また霊験亀山鉾 呂の声 2002.10.28

二回目になりますが、国立劇場の「霊験亀山鉾」の千穐楽を見てきました。

この日まず水右衛門役で出てきた仁左衛門の声が、とても立派でした。
仁左衛門は水右衛門を演じるにあたって、呂の声(低音の声)を使っています。仁左衛門の場合、ごろごろいう位思いっきり低い声を使うのですが、このところ彼が呂の声を使う役を演じた時、咳をしたり声がかすれるのをよく目にしました。

仁左衛門は10年前、大葉性肺炎と膿胸それに食道亀裂という大病で一年間芝居を休みました。肺の病気をした後、体調があまり良くない時に無理して大きな低い声を出そうとすると呼吸器に軽い炎症が起こるようになって、低い声のコントロールが難しくなったのだと思います。

今回の公演は一日一回だけだったので、それがきっと良かったのでしょう。微塵も不安を感じさせない声で、「安倍川返り討ちの場」で金六に正体を見破られた時の不敵な高笑いなど、発声が完全にコントロールされていて見事なものでした。

無理な呂の声は聞いているほうもつらいし、もっと自分にとって楽な声で表現する手だてを考えたほうが良いのではと思っていたのですが、この調子ならまだまだ呂の声を使う役も十分いけそうです。「絵本合法衢」(えほんがっぽうがつじ)の大学之助(だいがくのすけ)とか、重厚な時代物等を見てみたいものです。

もともと口跡には定評がある仁左衛門。楽なスケジュールを組んで、難しい呂の声を駆使する役もこれから積極的に演じて欲しいと思いました。

ところで初日は「播州明石網町機屋の場」でお茶を持って出てきた孝太郎演ずるお松が、舞台の上で所在なげになったようなところがありましたが、この日はさすがに連係プレーがうまくいき、所々に感じられた隙間がなくなっていました。最初に見た時はあまりパッとしないように思われたこの話が、最終的にはそういうことを感じさせないほど緊密な芝居にし上がったのは、ひとえに役者さんやスタッフの、この芝居を良い物にしようとする努力の賜物でしょう。

「丹波屋の場」で八郎兵衛が出てくる時の下座音楽が仁左衛門の替え歌「あれに見ゆるは、あれは松嶋屋の紋所」、でいかにもお芝居っぽくて華やかな雰囲気でした。そういうちょっとした遊びはほかにもあり、「中村村焼場の場」で出てくる穏亡の八郎兵衛が着ている肩入れ(身頃の部分だけが別な生地で出来ている着物)が松嶋屋の替え紋「追いかけ五枚銀杏」をもじった、イチョウの模様だったりしました。

今月歌舞伎座の「忠臣蔵」で勘平を演じた勘九郎が「六段目」で中村格子の肩入れを着て出てきたのにはちょっと驚きましたが、歌舞伎というのは演じている役と共に「役者そのもの」がさりげなくアッピールされるのが面白い所です。

それから細かいことですが、石井兵介との果し合いの時仁左衛門は一人だけ裸足でした。立ち会う前に水杯を投げつけて割るので、飛び散ったかけらで怪我をしはしないかとハラハラしました。ちなみに兵介役の弥十郎はあだ討ち装束で足ごしらえは万全でした。

「鵜の丸の一巻」を紐解く時、必ず現れる蛇が初日に見たときは一匹だったのに、この日は三匹に増えていました。蛇は鎌首をもたげても高さが50センチ位のものなので、多分見えなかった人が沢山いた為に数を増やしたのだと思います。今回は二階席で見たので舞台上のものが良く見え、そういうことが結構気になったりしました。別な場所で見るとまた印象も違うものですね。

最後に切口上で幕が閉まったあと、ほとんどの観客が帰ろうとせずそのまま残っていて、珍しくカーテンコールがありました。カーテンコールは勘九郎の芝居で何回か見たことがありますが、国立劇場でも見られるとは思いませんでした。

一階席の観客は皆総立ち!切口上の時と同じく正座した役者たちが上手、下手に会釈し最後に正面に向かって深々とお辞儀をしただけでしたが、大奮闘の仁左衛門をはじめとする役者たちの健闘を称えて満員の観客は手が痛くなるほど盛大な拍手をおくっていました。

この日の大向う

またまた千穐楽だったもので、この日もたくさんの大向うが掛かるのを聞くことが出来、私としては大満足!今まで経験した中で一番多かったと思います。種類としてはほとんど屋号だけでしたが、「十五代目!」という声がおつまを殺す一番の見所でかかりました。

腰の立たない難病の源二郎少年が、祖母の貞林尼が自分の肝の生き血を飲ませた結果、(これが霊験という題名の由来でしょうか)病が全快します。そしてすっくと立ち上がり、叔父の袖介と剣道の稽古をする場面で、子役の見得に「たっぷり」という声がかかりましたが、これはご愛嬌。

なにしろこの日、私は大合唱のような状態の大向うをはじめて聞きました。その中にひときわ声の大きい方がいらして目立ちましたが、その方の前に座った方はおそらく大変だったでしょう。^^;大向うを掛ける方たちが、二階の奥の上手と下手両隅にかたまっている理由がわかるような気がしました。


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