浮世柄比翼稲妻 綯交ぜの芝居 2009.9.17 W254

歌舞伎座夜の部を6日と25日に、昼の部を15日にみてきました。

主な配役
名古屋山三 染五郎
不破伴左衛門 松緑
茶屋女房お京 芝雀
白井権八 梅玉
幡随長兵衛 吉右衛門

「浮世柄比翼稲妻」(うきよづかひよくのいなずま)のあらすじ
「鞘当」
ここは吉原の仲の町。夜桜の美しいこの通りを深編み笠で顔を隠した二人の武士が通りかかる。雨に濡れ燕、雲に稲妻とどちらも伊達な羽織と着物に身をつつんだ二人がすれ違った時、たがいの刀がぶつかり、言い合いになる。

笠の中の顔を見てみると、顔みしりの山三と伴左。伴三は山三の思い人傾城葛城に横恋慕していたので、ついに切りあいとなる。

そこへ割って入ったのは引き手茶屋の女房のお京(原作では長兵衛女房・お近)。その説得にひとまず刀をひいた二人だが、気持ちがおさまらない。そこでお京の提案に従ってお互いの刀を交換し、自分の鞘に入れてみると、不思議にぴったりとおさまる。

実は山三は同じ刀をふたふり持っていたが、先日父親が殺された時に盗まれていた。鞘におさまった刀を見て、伴左こそ父の敵と悟るがお京の言葉でこの場は分かれていく。

「鈴ケ森」
ここは東海道、刑場のある鈴ケ森の海岸。雲助たちが大勢たむろしている。そこへ通りかかった飛脚を大勢で取り囲み身ぐるみはぐ。その飛脚が持っていたのは、白井権八という若者の手配書だった。国で人を殺したという権八をとらえれば、褒美の金がもらえるだろうと皆勇み立つ。

その後へ一丁の駕籠がやってきて、やさしげな若者をおろし、脅して法外な金をむしり取ろうとする。雲助たちは丸に井の字の紋を見てこの若者こそ手配書の白井権八だと気づき襲いかかる。若者は仕方なく刀を抜くが、滅法強くて雲助たちは次々に手足を失い命を落とす。

そうしているうちにもう一丁駕籠が通りかかるが、この騒ぎを見て駕籠かきたちは駕籠を放りだし逃げてしまう。権八がその張ちんの明かりで刀の刃こぼれを確かめていると、駕籠のたれが跳ね上がる。その場を立ち去ろうとする権八へ、駕籠の中から声が掛かる。

駕籠から出てきたのは、幡随長兵衛という名高い親分。廻状を読みくわしくは語らないが権八が困っているのを見てとった長兵衛は自分のところへ来ないかと誘う。喜んだ権八は江戸での再会を約束する。

今年で没後180年となる四世鶴屋南北作「浮世柄比翼稲妻」は1823年市村座で不破と長兵衛二役が七代目團十郎、山三が三代目菊五郎、権八と長兵衛女房のお近が五代目半四郎という顔ぶれで初演されました。

この話はそれまでにあった「権八小紫」の「比翼塚」の世界と「不破伴左衛門・名古屋山三」が登場する「稲妻草紙」の世界を四世南北お得意の綯交ぜという手法でより合わせ作られたユニークなお芝居。

しかし通し上演は平成5年以来行われていず、現在はこの「鈴ケ森」と「鞘当」だけが単独で演じられることが圧倒的。5年まえに「初瀬寺」と「山三浪宅」の場が鞘当の前につけられた形で三津五郎・橋之助によって上演され、ようやく大南北らしい趣のある舞台が楽しむことができました。

けれども依然として山三と権八がどこでどうからんでくるのかがわからなかったので、今回原作を読んでみることにしました。(三一書房 鶴屋南北全集第九巻)

「浮世柄比翼稲妻」全体のあらすじ
境木、初瀬寺、助太夫屋敷、
跡目相続でもめる主家佐々木家の乗っ取りをたくらむ不破伴左衛門重勝は、同じ家中の白井権八の父・白井兵左衛門と、名古屋山三の父・山左衛門両人を、中間・又平と権八の伯父・本庄助八の手を借りて殺し、又平は兵左衛門から跡目相続に不可欠の神妙剣の一巻を奪い取り、伴左衛門は山左衛門から名古屋家に伝わる来国俊の名刀を奪う。

ここは鎌倉の初瀬寺。佐々木家の若君・桂之介は次男だが正室腹の子。しかし妾腹の邪な長男・額五郎一派に神妙剣を奪われたため家督を継ぐことができなくなった。お預かりの神妙剣を奪われた罪で白井の家は断絶となる。権八はぜひとも親の敵を討ちたいと願うが、同じ立場の山三は、眩暈の病ゆえ侍をやめ敵討ちもやめて、腰元の岩橋と夫婦になって気楽に暮らしたいと言う。しかし敵の証拠は自分の刀と雌雄と言われるほどの名刀を所持していることだと言う。

岩橋は幼いころ双子ゆえに捨てられていたのを奴・三平によって拾われ育てられた娘だが、山三に思いをよせている。だが伴左衛門も岩橋に横恋慕していた。そのうえ山三が預かっている佐々木家の系図も伴左衛門に奪われる。岩橋と山三の二人を密通の罪に落そうとする伴左衛門は、山三の家来八内の逆襲にあい、そのため三人ともに主家より暇をだされ浪人の身となる。そして岩橋は山三とともにいることを選ぶ。

かたや権八はいったんは伯父の助太夫の養子となったが、お家のっとりの悪事を打ち明けられ加担するよう迫られる。ぜひもなく権八は助太夫を討つが、神妙剣の行方は知れない。

大師河原
ここ大師河原の見世物小屋で助太夫の勘当した息子・助八と、伴左衛門の中間で今は見世物師になっている又平が出あう。そこへやってきた飛脚から、助八は父親が権八に殺されたことを知る。実は神妙剣はこの助八が持ち出してきたのだが、神妙剣を守護している白蛇をうっとうしく思い雪駄直し(実は権八の兄弥市郎)のかごにそれを隠す。

一方金を盗んだ又平を、蛇使いをしている義理の娘のお国がかばって、自分を吉原へ売ってくれと頼む。だが顔に醜いあざがあるので取りあってもらえず袋叩きにあっているところへ、居合わせた幡随長兵衛の息子・長松が子供ながら助けに入る。

さらに三浦屋の花魁・小紫(実は権八が殺した助太夫の娘・八重梅)が仲裁に入ってお国を助け、親孝行な心根を認められたお国は蛇使いをやめて家主の世話で奉公人となることにきまる。お国は長松が捨てた錦絵の役者に、小紫は見かけた美しい若衆(実は権八)に心を奪われる。

助八は盗んだ金300両も雪駄直しのかごへいれ持ち去ろうとするところを見つかり、神妙剣と300両は権八の兄・弥市郎の手に入る。飛脚の言葉から小紫は権八こそ実の親の敵と知り復讐を誓う。この時弥市郎は小紫を見染める。

●鈴ケ森の場

山三浪宅
ここは浅草鳥越の山三の住家。山三の妻ともいうべき岩橋は山三のために廓に身を売り、葛城太夫という売れっ子の花魁となっていて、もうすぐここへやってくるところ。孝行娘のお国は今では山三の下女として働いている。葛城に会うため山三があちこちに作った借金は莫大なものだが、山三は気にする様子もなく、居座る借金取りたちの後始末をお国にまかせる有様。

そのうち雨が降ってくるとひどく雨漏りがするが、山三は平然と部屋の中で番傘をさす。家主はあまりに雨漏りがひどいので山三の頭上にたらいをつるし、ほうほうの体で帰っていく。

たらいの下で悠々と寝ている山三の寝顔がいつか拾った錦絵に生き写しなのに思いをはせながらお国はうっとりと眺める。そこへ風呂屋で盗みを働いた又平が逃げ込んでくる。

目覚めた山三はお国に廓へ行くから濡れ燕の小袖を用意するように言うが、その着物はとっくに質屋へ入っていたため、お国は家財道具を風呂敷につつんで受け出しに行く。後を頼まれた又平は飯をたく薪がないので、ねだ板をはがして焚きつけにする。

この貧家へ葛城太夫が豪華絢爛な花魁行列をしたててやってくる。二人きりになると葛城は伴左衛門が白柄組の頭となり寺西閑心と名乗って自分に言い寄っていると話す。山三は伴左衛門こそ敵と思えるものの手がかりがないと嘆き、兄弟の契りを交わした権八も神妙剣の詮議のために扇蝶と名乗って三浦屋の小紫のもとへ通っていると話す。

そこへ遣り手のおつめが葛城を連れ戻しにくるが、そこに昔なじみの又平がいるのに驚き、二人は奥へ入る。

帰ってきたお国が山三の髪を情をこめてすいていると、思いがけなく山三からくどかれる。山三はお国が錦絵の男にほれていることを知っていて、その名前を知りたがるが、お国の腕の入墨からそれが自分だとわかり心を許しあった二人は共に寝所に入る。

奥から出てきた又平とおつめ。実はおつめは伴左衛門の乳母で、可愛い伴左衛門の葛城への思いをかなえてやりたいと、又平に山三毒殺を依頼する。伴左衛門の悪事に加担したもののその後うらぶれていた又平はここでもりかえそうととっくりの酒に毒をしこむが、おつめは又平が知らない間にそれを神棚のお神酒の器に移す。

お国に改心するように諭された又平は、二人で誓いの酒を酌み交わそうとお神酒を飲む。だがしだいに毒がまわり、だまされたと思いこんだ又平は出刃包丁でお国を刺そうとする。だが包丁は又平にささり、そのはずみで明かりが消える。山三は暗闇の中廓に出かけようとするが、毒による断末魔の苦しみをおし隠して山三とひそかに水盃をかわして送り出すお国の尋常でない様子に気がつき、「葛城は一夜妻、内に残すは宿の妻」とお国をなぐさめる。

お国は嬉しげに手を合わせ息絶え、山三は涙を隠して廓へと向かう。

●吉原夜桜―「鞘当」

八百善別荘
ここは石浜にある八百善の別荘。三浦屋の小紫は身体の具合を悪くし、八百善夫婦の好意でここで養生している。小紫のきらっている蘭蝶が身請けしようと通ってくるが、小紫がほれきっているのは扇蝶(実は権八)。

小紫恋しさのあまり盲目となったと訴える蘭蝶に、小紫はなびくようすもない。蘭蝶が巻物を懐から落としたおり白蛇が出現するのを見かけた権八は、それが探し求める神妙剣だと気づく。だがちょうどそこに居合わせた助八は巧みに偽物とすりかえる。

扇蝶(権八)は蘭蝶に神妙剣をゆずってくれるように頼む。すると小紫を自分に譲るならともちかけられ、権八は小紫に心ならずも愛想つかしを言う。こうして神妙剣を手に入れたいばかりに小紫を蘭蝶に身請けさせた権八だったが、後で肝心の巻物が偽物だったとわかり怒り狂う。

一方身請けされた小紫は蘭蝶が実は非人乞食の頭だったと知らされる。困惑する小紫に蘭蝶は自分こそ白井権八だと名乗る。小紫は親の敵の蘭蝶を刀で刺すが、自分も助八らに切られる。

後からかけつけた権八は蘭蝶が自分の名を名乗ったと聞いて驚くが、蘭蝶は苦しい息の下で事情をうちあける。白井家の長男弥市郎として生まれた自分は生まれつき目が悪かったゆえに家出して次男の権八に家を継がそうと考えた。

だが父は伯父助太夫に殺され、その助太夫を権八が討って出奔。そのうえ小紫が助太夫の娘で権八を敵と狙っていると知り、権八の身替わりとなって罪を引き受けたのだと言う。

真相を知り、たくさんの人を手にかけた天罰と腹を切ろうとする権八を弥市郎はとどめ、生きて神妙剣を探せと諭す。そして自分と小紫の遺体は心中者といいふらせと言う。あの世での再会を約束して三人は別れを告げる。

上林二階、葛城部屋
葛城のいる廓の上林ではいっこうに自分のものにならない葛城に、伴左衛門はやけになっている。そこへ山三が姿を現し、ひそかに葛城としばしの逢瀬を楽しむこととなるが「明かりを消して待っているから忍んでくるように」という葛城の言葉を伴左衛門に立ちぎきされる。それまでの間と葛城が山三を長持ちに隠すと、遣り手のつめと伴左衛門は結託して長持ちに鍵をかけてしまう。

山三になりすましまんまと葛城の寝床へ忍びこんだ伴左衛門はついに邪な思いを遂げる。その時ふとんの下に隠した佐々木家の系図を猫がくわえて持ち出し、それを幡随長兵衛の子分唐犬権兵衛が拾う。

ようやく葛城は山三だと思っていたのが伴左衛門だったと気がつき悔やむが、山三はその場の様子を見て葛城に裏切られたと恨む。絶望した葛城は山三に満座の中で縁切りを言い渡し、山三は無念の思いをこらえる。

ところが葛城の割笄の模様が伴左衛門の所持する笄と同じなのに伴左衛門と葛城は気がつく。なんと葛城は伴左衛門の捨てられた双子の妹だったのだ。葛城は畜生道に落ちたうえはもう生きてはいられないと泣きくずれる。

吉原田圃
吉原の田圃で、山三は葛城を身請けして帰る伴左衛門を襲って系図を奪おうと待ち構えている。暗闇の中で、駕籠に乗ってやってきた男の頭巾をかぶった葛城を伴左衛門だと思いこみ山三は首を討ち落として羽織の袖につつみ家へ持って帰る。

家に帰ってはじめて山三は首が葛城だと気がつき、首がくわえていた書きおきを発見する。心にもない愛想つかしのわけや、山三の敵はまぎれもなく伴左衛門だが、実の妹の自分が替りに死ぬのに免じて伴左衛門の命を助けてほしいと書かれた書きおきで真相を知った山三は葛城の首をかき抱き、あの世では必ず夫婦になろうと誓う。

そこへ幡随長兵衛がやってきて、系図が思いがけなく手に入ったと告げる。そのうえ権八が助八からうばった神妙剣を長兵衛に託して命をたったと言う。山三はこれで親の敵・伴左衛門を討つことができると喜ぶのだった。

長兵衛宅、三社祭(ここからは未上演)
長兵衛の家では亡くなった小紫の葬儀が行われていて、小紫の義母の遣り手のおつめも来ている。おつめは山三の家来・八内の妻のお傳の義母でもあり、その昔伴左衛門の乳母でもあった関係で今は伴左衛門をかくまっている。

長兵衛は権八の世話を引き受けたために、女房のお近を実家へ帰したので、お近を連れて父親がどなりこんでくる。だが長兵衛はなに一つ落ち度のない恋女房だが離縁しなくてはならないのだと言うばかり。

同じ長屋に住むおつめの義理の娘、お伝は亭主八内が留守の間に主人の山三をかくまうが、唐犬権兵衛に佐々木家の系図が五十両で手に入ると聞き、廓に身をうってその代金を作ろうと考える。そこへ八内が帰宅し、家の中に男がいると知ってお伝を疑うが、おつめも聞いているためお伝はそれが山三だと話せない。進退きわまったお伝のひたいに、おつめは焼け火箸を押しあて家を出ていく。こうして顔を傷つけられたお伝は廓に身をうることができなくなる。

そんな時二人の子・岩松が長兵衛の息子の長松と凧あげにいき、長松の凧が落とした瓦が額にあたり怪我をして帰ってくる。系図が手に入らないと佐々木家の若君桂之助は切腹という知らせに、追い詰められた八内は、突然わが子の額をうって殺す。

一方長兵衛は子分子方へ渡す金をくれとせまる権兵衛と助八に系図と神妙剣の出所を尋ねる。長兵衛が二人からこの二品をとりあげもめているところへ、お近の父が百両の金をさし入れる。それはお近が夫の苦境をみかね、廓に身を売って作った金だった。

そこへ八内が岩松の遺骸を抱えてきて、長松のせいで子供が死んだと言いがかりをつける。すると長兵衛はまな板に長松を乗せどうでも好きにしろと言うが、八内の望みが家系図にあるとわかると自分を殺して取れとたちはだかる。

そこへ二階にかくまわれていた権八が割って入り、八内・お伝夫婦に敵である自分を討てという。そして返り討ちになろうとする夫婦の思いもむなしく権八は自害する。伴左衛門の悪事を証明する佐々木家の惣領額五郎からつめへの手紙が出てきて、権八は安堵して息を引き取る。

山三と八内は伴左衛門そしておつめと対決し、三社祭りの賑わう中で伴左衛門を討つ。ついに山三は佐々木家のお家騒動に決着をつけ、めでたく主家へ帰参するのだった。

全体を読むと、鞘当にでてくる留女が長兵衛の女房・お近だったり、鈴ケ森に助太夫の勘当された息子のやくざな助八が出てきたりと、細密な織物のように人物が交錯しているのがわかります。

今回は「鞘当」が先「鈴ケ森」が後に上演されましたが、実際は逆で、見どり狂言として整えられたものをただ二つ並べたというところ。中では「鈴ケ森」が面白く、客席を海にみたてた夜の鈴ケ森で雲助の集団を美しい前髪姿の若者、黒い着付けに赤い踏込が鮮やかな白井権八がばったばったとなぎ倒す。片足が飛んだり、顔がそげたりするその残酷さをユーモアに替える歌舞伎らしい演出は何度見ても面白く思えます。

梅玉は優しげな外見からは想像できないほど剣が強く礼儀正しい若者権八を丁寧に演じていました。長兵衛の吉右衛門は車鬢や衣装が大変良く似合い、権八が人を殺してきたと気付きながらも権八の人柄をみこんで、世話してやろうとする人物の大きさがよく出ていて、はまり役。長兵衛が登場するのはほんの最後の方ですが、台詞廻しも思いっきり気持ち良くきかせ、どっしりとした存在感のある長兵衛でした。

ところでこの「鞘当」と歌舞伎十八番の「不破」との関係はどうなのかちょっと疑問に思ったので、当代團十郎著「歌舞伎十八番」河出書房で調べてみたところ、初代團十郎が「遊女論」で演じた不破伴左衛門は当たり役だったものの具体的な筋は残っておらず、どの狂言を念頭に十八番に選ばれたのかは明らかにされていないそうです。七代目自身が演じたこの「浮世柄比翼稲妻」の鞘当も、特に歌舞伎十八番の内「不破」とはしないとありました。

面白いと思ったのは伴左衛門は豊臣秀次の小姓不破万作のことで、名古屋山三にひけを取らない美少年だったということ。初代が演じた伴左衛門も初めは二枚目だったのが、「参会名古屋」で鞘当の趣向をみせるようになってから色悪に変わっていったそうです。

「浮世柄比翼稲妻」は大変長いけれど、ぜひ一度は通しで見てみたいと思える独特の魅力があるお芝居だと思いました。

夜の部の次が「勧進帳」。幸四郎の弁慶と吉右衛門の富樫は声の高さや感じが似ているせいか、吉右衛門の富樫がとても冷静なためか、問答が今一つもりあがらない感じをうけました。5日には前見た時より花道での台詞がはっきりしているなと感じましたが、25日は幸四郎の弁慶が花道で義経に「とにもかくにもそれがしにおんまかせあって」というところでダハハと笑ったのはどういう気持ちなのでしょう。幸四郎の新工夫なのか「心配しないで私にまかせておけば大丈夫ですよ」と自信満々の弁慶に見えました。

しかしながら延年の舞から最後の飛び六方まで、67歳の幸四郎が体力のありったけを惜しむことなく使っていることはまちがいないと感じました。ところで幸四郎は飛び六方の途中で顔を客席中央の方へ向け、それがポスターにもなっていますが、先代の芸談によると七代目が始めたあのやり方はあそこで富樫の方を振りむくことになっているとか、それにしては当代は何を見てるのだろうと不思議に思います。義経は染五郎ですっきりとした義経でした。

*当代が追いつき追い越そうと目指していると思われる、七代目幸四郎のやり方はどうなんだろうかと、「勧進帳」のDVDを見てみました。まず花道の出では義経に「いかに弁慶」と呼びかけられ七代目は無言で座ります。そして四天王が関所を踏み破ろうと立ちあがると、「ヤアレ、暫、御待候へ」と立ちあがるわけです。

そのまま立って深刻な様子で話していますが「君を強力に仕立候」と言いながらガックリと膝を折るので、「本当に申し訳ない、おいたわしい」という弁慶の気持ちが切々と伝わってきます。当代だけでなく最近は最初から立ったままの方が多いのはどうしてなのだろうとちょっと不思議に思いました。

それと飛び六方ではたしかに一瞬幕の方を振りむいています。有り難いと感謝して頭を下げるのは一回だけで、富樫にでも櫓にでもなく角度もその中間、神仏に感謝するという感じに見え客席も勘違いして拍手などしません。酒を飲む件ではそれまでの厳しい顔つきから一転、可愛いと思えるほど愛嬌たっぷりになり、その後の踊りでは天狗を連想するほど軽々としかも力強いのには驚かされました。(この時72歳)なるほど生涯に1600回も演じたというのも充分に納得できる立派な弁慶だと思いました。

舞台もちょっと違っていて上手も臆病口ではなく下手と同じ幕になっており、富樫の二度目の出も退場した所からなので自然に感じられました。富樫の十五代目羽左衛門の映像を初めて見ましたが、台詞に独特の癖がある横顔が美しい役者。富樫の引っ込みで万感の思いに涙が落ちそうになるところをぐっと顔をふりあげてこらえるというこの型の気持ちがよくわかりました。声も細くて高めで弁慶と対照的なのも富樫にぴったりです。

義経の六代目菊五郎、第一声の「「いかに弁慶」がしわがれているのにちょっとびっくり。^^;揚げ幕から四天王が出てくると、菊五郎はそのちょっと前にさりげなく後向きになり、四天王はおじぎなどしないで通りすぎ所定の位置についていました。

四天王がそばまできてからやおら義経が後向きになり、四天王はその後姿にいちいちお辞儀をして通る現在のやり方はどこか不自然だと感じていましたが、いつからこうなったのでしょうか。それと「判官御手を取りたまひ」で菊五郎はほとんど肩の高さまで右手を差し上げているのが印象的で、弁慶の肩に優しくふれるような温かいなぐさめの気持ちを感じさせました。昭和十八年に録画されたこの「勧進帳」は全く古めかしさを感じさせない舞台で、いまとなっては宝といえる遺産だと思います。*

夜の部の最後は吉右衛門の「松竹梅湯島掛額」(しょうちくばいゆしまのかけがく)。「吉祥院のお土砂」と「櫓のお七」。

最近9月は初代吉右衛門を偲ぶ秀山祭となっていたのが、今年はさよなら公演というタイトルになったかわりに、吉右衛門は夜の部の全てに出るという大奮闘でした。立て板に水という具合にしゃべりまくるおどけ者の紅屋長兵衛・あだ名が紅長(べんちょう)はどっしりとした台詞廻しが似合う吉右衛門にあまりあった役とは思えませんが、それでも5日に観劇した時よりは25日に見た時の方がずっと流暢で間も良くなっていました。

「お土砂」は滑稽なお芝居で「ポニョ」とか「マジすか」とか今時の流行語がたくさん散りばめられていて、客席は大爆笑。紅長にお土砂をかけられた登場人物たちが次々とフニャフニャになるばかりか、背広を着た酔っ払いのお客さんが舞台に上がって、それをスカートをはいた案内係の女性がとめにきたのも紅長にお土砂をかけられグニャグニャになったり、ツケ打ちさんや幕を引くおじさんまでお土砂をかけられグニャグニャになるてんやわんやの大騒動。こういう笑えるお芝居も時には良いものだと思いました。吉三郎を演じた錦之助は前髪の小姓姿がぴったりとよく似合っていました。

このお芝居には鸚鵡という手法が使われて違う人が何度も紅長と同じ台詞をいいますが、一番拍手が多かったのは丁稚長太を演じた可愛い玉太郎でした。

お七の福助は綺麗でしたが、「櫓のお七」で人形振りになるとマイケル・ジャクソンかというような動きで、いくら人形振りはぎこちなさを出す方が良いと言ってももう少し優雅な方が良いのではと思いました。ここではちゃんと文楽のように口上があり、黒衣に頭巾をつけた人形遣いも登場しますが、実際後につくのは二人だけで足遣いは下手の台の上で足踏みの音を出していました。

昼の部の最初は「竜馬がゆく」-最後の一日。一昨年から染五郎が手掛けてきた司馬遼太郎作「竜馬がゆく」の第三作目でいよいよ完結篇です。

ー大政奉還から1カ月がたったころ、竜馬は潜伏先の醤油商近江屋で風邪をこじらせて寝込んでいた。才谷梅太郎という偽名でこの家の蔵にかくまってもらっていた竜馬だが、蔵は寒くて風邪がなおらないからと勝手に母屋の二階へ移ってくる。近江屋の主は店には「ええじゃないか」の一行も押し掛ける母屋は危険だと忠告するが、竜馬は一向に言うことを聞かない。

この店の奉公人桃助のところへ兄の梅蔵が訪れ、坂本竜馬がかくまわれていないかと尋ね、竜馬は大金を盗んだ悪党だから、討ち取る手引きをすれば侍になれるかもしれないと桃蔵をたきつける。

母屋の二階では薬屋の槐堂から掛け軸を贈られて、初めて竜馬はその日が自分の33歳の誕生日だと気がつき、姉とおなじ名前の女中のとめを交えて四方山話に興じる。

その日の夕方、北辰一刀流の同門だった藤堂と伊藤が竜馬を訪ねてきて、新撰組が狙っているから土佐藩邸に移った方が良いと忠告する。そちらこそ殺されないようにしろと言い返す竜馬に、「竜馬に莫大な賠償金をはらわされた紀州藩にも気をつけろ」と言い捨てて二人は帰っていく。

桃助はいつも親切にしてくれる女中のとめに「竜馬を討つ手引きをして、自分は侍になる」と打ち明ける。

その夜竜馬の同志、中岡慎太郎が訪ねてくる。その時竜馬の元へは大政奉還の建白書を奏上した土佐藩の重役・後藤象二郎が来ていた。後藤の持ってきた新政府の人事案には竜馬の名がないのを不満に思う中岡に、竜馬は「自分は窮屈な役人はいやだからそれで良いのだ」と明るく言う。

徳川慶喜が重要な役につくのは許せないといきまく中岡に、竜馬は「自分は大政奉還して日本を救ってくれた慶喜公のためなら命を捨てても良い」と反論する。後藤たちが帰ると二人は友人としてそれぞれの持論を譲らずとうとう取っ組み合いを始めるが、せき込む竜馬の体を中岡は案じる。酒を運んできたとめに竜馬は「いつかきっと身分も地位もない世の中にこの国もなるだろう」と語る。

奉公人の桃助にとめは竜馬の人柄を話し、討手の手助けなどやめるように言う。がすでに遅く、やってきた二人の侍に、竜馬と中岡は刀を手にする間もなく切られ、ついに竜馬は息絶える。―

明るくて豪放磊落な竜馬は染五郎にぴったりな役。大きな夢を半ば実現して死んでいった竜馬は幸せな男だと思えました。中岡慎太郎の松緑も線が太くて適役。桃助の男女蔵とその兄・梅蔵の松之助、女中のとめを演じた芝のぶが好演。

次がこれも四世鶴屋南北作で1808年に初演された「時今也桔梗旗揚」(ときはいまききょうのはたあげ)―通称「馬盥」(ばだらい)。初代吉右衛門の当たり役の光秀を当代が演じました。序幕の饗応の場での春永の富十郎、光秀とのやり取りでは間があいてしまい迫力に欠けていましたが、花道七三で憂いの表情をみせ、光秀の中に何を見ていたのだろうかと思いました。

春永のいじめとも思える仕打ちに我慢に我慢を重ねた光秀は三度憤怒の形相を見せ、三度目についに謀反をおこします。それまでの表情からこの憤怒の形相へと劇的に変化するの際、マグマが噴き出すようなすさまじいエネルギーが感じられました。二度目は馬盥の場の花道の引っ込みでしたが、「あ、俺は何を考えているんだ」と思い直したように妻皐月の切髪が入った箱を軽くポンとたたいて、すたすたと入っていったのが、印象的でした。

謀反を起こそうと覚悟をきめ、春長の使者を切り捨てた光秀のところへご注進にやってくる但馬守を幸四郎が御馳走で勤めました。光秀の妻・皐月の魁春と光秀の妹・桔梗の芝雀は共に品がありお芝居に奥行きを出していました。

次が名残惜木挽の賑と副題のついた舞踊「お祭り」。芝翫がシンで芸者おえいを、後は芝雀、歌昇、孝太郎、錦之助、染五郎、松緑ら若手の役者が鳶頭と手古舞姿で華やかに踊りました。

最後は幸四郎の「河内山。「質見世の場」がなくていきなり「松江邸」だったせいもあるのでしょうが、江戸前という雰囲気が希薄でした。偽物だと見顕されてからも台詞の勢いがほとんどかわらず、数年前に国立劇場で見た時のほうが江戸っ子らしいところがあったと思いました。

しかしながら質見世の場をつけないと、ことに初めて見る方にはわかりにくいでしょうし、面白みも半減です。松江候は梅玉でした。

この日の大向こう

どの日も会の方は3人ずつお見えになっていましたが、一般の方もかなり声を掛けていらっしゃいました。

「鞘当」では松緑さんと染五郎が笠を取って初めて5~6人の声がかかり、柝の頭では「京屋」という声が一斉に掛かりました。

6日の夜の部、「勧進帳」で高麗屋の熱狂的ファンが一人で応援団長をひきうけたような勢いで声をかけていました。贔屓の役者さんを精一杯応援したいという気持ちはよく理解できますが、お芝居はその方一人のものではなく、周りの観客に拍手を強要するような行動はまさに贔屓の引き倒しというべきでしょう。花道の引っ込みに「日本一」と掛けるのも良いですが、どうか節度をわきまえて応援していただきたいものだと思います。

ところで勧進帳で、無事安宅の関を通った後四天王が順に中央に出てくるところで、ここしか掛けるところがないからなんでしょうが、点呼のように一人一人に声がかかるのを聞くと途端に気が抜けてしまいます。ここで声をかけることで四天王の役者さんたちが引き立つとも思えません。つい最近まで声が掛かるのは弁慶、富樫、義経の三人だけだったと伺いましたが、いっそその方がスッキリするのではないでしょうか。

9月歌舞伎座演目メモ
昼の部
「竜馬がゆく」―染五郎、高麗蔵、男女蔵、松緑、門之助、竹三郎、猿弥
「時今也桔梗旗揚」―吉右衛門、芝雀、歌昇、錦之助、種太郎、由次郎、桂三、友右衛門、富十郎、魁春、家橘、歌六、幸四郎、吉之丞
「お祭り」―芝翫、歌昇、錦之助、染五郎、松緑、松江、孝太郎、芝雀
「河内山」―幸四郎、段四郎、門之助、松江、男女蔵、亀寿、種太郎、隼人、宗之助、錦吾、高麗蔵、梅玉

夜の部
「鈴ヶ森」「鞘当」―梅玉、吉右衛門、家橘、由次郎、桂三、染五郎、松緑、芝雀
「勧進帳」―幸四郎、吉右衛門、染五郎、友右衛門、高麗蔵、松江、錦吾
「お土砂」―吉右衛門、福助、東蔵、市蔵、錦之助、歌昇、歌六

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