“その頃”別の角度から
oyan様(1979年撮影)3・・・廃車体
oyan様からいただいた1979年の写真です。ここでは、廃車体の写真をご紹介します。一番上の写真だけは1977年の撮影です。
廃車体 岩手中央バス 三菱R480ほか
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撮影:oyan様(小岩井農場 1977.6)
小岩井農場内にあったという廃車体。3台とも同じ色に塗られていますので、倉庫なのか何なのか同じ目的で使用されていたものと推察できます。場所柄元岩手中央バスだと思われます。
手前右側は呉羽ボディの三菱車で、1960年頃のボディスタイル。窓の数などからR480と推察します。奥左側も同じスタイルのボディですが、窓1個分長いR470で、ドアの窓や側面最前部の横引き窓の大きさなどから少し古い車両です。
中央奥に前だけ見えている車両は帝国ボディのようですが、さすがにこれだけでは日野RB10との特定は出来ません。
廃車体 藤田観光 三菱MAR470(1962年式)
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撮影:oyan様(花巻市 1979.1)
異様な存在感のある廃車体。後ろ姿は呉羽ボディの観光タイプですが、前のほうを見ると屋根が大きく段落ちしているのが分かります。これは1960年代に作られた黎明期のセミデッカー。本で見たことはありますが、どうして岩手県内で廃車体になっていたのかは不明です。
米国グレイハウンドを模したといわれる大胆なセミデッカーは、外観の特徴だけでなく、タイヤハウスを隠す試みとしても先進的だったと思われますが、一般的に普及するには15年以上待たなければなりません。奇しくもこれが廃車体となっていた1979年ごろには、各地で新しいセミデッカーが活躍を始めていたはずです。
廃車体
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撮影:oyan様(花巻市 1979.1)
岩手県南バス 日野BD34
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撮影:oyan様(花巻市 1979.1)
岩手県南バスの廃車体。「県南バス」の文字がありますので、岩手県交通成立前に廃車になったものと思われます。
日野のセンターアンダーフロアエンジン車の中ドア専用シャーシで、年式にもよりますがBD34と推察しておきます。正面窓の形状はこの角度からではよく見えませんが、分割窓のようです。
運転席側側面の中央下部に蓋が開いた部分がありますが、ここにエンジンがあります。赤色のはげた跡から青色が見えています。中古車でしょうか。
廃車体
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撮影:oyan様(花巻市 1979.1)
自家用 日野BD34
こちらはどこかの工場の送迎バスに使用されていたと思しき車両。日野のセンターアンダーですが、車体は後面窓や側面最後部の窓の形状から新日国ボディのように見えます。