鼠小僧 野田歌舞伎第二弾 2003.8.15

13日に歌舞伎座で八月納涼歌舞伎の第三部をみてきました。

主な配役
棺桶屋 三太・稲葉幸蔵 勘九郎
大岡忠相 三津五郎
大岡妻 りよ 孝太郎
與吉(よきち) 橋之助
目明し 清吉 勘太郎
若菜屋後家 お高 福助
辺見勢左衛門 獅童
辺見妻 おらん 扇雀
辺見娘 おしな 七之助

辺見番頭 藤太郎

弥十郎
辻番人 與惣兵衛 吉弥

野田版 鼠小僧のあらすじ
第一場 正月、芝居小屋の中とその目の前にある棺桶屋
今日は正月。巷で人気の盗賊「鼠小僧」の芝居をやっている小屋の前で棺桶屋をいとなんでいる三太は吝嗇で人に施しというものをしたことがない。

ところが同じ長屋の住人・與吉は人々に善人といわれて今も乞食に施しをし、初詣で買ってきたお守りや子供たちにお年玉を配ってよろこばれている。

そこへやってきた婚礼と葬式の入り混じった奇妙な行列は三太の兄、辺見勢左衛門の葬列。妻、おらんが言うには娘のおしなの縁談がきまったあと、勢左衛門が急死したので、嫁入りと一緒に葬式を行うとのこと。その棺桶を三太にタダで作ってくれというのだ。

一度は断った三太だったが番頭の藤太郎から遺言状があると聞き、ころっと態度を変える。だが親戚一同の前で読み上げられた遺言状には、日ごろ親切にしてくれた縁もゆかりもない與吉に全財産を譲ると書いてあった。

それを聞いたおらんとおしなは、與吉に嫁にもらってもらおうと手を尽くすが與吉が取り合わないので、しかたなくお金目当ての嫁ぎ先、大名の稲毛家家中・石垣万作のもとへと向かう。

遺産に未練のある三太は勢左衛門の死体のかわりに棺桶に入り、辺見家へ侵入して千両箱を横取りしようとたくらむ。ところが藤太郎が棺桶に婚礼用の布をかけてしまうので棺桶は稲毛家へと運ばれてしまう。

第二場 大名稲毛屋敷の土蔵の前・その瓦屋根の場
てっきり辺見家だと思い込んでいる三太は蔵から千両箱を担ぎ出すが、そこへおしなの嫁入り行列が到着するのでようやく間違いに気づく。そこで隠れて見ていると、実はあの遺言状は藤太郎と與吉がグルになってでっち上げたものだということが分かってくる。

そうしているうちに三太は蔵の番人、與惣兵衛(よそべえ)に見つかってしまう。そこで三太は一計を案じ、芝居で見覚えた鼠小僧になりすます。するとすっかり信じ込んだ與惣兵衛は、自分を殺して金をとり、捨て子同然の暮らしをしている自分の息子の子供に施しの金を降らせてやってほしいと頼む。

気を失った與惣兵衛をおいて千両箱を持って逃げる三太の前に兄・勢左衛門やたくさんの幽霊が現れ、金を奪おうとする。足を滑らせた三太は、千両箱をひっくり返して江戸の町に小判の雨を降らせる。三太はその金を取り戻そうと、鼠小僧になる決心をする。

第三場 その年の暮れ、江戸の町、長屋の場
暮れの24日、巷では「鼠小僧が大名屋敷から盗みはしても、ちっとも施しをしない」とうわさしている。そこへ大岡忠相に化けた三太がやってきて、「與吉こそ鼠小僧に違いない」とデマを流すが、人々は信じようとしない。

すると三太の足を思いっきり蹴るものがいる。それは両手のてのひらをを上に向けた子供だったが、話を聞くうちに、三太はこの子が與惣兵衛の孫・さん太だと気づき、與惣兵衛はあの後牢に入れられたことを知る。子供のさん太は祖父に教えられたとおりに、鼠小僧が小判の雨を降らせてくれるのを待っているというのだ。

そこへやってきたのは若菜屋の後家、お高。三太はお高の家に二度盗みにはいっている。反対側からやってきたのは兄の未亡人、おらん。おらんは勢左衛門が亡くなって7日後に番頭の藤太郎と一緒になったが、お高は7年間も後家を通している。火花を散らす二人だが、そこへ医師養仙に化けた三太が登場。お高に「薬を持って行きましょう」というと「今日は留守」。それを聞いて三太は三度盗みに入る決心をする。

第四場 江戸奉行大岡忠相の妾宅の場
お高の屋敷へ盗みに入った三太は見かけない千両箱を見つける。ところがいないはずのお高は在宅中。しかも與吉までやってくる。與吉は遺産の千両箱をお高に預けていたのだ。盗み聞きしていると、二人はお高の連れ合いが死ぬまえから恋仲で、與惣兵衛の孫、さん太はこの二人の子供だとわかる。

そこへさらに大岡越前守忠相が登場。お高は大岡の妾でもあったわけで、與吉はあわてて押入れに隠れ、三太は下女おひくに化ける。

大岡は鼠小僧に人気を奪われ、内心面白くない。
「與吉が鼠小僧ではないかとの噂があるので、與吉を捕らえた上でこれを無罪放免にすれば自分の人気が上がるのではないか」また「與吉の父、與惣兵衛は、無実であると知りながら稲毛家からの圧力で既に首をはねた」と話す大岡。

この大岡の後を追ってこの屋敷に大岡の妻おりよが血相を変えて現れる。お高は苦し紛れに「大岡がこの屋敷に来たのは下女おひくに化けた鼠小僧を捕らえるためだ」と言い出し、三太は大慌て。

千両箱を担いで逃げ出したが、途中であいかわらず両手のひらを上にむけて、鼠小僧が小判の雨を降らせてくれるのを待っているさん太に出会う。不憫に思って小判を一枚やろうとするが、さん太は受け取らない。しかたなく小判の雨を降らせるために屋根に上った三太は、ついに目明し清吉に捕らえられてしまう。

第五場 大岡政談・お白州の場・江戸八百八町の屋根から屋根の場
町奉行大岡忠相じきじきの鼠小僧のお裁きに見物人が大勢集まっている。大岡は三太に「お白州は、芝居小屋の中の芝居と思え」と耳打ちする。

まず「お前は鼠小僧ではないのではないか」とたずねられた三太。「鼠小僧ではない」と答えれば無罪放免になるとわかっているのに、同じ場に呼び出されている與吉やお高が、さん太を捨て猫のように邪険にあつかうのが腹に据えかねて、「自分は鼠小僧だ」といってしまう。

すると見物していた人々はやんやとはやし立てる。すっかりいい気分になる三太。だが大岡の巧妙な誘導尋問でとうとう「大岡がお高のうちにいたのは鼠小僧を捕らえるためで、與吉にもお咎めはない」という結論に至る。

呆然とする三太。召し取った目明し清吉に向かって「お前はこんな悪いやつをそのままにしておくことはできないだろうな」となぞをかけ、脇差をおいて立ち去る大岡。狂ったようにその脇差で清吉は三太にきりつける。

深手を負った三太は、小判の雨が降るのを待っているさん太のために屋根に上り、隠してあった小判を撒こうとして息絶える。
さん太は降って来た雪をみながら、「小判の雨は降ってこなかったけれどもなんだか気分がいいなぁ」と独り言を言うのだった。

一昨年の「研辰の討たれ」に続いて、野田秀樹の第二作目。「研辰の討たれ」はそのエネルギッシュなこと、舞台の大胆な使い方、衣装や音楽のユニークさ、なによりも次々に出てくる面白いせりふや演出のアイデアで観客を魅了しました。その第二弾ということで歌舞伎座は満員の盛況。

鼠小僧は江戸時代に実在した人物で、およそ百箇所の武家屋敷から約一万二千両盗んだ庶民の人気者だったそうです。いつのまにか「大名から盗んだ金を貧乏人に与えていた」という噂がひろまり、それを二世松林伯円が講釈に仕組んだのを基に、河竹黙阿弥が歌舞伎「鼠小紋春着雛形」(ねずみこもんはるぎのひながた)を書き、四代目小団次が初演したのだとか。(筋書きより)

今回の「野田版 鼠小僧」はこの世界を借りた書き換え狂言というところでしょうか。本物の鼠小僧だは出てこず、主役の三太はひょんなことから鼠小僧になりすまして盗賊になったという設定ですし、大岡忠相は鼠小僧に人気を奪われてやっきになる海千山千の政治家として描かれています。

幕開け前から、花道七三には小舟をひっくり返したくらいの大きさの屋根が出現していて、幕が開くと捕り手に追われた勘九郎扮する鼠小僧が花道から登場。その屋根を乗り越えて本舞台の家々の屋根の上で大立ち廻り。最初からもう主役登場かと思ったら、それは劇中劇でした。(御用済みの花道の屋根は自ら揚幕へと退場!)

ここのところは「研辰」の出だし、スクリーンに映ったシルエットで赤穂浪士の討ち入りかと思わせ、スクリーンが上がると道場での稽古中という秀逸な演出を思いださせます。

大道具もいつものとは一風変わっていて、棺桶屋三太の住む長屋など壁が透き通っていて中の様子が見えるようになっていました。その長屋の壁を突き破って三吉が大立ち廻りするのです。

廻り舞台も全面見せるときもあれば、半分づつ裏表とまわしながら見せたりこの辺の場面転換は大変スムーズでした。「研辰」の時も驚かされましたが、野田は廻り舞台の使い方が抜群に上手い演出家です。

しかしせりふは速くてしかも量が多いので、勘九郎がインタビューで「いいせりふを書いてくれて嬉しい」と言っていたにもかかわらず、それをちゃんと聞き取り記憶するのは至難の業。筋を追うだけで精一杯というところでした。

それからやはり群集の扱いが「研辰」とよく似ていて、お白州のお裁きで大衆の意見が三太の運命を左右するところはこの芝居の圧巻でした。「研辰」で群集がウエストサイドストーリーのダンスをやる話題になったシーンは、三太を見つけた與惣兵衛が三太と同じステップを踏むところに残されていました。

勘九郎は最初から終わりまでほとんど出ずっぱりの大奮闘!顔中汗だらけで走り回り、言葉遊びのようなせりふの山をこなしていました。(勘九郎はこの前の踊り「どんつく」では女形の白酒売りで出ましたが、この白酒売りが花道に出てきた時のこぼれるような色気と愛嬌には惚れ惚れしました。)

大岡忠相の三津五郎は、テレビの大岡越前守忠相のイメージをひっくりかえす敵役で好演していました。お高の福助は、色気もおきゃんぶりもぴったりと役にはまっていましたが、今回目を引いたのは扇雀で、いつもの歌舞伎では出せない個性を十二分に発揮。せりふや身振りの間も良くて、ライバルのお高と遭遇するところでは二人の女形ががっぷり四つ。なかなかの見ものでした。

大岡の妻おりよを演じる孝太郎が妾お高の家へ乗り込んでくるとき、花道をものすごい大股、且つ猛スピードでやってきたのも、いつもの歌舞伎では絶対に見られない光景でした。いつもと全く変わらなかったのは橋之助。

獅童は今回なんと死体と幽霊の役。三太の死んだ兄の幽霊になって三太に説教したり、脅したりするのですが最初からなにか突拍子もないことをやるのではと期待されているようで、ちょっと気の毒。たしかに面白いキャラクターではあるけれど、この人にはもうちょっと味わいのある役をやってほしいと思います。

衣装は「研辰」の時ほどの大胆さはなく、善人と貞女いう触れ込みの與吉とお高が、おそろいの夜叉のお面の羽織と着物を着ていたのが暗示的でした。與吉が善人の仮面を脱ぎ捨てた時、リバーシブルになっている羽織をひっくり返して夜叉の面の模様にしたのは新型の「ぶっかえり」でしょうか。

子役の清水大希はあいかわらずせりふの間がよくて、三太を言いまかすところなど感心しました。最後がこの子役のせりふでおわったということは、それほど役者として信頼されているという証拠だと思います。けれど「小判は降ってこなかったけど、なんだか気分がいいなぁ」というせりふが最後のせりふというのは、ちょっと首をひねってしまいます。

大詰めで三太が死ぬときの音楽が尺八の二重奏で「ホワイトクリスマス」。「研辰」のときはカヴァレリア・ルスティカーナの「間奏曲」で最初は胡弓だけ、最後は胡弓と尺八、琴の三重奏で演奏しました。今回の「ホワイトクリスマス」は尺八の二重奏ととても相性がよくて雰囲気が出ていました。

最後も「研辰」の時と同様にカーテンコールがあり、野田が客席から舞台に上がってきてさかんな拍手を浴びていました。期待を裏切らない面白さで、久しぶりに思いっきり笑うことができました。欲を言えば「研辰」の手法をかなり引き継いで使っているということもあって、第一作目を見た時のような新鮮な驚きが感じられなかったということでしょうか。第三作目は全く違った作品を見てみたいと思います。

この日の大向う

踊り「どんつく」の時には3〜4人の声が聞こえたようでしたが、「鼠小僧」になってからは話がどう展開するかわからないことや、プロローグの劇中劇を除いては見得がないこと、せりふの洪水だったことなどで、どこにかけて良いのかわからなかったためか、全く掛け声はかかりませんでした。

唯一はっきり聞こえたのは、大岡忠相の三津五郎の引っ込み。花道七三で「大和屋!」と待っていたように掛かりました。あとはカーテンコールの時にいろいろな掛け声が掛かっていましたが、拍手にかきけされてよく聞こえず残念でした。「野田、野田!」と手拍子とともに「野田コール」がかかっていました。

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