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小説

小説「陽だまりの犬」


1


「わんわんわん」
庭の犬小屋の前に寝そべりながら、シロは小さなコンクリートブロックの上で丸くなっているミケに向かって言った。
「にゃあ」
ミケは眠そうに目をほとんど閉じたまま、興味なさそうに訊いた。
「わんわん、わう、わう」
シロは鼻をちょっと持ち上げながら、眠そうなミケを見上げた。
「にゃあ〜お?」
「わん」
ミケは細くした目をちょっとだけ開けて、軽くあくびをしながら、
「みや〜お?」
シロはちょっと首を傾げて見せてから、
「わおわお、わんわん」
と言いながら、ちょっと笑った顔をした。
ミケはヒゲをひくつかせながら、
「にゃあおん」
と言った。
「わううわう」
シロは後ろ足を前のほうに伸ばしながら、耳の後ろを二三回こすった。
「にゃあおん」
ミケがブロックの上で1回座りなおしてから、シロを見下ろすようにして口を開いた。
「にゃあ〜にゃあ〜、ぷふ〜」
それを聞いて、シロは首を上のほうに向けて、怪訝そうな顔をした。ミケは続けた。
「みゃあ〜」
「わん」
シロは露骨に不機嫌な顔をし、半身を入れていた犬小屋からのそのそと外に出ると、何回も掘り返した地面を再び前足で引掻き始めた。
「わうわう、わうわう、わん」
「み〜」
ミケはちょっと面倒くさそうな感じで、自分の前足をなめた。
「みやおん」
「わうわう。ばおばお。わうわう、わおん?」
シロは余計不機嫌になったのか、熱心に地面を掘り続けた。
「わお〜ん、わんわん」
それを訊いて、ミケはちょっと言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。
「にゃ〜、にゅあ〜おん」
「ばう」
シロは今度は後ろ足で土を掘り、その一部を半分わざとミケにかけた。
「わんわん」
それを訊いて、やってられないと言う感じで、ミケは腰を上げた。
「み〜」

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2


「ちゅんちゅん」
電線の上にいたスズメがシロの脇に舞い降りてきた。
「ちゅんちゅん」
シロは横目でスズメを見たが、何も言わずに、またのそのそと犬小屋に下半身を入れ、黙り込んだ。ただ、尻尾は左右にゆっくり揺れ始めていた。
「ちゅんちゅん」
スズメはシロのエサの入っていた皿の縁にちょこんと止まり、縁の辺りに何粒か残っていたご飯粒を、ちょんちょんとつついた。
「わん」
シロは媚びない感じで言った。
「ちゅんちゅん」
スズメは一生懸命残り物の米をつついている。それを横目で見ながら、シロがつぶやくように言った。
「ばううう、ばう・・・」
するとスズメがひょいと顔をシロに向け、
「ちゅんちゅん」
と言いながら、羽を少し広げて見せた。
「ちゅんちゅんちゅん」
それを聞いてシロが気のない声で返した。
「わん」
「ちゅんちゅん」
「わお?」
シロがちょっと興味を引いたように顔を上げた。
「ちゅんちゅん」
「わん」
シロがちょっと大人ぶって言うと、スズメは遠慮しながら、
「ちゅんちゅん」
と言って、最後の米粒を飲み込んだ。
そのとき、さっき家の中に入っていたミケが玄関の脇あたりから顔を覗かせているのを、スズメは瞬時にキャッチしたらしく、
「ちゅんちゅん」
と言い終わらないうちに空へと飛び立った。

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3


「にゃあ〜」
ミケが植え込みの脇に置かれたレンガに沿って戻ってきた。
「にゃあ〜おん」
ミケがそういうと、シロはスズメの臭いのついたエサの皿を鼻先で押しながら、
「わん」
と小ばかにしたように言った。
ミケはそれには何も応えず、またお気に入りらしいブロックの上に座り込んだ。
シロはしばらくミケが何か言うのを待っていたが、ミケがまた細い目を閉じてしまい、起きているのか寝ているのかわからない状態になったため、待ちきれなくなって口を開いた。
「わうわう、わうわう」
ミケは押し黙ったまま何も言わない。
「わうわう、わうわう」
相変わらずミケは黙っている。
「ばお」
シロはミケの脇腹に前足を突っ込んだ。ビクッとミケが震えた。
「ばうばう」
シロが前足をごそごそと動かした。
「み〜・・・」
ミケが目を閉じたままボソッと言った。シロの手は停まらない。
「みや〜」
ミケはそう言うと、そのままブロックから崩れるように下に降りてしまい、地面に仰向けになった。
「わん」
「みい〜・・・」
「わんわん」
「な〜お」
ミケはそう言いながら立ち上がり、いきなり大声を出した。
「あ〜お、あ〜お」
「わん」
シロは一、二歩後ずさりをし、ミケの急な変化を見守った。
「あ〜お、あ〜お」
すると塀の向こう側で、声がした。
「みゃあ〜おん、みゃあ〜おん?」
「あ〜お、あ〜お?」
「みゃあ〜おん、みゃあ〜おん」
塀の外の雌ネコはブンスケという名前だった。雌なのに、その家の子供にブンスケという名前を付けられたのだ。ただ、ネコの世界では雄でも雌でもあまり名前は関係ないようだった。
「な〜お、な〜お」
「みゃあ〜おん、みゃあ〜おん」
「な〜お、な〜お」
ミケは急に身を翻して、狭い庭を横切り、ブロック塀の上に駆け上がった。そしてそのままあっという間にブロック塀の向こうに消えた。
「な〜お、な〜お」
「みゃあ〜おん、みゃあ〜おん」
「な〜お、な〜お」
「みゃあ〜おん、みゃあ〜おん」
塀の外の声を聴きながら、シロはやってられないという風に、犬小屋の中へ頭を突っ込んだ。

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4


「かぁぁ〜」
真っ黒なカラスがシロの犬小屋の近くに舞い降りてきた。
シロは犬小屋から逆向きに出てきて、くるりと向きを変えた。その尻尾が意思に反して左右に振られていた。
「かぁぁ〜」
カラスはくわえていた胡桃をシロの前に放り投げた。
「かぁぁ」
「わう? わん」
それを聞いて、カラスはもう一度胡桃をくちばしにくわえ、シロの近くに放り投げた。
「かぁぁ〜、かぁぁ〜」
シロは不思議そうに投げられた胡桃を見た。尻尾は激しく左右に振られている。
「かぁ〜」
カラスは言った。
シロは仕方なく、その胡桃を左の前足と口の先ではさみ、そのまま左の奥歯の所に押し込んだ。胡桃は二、三回シロの歯から外れて地面に落ちたが、ようやくガリッと音がしてうまく割れたようだった。
「ひゃう」
シロは驚いて割れた胡桃を吐き出し、犬小屋の後ろに後ずさりした。
カラスは割れた胡桃の殻を器用にどけると、中の実だけを自分のくちばしに挟み、勢いよく飛び立った。
しばらくの間、シロはカラスの後ろ姿と目の前に残された割れた殻を眺めていたが、ようやく気付いて立ち上がった。
「わんわん、わん」
そのときカラスは既にかなり向こうの高圧鉄塔の所まで行ってしまっていた。
「かぁぁ〜」
と言っているように聞こえた。
「わんわん、わん」
シロの声は、カラスの所まで届いているのか分からなかったが、シロはしばらくの間、怒りの矛先をそれ以外の方向に向けることが出来なかった。
「わんわん、わん」
暮れかけた空に、何羽もの鳥が横切って行った。もう、さっきのカラスがどの群れの中にいるのか、いないのかなど、見分けることが出来なくなっていた。
町の遠くの方を、消防車のサイレンが横切っていくのが聞こえた。
「わう? わうう?」
シロは高圧鉄塔の方から右45度に向きを変え、耳を左右に動かした。一瞬また尻尾が激しく振れた。
消防車のサイレンは少しずつその位置を変えていた。
「わぉぉぉ〜、わぉぉぉ〜」
シロは大きな声で、遠くの音に向かって声を上げた。
「わぉぉぉ〜、わぉぉぉ〜」
シロは精一杯、遠くまで届くように声を張り上げた。
「さっきからうるさいぞ!」
いきなり近くの窓が開いて、幸太郎の怒鳴り声が響き、同時に窓からバケツの水がシロの全身に降りかかった。

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