お染の七役 早替わりの謎  2003.10.19

11日に歌舞伎座夜の部をみてきました。

主な配役
お染
久松
奥女中竹川
後家貞昌
土手のお六
お光
芸者小糸
玉三郎
油屋多三郎 愛之助
鈴木弥忠太 團蔵
山家屋清兵衛 権十郎
久作 段四郎
鬼門の喜兵衛 團十郎

お染の七役」のあらすじ
序幕
柳島妙見の場
浅草瓦町の質屋・油屋の娘お染は丁稚の久松と恋仲である。だが父亡き後、お染の兄・多三郎が芸者小糸に入れあげて商売を省みないので店は傾いてきている。そこでお染の義母・貞昌は山家屋清兵衛とお染をめあわせようとする。

今日お染は、恋しい久松と下女おそのを伴って妙見様におまいりにきている。

久松は実は奥女中竹川の実弟。二人の父が主家の重宝、午王吉光(ごおうよしみつ)という刀と折紙を紛失した落ち度で切腹したため、久松は姉弟の乳母に引き取られ、今では刀と折紙を探すために油屋に奉公しているのだ。

ところでお染の兄・多三郎は、「鈴木弥忠太という侍が小糸を身請けしようとしている」と聞き、気が気でない。

そこで妙見様の門前で、店の腹黒い番頭善六に金を工面してもらうために、店から持ち出した午王吉光の折紙(鑑定書)を渡す。善六は、その悪巧みを知られた丁稚の久太郎に口止め料を与え、遠方へと追い払う。

善六がちょうどそこに置いてあった嫁菜の籠に、折紙を隠して持ち去ろうとすると、嫁菜売りがやってきて「それはもう売れているものだから返してくれ」という。この嫁菜売りは久松とは乳兄弟の兄、久作であった。

ここで久作は善六たちと争いになり、ひたいに傷を負わされる。そこへ通りかかった山家屋清兵衛が仲裁に入り、古着の袷と膏薬代を渡して和解させる。

橋本座敷の場
午王吉光と折紙を奪ったのはその金で小糸を身請けしようと考えた弥忠太だった。もと家来だった喜兵衛という男を使って盗ませたのだ。

弥忠太は、盗んだ刀と折紙を油屋に質入して百両の金を手にしたはずの喜兵衛が、一向に金をこちらに渡さないので気をもんでいる。

悪巧みの仲間の善六と、弥忠太は料亭橋本の座敷で落ち合う。

善六はお染をあわよくば自分のものにしようとして追いかけまわしている。久松がいる座敷にお染が逃げ込んだと聞いて善六が踏み込むと、そこにいたのは弟久松に会いに来た竹川。無礼をとがめられた弥忠太と善六はすごすごと退散する。

小梅莨屋の場
以前竹川に仕えていた土手のお六は、今は莨屋(たばこや)をいとなんでいるが、竹川から「午王吉光と折紙を取り戻すために百両の金を都合してくれないか」という手紙を受け取る。

お六が思案に暮れていると、そこに亭主の喜兵衛が帰ってくる。喜兵衛の方は、刀と折紙を質入した百両を使い込んでしまったので何とか金を作れないものかと考えている。

そこへやってきたのが嫁菜売りの久作と髪結いの亀吉。久作は髪を撫で付けてもらいながら喧嘩の次第を話し、破れた半纏ともらった袷の直しをお六に頼んで去っていく。

その話を聞いていた喜兵衛は、最前お六が預かった棺桶の中の死体に細工をして、油屋を強請ろうと思い付く。お六もその妙案に賛成して、竹川に頼まれた百両の金を作ろうと考える。

二幕目
瓦町油屋の場
油屋の店先にやってきた土手のお六。久作から預かった袷を見せ「怪我をさせられた嫁菜売りは自分の弟で、昨日死んだ」と言い出し、亭主の喜兵衛に籠にのせた死体を運ばせる。

「弟は喧嘩の傷が元で死んだのに、一分の金と古着の袷では割りにあわない、百両出せば料簡する」と言いがかりをつけるお六と喜兵衛。ちょうどこの家へきていた山家屋清兵衛は死体の脈を見て不審に思い、大きな灸を死体の腹にすえはじめる。

そこへ本物の嫁菜売り、久作が昨日の礼を言いに姿を見せる。すると死体が息を吹き返し、よくみればそれは善六が金をやって追っ払ったはずの久太郎。

久太郎はもらった口止め料で河豚鍋を食べ、食あたりをおこして気を失っていたのだ。お六と喜兵衛の計画は失敗し、空の籠を担いで引き上げる。

油屋裏手二階の場
お染は久松の子を身ごもっていた。しかしお染の義母・貞昌はこれも亡き父の遺言だからと、お染に久松をあきらめ清兵衛にとつぐようにと諭す。

お染に会いに忍んできた久松は、やってきた久作に土蔵へ入れられる。お染は土蔵の久松に向かって心中する決意を告げる。久松もこれを聞いて、覚悟を決める。

油屋裏手土蔵の場
お染は家を抜け出し、籠にのって隅田川河畔へと向かう。その後に午王吉光の刀を盗み出した喜兵衛が、土蔵の壁を破って現れる。これを追って出てきた久松はもみ合う内に喜兵衛を斬り、探していた午王吉光の刀を手にお染を追っていく。

大詰
向島道行の場
向島近くで久松はお染の籠に追いつくが、駕篭かきに当身を喰らわされ、お染を連れ去られてしまう。久松がその後を追うと、そこへ久松を思うあまり気の狂った許婚・お光がやってくる。通りかかった人が慰めても、お光は正気にかえることなく久松を追っていく。

お染を取り戻した久松が心中しようとすると、お六が駆けつけて二人の命を救う。お家の重宝、午王吉光の刀と折紙も戻り、すべてがめでたく解決するのだった。

 

「於染久松色読販」(おそめひさまつうきなのよみうり)通称「お染の七役」は1813年鶴屋南北作。女方が七役を早替わりで演じることと、悪婆(あくば)という役柄を演じるのが見所のお芝居です。

悪婆とは男のため、または主人のために平気で悪事を犯したり、女だたらに啖呵を切ったり喧嘩したりする伝法な女のことで、老婆ではありません。「お染の七役」を初演した五代目岩井半四郎はこの役柄を得意としていて、「土手のお六」は半四郎の当たり役だったそうです。

玉三郎は七役を見事に演じ分け楽しませてくれました。特に美しかったのはお染、芸者小糸で水がしたたるよう。相手役がいない時が多いので背を盗む必要がないためか、玉三郎がいつもよりすらっと長身に見えたような気がします。

土手のお六は、強請り場で思い切り高くはったせりふ回しが挑戦的。最後の立ち回りはいかにも慣れていないといった感じでした。

鬼門の喜兵衛を演じた團十郎はぼさぼさの御家人髷がぴったりで、目をギョロっとさせながらキセルを吸っている姿には存在感がありました。

死体の前髪を剃り落として別人に仕立てるというブラックユーモアが、團十郎の持ち味に良く合っていて、だまっていても南北の芝居の中の人物になりきっています。土蔵の場で蔵を破って出てくる團十郎の白地の着物は粋な「寿の字蝙蝠」の柄でした。

久作を演じた段四郎もこの芝居にどっしりとした落ち着きを与えていたと思います。

このお芝居の眼目の一つは早替わりですが、玉三郎の早替わりにはちょっと疑問を感じました。というのは早替わりには吹き替えを使うのですが、普通は吹き替えは顔を見せないものだと思います。ですが今回は吹き替えが堂々と顔を見せていました。

前に仁左衛門が「新口村」で忠兵衛と老父・孫右衛門の二役を演じた時に、仁左衛門に良く似ていると言われている愛之助が吹き替えを演じ百姓家の窓から顔を見せたことがありましたが、今回は明らかにそれとは意味が違っていたと思います。

吹き替えを演じた役者はお面のような顔に作っていて、顔は真っ白に塗っているのに首は塗っていませんでした。姿形は玉三郎と似ていても、目が穴のように見えるその顔は、ちょっと気の毒ですが不気味にすら思えました。本物の玉三郎の美しさを際立たせるための演出ということなのでしょうか。

どれが本物かわからないというのが面白いところだと思うのに、あれには首をひねってしまいました。

ところで「金閣寺」では雀右衛門の雪姫が後ろ手に縛られたまま立ったり座ったりが多い役なので大変だろうと思ってみていましたが、完全に横たわった時は黒衣の助けを借りていたようでしたが、おおかた自力で頑張られていました。

顔が小さくてほっそりした雀右衛門、ピンクの着付けが良く似合っていて窮地に陥った可憐なお姫様を演じて何の違和感も感じさせない美しさ。

縛られて酷いめに会わされながらも夫の危難を救うために、自力で脱出しようとする雪姫の気持ちの微妙な変化が、見事に表現されていました。最後に花道で刀を鏡に、髪を直す時の愛嬌も印象に残っています。

松永大膳を演じた幸四郎は立ち廻りのときにあまり気が乗っていないように見えましたが、最後の三段に上がっての大見得は大きかったです。

慶壽院尼の田之助は今回は椅子に座っていたので、なんだかほっとしました。少ししか出なくても田之助の慶壽院にはいかにも品格があってこの役には欠かせないと思います。

いつもは白塗りで二枚目の信二郎が珍しく赤っ面の敵役で登場したのには驚きましたが、声も朗々としていて赤く塗っていても綺麗な敵役でした。

この日の大向こう

土曜日の夜のせいか、たくさんの方が声を掛けていらっしゃいました。壽会の田中さんもいらしていました。この日は午前の部の序幕からずっといらしたのだとか。地方にも行かれるのでお忙しそうです。

「金閣寺」の雪姫が上手の屋体で柱に背中をつけるようにしてきまるところや、縛られたまま二重の上で片足を一段落としてきまるところでは「京屋!」。

桜の花がどんどん降ってきた後、それが小降りになった時「四代目!」と掛けられたようです。このとき何人かの方が「四代目」と掛けられましたが、ここが最も重要な場面というわけでしょう。

女方は「きまる」といっても立役のように首を回すわけでもなくただ動作をとめるだけなので、見ていてもどこで掛けるかがなかなか難しいなと思いました。

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