県南スタイル 〜盛岡市内の県南バス仕様車〜


1980年代の盛岡市内には、主体となるいすゞ車に混じって、日野車や三菱ふそう車を見かけることもありました。
当初は、数々の雑多な車両に埋もれて、何の違和感も感じていませんでした。しかし、写真を撮ったりナンバーをメモしたり、そして新幹線の窓から見えた赤と白のバスを見に県南部に出かけたりしているうちに、これらの車両に一つの共通した特徴があることに気づきました。
自社発注車と似た仕様でありながら短尺車なのです。そして、その特徴は、まさに県南部に多く見られる「岩手県南バス仕様」の車両と同じなのです。

岩22か722
岩22か722

撮影:矢巾営業所(1986.4.30)

岩手県交通 日野RE100(1976年式)

元岩手県南バスの日野車です。
何のきっかけか、盛岡地区に移動してきて、県交通カラーに塗り替えられたのでしょう。矢巾営業所に配属されていました。
一般路線に使用されることは少なく、撮影時の方向幕も「盛工スクール」です。

岩22か725
岩22か725

撮影:都南車庫(1986.4.30)

岩手県交通 日野RE100(1976年式)

もう1両のバス窓車は都南車庫にあり、ローカル路線の簗川線に使用されていました。
前輪のホイールがクリーム色ですが、これは使い回しで元岩手中央バスのタイヤを履いているのでしょう。

岩22か731
岩22か731

撮影:館坂橋(1984.10.14)

岩手県交通 いすゞBU04(1976年式)

滝沢営業所に1両が配属されていた元県南バスのいすゞ車です。
スタイルはオリジナルのBU10と同じなのに短尺車。おでこの塗り分け線が若干高いので、遠くから来ると「731だ!」と見分けることができました。
多数のいすゞ車に埋もれた地味な存在でしたが、何気なく青山町線にレギュラー使用されていました。

岩22か817
岩22か817

撮影:雫石営業所(1984.8.15)

岩手県交通 日野RE100(1976年式)

ここからは、岩手県交通成立後の新車で、県南バスエリアに新製配置された車両です。
雫石営業所で地域ローカルを中心に使用されていた1両。盛岡には来ないので、写真の隅にこんな感じで写っていただけでした。
系統幕の「郊外」の文字は、釜石営業所で使用されていた幕だそうです。

岩22か818
岩22か818

撮影:滝沢営業所(1984.9.21)

岩手県交通 日野RE100(1976年式)

滝沢営業所には2両の日野車がありましたが、そのうちの1両です。
こちら側から見ると普通ですが、反対側には大きなベタ書き広告がありました。県交通カラーでのベタ書き広告は、滝沢の日野車2両だけだったので、日野車が粗末にされているような気持ちで見ていました。

岩22か819
岩22か819

撮影:盛岡駅(1984.5.25)

岩手県交通 三菱MR410(1976年式)

県交通の中でも数を減らしつつあった三菱車ですが、盛岡市内に連番で3両がありました。
この車両は河南営業所配置で、この時は太田線で営業運転中。その後、河南営業所閉鎖に伴い松園に移動しましたが、その前後に白百合学園スクール専用になり、乗れないバスになってしまいました。

岩22か820
岩22か820

撮影:盛岡駅(1984.5.22)

岩手県交通 三菱MR410(1976年式)

盛岡市内で2両目の三菱ふそう車は、矢巾営業所に配属されていました。写真の時はちゃんと路線バスで盛岡駅に来ていましたが、翌年には「白百合学園スクール」になっていました。
なお、写真が残っていませんが、岩22か821も盛岡市内に来ていたそうです。

岩22か824
岩22か824

撮影:河南営業所(1986.3.2)

岩手県交通 日野RE100(1976年式)

都南車庫に1両あったサッシ窓の日野車。普段は「盛岡市立高校スクール」に使用されていたようですが、撮影時は河南営業所でハイランドスキー場線に使用されているようでした。これも季節路線なので、地味な用途と言えるでしょう。

岩22か825
岩22か825

撮影:中の橋(1984.8.18)

岩手県交通 日野RE100(1976年式)

滝沢営業所のもう1両の日野車で、両側にベタ書き広告がありました。
写真は厨川線に専属使用されている頃で、方向幕の「北巣子」は後の巣子車庫です。
いつも厨川線で使われているので、滝沢営業所の所属だとは思っていませんでしたが、路線再編で巣子車庫がオープンすると、青山町線に使われるようになりました。「市立病院」系統など盛岡駅を経由しない系統に使用されているのが気になるところでした。

岩22か890
岩22か890

撮影:滝沢営業所(1986.2.27)

岩手県交通 日野RE100(1977年式)

ある日、滝沢営業所に綺麗な日野車がいたので、びっくりして近づくと、以前に東和営業所にいた車両でした。一時雫石営業所にいましたが、この冬を前に滝沢入りしました。
滝沢営業所では、第一線で青山町線に使用してくれていました。

岩22か907
岩22か907

撮影:53様(都南営業所 1993.9)

岩手県交通 いすゞBU04(1977年式)

1986年に遠野営業所の一部が早池峰バスに移管されたため、遠野配属のBU04が盛岡市内に移動してきました。905〜908の4両で、905が滝沢営業所で、残り3両が都南営業所だったようです。
また、大東営業所からは、903が都南営業所に移動して来たそうです。
(注1)

県南エリアにいた証拠写真

岩22か820

“その頃”に盛岡エリアにいた県南スタイルの車両が、実際に県南バスエリアに配属されていた証拠写真を、板橋不二男様が撮影していました。
こちらは水沢にいた岩22か820。まだ新車の輝きです。

岩手県交通 三菱MR410(1976年式)
岩22か820

撮影:板橋不二男様(平泉駅 1977.5.20)

岩22か825

こちらは大船渡にいた岩22か825。隣りには1979年式の中型バスがいますので、1979年までは生まれ故郷にいたことが分かります。
よく見ると、すでに側面にはべた書き広告が書かれています。

岩手県交通 日野RE100(1976年式)
岩22か825

撮影:板橋不二男様(大船渡バスセンター 1979年以降)

(注1)
新庄線の主様(当サイト掲示板2002.11.15)による。
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80s岩手県のバス“その頃”