髪結新三 江戸情緒 2003.5.22

16日、歌舞伎座夜の部へ行ってきました。

主な配役
新三 菊五郎
弥太五郎源七 團十郎
忠七 田之助
家主 左團次
お熊 菊之助
勝奴 松緑
善八 秀調

 

「梅雨小袖昔八丈」(つゆこそでむかしはちじょう)のあらすじ
白子屋店先の場
京橋新材木町の材木問屋白子屋(しろこや)は主人が亡くなったあと後家のお常が切り盛りしていたが、だんだん身代が傾いてきた。そこで美人で評判の一人娘、お熊に持参金つきの婿をもらうこととなり、今日はその結納の日。仲立ちをした車力善八と仲人が結納の品を持ってきたところである。

だが肝心のお熊はその事を知らされていない。じつはお熊はお店の手代忠七と恋仲なのだが、母親に「承知してくれないのなら自分が川に飛び込むしかない」と言われ、泣く泣く縁談を承知する。

だが出先から帰った忠七へ、お熊は一緒に駆け落ちしてくれるよう頼む。そのやり取りを盗み聞きしていたのが、帳場をまわりの(出張)髪結新三。親切ごかしに、深川の自分の家に駆け落ちしてくるようにと、忠七に勧める。新三の口車ののせられた忠七は、「お熊が身投げなどしたら大変だ」と駆け落ちを実行に移す決心をする。

永代橋川端の場
雨の降る中、お熊を乗せた籠は新三の手下、下剃勝奴と一緒に新三の家へと急ぐ。その後からひとつの傘に入って、新三と忠七が行く。忠七の下駄の鼻緒が切れると、新三は手のひらを返したように態度を変える。「お熊はおれの情人だ」と言い出したのだ。

ようやく新三の魂胆に気がついた忠七だがすでに手遅れ。新三に傘で散々に打ち据えられた上、置いてきぼりにされる。新三のうちの在り処もわからず途方にくれた忠七は、申し訳なさに川に身を投げて死のうとする。

そこへ通りかかったのが、乗物町の親分弥太五郎源七 。忠七から一部始終を聞き、一肌脱ぐ事にする。

富吉町新三内の場
次の日、新三のうちではちょうどやって来た肴売りから、初鰹を三分という高値で買ったりして、白子屋から100両の身代金を巻き上げてやろうと待ち構えている。そこへ弥太五郎源七が車力の善八を連れて、お熊を取り戻しにやってくる。

最初は下手に出ていた新三だが、源七がたった10両で話をつけようとすると、金をたたき返し散々にののしって恥をかかせる。源七はことを荒立てるとお熊に傷がつくからと、怒りをこらえてこの場は引きさがる。

そこへやってきた家主の女房おかく。「うちの親父様が新三に料簡させる」と言うので、善八は家主に仲立ちを頼むことにする。

早速やってきた家主長兵衛に新三は家賃を払っていない弱みもあり、買ったばかりの鰹を半分やる。家主の長兵衛は最初は新三をおだてていい気にさせ、おもむろに「30両でお熊を帰さないか」と持ちかける。新三が「その金額では帰せない」と突っぱねると、今度は「それならお上に訴えるぞ」と脅しに掛かる。

仕方なく新三は30両で手を打つ事にする。手回し良く頼んであった籠でお熊を家に帰した長兵衛は、新三に金を催促されてしぶしぶ金勘定を始める。しかし15両まで数えると「鰹は半分もらったよ!」と言って残りを骨折り賃として取り上げる。

新三は承知できないとすごんでみせるが「要らざぁ止しにしろい!」と言って金を全部持っていこうとするので、新三は承知せざるを得ない。そこへ長兵衛の女房がやってきて「家賃がまだだよ」というので、さらに2両まきあげられて、踏んだりけったりの新三。

長兵衛がホクホク顔で引き上げようとすると、近所のものがやってきて長兵衛の家に泥棒が入ったと知らせる。腰を抜かした女房をほったらかして、自宅に急ぐ長兵衛。だが貰った鰹だけは忘れずに持っていく、がめつい長兵衛だった。

閻魔堂橋の場
新三は弥太五郎源七の鼻を明かしてからというもの、あちこちでその事を吹聴していて、それを聞いた源七は腹に据えかねている。今日は新三がこの辺りに来ているということを聞いて、待ち伏せしているのだ。

そこへやって来た新三。忘れていた用事の使いに勝奴を行かせ、一人になったところを源七に刀で切りつけられ、匕首で応戦するがついに斬リ殺される。

河竹黙阿弥が明治初期に書いた「梅雨小袖昔八丈」は初夏の風物が魅力的に取り入れられた世話物の傑作です。

序幕の白子屋店先で出張髪結の新三が忠七の髪を撫で付けるところは、見ているだけで江戸時代にタイムスリップできそうな場面です。江戸時代の男性はあの頭を維持するためにこういうことを2〜3日おきにやっていたらしいんです。

忠七が新三にだまされていたと気がつく永代橋の場で、新三が忠七を下駄で踏みつけながら言う「かさづくし」の名セリフは、新三はとんでもない悪党だとわかっていても、つい聞きほれてしまう名調子。

新三内の場では、「さんげ、さんげ」の下座音楽が暗示しているように、実際は「お熊は新三に手込めにされ、縛られて猿轡をかまされ、押入れに閉じ込められている」という酷い状況。

ですが湯屋帰りの新三の浴衣姿、肴売の「カッツォ、カッツォ〜ィ!」という威勢のいい売り声、ホトトギスのなく声、庭の盆栽の緑など舞台の上にさわやかな初夏の風が吹いているようで、何度見ても見飽きない場です。

菊五郎の新三はいかにも「刺青者」といった悪の雰囲気を色濃く漂わせています。家主の左團次は「海千山千のこすからいくわせ物」というのとはちょっと違うように思え、特に新三との掛け合いがトントンと畳み掛けるように行かなかったのが残念でした。

肴売りはあの場で観客の目を集める良い役ですが、天秤棒の担ぎ方、鰹の捌き方、売り声どれをとってもなかなか難しい役だと思います。長兵衛女房おかくの右之助は年寄りで髪のうすい頭なのに、腰も背中もしゃっきりのびていて、ちょっと若すぎた感じでした。

世話物というのは主役はもちろん、まわりを取り囲んでいる人たちすべてが江戸の雰囲気をかもし出さなくては、見ているほうはお芝居の世界にどっぷりと浸る事が出来ないものだなとつくづく思いました。

この芝居の元になった実際に起こった事件では、白子屋のお熊は夫殺しを謀って処刑されたのだそうです。普通は上演されないのですが、白子屋に連れ戻されたお熊は後日養子を迎え、あげくのはてに自害しようとしたところを夫にとめられます。その時はずみで夫を刺し殺してしまうと言う展開になっています。

この日は他に團十郎の「暫」。残念ながら團十郎が声を痛めていて、せっかく「大福帳のツラネ」を復活させたというのに、本来の荒事の魅力を充分に味わう事が出来ませんでした。しかし素襖を肩からはずした元禄見得は素晴らしく美しく、やはり團十郎が演じてこその「暫」、また次の機会に期待したいと思います。

それと「かっぽれ」。九代目團十郎が活暦にこっているのを批判した客が「つまらぬ活暦をやるくらいなら、かっぽれでも踊れ」と新聞に投書。それを読んだ九代目が「それなら踊ってやろう」と言って生まれた作品だとか。(筋書きより)出演者が次々と出てきてワイワイ楽しく踊るといった踊りです。

全員が坊主姿で出演し、ほとんど素顔で踊るので、真女形などは普段見る顔とまったく違う顔を見せてくれます。亀蔵などチアガールの格好で踊っていました。岡村研佑が達者な踊りで、注目を集めていました。

この日の大向う

数人の方が声を掛けていらっしゃいました。髪結新三で「これ、よっく聞けよ〜」のあとで3人の方がほとんど同時に「まってました」と掛けられましたが、ここはやはり掛けやすいところだからなのでしょう。ピッタリとはまりました。

そのあと忠七が橋の上で途方にくれている場面で、本釣がコ〜ンと二回鳴りましたが、そのつど「紀伊国屋」と2〜3人が声をかけられたのは、二回目は余分なのでは?と感じました。

新三と家主が対決して鼻が触れ合わんばかりに顔を付き合わせるところで、拍手が入ってしまったのですが、あそこは「おれもよっぽど〜」と新三が自嘲気味のセリフをいうまで役者さんは息を詰めていると聞いたので、拍手されるとタイミングが狂って苦しいだろうなと同情してしまいました。

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