コラム:「母の自叙伝―アルツハイマー病の母に対する自叙伝の効用−」
私は今まで母のために自叙伝を3種類作ってあげました。一応、本ですが、専門家に頼んだのではなく、原稿作成から印刷、
製本まで全部自分で自己流で作りました。(ただし、1作目のみは、簡易製本を友人の専門家に頼みました。)
1作目は、平成10年10月に母の80歳を記念して『私の人生 おかげさまで八十歳』を作りました。
2作目はそれから3年後の平成13年11月に写真を豊富に入れて『私の人生 皆様のおかげで最高の人生を送っています』
を作りました。そして3作目は2作目の改善点を盛り込んで改定版として平成14年1月に作りました。
母は殆ど毎日この自叙伝を繰り返し読んでいます。自分の自叙伝を毎日読むことは、母のようなアルツハイマー病の人に対して、
脳に刺激を与えることによって痴呆の進行を遅らせる、過去のことを忘れていく不安を軽減する等いろいろな効用があると実感しています。以下にこれらの自叙伝の概要と効用について紹介します。
1.自叙伝の概要
- 1作目:『私の人生 おかげさまで八十歳』
1作目を作ることにしたきっかけは、約5年前に母は初期のアルツハイマーと診断され、物覚えが悪くなったことです。
最近のことはもちろんのこと昔のことも少しずつ忘れていくのが感じられたのです。母自身もそれを自覚し、不安に思っていました。
それで昔のことを書き物にしていつでも読めるようにして上げれば、少しは脳の刺激になり、脳の老化を防げるのではないかと考え
たのです。
私は母の昔のことは何回も聞いて大体頭に入っていましたので、私の記憶を頼りに最初の原稿を書きました。内容は母の幼い日から
現在までとしました。現在まで含めたのは、母は毎日それを読むので頭の中が過去に止まることを恐れたからです。最初の原稿を
母に渡して読んでもらい、間違いや思い出したことを話してもらい、内容の修正と追加を行いました。次にきょうだいや私の
女房にも見てもらい、内容の修正と追加を行いました。平成10年10月に最終原稿が出来上がり、NEC時代の友人に頼んで25部
を作り、母の「80歳のお祝いの会」で出席者に配りました。
母は非常に喜び、毎日それを読むことが日課になりました。ある日、私は会社の帰りに母の家に寄ってみました。母は正座して
自叙伝を読んでいました。私はそれを見て自叙伝を作ってあげてよかったと思いました。
1作目の概要は下記の通りです。
- 本の形式
・大きさ:A5版
・ページ数:124ページ
・文字:フォントサイズ12、縦書き
- 目次
はじめに
第一章 最初のお母さん
第二章 おとちゃん
第三章 二番目のかあちゃん
第四章 私のきょうだい
第五章 学校の思い出
第六章 増吉さんとの出会い
第七章 北海道日高荷負での生活
第八章 東京・府中
第九章 武蔵野市へ
第十章 大家族時代
第十一章 子供達
第十二章 増吉さんの思い出
第十三章 お父ちゃんと私の還暦祝い
第十四章 家の建て直し
第十五章 お父ちゃんの病気と死
第十六章 編物人生
第十七章 最近の私
おわりに
- 2作目:『私の人生 皆様のおかげで最高の人生を送っています』
1作目の結果から自叙伝は母の痴呆のために非常によい影響があると確信を持ちました。しかし、母のアルツハイマー病は徐々に進み、
長い文章は読んでいる途中でどこまで読んだか分からなくなり、先に進んで行かないことが多くなりました。そこで写真中心
で文章も簡潔にした2作目を作ることにしました。
2作目の概要は下記の通りです。
- 本の形式
・大きさ:A4版
・ページ数:116ページ
・文字:フォントサイズ20 、横書き
- 目次
はじめに
第1章 愛子の誕生から結婚まで
第2章 東京転勤から北海道への疎開まで
第3章 東京府中での暮らし
第4章 東京武蔵野市での暮らし
第5章 最近の私
第6章 私の趣味
おわりに
付表1 私の夫と子供達
付表2 私の住んだ場所
付表3 思い出の言葉
- 第2作で工夫した点
文章中心から写真中心に変更した
写真にはできるだけ名前と年齢の説明をつけた
写真はできるだけ笑顔の明るい写真を採用した
文章はできるだけ短く、簡潔な文章とした
難しい漢字は使わない(童話程度とする)
写真付き家系図を付表にした
住んだ場所の歴史を2ページにまとめ付表とした
短い思い出の言葉を付表に追加した
(母の心に響く言葉を日頃から書き留めておいた)
- 3作目:『私の人生 皆様のおかげで最高の人生を送っています』(改訂版)
2作目を母に渡し様子を見ていると、すごく感激したり、おかしがって大笑いする箇所が何箇所か見つかりました。
その部分を更に強化改善して第3作を作りました。
2作からの主な変更点は下記のとおりです。
- 「思い出の言葉」は非常に有効であったので6個から12個に増やした
- 私たちきょうだいの写真はできるだけ母も一緒に写っているものを探し、変更した
- 父の子供時代の写真を親戚で見つけたのでそれを追加した
2.自叙伝の効用
母のようなアルツハイマー病患者に対して自叙伝を作ってあげることの効用は、母の経験から下記の通りと思います。
- 自叙伝を読むことにより、脳の中の過去の記憶を頻繁に刺激することになり、過去の記憶の減少を遅らせることができるように思う
- アルツハイマー病は否応なく進んでいくので、その場合のコミュニケーション促進の手段として予め自叙伝を作っておくことは非常に役に立つ
- 自叙伝は、家族やヘルパーさんとの会話のネタになる。ヘルパーさんはこの本を読むことにより母のいろいろな質問に答えられることになり、母の信頼を得ることができる
- 本人の暇つぶしになる
- 自分は物覚えが異常に悪くなったことを自覚して不安を訴えることが時々ある。そのようなときに自叙伝を示し、ここに書いてあるよ、と言ってあげれば本人は安心する
- 二人で自叙伝を見ながら質問することにより、痴呆の進行度合いを測ることができる
3.自叙伝の作成方法
2作以降、私は原稿の作成から製本まですべて自分で行っています。以下に私の方法を紹介します。
- 原稿の作成
原稿は、パソコンのワープロソフトであるマイクロソフトのWORDを使っています。縦書きか横書きか、文字の大きさ、ページ番号の
挿入,目次の作成、写真の挿入など最終の印刷イメージの作成まですべての作業をこのWORDで行っています。
写真や絵はパソコンに接続したスキャナーで読み取って挿入しています。大きさの変更や挿入場所もWORDで指定できます。またスキャナーに添付されているソフトを使って写真の一部のみを切り取ったり、古い写真を修整したりできます。
- 原稿のプリントアウト
原稿のプリントアウトにはパソコンに接続されているカラーインクジェットプリンターを使いました。用紙は両面印刷可能な、
厚さ120g/mm2のものを使いました。用紙は薄過ぎると裏の印刷が透けて見えてしまうし、厚過ぎると重くて扱いにくくなります。
- 製本
私は1万円程度の加熱式簡易製本機を購入して使いました。ただし、母は乱暴に扱いますのでこの製本のみでははがれてしまうので、大きなホッチキスで2箇所止めました。
以上、母の自叙伝について紹介しました。私は母に自叙伝を作って上げてよかったと思っています。これによって今後も母とコミュニケー
ションがとれるでしょうし、何よりもうれしいのは母がしょっちゅう読んで,頷いたり、大笑いしたり、質問してきたりすることです。
母には最後の最後まで主体を失って欲しくないのです。今後は母の痴呆の状況に合わせて、現在の自叙伝の半分位(50ページ位)の
自叙伝を作ってあげたいと思っています。
(2002年8月30日)
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