三八五バス

三八五バスは青森県八戸市に本社を持つ貸切専業会社で、岩手県内にも貸切バスの営業権を持っていました。三八五の名前は、同社の営業エリアである青森県の、三戸、八戸、五戸からつけたもので、「みやご」と読みます。
なお、このページは、撮影できた写真だけを掲載しています。

八戸22あ8
八戸22あ8

撮影:盛岡駅(1986.6.29)

三八五バス 三菱P-MK516F(1984年式)

三菱の中型バスで、呉羽製のスケルトンボディです。
三八五バスの標準デザインと異なりますが、中型バスの新カラーでしょうか。

八戸22か65
八戸22か65

撮影:盛岡駅(1986.9.19)

三八五バス 三菱P-MS725S(1984年式)

富士重工製車体のフルデッカーで、三八五バスとしてはノーマルな車両です。カラーデザインは、同社のマスコットマークにも使われているウミネコのくちばしの色を元にしたと思われる特徴あるものです。
側面の通気孔の形状から三菱車である事が分かりました。

青22か2394
青22か2394

撮影:盛岡駅(1988.3.13)

三八五バス 日産デK-RA51R(1982年式)

富士重工製車体のフルデッカーで、モノコックボディだったものに、スケルトンタイプのマスクを取り付けた改造車です。1980年代終盤に入り、1980年代前半のモノコックボディの車両が、車齢の割りに古く見えるため、このような改造が東北地方各地で見られました。
この車両は、富士重工製のボディに富士重工のマスクをつけていますが、岩手観光バスなどでは川重の車体に呉羽のマスクをつけたものなど変形車がありました。
なお、カラーは三八五バスの新デザインです。これも輸入2階建てバスを発端としてこの頃流行したデザインです。

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80s岩手県のバス“その頃”