちゃんも境界線のそばから離れなさい」
 言われて、少女は哀しげな表情を浮かべ、走り去っていく。
 レクは、その顔と小さな背中が忘れられなかった。

 それ以来、レクはよく家の者の目を盗んで、境界線に来るようになった。そこには大抵ナンがいて、二人は色々なことを話した。
 ナンは孤児で、貧しい教会で育ったこと。レクは町長の子で、いずれ町長を継ぐのだからと親が勉強しろとうるさいこと。そんな身の上を話しながら、励まし合い、ときには手紙やプレゼントを交換したりもした。
 それが何年も続き、やがて、レクが町の学校を卒業しためでたい日に、彼は町長である父に切り出した。
「ねえ、父さん。あの決まり、変えることはできないの?」
「あの決まり?」
 目の前のテーブルの上に並ぶご馳走を機嫌よく眺めていた父は、不思議そうにきき返す。
「そう。『境界線から足を踏み出すことはできない』っていう決まりだよ」
 父は、何を言い出すんだ、というような目でレクを見た。
「とんでもない。先祖代々の決まりに逆らうなんて私にはできん。そんなことをしたら、人々にどう思われるか」
 他人にどう思われるかなんて関係ない、とレクは思ったが、口には出さなかった。この街の人々は伝統を重んじる。
「決まりを破らなければ……『境界の向こうに足を踏み出すことは許されない』という決まりに当たらなければいいんでしょう?」
 彼は、話題を少し変えた。父は少しほっとしたような顔をしてうなずく。
「ああ。決まりさえ守ればいいんだ」
「じゃあ、明後日、ついてきて欲しいところがあるんだ」
 レクが身を乗り出し、必死に頼み込むと、父は目を丸くした。
「明後日は、台風が来る日だぞ?」
「お願い、少しの間だけでいいから」
「そこまで言うなら、付き合ってもいいが」
 父親が不思議そうにうなずくと、レクは、椅子から跳び上がらんばかりに喜ぶ。
 そんな少年を、両親とメイドが首をかしげて見ていた。

 天気予報の通り、約束の日は、台風が近づいていた。強風が吹き荒れ、今にも雨が降り出しそうな中でも、レクの家族とメイドは、少年があまりに一生懸命に頼むので、約束通りに境界線のそばに集まる。
「レク、言われたとおりに持って来たけど……
 境界線の向こう側から現われた少女は、見物人たちの姿に戸惑いの表情を浮かべた。そうして落ちつかなそうに見回しながらも、彼女の両手に三段の足場がある台が抱えられていることを確認して、レクはほほ笑んだ。
「ああ。じゃあ、やってくれるね?」
「でも、何でこんな日に? 危ないんじゃ」
「大丈夫。今日だけでもいい。お願い、ぼくを信じて」
 熱意のこもった目と口調で言われ、ナンは彼に従う決意をしたらしい。境界線ぎりぎりに台を置いて、バランスを崩しそうになりながら一番上に立つと、懐から白い紙飛行機を出して、それを、風の流れに乗せようとした。
 そのとき、一際強い風が吹き、少女の背中を押す。小さな悲鳴を上げて倒れこむ彼女を、待ち構えていたように、レクが抱きとめる。
「な、何てことだ……
 町長は、茫然と少年と少女を見た。
 レクに受け止められたナンの身体は、境界線のこちら側にあった。驚く人々の前で、レクはナンの手を引いて立ち上がり、高らかに言う。
「今、ナンは境界線を渡った。それも、たまたま風が吹いたせいで、たまたま渡った形になっただけだ。『境界の向こうに足を踏み出すことは許されない』という決まりを破ってはいない。みんな見たはずだ……ねえ、父さん?」
「ああ……
 町長は、うなずくしかない。
「レク、ありがとう」
 それ見て歓喜する少女の手には、『ともに生きましょう』と書かれた紙飛行機が握られていた。


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09. 冷たい手 - つなぐ環


 まだ、戦争も始まっていない、三年前のある日の昼下がり。
「ねえ、ラクロ。約束して」
 ミリアは、窓の前、金髪を三つ編みにした後ろ姿のまま、黒目黒髪の幼馴染みの少年に言った。少年に二年遅れて、彼女が一四歳の誕生日に、町の領主が擁する私兵団に入団した日のことだった。
「約束? 何を?」
「あたしと、親友以上の関係にならないってこと。……わかる?」
 ラクロは、彼女のことばの意味が、一瞬わからなかった。そして、理解すると、少し複雑そうな、不機嫌な表情を浮かべる。
「わかったよ。こっちだって、親友以上なんてゴメンだよ」
「ちゃんと指切りして」
 少女はようやく振り返ると、どこか寂しそうにほほ笑んで、小指を差し出した。
 そうして指切りまでして、二人は親友のままでいることを約束したのだが――
「なんで、あんな約束したんだろう」
 どこかで大砲の音が鳴っているのを聞き流しながら、ラクロは納得いかない気分でぼやいた。
 あちこちが焼け焦げた森の中で、ライフルを肩にかけ、少年は身をかがめて歩いている。その目の前には、草色の地味な服でもよく目を引く、色白で背の低い少女が背中を向けていた。
「どうやら、相手の人数は少ないみたい。これなら大丈夫だね」
 戦場には似合わない、まぶしい笑顔を向けられて、ラクロは一瞬目を奪われた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
 のぞき込まれて、彼は思わず顔を背ける。顔が赤くなっていないように祈りながら。
 彼は、上手く進路を選んでいくミリアの後に続きながら、ポケットの中のリングをもてあそんだ。いつか渡そうと思いながら渡せずにいる、木の指輪だ。
 もしかしたら、この戦争が終わったとき、約束を破ることができるかもしれない。指輪を渡せる日が来るかもしれない。
 そんな淡い希望を抱きながら、ラクロはミリアと、町を守るための戦いの日々を過ごした。
 襲撃者たちが降伏し、周囲の軍隊が退き始めたのは、その数日後のことだった。町の防衛に駆り出されていた私兵団の少年兵の多くも、待ちきれない様子で次々と帰っていく。
 ラクロとミリアは、その中でも最後のほうまで残っていた。
 これから故郷に帰ろうという頃になって、ラクロは、ようやく決心した。三年前の約束の存在を問うことを。
「ねえ、ミリア……あの約束、破れないのかな?」
 できるだけさりげない風を装って、ラクロは少し緊張した声できいた。手のひらに、シンプルな装飾が刻まれた、手作りの指輪が転がる。
「ラクロ……ゴメンね」
 荷物を整理する手を止めて、ミリアは、真っ直ぐ目を向ける。その表情には、まったく迷いがない――なのにどうして、あんなに悲しそうなんだろう、とラクロは思う。
「その指輪……薬指にはできないよ。他の指にはできるけどさ」
「ああ、約束は守るよ」
 思わず、長い溜め息を洩らす。彼の沈んだ様子にも気づかず、少女はほほ笑んだ。
「じゃあ、新しい約束も守って。長生きしてね」
「ああ」
 少し上の空で応じて、指輪を宙に放る。
「くれないの?」
 うつむきかけて、ラクロは、ミリアが猫のように興味津々で、彼が上に投げてはキャッチしている指輪を見ていることに気づく。
「町に帰ったら、こんなのよりもっといいの買ってやるから」
 ラクロは、久々に笑った気がした。
 二人は笑い合って、故郷の町へ帰っていく。ひとつの区切りを胸にして、門をくぐったところで、ラクロはミリアと別れた。
 両親と再会を喜び合い、さらに数日が過ぎたある日、ラクロは、ふと、ミリアの家の近くまで、散歩に出てみることにした。
 通を歩いていると、何の脈絡もなく、人込みが途切れ、黒い光景が広がった。
 喪服だった。喪服を着た人々が、民家の庭に造られた祭壇の周囲に並んでいるのだ。
 ここが誰の家か。どんなに久々でも、忘れるわけがない。
「どうしたの、おばさん!」
 見覚えのある顔を見つけて、ラクロは黒い姿の人々の中に飛び込んだ。驚いたような女性の顔を目にしながら彼は、祭壇の上に横たわる棺に近づく。
「ラクロくん、連絡しないでいてゴメンね。この子が、どうしてもって……
 そう言って近づいて来たのは、ミリアの母親だった。それとよく似た面影が、棺の中でほほ笑んでいる。
「もう、三年も前からわかっていたの。重い病気で、あと数年の命だって」
「そんな……
 それが、ずっと、親友のままでいなければならなかった理由。彼に寂しい思いをさせたくないという、彼女の願い。
 その願いを無駄にしないために、少年は、唇を噛んで涙をこらえる。
「ミリア、約束は守るよ。指切りしよう」
 もう動かない、小さな手を取って、ラクロは、ずっと持っていた指輪をミリアの細く冷たい小指にはめ、そう誓った。


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10. ドクター - 異界の窓


 ある、昼下がり。
 コンビニで買った、昼食のデザートの杏仁豆腐を食べているとき、不意に、口の中に痛みが走った。
「いったぁ~」
 またか、と思いながら、手鏡をふたつ使って覗いてみる。すると、頬の内側に、小さな穴が空いて、少し血が出ているのが見えた。どうやら、できものをスプーンで傷つけてしまったらしい。
 いつも、睡眠不足が続いたりすると、口の中にできものができる。いつの間にか治っていたりするものの、できている間は歯磨きが大変だ。
 まあ、そのほかには、生活に支障はない。どうせこれもすぐに直るだろう。そう思って、私は放っておくことにした。
 しかし、今回のできものはなかなか直らない。できてから一ヶ月ほど経ってから、、歯磨きのあと、また手鏡をふたつ使って覗いてみる。
 赤くはれたような、小さなくぼみ。
 その中央に、ふと、何かありえない色が見えた気がした。
 もう一度、よく見てみる。三角の、黄色い水玉……どうやら、凄く小さな帽子らしい。白い丸い顔が、その下に見える。
 一瞬、目が合った気がした。そう思った途端に、ひょい、と穴の縁に消えてなくなる。
 これは、どういうことなんだろう?
 興味をひかれて、私は、大学の教授に訊いてみることにした。

「それは、あれだよ、妖精とか言われるものさ」
 大塚博士は、何のためらいもなく言った。
「妖精と言っても、いろいろな種類がある。その妖精は、甘いものが好きな子ども妖精だね」
 ああ、私が甘党だからやって来たのか。
 でも、それなら何で、今になって見えたんだろう?
「今までも、何度もできものができてたのに……どうして今回だけ、見えたんでしょう?」
「今までと、何か違ったことはなかったかい?」
 私のことばに、博士は腕を組み、そう尋ねる。
 今までと、変わったこと……私は、しばらく考え込んで、思いついた。そういえば、大きめの鏡を二ヶ月ほど前に割って以来、手鏡ふたつを合わせて口の奥を見ていたんだ。
 そう説明すると、博士は納得の表情でうなずいた。
「それでは、合わせ鏡で異世界が見えたんだろうね。まあ、何か害があるわけじゃないから、気にすることでもないよ」

 大学から戻るついでに、私はコンビニでプリンを買った。
 今度の日曜日には、少し遠出して大き目の鏡を買おう。できものがある間は、今までどおりデザートを食べてあげよう。妖精さんのためだもの、仕方がないよね。
 ああ、最近、太ったかなあ。


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