封印切 型の競演 2005.1.12 W98

7日、浅草新春歌舞伎第一部と第二部を見てきました。

主な配役
第一部 忠兵衛
亀治郎
八右衛門
愛之助
梅川 七之助
槌屋治右衛門 獅童
井筒屋おえん 門之助
第二部 忠兵衛 愛之助
八右衛門 男女蔵
梅川 亀治郎
槌屋治右衛門 亀鶴
井筒屋おえん 門之助

「封印切」(ふういんぎり)のあらすじ
大阪の飛脚屋・亀屋の養子忠兵衛は、新町槌屋の抱え遊女・梅川となじみになって、深く言い交わしている。

茶屋井筒屋の店先では、梅川が忠兵衛のことを案じている。忠兵衛は10日ばかり前に梅川を身請けする手付け金として50両を払ったものの、それっきり姿を見せず、手付け金の期限も昨日で切れてしまっている。そのうえ忠兵衛の知り合いの八右衛門が梅川を身請けしようと槌屋治右衛門に申し出たのだ。

身請けに必要な残りの金の工面がつかないまま、武家屋敷に届けなければならない300両を懐に持ちふらりと立ち寄った忠兵衛を、井筒屋の女将おえんは梅川にこっそり会わせ、二階の座敷へ通す。

そんなところへ槌屋治右衛門がやってきて梅川に「金の要ることがあるので、不本意だろうが八右衛門へ身請けされるように」と言い渡す。けれども梅川は何とか忠兵衛と添いたいと治右衛門へ頼み込む。

そこへ金はあるが廓中の嫌われ者・八右衛門が現れ、身請けの金250両を治右衛門の前に投げ出し、あぐらをかいて座り込む。横柄な八右衛門の振る舞いに、治右衛門はそんな男へ娘同然の梅川はやれないと金を突っ返す。

腹を立てた八右衛門は忠兵衛の悪口をあることないこと並べ立てはじめる。二階でそれを聞いていた忠兵衛は、もともと短気なこともあり我慢できなくなってその場に飛び出す。

そして言い争ううちに八右衛門の巧妙な挑発にのせられて、大切な預かり金300両の封印を切ってしまう。飛脚屋が預かった金の封印を切れば即座に死罪という掟。

とりかえしのつかないことをしてしまったと打ちひしがれる忠兵衛だが、もはやこれまでと覚悟をきめ、事情を知らない治右衛門やおえんに、この金で梅川を身請けすると告げる。

八右衛門は帰りしなに、何食わぬ顔で忠兵衛が破った金の包紙を拾い、思ったとおりそれが預かり金の封なのを知って役所へ訴えに走り去る。

廓を出る許可証をとりに皆が出かけた後、忠兵衛は梅川に真実を打ち明け「一緒に死んでくれ」と頼む。梅川は嘆き悲しむが「たとえ3日でもいいから夫婦として暮らしたい」と望む。そして二人は忠兵衛の生まれ故郷大和国新口村へと落ちていくのだった。

「恋飛脚大和往来」(こいびきゃくやまとおうらい)は近松門左衛門作の人形浄瑠璃「冥途の飛脚」の改作が歌舞伎に入ってきたもので1796年初演。最近ではこの「封印切」とこの後の「新口村」だけがもっぱら独立して演じられています。

そのうち「封印切」は鴈治郎が「新口村」は仁左衛門が演じることが圧倒的に多く、その反対はほとんどみる機会がありません。

今回の新春浅草歌舞伎では、この「封印切」を亀治郎が鴈治郎型で、愛之助がめったに見られない仁左衛門型で忠兵衛を演じるという好企画で、両方とも大変に面白かったです。

亀治郎の、教えを乞うた鴈治郎にそっくりなセリフまわしや演技も興味深く、亀治郎という人は耳が大変良いうえ、しかもドラマをもりあげていく演劇センスが抜群だなとつくづく思いました。

愛之助は鴈治郎型では八右衛門を演じていますが、緩急自在の上手さで、私は愛之助の忠兵衛よりもこちらの方が気に入りました。

型の違いは、まず井筒屋の大道具が違い、鴈治郎型の上手屋体が完全な二階で客席に向かって階段がついているのに比べ、仁左衛門型は中二階で引き出しがついた短い階段が下手向きにあります。

井筒屋裏の場も仁左衛門型は真ん中に格子の入った窓がある建物があって、おえんが忠兵衛の羽織のひもをその格子に結びつけたりします。

二階の窓も鴈治郎型は真ん中から勢いよく音をたててあけるのに、仁左衛門型は静かに上手に引かれるといった具合です。

全体から言って、鴈治郎型は無駄な部分がそぎ落とされていて、どんどんドラマの核心に入っていく感じで、亀治郎が演じるのを見ているとそれが良くわかりました。一方仁左衛門型は遊びが多いというか、しかしこれが上方の歌舞伎というものなのかなと思います。

仁左衛門型には鴈治郎型には出ない遊女が2人出ていて、梅川が遊女の櫛笄を形見にやる時、こちらの方が無理がありません。仲居たちだけだと、「これを皆さんで」と渡されても、売って分けろということかと気をまわしてしまいます。

七之助の梅川は美しくてはかなげでしたが、「死んでくれ」と迫られて顔を背けるところは、死ぬのを嫌がっているようで、その後の「死んでくれとはもったいない。わしゃ礼ゆうて死にますわいな」のセリフと矛盾する感じでした。

鴈治郎型と仁左衛門型の一番大きな違いは忠兵衛が封印を切るところで、鴈治郎型があくまで偶然に切ってしまうのに対して、仁左衛門型は梅川がワ〜ッと声をあげて泣き出すのを見て、こらえきれず自らの意思で封印をきってしまうところです。

鴈治郎型では最後忠兵衛が一人で引っ込むのですが、本釣が三回鳴らないと終らないほど長いのです。鴈治郎がこれを歌舞伎座でやった時は、三分の一ずつ揚幕の方へ近づいていくのに、気が短いもしくは花道の見えないお客さんがどんどん立ってしまい後味がよくなかったです。

今回亀治郎がここをどうするのかと思っていましたら、三回本釣が鳴る間、おこつきながらも七三をほとんど動きませんでした。この間をもたせるのは大変でしょうけれど、あのどうしようもないざわつきを上手く回避していました。

仁左衛門型では花道の引っ込みは忠兵衛と梅川のふたり一緒で、死出の道行という感じでした。

男女蔵の八右衛門は上方のセリフで愛之助相手に健闘していましたが、途中から同じ調子になってしまったのは惜しかったです。門之助が昼と夜で違う型のおえんを面白く見せてくれました。

「鏡獅子」では亀治郎の弥生の帯の具合が悪くて、しょっちゅう後見が直していたせいか落ち着かず、少々生彩を欠いていましたが後シテでは挽回。一度でてきた獅子の精が後ろ向きで引っ込むところで、亀治郎は足の間に毛を挟んでゆっくり引っ込んでいました。

七之助は線が細そうで、見る前は鏡獅子には向かないのではと思いましたが、前シテの弥生では中腰で極まるところも綺麗で、後半も豪快勇壮で見事でした。こちらの胡蝶は国生と宗生の兄弟で可愛らしく踊りました。最後のひざを曲げた姿勢でぐるぐる回るところができるんだろうかと思いましたが、別な振りに替えてありました。

「御所五郎蔵」は昼が七之助の五郎蔵に男女蔵の土右衛門、夜が獅童の五郎蔵に愛之助の土右衛門でしたが、昼の二人の声の調子がうんと違うのに比べ、夜の二人はあまり違わず、これは違ったほうがお互いに引き立って良いと思いました。

この日の大向こう

昼の部は声を掛ける方がほとんどいず、お一人の方ががんばって掛けていらっしゃいました。ところがたとえば亀治郎さんの忠兵衛のセリフの途中でおかけになるのに、亀治郎さんがぐっと息をつめているところなどでは掛け声に気合が足りないように感じました。

役者さんが全神経を集中しているようなところへ声を掛けるときは、掛けるほうも同じくらいの集中力が必要だなと思った次第です。

夜の部は掛ける方も少し増えて、よく耳にする声が聞こえました。一階席の上手前方から女の方が威勢よく掛けていらっしゃいましたが、歌舞伎座とは違うので差し支えないと思います。

亀治郎さんの梅川の出の前、奥から声だけ聞こえるところで「おもだかや〜」と声が掛かりましたが、早すぎるのではと思いました。

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