奴の小万 前進座公演 2004.5.31

20日、国立劇場の前進座公演を見てきました。

主な配役
奴の小万 国太郎
浜島幸兵衛 菊之丞
篠原一学 圭史
菊川 杏佳
中村左膳 矢之輔
天狗坊 梅雀
鉄砲和尚 梅之助

「奴の小万」のあらすじ
発端
荒井宿棒鼻街道
鈴鹿山中鬼ヶ洞山塞
遠州浜松の月本家に仕える武士・浜島幸兵衛は、重い眼病を患う足利将軍のために、酉年生まれの女の血が刃につくと、どんな眼病もたちまち治るという世にも稀な名刀・暁丸を都へ届けようと急いでいる。

月のない夜、荒井宿はずれで幸兵衛は天狗坊率いる盗賊の群れにおそわれ、暁丸を奪われた上、目潰しをくらって失明する。盗賊の黒幕は、お家のっとりを企てている篠原一学。にわか盲目となった幸兵衛は暁丸を探して放浪の旅に出る。

一方幸兵衛の恋人で大阪の芸者・小万は、身重の身体で幸兵衛の後を追うが、鈴鹿山中で盗賊因幡幸蔵に捕らえられる。因幡に女房になれと迫られた小万は、せめて子供を生んでからと頼む。時がたって子供を生んだ小万は隙をついて、因幡を刺し殺し、二代目因幡幸蔵と名乗って、一味の女首領となる。

二幕目
犀ヶ崖念仏寺
崖上僧坊
谷底

ここは犀ヶ崖(さいがががけ)の念仏寺。寺では奪われた暁丸を探すため百姓たちから集めた無銘の刀調べが行われようとしている。吟味役は月本家忠臣・中村左膳と、篠原一学。そこへ忍んできた天狗坊は、一学の書いた密書を懐から取り出して一学をゆすり、五十両と引き換えに、暁丸を一学の仲間・鉄砲和尚に預ける。

そこへやってきたのは旅役者の一行。立女形の太夫が癪を起こしたので、部屋を借りたいという。和尚は預かった暁丸を旅役者の小道具の刀と中身を入れ替え、偽物を掛け軸の箱に隠す。

その後、女巡礼が天狗坊に追われて寺に逃げ込んでくる。中村左膳がその女を助けてみると、浜島幸兵衛の許婚で、幸兵衛の後を追って出奔した左膳の実の妹・菊川だった。

崖の上の和尚の居間では、旅役者と和尚たちが酒盛りの真っ最中。縄抜けの手品を見せられた和尚は、それを教えてくれと頼む。すると和尚たちは裸にされて縛り上げられてしまう。役者と見えたのは、実は小万とその手下たちだったのだ。正体を現した小万は集められた刀の中に暁丸がないかと必死で探すが、見つけることができない。

その間に天狗坊が、本物の暁丸が入っていると思い込んだ掛け軸の箱を奪いにやってくる。小万と争ううちに一学の書いた密書を落とした天狗坊はこれを谷底へ投げ、自分も掛け軸の箱をもって飛び込む。谷底にはにわか盲目となった幸兵衛が、落ちてきた密書を広げている。気絶していた天狗坊は、気がついて幸兵衛から密書を取り返そうとするが果たせない。

二幕目
天龍中のまち村稽古所
小万は、琴三味線の師匠をしながら、身を隠して暮らしている。住まいには、五月節句の幟が飾られている。そこへ偶然にも暁丸を捜し歩いている幸兵衛がたずねてくる。喜びあったのもつかの間、小万は今夜逸当が切腹させられるということを知る。
それを聞いて、小万は逸当を救い出そうと決心する。

その場へ菊川と供の奴・軍平が逃げ込んできて、菊川と小万は幸兵衛をめぐって女の戦いを始める。争ううちに飾ってあった凧が破れたので、幸兵衛が懐から出した反故紙を凧に貼る。だがそれは谷底で拾った一学の密書だった。

そんなところへ天狗坊がやってきて、菊川をさらっていく。気がついた軍平はすぐに後を追う。そんなこととは知らない小万は盗賊の衣装に身を包み赤子を懐に抱いて、本陣にいる逸当を救い出すために手下を率いて出かけていく。

一人残された幸兵衛は父に申し訳ないと、腹を切って死のうとする。するとそこへ菊川の亡霊が現れて、幸兵衛を止める。われに返った幸兵衛のところへ、瀕死の軍平が「菊川が天狗坊たちになぶり物にされたあと、天龍川に身を投げた」と知らせる。菊川の仇を討とうと幸兵衛は駆け出す。

三幕目
天龍川河原
大水で川留めの河原では、幸兵衛が天狗坊とその仲間に囲まれている。そこへ一学が現れ、天狗坊を切り殺し、助けると見せて幸兵衛を川へ突き落とす。

高張提灯を掲げた一艘の舟が通りかかり、幸兵衛は救い上げられる。舟には父・逸当が乗っていて、「刀を盗んだ因幡幸蔵が本陣で捕らえたのでその詮議に向かっているところだ」と言う。父子は決断所へと急ぐ。

四幕目
浜松家決断所
裏手水門

決断所には左膳、一学、逸当が顔を揃え、小万と赤子が引き出される。詮議役の逸当に刀のありかを聞かれた小万は、舅逸当を助けたいと思うものの、知らないものは言うことができない。

すると幸兵衛が自分に詮議させてほしいと願い出て許される。因幡幸蔵がまさか小万だとは夢にも思わない幸兵衛は、刀のありかを白状させようと、小万が小道具として腰にさしてきた刀を手にして、鞘のまま小万を打ちすえる。

ところが、小万が持っていたその刀は、和尚が中身を入れ替えた本物の暁丸。鞘が割れ、小万は深手を負って血を流し倒れる。すると不思議なことに幸兵衛の眼は再び見えるようになる。小万は子供のことを幸兵衛にたのんで息絶える。

そこへ空から凧が舞い落ちてくる。その凧には一学の密書が貼りつけてあったので、それによってついに一学の悪事が露見する。裏手の水門へと逃げた一学は、左膳や幸兵衛にとり囲まれ、最期を迎えるのだった。

「褄模様沖津白浪」(つまもようおきつしらなみ)通称「奴の小万」は1828年に発行された鶴屋南北作の草双紙が原作なので作者が生存中は上演されなかったそうです。

前進座は今から70年ほど前に、河原崎長十郎、河原崎国太郎、中村翫右衛門らが中心となって創立した独立劇団です。1965年に当代国太郎の祖父、先代国太郎が「奴の小万」を上演しましたが、そのときが初演で、今回はその時省かれた場を復活した初の通し上演ということです。

先代国太郎はこの役を演じたことをきっかけにして、南北の土手のお六、うんざりお松、そして黙阿弥の切られお富など、つぎつぎと悪婆ものをてがけていくことになったとか。

悪婆もので最近演じられたものといえば、「お染の七役」の中の「土手のお六」、「杜若艶色紫 」(かきつばたいろもえどぞめ)の女蛇使い・お六くらいで、取り上げられることは少ないようです。

「悪婆」は、役者を選ぶ役ではないかと思います。国太郎はちょっと見たところ、顔の線が少々ごつくて、悪声じゃないかと思うくらいハスキーな声ですが、慣れてくると独特の個性を感じる役者さんです。この独特の味こそ悪婆を演じるのに必要不可欠なものではないかと思います。

奴の小万という役は正確には「女伊達」という役だそうですが、なんといっても印象的なのは、「赤ん坊を抱いた盗賊の女親分」という趣向です。舅を救うために「宮島のだんまり」の盗賊袈裟太郎のような四天に鎖を着込んだ格好で赤ん坊を抱いて花道を引っ込んでいく姿はとても立派でした。

ところで宗十郎も赤ん坊をだいた女盗賊の役をやったことがあるそうです。近い将来「切られお富」とか「蟒お由」(うわばみおよし)の悪婆ものも上演されるといいな思いました。

序幕犀ヶ崖では、お寺の部屋がせり上がると、谷底の場になりそこに幸兵衛がいて、がけの上の小万との割り台詞をかわすところが大変面白く感じました。

二幕目、盲目の幸兵衛が許婚菊川と小万の間で嫉妬の板ばさみになって困り果てるところは、一番充実していて見ごたえがある場でした。この場にも、家の中の幸兵衛と外の小万との割り台詞があり、印象に残りました。菊之丞は女形の役者さんだそうですが、盲目の幸兵衛のはんなりとしたやわらかさがよく合っていました。

三幕目、天龍川河原では、天狗坊とならずものの川越人足たちとの花道上でのやりとりが生き生きと感じられました。梅雀の天狗坊は面白くて軽快な狂言回しといった感じで、極悪人にはちょっと見えませんでした。去年「髪結新三」で源七親分を好演した、一学の圭史は国崩しにぴったりの顔と声でした。

今回の「奴の小万」、予想していたよりずっと面白く、最後までどうなることかと目を離せませんでした。複雑な筋が整理されていてわかりやすかったのも良かったと思います。もう一つは舞踊で、梅雀の「供奴」でした。

この日の大向こう

前進座の役者さんの屋号は、あまり一般に知られていないせいか、掛ける方がとても少なかったです。1〜2人、掛けておられましたが、タイミングがかなり早めでした。一度「豊島屋」を「大坂屋」と掛け間違えた方がいましたが、自信が持てない時は、一々確認したほうがよさそうです。

後半、去年「復帰おめでとうございます」と掛けた御年配の方が声を掛けられるようになり、少しにぎやかになりました。この方はマイペースでゆっくりと掛けらるのですが、屋号が間違いなくパッと出てくるので長年の前進座贔屓の方かなと思いました。

私は赤ん坊を抱えた盗賊姿の小万が花道を引っ込んでいく時のツケ入りの大見得で、他の方が途中で早々と掛け終えてしまわれたので、ツケを打ち終えた時に合わせて、一度だけ「山崎屋ッ!」と掛けました。

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