予定日よりも一週間以上遅れてやってきた“それ”は、由梨子に安堵以上の後悔をもたらした。
(どうして、私は――)
 あんな事を――そう後悔するのはもう何度目だろうか。今回に限った事ではない。毎回……そう、毎回の事だ。
 ベッドに寝転がりながら、はあ……とため息をつく。
(あともう少し、待てば……良かったのに)
 月彦に“話”をした日の夜に来たのは、皮肉としか言いようがなかった。
(先輩……寝てないって、そう言っていたのに)
 そんな時に大事な相談を持ちかける方が悪いと、由梨子は思う。――否、あれは相談ですらない。単なる報告だ。
 妊娠してしまったかも知れない――月彦にそう告げた時、何と言われるのか。それを確かめたかっただけだ。
 それなのに、月彦の答えがあまりにも的はずれだったから。期待はずれだったから。衝動的にあんな捨て台詞まで吐いてしまった。
 そのこと自体は数分も経たないうちに後悔をしたが、もう遅い。きちんと生理が来て、妊娠の不安が去った後も、どの面下げて月彦に謝罪をすればいいのか解らなくて、日数だけが過ぎていった。
(……先輩も、私を避けてる)
 同時に、そう感じた。自分だけが避けているだけならば、毎日同じ場所に通っていてこうも見事に顔を合わせないでいられるだろうか。
 それも当然だ――と、由梨子は思う。月彦は事に及ぶ際、毎回きちんと避妊をしていた。スキンが破れていたのは製品自体が悪いのであって、月彦のせいではない。
 にもかかわらず、まるで認知を迫るように問いつめられれば、心外だと怒るのが当然だろう。
(どうして、失敗しちゃうんだろう……)
 こんなに好きなのに。そして好きになって欲しいのに。その為に、精一杯努力をしているのに。
 ほんの些細な事に気を取られて、要らぬ事を言ってしまってその度に後悔をする。何度も同じ過ちを繰り返してしまうのだから、己が情けなくすら思えてくる。
(……今回の事だって、すぐに謝れば、拗れなかったかもしれないのに)
 その勇気が無かったばかりに、何日もモヤモヤした気分のまま過ごす羽目になってしまった。或いは、月彦の方からひょっこりと声をかけてくれるのでは――そんな甘い考えも抱いたが、一週間も経った頃には跡形もなく吹き飛んでいた。
 顔を合わせない時間が長引く程に、余計に会いづらくなる。それが解っているのに、踏み切れない。
(……いつから、私はこんなに臆病になったんだろう…………)
 賭に出て、決定的な一言を言われるよりは、まだ幻想を抱いていられる現状の方が良い。そう考える様になってしまったのはいつからだろうか
「はぁ……」
 ダメだと思っていてもため息が出る。いい加減にもう寝よう、と灯りのスイッチに由梨子が手を伸ばした時だった。
 こんこんと、ノックの音が聞こえた。
「……姉貴、起きてる?」
「………………何?」
 一瞬寝たふりをしようか、と考えて、結局由梨子は返事を返した。今、話をするのは酷く億劫ではあったが、それ以上に武士が自室にまで尋ねて来たという事の珍しさが勝ってしまった。
「……ちょっと、話があるんだけど」
 


 

『キツネツキ』

第二十一話

 

 


 翌日の授業は寝不足も相まって夢うつつ。英語の授業では予習はしたのにノートを忘れて恥をかき、古文の授業では居眠りをして、教師に教科書の角で頭を小突かれるという体たらくだった。
「……由梨ちゃん、大丈夫? 保健室いく?」
 挙げ句、真央にそんな言葉までかけられた。
「いえ、大丈夫です。……ちょっと、夜更かししただけですから」
 実質、ベッドに入っていた時間の半分も寝てはいない。そのくせ、目覚ましが鳴る頃にはその音にも気がつかない程に熟睡してしまっていたから、今日は弁当も作り損ねてしまった。
「真央さんはいつも元気ですね。……羨ましいです」
 本当に羨ましい――と、由梨子は切に思う。真央は、由梨子が欲しい物を全て持っているのだ。きっと悩みなど無いに違いない――あるとすれば、それはあまりに贅沢というものだ。
「あっ、私……今日パンですから、購買行ってきますね」
 このまま真央と話をしていたら、嫌味の一つも口にしてしまいそうで、由梨子は慌てて席を立つ。
(真央さんは、悪くないのに……)
 悪いのは、親友の彼氏に手を出そうとしている自分の方だというのに。頭ではそう解っているのに、真央のあどけない笑顔を見ていると、時々何もかも吐露してしまおうかという気にさせられる。
(……そんなの、八つ当たりだ)
 由梨子はかぶりを振りながら、早足に購買へと急ぐ。食欲など気ほども無かったが、昼食を抜くと周囲が必要以上に気を遣い出すのが心苦しいのだ。無論それは、由梨子には“前科”があるからなのだが。
 だから、別にパンの種類などはどうでも良かった。購買部の前で少し待ち、混雑を避けて余り物の菓子パン一つとパックの野菜ジュースを一つ買って教室に戻ろうとしたその矢先。
「由梨ちゃん」
 背後からかけられた声に、由梨子は心臓が止まりそうになった。
(せ、先輩……)
 冷や汗をかきながら、由梨子は恐る恐る振り返る。
「ごめん、ちょっと良いかな。すぐ済むから」
 はい、と返事をしたつもりだった。しかしその声は掠れて、音にならなかった。
 口には出せなかったが、由梨子の意志は伝わったらしく、月彦は人混みをかき分けて進み出した。由梨子も、その後に続く。
(……どう、したんだろう。……なんで、急に――)
 ドキドキと、胸が高鳴る。ひょっとして、月彦の方も仲直りのきっかけを捜していたのでは――そんな期待に、鼓動がさらに早まってしまう。
「いやー、由梨ちゃんが購買来てくれて助かったよ。由梨ちゃんの側にはいっつも真央が居るから、なかなか声かけられなくって……」
 校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下――その玄関口の影へと誘われる。それなりに人目はあるが、話をしていても誰に聞かれるという事もない場所だ。
(私から、謝らなきゃ――)
 そう思って、口を開くも。
「あ、あの………………何、ですか? 私……すぐ、教室戻らないと」
 赤面してしまった顔を隠すようにそっぽを向きながら、照れの余りそんな事を言ってしまう。
(違うっ……そんな事を言いたいんじゃ、無い……)
 そう思っているのに、体が巧く動いてくれない。両の手は焦れったげに購買部の紙袋を弄り回し、スカートをぎゅうと掴むも、そんな事で由梨子の胸中が伝わるわけもない。
「ごめん……別に、こんな所に呼び出す程の用でもないんだけど……」
 すまなそうに月彦が頭を掻き、由梨子は胃の縮む思いをする。
「由梨ちゃん、今日の放課後……何か用事とか、ある?」
「えっ、放課後……ですか? 無い……です、けど」
 答えながら、胸が高鳴る。何だろう、何だろうと妄想ばかりが広がる。
「そっか、じゃあ……喫茶店か何処かで話したいんだけど、いいかな」
「え……喫茶店、ですか?」
 膨らんだ妄想が、冷水でも掛けられたように急速に縮んだ。
「うん。……ちょっと、大事な話したくて。学校じゃあ……落ち着いて話せないし」
「大事な、話……」
 ドキリと。先ほどとは違う意味で、心臓が跳ねる。
「そういうわけだから、いつもみたいに裏門で待ってて欲しいんだけど、いいかな」
「は、はい……解り、ました……」
 良かった……そう笑みを零して、月彦は校舎の中へと戻っていく。それがまるで、“厄介な女と漸く縁が切れそうだ”――そんな安堵の笑みに、由梨子には見えた。


 


 大事な話というのは別れ話ではないか。
 裏門で月彦を待つ間、由梨子はずっと考えていた。しかし考えれば考える程、そうとしか思えなかった。
 単純に関係を回復したいと考えているなら今まで通り“家に寄ってもいいかな?”と言えば済むことであるし、そうせずに“喫茶店”で済ませようとするのが尚更そう思えてならなかった。
(……別れよう、って言われたら……私、どうしよう……)
 今まで漠然とした、黒い霧のようだった不安が、如実に形を成し始める。
(……だめ、私……泣いちゃう…………)
 裏門で月彦を待つ間、幾度となく“その瞬間”の想像だけで落涙しそうになった。いっそ、このまま帰ってしまおうか――そうすれば、全てをうやむやにできるのではないか。そんな考えすら沸く程に、由梨子は怯えていた。
 だから。
「由梨ちゃん、この間はごめんッ!」
 ごつん、と月彦が喫茶店のテーブルに手を突き頭をぶつけた瞬間、何が起きたのか理解が出来なかった。
「えっ……」
「それと、今まで謝るのが遅れてごめん!」
 一旦持ち上がった頭が、再度テーブルに叩きつけられる。
「せ、先輩……どういう、事ですか? どうして、先輩が……」
「どうしても何も……この間の事を謝ってるんだけど」
「あ、あれは……わ、悪いのは……私の方です。先輩……眠ってないって言ってたのに、それなのに――」
「いや、それでもちゃんと聞かなかった俺が悪い。そしてそれを誤魔化そうとしたことも……本当にごめん!」
 ごつん、とまたテーブルが揺れる。周辺のテーブルに座っている客達が顔を寄せ合いひそひそとざわめき出し、由梨子は慌てて月彦の肩を掴んで体を起こさせる。
「せ、先輩……もう、良いですから顔を上げて下さい。……そして、私からもちゃんと謝らせて下さい」
 ごめんなさい、と由梨子も頭を下げる。
「本当は……ずっと先輩に謝りたかったんです。……でも、私……意気地が無くて……」
「いや、それは俺も同じだ。……いろいろゴタゴタもあったけど、由梨ちゃんの事は、ずっと気になってた」
「それは……私も、です」
 どうやったら月彦との関係を修復出来るか、そればかりを毎日考えていた。しかし、考えるばかりで、何一つ実行には移せなかった。
「……そうだ、これ……お詫びの印、ってわけじゃないんだけど」
 ごそごそと、月彦が鞄から取り出したのは、筆箱ほどの大きさの包みだった。黄色の包装紙に包まれたそれを、由梨子は恐る恐る受け取る。
「えっ……先輩、こんな……困ります」
 月彦からのプレゼントは純粋に嬉しい。――しかしそれが、身に覚えのない“お詫びの品”では受け取るわけにもいかない。由梨子は躊躇いながらも月彦に返そうとするが。
「いや、だからええと……とりあえず開けてみてよ。そしたら、解るから」
 月彦は頑として受け取らず、照れくさそうにジンジャーエールをがぶがぶ飲み始める。由梨子は仕方なく、包装紙を丁寧にはがし始めた。
「あっ……」
 中から出てきた“それ”に、思わず顔がほころんでしまう。
「……本当は、由梨ちゃんと一緒に選んで買うのが一番だと思ったんだけど……その、会う踏ん切りがつかなくって……俺が勝手に選んじまった、ごめん」
 包まれていたのは、プラスチックのケースに入った女物の腕時計だった。
「先輩、これ――」
「うん。……置き時計よりは、こっちの方がいいかなって。……由梨ちゃん、腕時計……付けてないよね?」
「は、はい……携帯がありますから……で、でも……これからは、付けます」
 ぎゅうと、由梨子はプラスチックのケースごと時計を握りしめる。
「毎日、付けますから」
「……良かった。要らないって言われたらどうしようって思ってた」
 本当にそう思っていたのか、月彦は随分安堵した様子だった。
「女の子にプレゼントするのなんて、初めてだったからさ」
「そう……なんですか?」
 こくりと、月彦は頷いた。
「真央さんにも?」
「真央は……なんていうか、殆ど家族みたいな感じだから……プレゼントとかそういうのあげるって感じじゃないんだよなぁ……」
「じゃ、じゃあ……これが、先輩の――」
「うん。正真正銘、初めてのプレゼント」
「ぁっ……」
 とくんっ――。
 胸の奥が、俄に波打つ。
(先輩の……“初めて”貰っちゃったんだ……真央さんより、先に……)
 その事実に、由梨子は優越感に近い感情を禁じ得なかった。
(ひょっとして……真央さんより、私の方が――)
 ドキドキしながらその先を考えようとして、はたと思考を止める。以前、その様に考えた時に、“何”があったか。
(……欲張っちゃ、ダメだ……)
 一番の想い人から、最高のプレゼントを貰ったのだ。それ以上、何を望むというのか。
「先輩……これ、早速付けちゃってもいいですか?」
「いいけど……なんか、ちょっと照れくさいな」
 由梨子は丁寧に包装紙を剥がし、ケースから腕時計を取り出した。左袖を捲り、時計が内側を向くようにして装着する。
(あぁ……)
 月彦の前であるというのに、由梨子は己の腕に巻かれた時計についつい陶然と見入ってしまう。本体は小振りで丸い銀縁、ベルトは茶皮――なんということのないシンプルなデザインが、逆に購入の際の月彦の苦悩が読みとれて涙が出そうになってしまう。
(……本物の……先輩のプレゼント……夢じゃ……ない……)
 耳を澄ませば微かに聞こえる、かち、こちというリズム。ベルトの手触りすら愛しく思えて、由梨子は右手で何度も何度も時計をなで続けた。
 

 乾坤一擲のプレゼントはどうやら予想以上に喜んで貰えた様だった。
(……最初会った頃はあんまり喜怒哀楽を外に出さない子かと思ってたけど……)
 こうして対峙していると、とてもそうは思えなかった。時計を着けてしばらくはにこにこしながら時計を見たり撫でたりと、見ている月彦の方も微笑ましいことこの上なかったりする。
(いやでも、これだけ喜んでくれるんなら……プレゼント冥利に尽きるよなぁ……)
 ミツグ君の気持ちも少し解る――などと月彦が頷いていると、「あの……」と由梨子が話し掛けて来た。
「この時計、先輩が選んでくれたんですよね」
「まあ、ね……俺がというか、俺と店員さんがっていうのが正しいかな。ホント、どういうのがいいか良く解らなくって、結局無難なのになっちまったんだ」
 実は最初、昼食を奢るという条件で千夏をアドバイザーとして連れ出したのだ。しかし、時計を贈る相手が妙子ではないと知るや何故か怒って帰ってしまった為、結局己一人で選ばざるをえなくなったのだった。
(……しかもあんニャロ、昼飯だけはしっかり奢らせやがった)
 ショーケースに並んだ時計の前で、ガラスに頭を叩きつけたくなる程に悩んだ結果選んだのが、結局一番無難な――特徴の無いのが特徴という時計なのだから、己のセンスの無さに泣きたくなる。
「丸くて、綺麗で私はこの時計、すっごく好きですよ。きっと、私が腕時計が欲しくなって買いに行っても、絶対同じ時計を買ったと思います」
「……ありがとう、そう言って貰えると、すごく嬉しいよ」
 例え世辞だと解っていても、悩みに悩んだ八時間が報われる思いに月彦は落涙しそうになる。
(……ほんと、由梨ちゃんは良い子だなぁ)
 好きになって良かった。プレゼントして良かった。仲直り出来て本当に良かった――月彦は一人、うんうんと頷く。
「……そうだ、由梨ちゃん。一つ……聞いてもいいかな。かなり、今更なんだけど――」
「はい?」
「ずっと、気になってたんだ。俺、あの時……ボーッとしてて聞き逃しちゃったんだけど、本当はどんな相談だったの?」
 恥を忍んで尋ねるや、あっ……と由梨子が表情を曇らせる。
「もう、済んだ事ですから、気にしないで下さい」
「いや、それでも……聞いておきたいんだ。……弟さんの事じゃ、無かったんだよね?」
「……はい」
 きゅっ、と由梨子が肩を抱く。
(……やっぱり、かなり深刻な内容だったんだ)
 由梨子の仕草から、いやでもそれが伝わってくる。
「……あの、実は――」
「うん」
「前に、先輩がうちに来て……その…………した、時に――」
 見ていて気の毒になるくらい、由梨子の顔が朱に染まる。
「先輩が帰った後、見てみたら……一つ、破れてたんです」
「……え?」
「それで、気になって……ゆ、指を……入れてみたんです。そしたら……」
 由梨子の顔がますます赤く、そして声がか細くなっていく。“そしたら”の後の言葉は聞き取れなかったが、何を言おうとしたのかは十二分に解った。
「それから……その、アレが来なくなって……それで――」
「そ――う、だったのか」
 それは由梨子が怒る筈だ――月彦はガックリと脱力し、ソファにもたれ掛かる。
(そんな大事な相談してたのに、俺って奴は……)
 ある意味では、真央の彼氏騒動などより万倍重い問題だ。
(由梨ちゃん……きっと、かなり悩んでたんだろうなぁ……)
 ただでさえ思い詰めてしまう子だという事は、月彦も良く知っている。それだけに、一人で妊娠の恐怖に怯えていた由梨子の支えになってやれなかったことが、悔しくてならない。
「で、でも……先輩に話した後、ちゃんと来ましたからっ! だ、だから……今はもう、大丈夫、です……」
「……そういう問題じゃない。……由梨ちゃん、ごめん!」
 だんっ、と月彦は三度、額をテーブルに叩きつける。
「由梨ちゃんがそんなに悩んでたのに、気が付けなくて……本当にごめん!」
「せ、先輩……顔を上げて下さい! 先輩が謝る事なんて……ちゃ、ちゃんと……避妊も、してくれてたじゃないですか」
 先輩のせいじゃないです――そんな由梨子の慰めの言葉すら、月彦にはさらなる罪悪感の呼び水にしかならない。
「……でも、俺は由梨ちゃんが一番辛かった時に側に居てやれなかったんだ。……こんなに情けない事はないよ」
「先輩……」
 テーブルの上で無意識のうちに作ってしまっていた握り拳の上に、そっと由梨子の手が被さってくる。
「あの、一つ……先輩は誤解、してます」
「誤解?」
 はい、と由梨子は優しい笑みを返してくる。
「確かに、避妊に失敗して……妊娠の可能性が出てきた時は不安でした。でも、私が本当に辛かったのは……先輩と気まずくなって、ずっと会えなかった時です」
「それは――」
 どういう意味だと、月彦が尋ねる前に、由梨子が答えを口にした。
「妊娠するのは……確かに恐いです。でも、もし……そうなっちゃっても、後悔だけはしない相手としか……私は、その………………してませんから」
「由梨、ちゃん……」
「だ、だから……不安、ですけど……辛くはないんです。それより、先輩と会えない事の方が、本当に、辛くて……。今日も、先輩が喫茶店に行こうなんて言うから、てっきり別れ話だって決めつけちゃって――」
 先輩を待っている間、泣きそうでした――由梨子は握り拳に手を当てたまま小声で吐露する。
「……俺も、由梨ちゃんと会えなかったのは、辛かった」
 月彦は握り拳を開き、ぎゅっと由梨子の手を握る。
(でも、俺には……真央が居た――)
 由梨子と会えない、話が出来ない時期は確かに辛かった。しかし、真央が居るお陰でその寂しさは幾分和らいでいた事もまた事実。
 しかし、その間――由梨子は本当の意味で一人だったのだ。
(……お互いに、相手が怒ってるって思いこんでて、それで……拗れちゃってたって事なのか――)
 由梨子の言葉を言葉通りに受け取るのならば、そういう事になる。
(由梨ちゃんももう少し俺を信頼してくれていいのに――)
 そう思いかけて、由梨子もまた自分に同じ事を思っているのではという気がしてくる。
(……前に、姉ちゃんが俺と由梨ちゃんは似てるって言ってたけど)
 本当にそうなのかもしれないと、月彦は思う。きっと由梨子も、何か問題が起きた際に“自分が悪い”と思ってしまうタイプなのだろう。
(俺の場合は、大体その通りなんだから……しょうがない。でも、由梨ちゃんの場合は――)
 霧亜のせいではないかと、月彦は思う。由梨子がこうまで自分に自信を無くしてしまったのは、霧亜に捨てられたからではないかと。
(……どうやったら、由梨ちゃんに自信を持たせてあげられるんだろう)
 考えて、そしてすぐに答えを思いつく。そう、それは考えようによってはひどく簡単な事だ。自分さえその気になれば、今すぐにでも出来る事なのだから。
(……俺が、由梨ちゃんを選べば――)
 真央も雪乃も捨て、由梨子だけを選べば。そうすればきっと由梨子も自分に自信が持てるだろう。
 しかし。
(……それだけは、出来ない)
 ぎり、と奥歯が鳴る。会話が途切れ、店内音楽と周囲の客の話し声だけが、二人の間を流れていく。
「あ、あの……先輩」
 沈黙に堪えかねたかの様に、由梨子が声を出す。
「今日は、この後……何か用事とか、あるんですか?」
「……いや、後はもう帰るだけだけど」
「そ、そう……ですか」
 由梨子は意味深に頬を染めて下を向き、氷の大分溶けたレモンスカッシュに口を付ける。
「……ちなみに……由梨ちゃんは、この後は……?」
「えっ……わ、私……ですか?」
 一体何が恥ずかしいのか、由梨子はますます顔を赤くする。
「私も……特に用事は……」
「そ……っか。じゃあ、由梨ちゃんも暇なんだ」
「は、はい……暇、です……」
 また沈黙。月彦も殆ど氷水と化したジンジャーエールを口に含み、がりょがりょと氷をかみ砕く。
(うーん……今日は謝るだけのつもりだったんだが……)
 それ故に、家ではなく喫茶店へと足を運んだというのもある。――何より、気まずくなった状態からいきなり「家行っていい?」と聞きづらかったというのもあるのだが。
(でも、由梨ちゃん……誘ってる……よな、どう考えても)
 したらば、謝罪の意味を込めても、由梨子の意に添うようにしたほうが良いと思えた。
「じゃあ――……もし良かったら……この後、由梨ちゃんちに行ってもいいかな?」
「はいっ……今日は、大丈夫――……あっ」
 花が開いたような笑みが、途端に曇った。
「す、すみません……そういえば……今日は、弟が――」
「ああ……武士君の帰りが早いのか……」
「それだけじゃなくて……ええと」
 言うべきか、言わざるべきか。由梨子はしばし戸惑い。
「……お、女の子を呼ぶから、遅く帰ってくれって……言われてるんです」
「……そりゃ、また」
 思わず顔がにやけてしまいそうになるのを、掌で覆って隠す。
(……武士君も年頃って事か)
 ただ、単純に家に呼ぶだけならば人払いまではする必要はない。それをするという事は、本当の意味で二人きりになりたいからなのだろう。
(武士君にはいつも迷惑かけてるっぽいからなぁ……)
 今日ばかりは、自分たちが譲らねばなるまい。
「そういう事なら……武士君の邪魔をしちゃいけないな」
 じゃあ代わりにうちで――と言えないのが月彦の辛いところだった。
「ちなみに、遅くって……何時頃に帰る予定なのかな」
「多分……弟から携帯にメールが来ると思います。それまでは――」
「“何処か”で時間を潰さなきゃいけないってわけか。ふむ……」
 選択肢は、それこそ無限にあると言っても良い。このままここで談笑をしていても良いし、二人でボウリングをやりに行くのも悪くないし、ゲームセンターや図書館という選択肢もある。
 さて何が良いかなと、月彦が思案していると、テーブルの上に置いていた左手に由梨子が右手を重ねてきた。
「あの、先輩……私、時間潰すのに良い場所知ってるんですけど……」


「……カラオケ来たのなんか、久々だなぁ」
 由梨子に案内されたのは、駅前から裏路地へと入った先にある寂れたカラオケボックスだった。古びた外見とは裏腹に、室内の調度品などはなかなか見栄え良く、多少シミのあるソファも座り心地だけは抜群だった。
「由梨ちゃんはよく来るの?」
「いえ……歌は……あんまり巧くないですから」
 恥ずかしそうに微笑んで、そして月彦の隣に腰を下ろす。ぴったりと寄り添うのではなく、拳一つ分ほど間を空けるのが何とも由梨子らしい――と、口元が綻んでしまう。
「由梨ちゃん」
「あっ……」
 月彦は由梨子の腰に手を回し、ぐいと強引に引き寄せる。強引に――とはあくまで形式上での事で、由梨子との隙間は驚くほど簡単にぴったりと埋まった。
「二人きりなんだから、遠慮なんかしなくていいよ」
「……はい」
 返事の通り、くたぁ……と由梨子がもたれ掛かってくる。
「さて、と。なーに歌おっかなぁ……それとも由梨ちゃん、先に歌う?」
 歌本をぱらぱらとめくりながら尋ねるも、由梨子からの返事はない。それどころか、由梨子は歌本を手にも取っていなかった。
「私は……いいんです。先輩が先に歌って下さい」
「って、言われても……一番手ってのはなかなか緊張するもんだから――」
 歌本をめくる手を、そっと由梨子が握ってくる。
「ゆ、由梨ちゃん……?」
「何なら、歌わなくても…………いいと、思います」
 すりっ、と。まるで良く慣れた家猫の様に、由梨子が体を擦りつけてくる。
「私は、先輩とこうして一緒に居られるだけで……幸せ、ですから」
「そりゃあ……俺、だって――」
 同意見だと、苦笑する。こうしてただ由梨子と二人で居るだけで和むし、癒される。
(ただ――)
 惜しむらくは、と言うのが果たして正しいのか。月彦には判断が付かない。
(……今日の由梨ちゃん、黒タイツなんだよなぁ…………)
 喫茶店の様に机で脚が見えなければ、どうという事はない。しかし、こうして二人でソファに腰掛けていては、嫌でも目がいってしまう。
(由梨ちゃん……やっぱり誘ってる……のか? いや、でもあんな話の後だしな――)
 手を出すべきか、否か。月彦はしばし悩んだ。しかし結局は――ぐいと、さらに由梨子を抱き寄せてしまった。
「あっ……」
 由梨子の、そんな甘い声。そしてのど元にかかった吐息に思わず心臓がどきりと跳ねる。
「先輩……」
 もの言いたげに上目遣いをしてくる由梨子に、段々“我慢”が出来なくなる。
「んっ……」
 殆ど吸い寄せられる様に、由梨子に被さる形で――ソファに押し倒すような形で、唇を重ねていた。
 最初は、軽く触れるだけ。次は、ちゅっ……と小さく音を立てて。その後は断続的にちゅっ、ちゅっと啄むような短いキス。
「ぁっ…………んっ……!」
 次に、舐める様なキス。次第に唇を合わせている時間が長くなり、舌と舌が絡み始める。
「あっ、はっ……ぁっ……」
 由梨子が唐突にびくんっ、と背を逸らし、キスを中断して喘ぐ。その時に月彦は初めて、己の左手が由梨子の胸元をまさぐっている事に気がついた。
「ご、ごめんっ……つい……」
 何が“ごめん”で何が“つい”なのか。月彦自身にも解らないまま謝ってしまったのは、前に由梨子に拒絶された事があったからだった。
「先輩……」
 そしてそれを、由梨子も察したのだろう。引かれた月彦の左手を、そっと右手で掴み、己の胸へと宛う。
「大丈夫、です、……今日は、大丈夫、ですから」
 無論、由梨子の“大丈夫”というのは安全日という意味ではなく、生理中ではないという意味なのだろう。そのくらいを汲み取る機微は、月彦にもある。
「あんな話をしたばかりで……不謹慎だって……解ってます。……でも、私……ずっと……先輩と会えなくて……だから――」
「……大丈夫。……俺も、今日は……避妊もしっかりするから」
 再び、胸元への愛撫を再開する。制服の上着越し――さらに言うならその下にセーター、シャツ、ブラがある――になで回しているだけだというのに、由梨子はなんとも甘い声を上げる。
(由梨ちゃんに……直接、触れたい……)
 そんな思いから、月彦は由梨子の上着のボタンを外し、さらにセーターの下に手を潜り込ませる。カッターシャツのボタンを二つほど外して手を滑り込ませた途端。
「……あっ、……せ、先輩……あんっ……!」
 臍回りを軽く撫でただけだというのに、由梨子はさらに大きく声を上げ、ぴくんと体を震わせる。
「やだ……今日は、なんか……凄く……ンッ……」
 慣れない場所だからか、それとも由梨子とは久しぶりだからか。月彦はしばし由梨子の腹部をなで回した後、ブラの上からその生地の触感を楽しむかのような手つきで胸元を愛撫する。
「ぁっ、やっ……ぅっ……」
 顔を真っ赤にし、はぁはぁと喘ぐ由梨子が可愛くて仕方がない。月彦はその頬にキスをし、耳を舐めながら、由梨子の胸元をまさぐり続ける。
「由梨ちゃん。……由梨ちゃんの胸、見たい」
 舐めながら囁き、由梨子がこくりと頷くのを見届けてから、上着とセーターを脱がしにかかる。カッターシャツのボタンを外し、白のブラが見えるや背中に手を回し、ホックを外す。
「……ぁ、……」
 ブラをずらす瞬間、由梨子がさらに顔を赤く染めて俄に隠すような素振りをする。が、しかし――その両手は完全に胸元を隠しきる前に止まり、そして辿々しく開かれる。
「うん、隠す必要なんか無い。……綺麗だよ、由梨ちゃん」
 良く隠さなかったね、と囁き、頬にキスをしてから、月彦は改めて眼下にある由梨子の体を見下ろす。白い丘陵につんと尖ったピンク色の頂。真央や真狐のそれのようにムラムラと男の欲情をかき立てるのではなく、純粋に綺麗だと思わされるその造形美。
「あ、ぁ……あっ」
 さわりと、右手で腹部を撫で、そのまま滑るように膨らみに手を這わす。
「あぁっ、ぁ……あっ、ぁっ」
 むにむにと乳房の柔らかさを堪能しながら、ついと。人差し指と親指で先端を摘む。
「あっ、やっ……せ、せんぱっ……ああぁぁっぁぁぁッ!!」
 そのまま、くりくりと。人差し指と親指の腹で擦るようにして弄ると、由梨子は身を震わせて喘ぐ。
(……この、成長途中って感じが……なんとも――)
 過敏に反応する由梨子が可愛くて愛しくて、月彦はこれでもかと胸元を弄る。キスをしながら人差し指の先でくりくりと縦横に転がし、由梨子が喉奥で噎ぶのを聞いて悦に入る。
「はぁ、はぁ……せん、ぱい……そんな、もう……胸、はっ……ぁあっ!」
 とろりと糸を引いて口を離すや、今度は由梨子の胸に吸い付き、舌先で先端を転がす。
「あぁっ、あっ、ぁ、ああぁっ……あっ、あっ!!」
 ちゅっ、ちうっ、ちゅ……。
 先端を吸い上げ、白い肌を舐め、キスをする。その都度、由梨子がびくっ、と背を仰け反らせて喘ぐものだから、愛撫をする月彦としても嬉しい限りだった。
「あっ、あっ……ぁあァ! だ、めっ……先輩っ……やっ、もう、やめっ……ぁあ、ひっ!」
「……何が、ダメなのかな」
 目の端に涙すらにじませ、はあはあと喘ぐ由梨子につい仏心が沸き、月彦は愛撫を止めてしまう。
「だ、だって……私、もう――」
「もう……何?」
 言葉を切ってしまった由梨子に尋ね返すと、見ているのが気の毒なくらいに由梨子は顔を赤くする。
「せ、先輩は……意地悪、です……。私の、体の事……知ってる、のに……そんな……」
「由梨ちゃんの、体――」
 はて、と。この時、月彦は由梨子が言わんとしていることが本当に解らなかった。だから、由梨子は――例え死ぬほど恥ずかしくても、みなまで言う羽目になった。
「こ、これ以上……されたら、私……ソファまで、汚しちゃいます…………」
 ああ、そういえば――由梨子はそういう体質だったと、月彦は思いだした。そしてすぐに――確認の為にも、由梨子の下半身へと手を伸ばす。
「ひゃあっ……やっ……!」
 顔を赤くしたまま、由梨子が悲鳴を上げるのも構わず、その太股に触れる。そして、さわさわと、“どこまで濡れているか”を確かめる様に手を這わせる。
「い、や……先輩、そんなに……あ、ぁ……」
 下着回りは言うに及ばず、内股の辺りまでじっとりと湿り気を含み、挙げ句には下側のスカート生地まで湿っていた。それらを確認し終わった後、月彦はもう感極まって由梨子を思いきり抱きしめていた。
「えっ……せ、先輩……ぁっ」
「……嬉しい。由梨ちゃん……そんなに感じてくれてたんだ」
 何も恥ずかしがる事なんかない――そう囁き、髪を撫でながら三度頬にキス。
「やっ、ぁっ……せ、先輩っ……ひぁっ!」
 キスをしながら、今度はそっとスカートの下に手を忍ばせ、すりすりと黒タイツの上から下着をなぞる。
「だめっ、だめっ……先輩っ……だめっっぇえ……」
 左腕だけで抱きしめている由梨子の体が――否、その腰から下が、イヤイヤをするように蠢く。
(……感じてる由梨ちゃんって可愛い過ぎるよなぁ…………)
 月彦は苦笑を口の中に隠して、黒タイツの上から由梨子が最も嫌がる場所を重点的になで回す。はあはあと、由梨子の息づかいが徐々に荒々しくなる。
「せ、先輩っ……やっ、ァァ、あぁあっ!!!」
 ぎゅううっ、と由梨子の手が月彦の上着の背中を掴み、腰がびくんと跳ねる。指先にさらなる湿り気を感じながら、月彦ははぁはぁと荒い息を吐く由梨子の髪をそっと優しく撫でる。
(イき方まで可愛いんだから……ズルいよなぁ……)
 一体何が狡いのかは月彦自身にも解らないが、とにもかくにもこんなに可愛く喘がれてはもっともっと感じさせてやりたいと思わされてしまう。由梨子の呼吸がほどよく落ち着いた所で、今度はそっと右手を黒タイツの下へと忍び込ませる。
「っっ……やっ」
 ぐたぁ、と脱力していた由梨子が、途端に身を震わせ声を上げる。
「だ、だめ……です、先輩……まだ、私……あぅっ……!」
「……“駄目”が多いよ、由梨ちゃん。さっき“今日は大丈夫”って言わなかったっけ?」
「そ、それ……は……で、でも……あぁっ、ぁっ……ゆ、び……あぁぁっぁっ……!」
 ぬぷり、とまずは中指。濡れる――というよりは、トロトロに蕩けきっている由梨子の膣内の感触を楽しむように動かし、すぐに人差し指も埋没させる。
「あ、ぁっ、やぁぁっ……ふぁっ、ぁぁぁ……」
 ぎゅうっ、とまたしても由梨子が上着の背中を掴んでくる。一度は収まった呼吸が再び荒々しく、はぁはぁと湿った喘ぎが月彦の耳に当たる。
「……由梨ちゃんのナカ、熱くってトロトロだ……。こうして指で触ってるだけで、無茶苦茶気持ちいい」
「やっ、嫌ぁぁ……そんな、事……言わないで、下さい……ひぁっ! だ、駄目っ……指、動かさ――あぁぁああ!!」
 にゅぐ、にゅぐと指を曲げたり、捻ったり。由梨子の反応を見ながら、あえて“弱い場所”を避けるように動かしたり、逆に重点的に擦り上げたり。
 何度も、何度も由梨子がイきそうな声を上げるたびに指の動きを止め、キスで口を塞ぎ、くちゅくちゅと舌を絡み合わせる。
「はぁ、ふぅ……………せん、ぱい……」
「……解ってる。俺も、凄く……由梨ちゃんが欲しい……由梨ちゃんに、挿れたい」
 すり……と、怒張しきった股間を強調するように、由梨子の太股に擦り当てる。由梨子は一瞬驚き、身を引くような素振りを見せたが――しかし、最後にはこくりと頷いた。



「あ、あの……これで、良いんですか?」
 月彦に言われるままに、由梨子は絨毯の上に膝を突き、ソファに上半身を伏せる形で月彦に背を向ける。――否、背を向けるというより、殆ど尻を差し出していると言うのが正しい。
(こんな、格好……)
 今、月彦から見えているであろう自分の痴態を想像して、由梨子は赤面する。
 きっと黒タイツだけではなく、スカートにまで染みが出来てしまっているだろう。それら全てが、月彦に見られているのだ。
「ああ、凄く……良いよ。由梨ちゃん」
 もぞもぞと、月彦の手が由梨子の尻を撫でる。そして、その指が黒タイツへとかかり――ゆっくりと。膝上まで下ろされる。
「ぅぅ、ぅ……」
 ぐっしょりと湿り気を帯びたタイツの感触を、脱がされる際に嫌でも思い知らされる。
(先輩に……軽蔑されちゃう……)
 月彦の愛撫に、以前にも増して感じてしまう自分の体に、由梨子自身驚いていた。単純に“間”が開いたからなのか、それとも――自覚は無かったが――性欲が溜まっていたのか。
(ぐいって……抱き寄せられただけで……あんな……)
 腰に手を回され、抱き寄せられた。それだけで、じわり、じわりと。ましてや、それ以上の事をされては。
(先輩に、キス……されて、胸も……触られて……)
 心臓の高鳴りに呼応するかのように、下着を濡らしてしまった。可愛い、綺麗だ――そう囁かれた時など、ひやりとしてしまう程に一気に溢れさせてしまった。
(今も……先輩に、見られてる……)
 すっかり濡れそぼり、色の変わった下着を。出来る事なら、隠したい。しかし――。
「ぁ、ぁあっ……せん、ぱい……」
 月彦の手が、今度はショーツへとかかる。黒タイツと一緒に下ろしてしまわなかったのは、単なる気まぐれか――或いは。
(あぁ、ぁ……)
 黒タイツと同様、膝上まで下ろされるその間が永遠にすら思える。由梨子は耳まで赤くし、羞恥に堪えた。
「えっ、やっ――」
 しかし、月彦がぐいと尻を掴み、両手の親指で秘裂を広げた時には、さすがに由梨子も身を起こした。
「い、嫌……先輩、やめっ……」
「止めないよ。……今日は、由梨ちゃんのナカ……しっかり見たい」
 こういう事に関しては、一度言い出したら聞かない――月彦とは決して長い付き合いではないが、そういう所だけは由梨子も解っていた。
 だからもう、由梨子には――舌を噛みたくなる程の羞恥に堪え続けるしか、術がない。「今日は……破れたりしない様、二枚重ねでつけるから。……だから、由梨ちゃんのナカがどんななのか、しっかり目に焼き付けておきたい」
 つまり、スキン二枚重ねで損なわれる快感の分は、脳内補正で補う――月彦はそう言っているのだ。
(でも、それじゃ――)
 自分の体を気遣ってくれるのは純粋に嬉しい。しかし、そのせいで月彦にばかり負担をかけてしまうのが心苦しい。
「よし。じゃあ……挿れるよ、由梨ちゃん」
 月彦が手を離してから、やや間が空いたのはスキンを付けていたからなのだろう。ぐっ……と、身に覚えのある感触が秘裂に押し当てられ、そして。
「あっ、はァ……うッ!!」
 由梨子の中をめいっぱいに広げながら、剛直が入り込んでくる。
「あっ、ぁっ……やっ、せん、ぱっ……も、……少し、ゆっく、り……」
 みちみちと秘裂を広げられる感覚に、由梨子はたまらず悲鳴を上げる。
「ンッ……久しぶり、だからかな……由梨ちゃんのナカ……凄く、キツい……」
 それとも二枚重ねだからかな――そんな事を呟きながら、月彦はやや速度を落としながらも根本まで剛直を押し込んでくる。
「く、ひ、ぃ……!」
 “長さ”が足りず、剛直の先端部がぐいぃっ、と由梨子の膣奥を押し上げる。
(そう、だ……先輩、のは……いつも――)
 根本まで無理矢理ねじ込まれれば、こうなってしまうのだ。由梨子は上体をソファに伏せさせ、はぁはぁと喘ぎながら、その事を思い出す。
(こうして、挿れられただけで……力、入らなくなっちゃう……)
 まるで毒針でも打たれて、体が麻痺してしまったかの様――否、それでも下腹部を圧迫する巨根の感触だけは、否が応にも実感せざるをえない。
「ふはっ……キツくて、締まって……由梨ちゃんのナカ……すっげぇ良い……」
 ふーっ、ふーっ……そんなケダモノじみた息づかいが耳のすぐ後ろに当たる。
「う、あ、あ……」
 月彦が被さり、体重をかけてくるとさらに剛直が奥へと押し込まれる。さすがに由梨子は体を前方へと逃がそうとしたが、ソファの背のせいでそれも出来ない。
「せん、ぱ……く、苦しい……です……」
「あぁ、ごめん。由梨ちゃん……これで、大丈夫?」
 一体何を勘違いしたのか、月彦は体を起こし、そして由梨子の体をソファに対して斜めにんるように位置を調節する。
(そうじゃ、なくて――)
 どうやら顔がソファの背に押しつけられて苦しい――という意味だと思われたらしい。が、しかし。由梨子が間違いを指摘するよりも先に。
「あ、ンッ!」
 ずっ、と剛直が引いたかと思った刹那、ごちゅんと突き上げられる。
「あっ、ぁっ、あっ、あっ」
 先端部分が辛うじて残っている上体まで引き、再び突く。ゆっくり、しかし澱みのない動作で、何度も何度も突き上げられる。
「あんっ、あっ、あっあっンッ、あっ」
 剛直が動き、膣内が抉られるたびに勝手に声が出てしまう。体が溶けてしまいそうな快感の前に、はしたない、恥ずかしいといった考えすら何処かに吹き飛んでしまう。
(あぁ……先輩、先輩っ……!)
 出来ることならば、両手でぎゅうとしがみつきたかった。しかし後ろからではそれも出来ず、由梨子はソファに爪を立て――或いは生地を握りしめるようにして、快感に堪える。
「っ……由梨ちゃん、ここ……弱かった、よね」
「えっ、や、やだ……せんぱ――きゃぅううう!」
 ぐりぐりと、剛直が一点に狙いを絞り、擦り上げてくる。
「あぁっ、あんっ、そ、こ……だめ、ですっ……あぁあっ、あっ!!!」
「す、げぇ……由梨ちゃんのナカ……キュウキュウ絡みついて来る……」
 懇願は聞き入れられず、むしろかえって入念に擦られる。
「あ、あぁぁぁっあっ……あぁぁっ、あっ!」
 びくっ、びくと。擦られるたびに腰が跳ねているのが、自分でも解る。
(やっ……だ、め……もう、イくっ……!)
 下腹から突き上げてくるその予感に、徐々に抗えなくなる。正気も、常識も、羞恥心さえも。快感の波に攫われようとした――その刹那。
「っひゃあっ!」
 予想だにしなかった場所に触れられて、由梨子は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「せ、先輩っ……何処、触ってるんですか!」
「何処って……」
 月彦の言葉にはなんら悪びれる所がない。むしろ、心外だと言いたげな口調と共に、ぬるりとしたものが――恐らくは中指が――が入ってくる。
「ひっ……」
 “何”を潤滑油代わりにしたのかは、言わずもがな。由梨子の“中”に侵入した中指はそのままぬっ、ぬっ……と出し入れされる。
「やっ、やぁ……先輩、そこ……嫌、です……」
 はぁはぁと喘ぐ合間、由梨子はやっとの事で拒絶の意を示すが、月彦に聞く気はまるで無い様だった。その証拠に――
「ぃい、ぃう……!」
 指が増やされた。二本の指が、にゅぐにゅぐと出し入れされる。
「あっ、あっ、あっ……」
 その動きに、今度は剛直の抽送が加わる。
「い、嫌っ……嫌っ、ぁ……せ、せんっぱ……お尻……はぁっ……あぁッ!」
 必死の懇願。しかし、またしても聞き入れられない。二本の指はその場所をマッサージするように蠢き、剛直は相変わらず由梨子の弱い場所を攻めてくる。
(いやっ……私……お尻、されながら……イッちゃう……!)
 由梨子は顔をソファに伏せ、生地を噛みしめながらイくのを必死に堪える。が――
「あぁぁあっっぁッ!!」
 まるで、剛直と擦りつけ合うような指の動きに、とうとう歯を食いしばれなくなって、大声を上げてしまう。
「んっ、やっぱり。……由梨ちゃん……お尻“も”良いんだ」
 違います!――そう返そうとした声は、指の動きによって甘い喘ぎに変えられた。
「いやっ、いやっ……先輩っ……やぁぁっ、おね、がい、ですっ、からっぁっ……ンッ、普通に、やっ……お尻、嫌っ……嫌ァァアッ!!!」
 拒絶の声が、そのまま絶頂の嬌声へ。
「せん、ぱっ……おねがっ、やめっ……あっ、ぁっ、ァァァァッッッ!!!!」
 びくっ、びくぅっ!
 嘆願空しく、尻を小刻みに震わせながら由梨子はイッてしまう。途方もない快感の波に痙攣するように硬直と弛緩を繰り返し、くたぁ、と。ソファに伏したまま脱力。
 はあはあと、荒い呼吸を繰り返す口は閉じられる事も無く、ソファに唾液のシミを作る。
「ん、ぁ、あ……」
 挿入されていた二本の指がにゅぐりっ、と軽く捻られ、そしてゆっくりと引き抜かれる。引き抜かれた後も、その場所が閉じきれず、ひく、ひくと蠢いてしまい、由梨子はたまらずソファに顔を埋めてしまう。
「……もうそろそろ、だね」
「そ、そろそろって……何が、ですか……もし、かして……」
「うん。……もうすこしほぐせば、入るかな〜って」
「入りません!」
 力の入らない上半身をなんとか起こして振り返り、由梨子は抗議するが、月彦は終始笑みを浮かべるばかり。
「大丈夫。入るようになるまで、ちゃんと指でほぐすから」
「せ、先輩……いい加減……諦めて、くださ――……んぅっ……!」
 再三の抗議の言葉も、再び指を埋没されて甘い喘ぎへと変えられてしまう。
(普通に、して欲しい、のに……)
 しかし、由梨子のそんな思惑とは裏腹に、いつになく執拗に尻を攻められ――喘がされてしまうのだった。



「えっ……由梨ちゃんが上に?」
 後ろから指と剛直でじっくりたっぷり攻め、三回ほどイかせた所で、突然由梨子がそんな事を申し出てきた。
「はい……ですから、今度は、先輩が……ソファに……」
 上体をソファに伏せたまま、はぁはぁと。切なげな吐息混じりにそんな事を言われては、月彦としては断るわけにもいかない。
(……それに上になった時の由梨ちゃんって、エロくて可愛いし)
 良いことずくめじゃないか、と月彦は意気揚々とソファに腰掛ける。それを跨ぐ形で――半脱ぎカッターシャツにスカートのみという出で立ちの由梨子が上にのってくる。
「ンッ、ぁっ、ぅんっ……ぁっ、ぁっ……」
 グンッ、と依然そそり立ったままの剛直の上に、由梨子がゆっくりと腰を下ろしてくる。
(あぁ……この肉を裂いていく感じが、また……)
 狭い由梨子の膣内をこじ開けていく際の感触に、月彦は思わずうわずった声が出そうになる。
「は、あふ……んっ、ぁ、ぁ……うっ……」
 とんっ、と先端に何かが当たる感触がして、由梨子が漸く腰を落ち着ける。
「せん、ぱいの……ンっ…………はぁ、んっ……ぴくっ、ぴくって……動いて……んんぅ」
 苦しげに呻く由梨子をそっと抱きしめ、よしよしと背中を撫でる。本当は今すぐにでも動いて欲しかったが、挿れるだけで一杯々々になってしまっている由梨子を見ていると、さすがにそんな残酷な要求は出来ない。
(でも、お尻は触っちゃおう……)
 背中を、そして髪を撫でていた手をさわさわと南下させていき、スカートをめくり上げようとした――その刹那。
「先輩!」
 がしっ、と由梨子に両手が掴まれた。
「だめ、です。……もう、触らせません」
「いや、でも……」
「そこ、されるの……本当に恥ずかしいんです。……お願いですから、普通に……してください」
「……解った。由梨ちゃんがそこまで言うなら……もうしないよ」
 月彦は渋々手を引き、由梨子の手が離れるや――再び由梨子の尻へと手を這わす。
「せ、先輩!」
「解ってるって。由梨ちゃんが恥ずかしいことはしないから」
 苦笑して、月彦はスカートの上から由梨子の尻をなで回す。
(……絶対、由梨ちゃんはお尻でも感じられる子だと思うんだけどなぁ……)
 真央と比較しても、明らかに由梨子の感じ方の方が上なのだ。だからこそ、“開発”したいと思ってしまったのだが。
(でも、由梨ちゃん本当に嫌みたいだし……しょうがないな)
 うん、と月彦は心中で一人納得する。勿論それは――
(別に急ぐ必要は無いんだ。…………ゆっくり好きになってもらえば、それで良い)
 もうしない――という方向ではなく、じゃあ長期戦で、という切り替え。こういった事に限っては諦める、という選択肢に“気がつかない”のが月彦という人間だった。
「……由梨ちゃん、そんなに睨まないで。それとも、こうしてスカートの上から触られるのも、嫌?」
「に、睨んでなんか……っ、さ、最初から……先輩が普通にしてくれてたら、私も……あんな……」
 顔を赤くして、由梨子がぼしょぼしょと何かを呟く。どうやら、お尻で三回イかされた事を気にしているらしい。
(……別に恥ずかしがる事でも無いんだけどなぁ…………)
 しかしそれを何度口で説明しても、今の由梨子には解って貰えないだろう。なればこそ長期戦しかないと、月彦は思ったわけなのだが。
「まあ、過ぎたことは置いといて。由梨ちゃん、そろそろ動いて欲しいんだけど」
 尻を撫でながら最速すると、由梨子が辿々しくも腰を使い始める。
「ン……こ、こんな……感じ、ですか……?」
 ぐっ、ぐっ……と剛直を撓らせるように、由梨子が前後に腰を動かしてくる。
「お、ぉう……すげっ……」
 二枚重ね越しとはいえ、窮屈な肉襞の感触と摩擦にうわずった声が出る。尻をなで回していた手はすぐに止まり、何かを堪えるようにくっ、と尻肉を掴む。
「はぁっ、はぁっ、んっ……んっ、……せん、ぱいの……凄く、堅くて……あはぁ、ぁ……」
「ッ……それは、由梨ちゃんが可愛いから、由梨ちゃんのナカが気持ちいいからっ……ッ……」
 膣内の感触もさることながら、それ以上に眼前の由梨子の姿が。カッターシャツ半脱ぎにスカートのみという格好でハァハァと息を荒げている由梨子に否が応にも興奮させられてしまう。
(普段の由梨ちゃんからは……全く、想像できない、よなぁ……)
 日頃目にする姿が何とも真面目な、“普通の女子高生”なだけに、いざこうして乱れられるとその落差に頭がクラクラしてしまう。
(や、べぇ……無茶苦茶、可愛い……)
 快感に腰砕けになりながらも、懸命に腰をくねらせる由梨子に想いが高じて、月彦は両腕で抱きしめる。
「きゃっ、せ、先輩……んっ……」
 そしてそのまま、右手を由梨子の後頭部に宛い、キス。
「んはっ、んっ……んちゅっ……んっ……んっ……」
 くちゅくちゅと舌を絡ませ合うたびに、膣内がキュンキュンと締め付けてくる。
「ん、はぁ……せんぱっ、やっ……」
「……由梨ちゃん、可愛い」
 ぼそりと囁き、そして由梨子の首筋にキス。ちゅう、と吸い、唇を少しだけスライドさせてから、また吸う。
「だ、だめ、です……先輩、そんな、痕……残されたら……ぁあっ……!」
 だめ、と言いながらも、由梨子の抵抗はなんともか細い。無論、月彦は構わず、由梨子の首、肩、胸元に次から次へと唇痕を残していく。
「だめ、だめっ……先輩……やっ……もう、やめっ……」
「嫌だ。……もっと、由梨ちゃんに俺の“印”を付けたい」
「で、でも……もし、真央さんに……見られたら……」
「……その時は、その時だ」
 すっかり肌が上気した由梨子の胸を舐めるように口づけして、その先端を啄む。
「あんっ……!」
 耳にするだけで、ぴくんと下半身が反応してしまうような、由梨子のそんな甘い声に誘われて、ぬろぬろと先端を嘗め回す。
「あ、あ、あ、あ……あぁぁぁ……!」
 後頭部へと回ってきた由梨子の手が、カリッ……と。爪を立ててくる。が、しかしその程度では止まらない。
「……ほら、由梨ちゃん。動き、止まってる」
 ちゅぱっ、と口を離して催促。慌てて由梨子が腰の動きを再開させるも、月彦が逆の乳房を舐めると。
「あっ……!」
 びくっ、と身震いして動きを止めてしまう。
(……やっぱり、胸でもそうとう感じるんだ)
 真央も巨乳の割りには敏感な方だが、由梨子はそれ以上らしい。だからといって、由梨子が辿々しく動く間、なんとも美味そうな美乳をただ見ている法はない。
「やっ、せんぱっ……ぅん!」
 だから、月彦は自分で動くことにした。由梨子の尻を掴み、持ち上げ――そして、突く。
「はぁあうううッ!!」
 ごちゅっ……!
 一度強く突いた後、ごちゅごちゅと小刻みに突き上げる。突き上げながら、乳を舐める。
「やっ、ぁっ、ぁっ……だ、めっ……です、せん、ぱいは……動かない、で……ひっ……」
「由梨ちゃんが動いてくれないんだから、俺が動くしかないだろ?」
「う、動きますっ……私が、動きますから……」
 今にも死にそうな声で懇願され、月彦は渋々動きを止める。
「……でも由梨ちゃん。次、動きが止まったら……その時は、俺がイくまで止めないからね」
 別に脅しではなく、ちょっと釘を刺すだけのつもりで囁きかける。――が、しかし、思いの外効果はあったらしかった。
「んっ、はっ……んっ、ぁっ……」
 くい、くいと先ほどよりもやや大胆に由梨子が腰を使う。前後だけではなく、ぐいぐいと捻るように動かされ、再び尻を撫でていた手がくっ、と爪を立ててしまう。
「そ、うだ……由梨ちゃん。そんな、感じ……上下にも、動いて」
「は、はいっ……んんっ……あっ、んんっ、んっ……ンッ!!」
 由梨子の動きに、ギッ、ギッ……とソファが軋みを上げる。同時に、スカートの下からぬちゃぬちょと淫靡な音。
「う、ぁ、す、げ……やべっ、無茶苦茶……気持ちいい……」
 腰から下が溶けてしまいそうな快感に、ただジッとしているだけの月彦まで呼吸が荒くなる。――そして、徐々に。ジッとしている事に堪えられなくなる。
「っきゃっ!? せ、先輩っ……」
「ごめん、由梨ちゃん……由梨ちゃんが動いているだけでも、十分すぎるくらい気持ちいいんだけど……」
 尻を掴み、由梨子の動きを補助するように上下させる。それに合わせて、月彦自身も腰を上下。由梨子の体を持ち上げた時に引き、下げた時に突き上げる。
「ひぃっ、あっひっ! やっ、せんぱっ……もっと、優しっ……んひぃっ!!」
 ばちゅんっ!ばちゅんっ!
 スカートの下から、そんな水音を響かせながら、月彦は遮二無二突き上げる。既に、由梨子の方は完全に腰砕け、動きが止まってしまっていた。
「く、はっ……ごめん、由梨ちゃん……すっげ、気持ちよくて、俺、もう……止まらないっ……くっ……やべ、出るっ……!」
「えっ、やっ……せんぱっ……んっ、あっ、やっ……は、早っ……あっ、あっあっ、あっあっ、あっあっあっ、あぁぁぁあァァ――ッ!!!!」
 こちゅこちゅこちゅっ……ごちゅんっ!
 由梨子の腰のくびれを掴み、己の方に精一杯引き寄せながら突き上げる。ぐいっ、と剛直の先端が由梨子の膣奥を押し上げるのを感じながら、どくりっ、と。
「くはぁぁぁぁぁぁっ……」
 どぷっ、どぷっ……どぷっ……!
 二枚重ねにしても漏洩が恐くなるほどの勢いで溢れる白濁。月彦は咄嗟に――最後の理性を振り絞って――由梨子の体を持ち上げ、剛直を引き抜く。
「んっ、ぁッ!」
 引き抜く瞬間、俄に由梨子が喘ぎ、そして脱力。くたぁ……ともたれ掛かってきた由梨子の背と髪を優しく撫でながら、月彦もまた絶頂の余韻を楽しむ。
「はーっ…………はーっ…………ごめん、由梨ちゃん……いきなり、出しちゃって…………ちゃんと、イけた?」
 月彦の胸板に顔を埋めたまま、辛うじてこくり、と由梨子は頷く。良かった……そう呟いて、月彦は由梨子の後ろ髪をなで続ける。
「……せん、ぱいも……ちゃんと、感じて……くれたんですよね?」
 ちらり、と。由梨子の視線が先の膨らんだスキンへと移る。
「うん。二枚重ねても全然大丈夫だったよ」
 苦笑し、月彦はスキンの後始末をする。きゅっ、と口を結び終わった後、どうしたものか少し悩んだが、結局ティッシュにくるんでゴミ箱に捨てることにした。
「先輩……また……」
「うん」
 呆れたような由梨子の声に、月彦は苦笑しか返せない。依然ギン勃ちのその部分は、本当に己の体の一部かと疑いたくなる程に、時に制御不能に陥るのだ。
「……スキンなら、まだまだあるけど」
 ぼしょぼしょと耳に囁くと、面白いくらいに由梨子が顔を赤くする。
「そ、そんな……私、別に……もう、十分、ですから……」
 一体何が十分なのか、月彦は苦笑を禁じ得ない。
「俺は、由梨ちゃんともっとシたいんだけど」
 渋る由梨子の太股に剛直をすり当て、いつになく食い下がる。久方ぶりの由梨子との邂逅に燃える心は――というより、下半身は――たったこれしきの事では収まらないのだった。

「じゃ、じゃあ……先輩、口……でも、良いですか?」
 ちらりと、由梨子は腕時計に目をやる。楽しい時間が過ぎるのは速いもの、カウンターで申し込んだ二時間がもう残り二十分程になってしまっていた。
「時間も……もう、そんなに残ってませんし……」
 由梨子は自分だけ絨毯の上へと降り、右手でそっと剛直を愛撫する。
「まぁ……そうだね。じゃあ……口でしてもらおうかな」
 はい、と由梨子は赤面混じりに頷き、そっと剛直に唇を付ける。
「んっ……」
 まずはちろ、ちろと舌先で全体的に嘗め回す。堅く屹立した剛直の表面に、まんべんなく唾液を塗り込む様に。
(先輩の……ぴくっ、ぴくって……震えてる……)
 それは気持ちいい証拠なのだと、過去に月彦に教えられた。
「んはっ、んちゅっ、んっ、ちゅっ、んんっ、はむっ、んっ……」
 最初は辿々しかった舌の動きにも、徐々に熱が入ってくる。舐めるたびに、そして吸い付くたびに微かに聞こえる月彦の呻き声に、由梨子の方も興奮をかき立てられるのだ。
(それに、口でなら……先輩に直接触れられる……)
 スキンも何も付けなくて良い――それが、由梨子には妙に嬉しかった。避妊は必要――しかし、そのせいで月彦とは直接繋がる事が出来ない。
「ん、く……」
 剛直がたっぷり唾液に濡れた所で、頬張る。剛直の先端部を唇で擦るようにして咥えると、頭の上から小さな呻き声が降ってくる。
(先輩……こういう風にされるの、気持ちいいんですよね?)
 由梨子は右手で竿を撫でながら、頭を前後させて唇と舌で先端部分を刺激する。うぅっ……そんな声が聞こえて、月彦の手が髪を撫でてくる。
「……す、げぇ……気持ちいい、よ……由梨ちゃん」
 ぬぷ、ぬぷと音を立てながら唇で食むようにして撫で、ぴくぴくと小刻みに剛直が震え出したところで由梨子はついと糸を引きながら唇を離す。
 ぺろりっ、と舌を出してその糸を巻き取り、そして月彦を見上げる。
「由梨ちゃん……続きを――」
 はぁはぁと呼吸を荒くしながら催促されるのが、思いの外心地よい。自分の口戯で、月彦が本当に感じてくれているのだと、もどかしげな手と焦燥に燃える目が何よりも雄弁に語っているからだ。
(私でも、先輩を感じさせてあげられる……)
 再び剛直に唇を付け、今度は裏筋をちろちろと舐める。根本から、先端までツツツとなぞり、しゃぶる。
「んぷっ、んっ……んくっ……」
 口腔でぴく、ぴくと震える剛直の振動を受けながら、舌先を窄めて――
「うっ、はっ……由梨ちゃん、それ、ちょっ……!」
 鈴口をほじくるようにしてちろちろと舐めると、髪を撫でていた手がびくりと跳ね、爪を立ててくる。
「んっ、ぷ……」
 はあはあと、ますます荒くなる呼吸を耳で受けながら、由梨子は執拗に鈴口を舐める。
(先輩も……濡れてる……)
 トロトロと溢れてくるものを舌先で舐め取り、こくりと嚥下する。ただの分泌物である筈のそれが、まるで媚薬かなにかのように、由梨子の下腹を熱くする。
(や、だ……また……)
 とろりと。溢れてくる感覚に由梨子は咄嗟に太股を閉じた。下着を付けていないこの状態では、絨毯まで汚してしまう――しかし、由梨子自身にも舌の動きは止められず、同様に下半身のうずきも止められない。
「やば……ゆり、ちゃん……もう、出そう……」
 月彦のそんな切羽詰まった声にゾクリとしながら、由梨子は“その瞬間”に備える。
(先輩……出す量もスゴいから……)
 先端部を口に含み、れろれろと下側を嘗め回しながら、唇でカリを引っ掻くようにして前後させる。――そうするのが、一番月彦がうわずった声を上げるからだ。
「っっっくッ……出、る……!」
 口腔内でびくんっ、と剛直が跳ねるや、凄まじい勢いで白濁が溢れる。
「んっっ……!」
 由梨子は眉根を寄せ、舌先で白濁の勢いを抑えながら、こくり、こくりと少しずつ嚥下していく。
「んふっ……んくっ……」
 ドロリとした白濁のなんと熱い事か。
(そして……凄く、濃い…………)
 ゼリーの様な塊が喉の奥に張り付き、ずりずりと下がっていくのが解る程に熱く、そして濃い。
「んは、ぁ……はぁ、ふぅ……」
 ちゅぱ……と、剛直から口を離した刹那、先端からトロリと漏れたものを舌先で掬い、コクンと飲み込む。さわさわと、優しく頭を撫でられたのはその時だ。
「凄く、良かったよ……由梨ちゃん」
 月彦に手を引かれる形で、そっとその腕の中へと導かれる。そのまま、流れるように唇を重ね、軽く舌を合わせた、ぽつりと。。
「……次は、俺の番だね」
「えっ……?」
「……俺も、由梨ちゃんの……舐めたい」
 戸惑う由梨子を尻目に、今度は月彦の方がソファから降りる。丁度、さっきとは真逆の位置取りになるや。
「や、やだ……先輩っ……やんっ!」
 ケダモノのような動きで、月彦の頭がスカートの中に潜り込んでくる。れろりっ、と舌先で秘裂をなぞられ、由梨子は忽ち声を上げてしまう。
「由梨ちゃん……また、随分と…………んっ、じゅずずっ……」
 ひっ――と。スカートの下から聞こえてくる啜り音に由梨子は顔を真っ赤にする。
「だ、だめっ……です、先輩っ……そんな、お、音……やぁぁあっ……あは、ぁぁぁ……」
 太股を閉じ、ぎゅううっ、と月彦の頭を圧迫しながら、由梨子は背を仰け反らせる。スカート越しに頭を掻きむしり、はあはああと悶えるその様は桃色吐息。
「いやっ、いやぁっ……だめっ、です……先輩、おね、がい……ですからっぁ……」
 例え見えなくとも、じゅるっ、じゅると音がする度に顔が真っ赤になる。音が止んだかと思えば、ぬろり、ぬろりと執拗に舐められ、由梨子は声を震わせながら溢れさせてしまう。
「ひっ、やっ……せんぱっ……そこ、はっ……あんっ!!」
 もぞり、とスカートの下で月彦の頭が動き、最も敏感な部位が口に含まれる。
「やぁぁっ、そん、なっ……っ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッッ……」
 それはまさに、先ほど由梨子がやったような――唇で食むような愛撫。
「ひぃっう! やっ、せん、ぱっ……もう、許し……あぁっあぅ!!」
 何度も、何度もぬりゅぬりゅと食むようにして愛撫されたあと、舌先でこれでもかと転がされ、由梨子は容易く達してしまう。――しかし、それでも月彦の口戯は止まらない。
「まだだ……もっと、由梨ちゃんの……飲みたい」
「せ、先輩っ……んくっ……!」
 そして、今度は指が。
「あっ、あぁ、っぁっ、あーーーッ!!!」
 剛直でそうされたように、今度は指で弱い場所を擦り上げられる。がくがくと痙攣するように足が震え。
(やっ……だめっっ……出ちゃう…………!)
 そう思った刹那、びゅっ……と蜜が飛んでしまう。
「い、やっ、せんぱっ……やっ……嫌っ、ぁぁ!」
 びゅっ、びゅっ、びゅっ……!
 “弱い場所”を知り尽くした指の動きに誘われて、由梨子の意志とは無関係に腰がヒクつき、その都度まるで射精でもするように蜜が飛ぶ。
「ひぅっ、ぅぅ……」
 腰が蕩けるような快感と同時に、顔から湯気が出そうな程の羞恥。
(絶対……先輩に、かかっちゃった……)
 それも、顔に。スカートで隠れているのがせめてもの幸いだが、あまりの恥ずかしさに涙が出そうになる。
「……由梨ちゃん、最後……スゴかったね」
 もぞりと、月彦がスカートの下から顔を出すも、由梨子は直視出来ず、ただただ顔を赤くして横を向くばかり。
「せ、先輩が……あんなコトするから、です…………」
 ちらり、と横目で月彦の方を見ると、やはり顔が濡れていた。ううぅ、と由梨子は目尻に涙をにじませる。
「……でも、潮吹きながらイく由梨ちゃんの声、すっごく可愛いかったよ」
 よしよし、とまるで泣く子を慰めるような手つきで髪を撫でられる。
「可愛い過ぎて……また、挿れたくなっちゃった」
 髪を撫でられながらボソリと囁かれたその言葉に、ぴるる……という内線の呼び出し音が被さる。ソファの後ろ側の壁に掛けてあるそれに、剣呑そうに手を伸ばしたのは月彦だ。
「……はい、はい…………えっと、二時間延長で」
「……えっ?」
 由梨子の声などお構いなしに、月彦はがちゃりと受話器をかけ直す。
「あの、先輩……延長って……」
「由梨ちゃんも、今日は遅く帰らなきゃいけないって……言ってたよね?」
「そ、それは……そう、ですけど……でも、私……もう――」
「俺も、もっと由梨ちゃんとシたい。……まだまだ、全然足りない」
 はあはあと息を荒げ、たちまち発情した獣と化した月彦に、由梨子は抵抗空しくソファに押し倒される。
「由梨ちゃんだって久しぶりなんだし……まだまだ大丈夫だよね?」
 そう言って微笑む月彦が、由梨子には悪魔の様に見えた。


 結局二人がカラオケボックスを後にしたのは、二時間の延長にさらに一時間を加えた計五時間後だった。
「せん、ぱい……もう、時間が――」
 息も絶え絶えの由梨子の言葉に促されて、腕時計に目をやった月彦の頭は一気に冷えた。紺崎家において門限などというものは無いも同然ではあったが、さすがに平日に午後九時を過ぎての帰宅は言い訳も難しい。
 大あわてで服を着て精算を済ませ、歩くのも覚束ない由梨子の支えになりながら店を出る。
「もう、あのお店には……行けませんね」
 呂律の怪しい由梨子の言葉に、月彦も同意だった。ソファにはぐっしょりとシミが残り、ゴミ箱には山ほどのティッシュとそれに包まれた使用済みスキン。どんなに勘の悪い店員でもそこで何が行われていたのかは一目瞭然の有様だった。
「ご、ごめん……俺、由梨ちゃんと二人きりになれたのが嬉しくて、つい――」
 張り切ってしまったと、月彦は遅すぎる謝罪をする。
「いえ、そんなことは――ただ、ちょっと……もうすこし、その……」
 もごもごと口籠もる由梨子の言わんとすることは、月彦にも解った。
(解るんだけど……)
 やはり、スキンの二枚重ねが辛い、と月彦は思う。その状態でも十分に快感は得られるのだが、それも生での感触に比べればもどかしいことこの上ない。
(でも、もしまた破れたりしたら……)
 そのことを考えれば、例えもどかしくも必須な処置であることは間違いない。間違いないのだが――必然的に得られる快感は減り、もっと……もっとという形になってしまうのだ。
(それでも、先生との時よりは……マシ、か……)
 スキン二枚重ね等という苦行に甘んじていられる辺り、成長した――等と思ってしまう。
「あ、あの……先輩?」
 夜道で人通りが少ないのを良いことに、身を寄せ合うようにして歩いていると、不意に由梨子が問いかけてきた。
「……もしかして、あんまり……気持ちよく、無かった……ですか?」
「えっ、いや……そんな事ないよ」
 思わずぎくりと、胸が跳ねそうになってしまう。図星――という程的確ではないまでも、やはり由梨子にもそのように見えてしまったのだ。
「でも、先輩……その、いつもより…………少なかったですよね」
 ぼしょぼしょと小声になっていく由梨子の言葉を必死に拾い、漸く“射精の回数”の事だと解る。
「や、やっぱり……二枚重ねだと……あんまり……良くない、です、よね」
「いや、でも一枚だと破れちゃうかもしれないから。仕方ないよ」
「そう、なんですけど――」
 由梨子はそこで言葉を切り、黙り込んでしまう。夜道で人通りが少ない事を良い事に、寄り添う様にして歩いているが、月彦の位置からも赤くなってしまっている由梨子の耳は見えた。
「……せ、先輩が…………まで……私の方が、何回も…………」
「え……?」
 さすがに由梨子の小声が聞き取れなくなって、尋ね返すも。
「な、なんでもありません! と、とにかく……もう、少し……せめて、普通に歩いて帰れるくらいには…………か、加減……してください」
「ええと、それは……うん。次からちゃんと自重する」
 しかし、由梨子から帰ってきたのは、なんとも疑わしい目つき。
「……先輩、ひょっとして……い……イかせたら、イかせた分だけ……女の子が喜ぶ、ってそう思ってません?」
「……全く思ってない――と言えば嘘になる、かな」
 口ではそう言ったものの、本心ではまさにその通りだと、月彦は思っていた。
(真央とか、実際そうだし……)
 雪乃も、由梨子もきっとそうなのだろうと思っていた。しかし、由梨子の口ぶりによると、どうもそうでは無いらしい。
「た、確かに……先輩が、いっぱい感じさせてくれるのは、嬉しいんですけど……ただ、“過ぎたるは及ばざるがごとし”っていう事も、ちゃんと解って下さいね?」
 由梨子は足を止め、上目遣いにそっと手を握ってくる。
「私は、本当に……先輩とこうして手を繋いだり……抱き合ったり、キスをしたり……それだけで、本当に幸せなんですから」
 エッチなんておまけみたいなものです――そう呟いて、由梨子がぴったりと身を寄せてくる。月彦は何も言わず、由梨子の意志を汲み取って優しく抱きしめる。
「……俺も同じだよ。エッチなんかおまけだ……由梨ちゃんとこうして居るだけで、すっげぇ幸せだ」
「先輩……」
 髪を撫で撫で。由梨子がつま先立ちをするのに合わせて、そっと唇を重ねる。ただ、触れあうだけのキス――すぐに離れて、互いに苦笑い。
「……由梨ちゃん、ごめん。俺……少しだけ嘘ついた」
 本当は、エッチもしたい――抱きしめたまま臆面も無く囁くも。
「……私も、おまけは、言い過ぎ、でした」
 帰ってきたのは同意。顔を伏せたまま胸元にすりすりしてくる由梨子の髪を一頻り撫でた後、どちらともなく歩き出す。
 宮本邸が近づいてくるに連れて、次第に歩を緩めたい衝動に駆られるが、時間が時間なだけにそうもいかない。
「そういえば……武士くんからのメール、来たの?」
「……あっ」
 月彦に言われて思い出した、とばかりに由梨子は慌てて携帯を取り出した。
「……来て……ません。でも、もう大分遅いですし……」
「そうだね。……さすがに、これ以上遅く帰るのは……下手すると補導されそうだし」
 きっと、“彼女”との一時が楽しくてメールの事を忘れてしまっているのだろう。
「じゃあ、先輩……今日は、すごく楽しかったです」
「うん、俺も楽しかった」
 別れ際の最後の抱擁、そして短いキスの後、由梨子は宮本邸の門扉を潜る。
「先輩、気を付けて帰って下さいね。……それと、時計……ありがとうございました」
「由梨ちゃんこそ風邪引かないようにね。おやすみ」
 手を振って、由梨子が玄関の中に入るのを見送ってから宮本邸を後にする。
(さて、と……)
 月彦は徐に鞄から一冊の手帳を取り出し、ぺらぺらとめくる。そこには、“こんな時”の為にと常日頃から思いつくままにつらつらと書きとどめておいた“言い訳”のパターンがびっしりと書き込まれていた。



 何がそんなに嬉しいのか、と問われたら、きっと「全て」と答えるだろう。月彦との関係が回復してからの毎日は、由梨子にとってまさに桃花源にでも迷い込んだ様な心持ちだった。
 それまで不眠気味であったのが嘘のような快眠へと代わり、日に日に細くなっていた食も今まで通り。しかし、それらもこの全身を取り巻く幸福感に比べれば些細な事に過ぎない。
 由梨子の幸せの源の大半は、左腕に巻かれた腕時計だった。暇さえ在れば始終なで回し、それが半ばクセになってしまう程に愛しくてたまらなかった。
 時計を汚したり、壊してしまう危険性がある調理中と入浴中を除き、殆ど絶え間なく身につけているそれは最早体の一部とも言えた。部屋に一人で居る時も、カチコチと進む秒針を見ているだけで飽きなかった。
 そんな由梨子の様子に、普段は顔を合わせても殆ど口すら利かない母親ですら「何か良いことでもあったの?」と話かけてきたくらいだ。
 無論、由梨子は多くは語らない。母親も大凡の事を察したのか、それ以上の事は尋ねて来なかった。
 何もかもが、順風満帆に進んでいるようにすら思えた。唯一気がかりなのは、由梨子が時計を貰った日以降、弟の口数が目に見えて減った事だったが、それすらも些末な事に思えた。
 どうせ悩みは“彼女”との事なのだろう、ならば自分に出来ることは何もない。せめてその“彼女”と面識でもあるのなら、何かしらは出来るのかもしれないが、そのような助力を望むような性格の弟でない事は、姉の由梨子が一番良く知っていた。
 それだけに、もし武士が助けを求めてきたとしたらそれは本当に窮しているのだということだ。無論、そのような事は無かったのだが。
 そんな浮かれた毎日を送っていた由梨子だが、ただ一つだけ懸念し、気を付けている事があった。
 それは――

「可愛い時計だね、由梨ちゃん」
 二限目の英語が終わった直後の休み時間。突然背後からそんな声をかけられ、由梨子はどきりと心臓を跳ねさせて固まってしまった。
「あっ……真央さん……この時計、ですか?」
 由梨子は平生を繕い、くるりと真央の方を向く。真央もにこにこと、学友に向ける笑みの見本のような笑みを浮かべていた。咄嗟に、由梨子は右手で左手の袖を引き、時計を隠すような仕草をしてしまう。
 普段はそれこそ、新しく買って貰った首輪を他の兄弟に見せびらかす子犬のように、袖を捲って意味もなく時刻を確認したりする由梨子だが、唯一。この“親友”の前でだけは、頑なにその存在を秘匿し続けてきた。
 その理由は。
「少し前からつけてたんですけど、気づきませんでした?」
 第六感――とでも言うべきか。真央にだけは見せてはいけない――そんな予感がしたからだ。
「つけはじめたのは、八日前だよね」
 真央はにこにこと屈託のない笑みを浮かべながら、肝が冷えるような事を平気で言ってくる。
「時計どうしたの、ってずっと聞こう、聞こうって思ってたんだけど。由梨ちゃん、私の前じゃなかなか見せてくれなかったから」
「そ――う、ですか?」
 由梨子は惚け、笑顔を取り繕うも、内心冷や汗だった。
(……確かに、真央さんには極力見せないようにしてたけど…………)
 隠す、という言葉の意味ほど隠していたわけではなかった。言い換えれば、真央が居ない場所では“見せて”いるものを、真央が居る場所では“見せていなかった”だけに過ぎない。
(それなのに、どうして隠してるって――)
 解ったのだろう。由梨子にはそれが恐ろしく思えてならない。そんな由梨子の胸中を知ってか知らずか、真央はにこにこ笑っている。
「その時計、どうしたの?」
 買った――と。そう言おうとして、由梨子は止めた。そもそも携帯さえあれば時刻の確認にはさほど困る事はないのだ。実際、今まではそうだった。それなのに“敢えて”腕時計を自分で買う理由に説得力を持たせられる自信が無かった。
 だから。
「……母に、貰ったんです」
 そっと腕をまくり、真央に文字盤を見せながら、由梨子は笑む。
「職場のビンゴ大会で取ってきたのを、自分は要らないからって。貰ったからには、使わないと損かなぁって思って、つけてるだけなんです」
「ふぅん……“貰った時計”なんだ」
 じろじろと、品定めをするような真央の目つき。由梨子はすぐにでも左手を体の後ろに隠したかったが、真央に疑念を残すような事は出来なかった。
「手にとって見てもいい?」
「えっ……」
 嫌です――そう言えたら、どんなに楽だったか。
「……これ、ただの時計ですよ?」
「うん。でも、見てみたいの」
 遠回しに拒絶の意を示すも、真央に譲る気は無い様だった。由梨子は渋々ベルトを外し、真央に時計を手渡す。
 真央は矯めつ眇めつ――まるで、何処かに“from Tsukihiko”の彫り込みでも捜しているかのように、入念に時計に見入る。
(……早く、返して下さい…………)
 根拠のない不安が、色濃く由梨子の心を支配する。今にも時計が真央の指の間からこぼれ落ちて――そして傷が付いてしまいそうで、恐ろしくて堪らない。
 しかし、“意外”にも。
「はい、ありがとう、由梨ちゃん」
 時計は無事に帰ってきた。由梨子は大急ぎで左手に巻き、ぎゅっ……と右手で押さえる。もう、二度と離すまい――そう決意するかのように。
「……大事な時計なんだね」
 そう呟く真央の顔を、由梨子は見る事ができなかった。
「小さな時計って無くしやすいから、気を付けないとね」
「はい、それは……ちゃんと、気を付けてますから」
 由梨子は恐る恐る顔を上げ、そして真央の方を見る。矢張り、真央は屈託のない――わざとらしいくらいに友達然とした笑みを浮かべていた。


「――でね、由梨ちゃんはお母さんから貰ったって言ってたんだけど、絶対違うと思うの」
「……へぇ、そりゃあ、なんでまた……真央はそう思うんだ?」
 帰り道。
 まるで待ち伏せでもするように昇降口に居た真央に捕まる形で、月彦は帰路についていた。
「だって、凄く大事そうにしてたから」
「お母さんに貰った時計を大事にしてるのは変なのか?」
 惚けつつも、月彦は顔がにやけそうになってしまうのを引き締めねばならなかった。自分が送った時計を、人づてに“とても大切にしていた”と聞かされれば、誰だって嬉しいものだ。
 ただ、月彦の場合は――特に真央の前では――あまり素直に喜んでいるわけにもいかないのだが。
「由梨ちゃん……お母さんの事、あんまり好きじゃないって言ってたし……それに――」
「それに?」
「……あれ、多分男の子に貰ったんだと思う」
 ぎくりっ、と心臓が跳ねるも、月彦はおくびにも出さない。
「なんで、そう思うんだ?」
「似合ってるから」
「……似合う?」
 それの何処が男にもらった根拠なのか、月彦には理解出来ない。
「あの時計、由梨ちゃんにすっごく良く似合ってるの。偶然貰った時計があんなに似合うなんて変だよ。だからきっと、由梨ちゃんの事好きな男の子が、由梨ちゃんの為に買って、贈ったんだと思う」
「どうして男だって言いきれるんだ? 女の子かもしれないだろ?」
「ううん、絶対男の子だよ」
 さっきは“多分”と言っていたくせに、今度は絶対と言い切る真央の迫力に月彦は俄に顎を引いてしまう。
「……由梨ちゃん、どうして嘘ついたのかな」
 何も“嘘”と決まったわけじゃないだろ?――そう言おうとして、止める。言ったが最後、「父さまはどうして由梨ちゃんを庇うの?」と真央の疑念がより濃くなるのが解ったからだ。
(なんでこう、カンが鋭いんだ……)
 変だ、変だと首を傾げ、推論を導き出すたびに、それがみるみるうちに真実へと迫っていく為、月彦はもう気が気でない。
「……別に、友達だからって、何もかも正直に話さなきゃいけないこともないからな。由梨ちゃんには由梨ちゃんの都合があったんじゃないのか?」
 由梨子は嘘をついていない――そう庇うよりも、真央に合わせる形で早く話を終わらせた方が無難とみて、月彦はなんとか話題を終局の形へと導こうとする。
 が。
「もしかして、私に知られたくないような相手から、時計貰ったのかなぁ」
 す……と、動いた真央の瞳と、目が合う。月彦は咄嗟に目を逸らしてしまい、逸らした後でしまったと心の中で舌打ちをした。
(……お、俺は……何一つ、ヘマはしていない筈なのに…………)
 時計を買う所を見られたわけでも、ましてや渡す所を見られたわけでもないのに。何故こうも事の露見に恐々とせねばならないのか。
「……まぁ、アレだ。彼氏が出来ても、友達には隠しておきたい……っていう気持ちは分からなくもないな。俺だって、殆どの友達には真央の事は伏せてるしな」
 まぁ、伏せているのは他にも理由があるからだが――と、苦笑しながら月彦はなんとか誤魔化す。真央は納得がいったのかいかないのか、それきり黙ってしまう。
「……でも由梨ちゃんに限って彼氏から貰ったっていうのは無いんじゃないかな。ほら、由梨ちゃんって……男嫌いっていう感じだろ? 俺なんか前に、霧亜先輩に嫌われるから話しかけるなーって言われたくらいだしな」
 贈ったのは俺じゃないぞ、と暗に言い含めつつ、月彦は家路を急ぐ。家についてしまえば、真央が何か言い出しても、簡単に口を塞いでしまうことが出来るからだ。
 しかし、程なく着く筈の我が家――その門扉の前に立つ見慣れぬ人影に、はたと月彦の足が止まった。続いて、“それ”に気がついた真央が、咄嗟に月彦を盾にするようにして背後に回る。
「武士……君?」
 月彦が声を掛けると、宮本武士はハッと顔を向け、そして静かに歩み寄ってきた。
「……ちわす、紺崎……さん」
 ぺこり、と頭を下げる武士の顔は、月彦の記憶にある顔よりも幾分窶れて見えた。
「……ええと、もしかして……俺に何か用?」
 こくりと、武士は頷く。
「……紺崎さんの、都合悪いんだったら……出直しますけど」
「いや、大丈夫だ。……真央、俺はちょっと話をするから、先に家に帰ってろ」
 真央はしばし、月彦の顔と武士の顔を交互に見比べ、漸く得心がいったのか、しぶしぶ月彦から離れた。
(……話し掛けてくる相手が男だったら、簡単なものだ)
 これが相手が女性であれば、真央を引きはがすのが一苦労だっただろう。疑り深い愛娘が家の中へと消えるのを見送ってから、月彦は改めて武士の方に向き直った。
「場所……変えた方がいいかな?」



 込み入った話ならば、立ち話では拙かろうという月彦なりの配慮だった。武士からも異論はなく、ならば――と。二人、手頃な喫茶店へと入り、席に着いた。
「ええと……なんていったらいいか……とりあえず、この間はありがとう。武士くんが病室教えてくれたから、ちゃんと見舞いにも行けたよ」
 お冷やを運んできた店員にクリームソーダを注文しつつ、苦笑。続けて武士もウーロン茶を注文するも、やはりどこか居心地が悪そうだった。
 元々、さして面識があるわけでもない。話をした事も数える程しかない。その上、武士にとって月彦は“姉の彼氏(?)”なのだ。居心地の良い筈がない。
(……それでも、俺の所に来たって事は――)
 それなりの事情があるからなのだろう。
(……拙いな、よく考えたら……武士君の立場って、かなりヤバいんじゃ……)
 たとえば、先ほどの邂逅もそうだ。武士は真央と一緒に居る自分を見てどう思っただろうか。姉と付き合っている癖に二股か――と思ったのではないか。
(由梨ちゃんは……そこの所ちゃんと納得してくれてるけど、武士君は――)
 まさか由梨子が弟にまで自分の境遇を説明したりはしていないだろう。十中八九、普通に付き合っていると思っている筈だ。そんな武士に「真央と二股してるけど、穏便に」等と頼めるわけがない。
(拙い、本当に拙い……下手すりゃ、武士君と真央がちょっと話をするだけで全部バレちまうじゃないか……)
 とはいえ、肉親以外の男に対しては極端に人見知りをする真央の事。そんな事はまず無いだろう、というのが唯一の救いではあるのだが。
「……えーと、武士君。一応誤解の無い様に言っておくけど」
「はい」
「さっきの娘は……従姉妹だから」
 だから、二股をかけているわけではないと、暗に示す。しかし、武士は別段安堵した様にも、胡散臭そうに見るでもなく、無反応だった。
(……由梨ちゃんの件で来たんじゃないのかな?)
 最悪、姉とは別れて欲しいと、そう言われるのを覚悟していたのだが、それにしても武士の様子が不可解だった。
(……待てよ、前に由梨ちゃんが――)
 弟の様子がおかしいと言ってはいなかったか。ならば、武士の相談事というのもそれ絡みか。
 ああだこうだ、と考えているうちにクリームソーダとウーロン茶が届いた。月彦はストローでアイスクリームをかき混ぜながら、さてどうしたものかと武士の出方を伺う。
 武士はウーロン茶にも手を付けず、テーブルの上で両手に握り拳を作ったまま、時折苦悶するように唇を歪めるばかりでなかなか口を開かない。
「……あの、紺崎さん」
 しかし、黙っていてもらちがあかないと思ったのか、不意に声を出す。
「うん?」
「紺崎さんと、姉貴って……付き合ってんですよね」
「…………うん」
 少し迷ったものの、月彦は肯定することにした。
「いつから……ですか?」
「………………」
 この質問には、即答は出来なかった。果たして、一体いつから付き合っていることになるのだろうか。
(……やっぱり、由梨ちゃんに告白されて、そして俺からもしたあの日からって事になるのかな……)
 うーん、と悩んだ挙げ句、月彦は件の月日を武士に伝えた。
「あの日……ッスか」
「いや、まぁ……その前から話をしたりとかはしてたんだけど、はっきりした形になったのはあの日って事で」
 月彦としても、どの面さげて説明すれば良いのか解らず、早口にまくし立てるやずぞぞとクリームソーダを吸い上げる。
(こんな話、武士君だって話しにくいだろうに……)
 それなのに何故そんな話を振ってくるのか、月彦には理解が出来なかった。
「……紺崎さんと姉貴、って……その…………してるんですよね」
「………………うん」
 ポーカーフェイスを装いながらも、月彦は心中では叫び声を上げていた。
「姉貴……どうスか?」
「えっ……どうって……」
 一体何が“どう”なのか。さすがに月彦は絶句する。武士の方も、己の質問のものすごさに気がついたのか、途端に頬を赤らめ口元を引きつらせた。
「……いや、ええと、その……そういう意味じゃ、なくて……」
 あたふたと慌て、漸くウーロン茶に口を付ける。
「こ、紺崎さん達は……その、ちゃんと最後まで…………やってるんですよね」
 うん、としか月彦には答えられない。
(……新手の嫌がらせか?)
 と思ってしまう程、武士の問いかけが漠然としていて要領を得ない。そしてどうやら、武士の方も、本当に聞きたい事が聞けずに藻掻いている様だった。
(せめてもうちょっと……何が聞きたいのかが解れば水も向けてやれるんだが)
 月彦も月彦なりに、武士の心中を察そうと努力する。
(……そういや、この間……家に彼女を呼ぶとか呼ばないとか…………)
 そのセンか?――と、月彦が推理を膨らますのもつかの間。
「……違う」
 突然、武士が呻く。
「……違う……俺が、先輩に聞きたいのは……そんな事じゃ、なくて……」
「……武士君?」
 一瞬心を読まれたのかと、ドキリとしていた月彦だが、ここに来て再びポーカーフェイスを取り戻す。
「すみません、……俺もう、自分でもワケわかんなくて…………」
 両手でぎりぎりと握り拳を作りながら、武士ががっくりと項垂れる。苦悩じみたその声が徐々に嗚咽混じりのものになり、それだけで“相談事”とやらが尋常ではない事が解る。
「大丈夫。俺は口は堅い方だし、お姉さんにも絶対言わないから。安心して言ってみてよ」
 武士の声は、もうそれだけで憐憫の情を引くには十分だった。それでなくとも、家を空けてもらったりと何かと融通を利かせてくれている相手なのだ。極力力になりたいと、月彦は思う。
(……可哀相に、やっぱり由梨ちゃんと同じで、一人で思い詰めちゃう性格なんだなぁ…………)
 それこそ、さして交流のない自分を訪ねて来ねばならない程に追いつめられているのだ。
「……本当は、こんな事……人に相談するような事じゃ……無いと、思うんですけど」
 武士は下を向いたまま、訥々と語り出す。
「でも……もう、限界っていうか……どうしても、駄目で……」
「……ふむ」
「それで……ふっと……紺崎さんの事を思い出したんです」
「……俺の事を?」
 一体自分の“何”を思い出されたのだろう――クリームソーダをちぅぅと吸いながら考えるが、月彦には解らない。
(なんだろう、なんか凄く……嫌な予感がするぞ……うん)
 恐らく、“それ”は名誉な事では無い――そんな月彦の予感は、見事に適中した。
「紺崎さん、お願いしますっ」
 ばん、と武士が両手をテーブルに着き、頭を下げる。。
「女の……イかせ方を教えて下さいっ」
 月彦は、生まれて初めて緑色の鼻水を出した。


 

 

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