子供の頃、自分の苗字が嫌いでした。
名前もだったけど、特に苗字。
あんまりポピュラーじゃない上に、
わたしの滑舌が悪いせいもあるけど、ちゃんと理解されないし。
未だ仕事でも、ビミョーに違う苗字にさせられた宛名のFAXが届きます。
当時、父方の親戚で、
「村上のおばさん」と呼ばれた方がいました。
ただ遠方にいるので、わたしは会ったことがなかったのですが。
大人たちの会話の中で、度々登場するその人は、わたしの憧れの人でした。
同じ姓を持つ父系の親戚の中で、唯一、「村上」姓を持つ人!
小五のとき、その人へ会いに行く機会がありました。
もうワクワクです。憧れの人とのご対面なわけですから。
気分的には「紫のバラの人」状態です(あくまで一方的に)。
当時の感覚で父の実家から3時間以上電車を乗り継ぎ、
(成人してから行ったら1時間半程度だった)
降りた駅が、「村上」だったとき、
なんかイヤな予感がしましたが、
「住んでいる土地と同じ名を持っている人がいたって何らおかしくはない」
と自分に言い聞かせました。かすかな希望をつなげたわけです。
ですから、「あー、ここよここ!」
と言う母の声とともに見た表札を見たときは、心底ガッカリでした。
まあ、たいていの方は想像がついたと思いますが、
そのおばさんも同姓だったんですね。
同姓の親戚同士、まぎらわしいから村上に住んでる人を「村上」と呼んでただけで。
よく考えたら我が家だって「横浜」と呼ばれていたんだった。
そんな思い出のせいか、未だに人名だろうが地名だろうが、
「村上」と聞くと胸にじんわりと苦い痛みが沸き起こるのでした。
でもお会いした「村上のおばさん」はすごくかっこよいおばあさんで、
(父世代にとっての「おばさん」ですから、祖母より年上だったりします)
やっぱりわたしにとって憧れの人です。
おみやげに加島屋の鮭とかくれるし。
あ、でも、だからってわけじゃないよ!(必死)
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