デマンドバス
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撮影:大阪駅(2024.11.30)
デマンド(demand)というのは、要求するという意味で、つまり顧客の要求に従って経路を変えることができるバスのことを指します。当初は利用者が少ない地域や入り組んだ団地などで必要に応じて利用者の住む家の近くに寄ることができるメリットが評価されました。しかし、10人を超える乗車人員のバスによるこまめな運行には限界があると同時に、効率性にも効果が薄いことなどから、次第に姿を消しました。
その後、乗合タクシーによる「デマンドタクシー」が過疎地を抱える地方で見直され、デマンド交通はワゴン車サイズの車両が主流になります。
写真は、スマホアプリとAIを活用した大阪市の「オンデマンドバス」。初登場から半世紀を経て、デマンドバスは新たな時代を迎えました。
日本で最初のデマンドバス
阪急バス デマンドバス(1972)
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画像:いすゞ自動車(1973)「SUZU NO NE '73-1」
1972年6月、大阪府の北にある北摂の山奥、能勢町に日本で初めてのデマンドバスがスタートしました。
これは、阪急バスがいすゞ自動車、富士通とともに開発したもので、決められた路線の範囲で、利用者の電話予約により運行されるもの。
車両はいすゞのマイクロバスBYの27人乗り4台が使用されました。
この車両は現在も保管されています。
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画像:いすゞ自動車(1973)「SUZU NO NE '73-1」
この時のデマンドバスは、利用者は電話で「デマンドバスセンター」に希望を連絡し、オペレーターはどのバスを向かわせるかを決めた上で、運転士に無線で指示します。
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画像:いすゞ自動車(1973)「SUZU NO NE '73-1」
コールセンターにはBLS(バス・ロケーティング・システム)があり、バスが今どこを走っているかが分かるようになっています。立ち寄り場所は、運転席と客席にも表示されるようになっています。
写真はそのシステムで、コールセンターと車内に同じ路線図があるのが分かります。
東急コーチ
東急コーチ1周年記念乗車券
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画像:東急コーチ1周年記念乗車券(1976)
東京急行電鉄では、1975年12月、自由ヶ丘線にデマンドバス「東急コーチ」の運行を開始します。
システムは三菱電機とともに開発しました。
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画像:東急コーチ1周年記念乗車券(1976)
左は、コールボックスと呼ばれる装置。迂回路内に1か所設置されており、ボタンを押してバスを呼び出すことができる装置です。
右は、コーナーポストと呼ばれる装置。コールボックスからの呼び出しを受け、フリッカーランプをつけて、運転士に知らせます。
「東急コーチ」では、基本路線のほかに2つの迂回路(デマンド区間)を設定しています。デマンド区間のうち、太い斜線の部分はフリー降車ゾーンになっており、好きな場所で降りられます。
東急コーチ(1975)保存車
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写真:電車とバスの博物館(2023.5.21)
東急コーチの1号車は、現在も電車とバスの博物館で保存されています。
いすゞ自動車のデマンドシステム試作車
第17回東京モーターショー(1970年)
デマンドバスシステム 実物大模型
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画像:いすゞ自動車(1973)「SUZU NO NE '73-1」
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画像:いすゞ自動車(1973)「SUZU NO NE '73-1」
1970年の東京モーターショーでいすゞ自動車が発表したデマンドバスシステムで、実物大模型として出品されたミニバス。(二玄社(1976)による)
小型トラックのエルフ・マイパックのシャーシを利用したモデルだそうです。(兼重一郎(1973)による)
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画像:いすゞ自動車(1973)「SUZU NO NE '73-1」
いすゞと富士通が開発したデマンドバス・システム。
能勢町で実用化した電話によるシステムでは、乗客が増加すると消化できなくなることから、ニュータウン等での使用を目的に、全部自動化したシステムです。
お年寄りの足でも数分以内の場所にコールボックスと称する呼び出し装置を置き、そこから電話回線を通じてコントロールセンターのコンピューターに指示が入ります。コンピューターは、そこを経由するバスを1人当たり2〜3秒で判断し、コールボックスに乗車券を発券させるとともに、指定のバスにも自動的に指示を送ります。
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画像:いすゞ自動車(1973)「SUZU NO NE '73-1」
この写真は、コールボックスの初期のプロトタイプ。
料金を入れてボタンを押すという、自動券売機のような操作で、バスを呼び出すことができます。
日本海博覧会(1973年)
いすゞ デマンド・バス
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画像:いすゞ自動車(1973)「SUZU NO NE '73-9」
1973年8月18日〜10月14日に石川県で開催された「日本海博覧会」に都市交通をメインテーマにした「自動車館」を出展したいすゞ自動車では、エルフ・マイパックをベースにしたデマンドバスとそのシステムを出品しました。
ベース車となったエルフ・マイパックは、小型トラックとしては初めてのFF(フロントエンジン・フロントドライブ)を採用し、プロペラシャフトがないため低床化が可能というメリットがあります。
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画像:いすゞ自動車(1973)「SUZU NO NE '73-9」
同じ広報誌に掲載されていたイラストです。側面のデマンドを表す曲線がデザインが、青と緑であることが分かります。
この車両は、いすゞジャーニーのフォルムを維持しながら、フロント部分の出っ張りがマイパックの特徴です。
第21回東京モーターショー(1975年)
トミカダンディ いすゞローデッカーバス
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1975年のモーターショーには、デマンドバス・システムに最適化した車両が参考出品されました。1970年の実物大模型を実走行モデルに展開したもの。
やはりエルフ・マイパックがベース。「ローデッカー」という名前は、床が低いことを表していると見られ、FFのメリットを生かしたもの。前面の大きな傾斜も、マイパックの特徴的な出っ張りを消化したデザインと見られます。
しかしながら、この車両については資料がほとんど見つかりません。にもかかわらず、翌年トミカから1/58サイズというちょっと大きめのミニカーは販売されています。そのパッケージデザインが実物をうまく再現しているようです。
トミカ いすゞローデッカー・デマンドバス
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更に翌1977年には、普通の小さいトミカも発売されています。実物が市販されなかったのに、ミニカーは2種類も発売されたというのは、この外見を含むコンセプトに魅力があったからでしょう。
全長・・・5,490mm
全幅・・・1,980mm
全高・・・2,350mm
ホイルベース・・・2,775mm
エンジン・・・C240型,ディーゼル,4気筒
総排気量・・・2,369cc
乗車定員・・・26人
(二玄社(1976)による)
現在のデマンドバス
大阪市 オンデマンドバス(2021〜)
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撮影:大阪駅(2024.11.30)
2000年代になって、過疎地の交通機関として普及しつつあった乗合タクシーを進化させた「デマンドタクシー」が、自治体の公共交通維持手段として注目されるようになります。
そして2020年代には、スマホのアプリで予約を受け、AIでコース選択をする新しい形態が誕生します。
写真は2021年から運行を開始した大阪市の「オンデマンドバス」。
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撮影:大阪駅(2024.11.30)
アプリでの予約、各エリア内での完結する利用、複数の利用者が乗り合うことが前提、など、バスとタクシーの中間的なシェアをカバーするオンデマンドバス。
もっとも、同じようなサービスを画策する地方都市の多くでは、必ずしもこういったシステム構築が必要ではない輸送量に、AIデマンドを無理に当てはめている場合があります。
デマンドバスに関する主な参考文献
- 兼重一郎(1973)「デマンド・バス開発と現状」(SUZU NO NE '73-1)
- いすゞ自動車(1973)「田舎のバスは最新システム」(SUZU NO NE '73-1)
- 二玄社(1976)「第21回東京モーターショー」(CAR GRAPHIC 76-1)P.36