怪談乳房榎 圓朝の怪談 2009.8.18 W253

12日に歌舞伎座で八月納涼大歌舞伎の第一部、18日に第二部と第三部を見てきました。

主な配役

下男正助
蟒三次
菱川重信
三遊亭円朝

勘三郎
妻お関 福助
磯貝浪江 橋之助
住職雲海 彌十郎
檀家万屋新兵衛 家橘
同千住茂左衛門 亀蔵

「怪談乳房榎」のあらすじ
人でにぎわう隅田川の堤に、絵師菱川重信の妻で評判の美人・お関が赤子をだき、女中をつれてやってくる。実は重信は元武士で真与島与惣次といったが、絵が好きで諸派をきわめていた。そのころ主家が二千両という金を盗賊に奪われ、金蔵の守護をしていた伯父が責任を感じて、ほどなく亡くなったのをはかなく思った真与島は武士を捨て絵師となったのだ。

お関たちが使いに行った下男の正助を待っていると、酔っ払った侍がふたりお関にからんでくる。それを助けたのは深編み笠の浪人・磯貝浪江。お関が菱川重信の妻だと知ると、ぜひ重信に入門したいとその場に居合わせた菱川家出入りの扇の地紙折の竹六に仲立ちを頼んで訪問することにする。

浪江はお関がおとしていった簪をひろいあげ腹になにやらありげに見つめる。その様子を蟒三次というならず者がじっと見ていた。

二か月ほどたったころ、浪江は首尾よく重信の弟子となっていた。重信は高田にある寺から新しく造った南蔵院本堂の天井絵を描いてほしいと頼まれ、雌雄の龍を書くことを決める。いそいで仕上げてほしいという依頼に重信はすぐに出立すると言いだす。

明日にしてはどうかというお関の意見もきかず、重信は使いに出ている正助が帰ってきたら後を追ってくるようにと言い残し、浪江に後を頼んででかける。

女ばかりで残されたお関は心細く思ったが赤子を抱いて寝所へ入る。すると浪江が挨拶にきて、突然腹痛をおこす。薬をさしだすお関の腕をつかんだ浪江は、お関への思いをかなえてくれないのなら子供を殺し自分も切腹すると脅す。

そこへ正助が帰ってきてこれから重信の後を追っていくというのでお関は必死にとめるが、正助は行ってしまう。お関は浪江に不安をいだいたままとり残される。

南蔵院に近い料亭。蟒三次が二階で酒を飲んでいると、偶然隣の部屋へ浪江がやってくる。それを見かけた蟒三次は浪江に「佐々の旦那」と呼びかける。実は浪江の本名は佐々繁といって、主家から二千両の金を奪って逃げた張本人。三次はその共犯だったのだ。とっくにその金を使ってしまった三次は浪江に金を無心する。

そこへ浪江に呼び出された正助がやってきたので三次は退散する。 浪江は正助を味方につけようとする魂胆で気前よく馳走したあげく、兄弟の契りを結ぼうと言いだす。人の良い正助は喜んで承諾する。

ところが正助が「重信は昔真与島与惣次と言う侍だった」と話すと、浪江は驚いたふりをして、それは自分の親の敵だと言う。そして兄弟の契りを結んだからには仇討を助けてくれと正助にせまり、正助は窮地におちいる。

その晩絵を描き上げ後は目を入れるばかりとなった重信は、落合に蛍狩りに出かける。正助に酒をすすめられほろ酔い加減の重信を、浪江は竹やりで突く。浪江に強要されて正助も木刀を持つが勝負にならない。しかし重信はついに浪江に殺される。正助は菰をかぶって逃げ出し、三次とすれ違う。浪江も三次を突き飛ばして逃げるが、三次は重信の遺体のそばに落ちていた浪江の印籠を手に入れる。

南蔵院では重信が龍の目を入れ絵を仕上げるのを檀家の人々が待ちわびている。そこへ正助が重信が殺されたと知らせにくるが、不思議なことに重信は寺にいると相手にされない。現れた重信は龍の目を描き入れ、にっこりと笑って姿を消す。

重信が殺されてから百カ日がたち、法要も終わった日。浪江に買収された扇屋竹六はお関に浪江との再婚をしきりにすすめる。真相を知らないお関は、浪江に菱川の跡目を継ぐように申し入れる。だが浪江は赤子の真与太郎に何もかも知られているような気がして落ち着かない。

そこで浪江は正助に真与太郎を十二社(じゅうにそう)の大滝へ投げ捨てて殺せと命じる。お関を真与太郎を正助の親類に預けるからと言いくるめて、むりやり里子にだすことを承諾させる。正助は悄然と真与太郎をだいて出ていく。その後へ金の無心に現れた三次を、浪江は正助を殺すようにと十二社へ行かせる。

十二社の滝についた正助は迷った末に、ついに真与太郎を滝に投げ込む。すると滝壺に霧がかかり真与太郎を抱いた重信の亡霊があらわれる。そして「今から心をいれかえて真与太郎を助け、榎の樹からしたたる液で真与太郎を育てよ」と言って消える。

正助を殺そうとした三次と浪江は重信の霊の力で非業の死を遂げる。

今月の歌舞伎座は勘三郎と三津五郎、二人の現代の踊りの名手が競いあう期待の舞台。ことに三津五郎の「六歌仙」は部分的に踊られることは多くても全部が見られるのは大変珍しいので、楽しみでした。また8月にふさわしく「豊志賀の死」と「怪談乳房榎」ふたつ円朝の怪談ものがあるのも季節感のあるバランスのよい演目だてだと思います。

第三部の最後、三遊亭円朝作「怪談乳房榎」は1897年真砂座で歌舞伎として初演。1914年に南座で後の二世延若が上演した時に原作にはない蟒三次(うわばみのさんじ)という役が追加され、正助、三次、重信の三役早替りと十二社滝の場に本水を使って評判をとり、それ以来このやり方で上演されるようになりました。

このお芝居はなんといっても勘三郎の信じられないほど素早い早替わりにとことん魅了されます。ちょうど走っていくだけしか時間がないだろうと思われる場面を、何度も何食わぬ顔で現れるのにはすごい!の一言につきます。

特に階段を下りていった三次と入れ替わりに間髪をいれずあがってくる正助、ならず者からちょっとおつむが弱く気の良い小者と全く別人になり替っているのがさすがです。

殺された直後に幽霊となって龍の絵をしあげにきた重信が、仏壇に頭から吸い込まれていく。その長袴の裾を幽霊の着物のように引いているのが消えたと思った瞬間に下手から正助となって出てくるのも、え~っ!と驚くような光景でした。

殺人現場から逃げ出す正助と花道ですれ違う三次。ここは昆布巻きというやり方で「伊達の十役」の道哲などと同じですが、そうとわかってみていてもあっと言う間の入れ替わりはやはりすごいです。

それに最後の滝の場で、殺そうとする三次と正助、それに重信三役のびしょぬれになりながらのスピード感ある早替わりは何度も繰り返されるのに見あきるということがありません。単なるドタバタした早替わりではなく、素晴らしい芸になっている感じました。

あんまり入れ替わりが激しくて、話の結末がどうなったのかわからなくなりそうな感じもしましたが、最後に三遊亭円朝として登場する勘三郎、物語の最後を語りついでに「歌舞伎座のさよなら公演はまだ8カ月あるので、どうぞよろしく」としめくくって盛大な拍手をあびていました。

美男で極悪人という磯貝浪江の橋之助も良かったですし、夫を殺しても横取りしたいと思わせるほど美しい人妻お関・福助もそれらしい雰囲気がありましたが浪江が夫を殺したことを知らないとはいえ、夫の百箇日に浪江を次の亭主にきめ、一人息子を養子にだそうというのはあんまり短絡的で薄情な女だと思わせました。

第三部の序幕は谷崎潤一郎の「お国と五平」。前回とは五平が橋之助から勘太郎に代わっただけで同じ配役。三階からみると、舞台奥まで広がる薄の原が実に美しいのに感心しました。敵の友之丞の三津五郎の高めで不安そうに揺れる声が、ストーカー友之丞のゆがんだ性格を的確に表現していました。

扇雀は若い人妻という風情はありましたが、友之丞と対決した時の声が割れてしまって聞きとり難く感じました。

第二部の最初はこれも三遊亭円朝作「真景累が淵」(しんけいかさねがふち)から「豊志賀の死」。1922年に「豊志賀の死」だけを六世梅幸の豊志賀、六世菊五郎の新吉で初演し、評判になったそうです。

―根津で富本の師匠をしている豊志賀は顔にひどいできものができ、寝ついている。看病をしているのは弟子の新吉という20歳も年下の若者だが、この二人はすでに男女の仲となっていた。そうなると弟子は減る一方だが、新吉は献身的に看病を続けている。

見舞い客が帰ると豊志賀は新吉に、「こんな顔になったからは早く死んでしまいたい。そうすればお前も羽生屋の娘・お久と一緒になれるだろうに」とからむ。ちょうどそこへお久が見舞いにくると、豊志賀のお久に対する妬みはすさまじく、新吉がお久を気の毒がるとますますひどいことを言い募る。

お久が逃げるように帰ったあと、豊志賀をようやく寝かせつけた新吉が外へ出ると買い物に行くというお久にばったり会い、二人は連れ立って行く。

苦しさに目をさました豊志賀は水がほしいと新吉を呼ぶが、新吉はどこにもいない。豊志賀は新吉をのろいながら手水鉢までたどりつくが、そこで血を吐いて息絶える。

下谷の鮨屋の二階にあがった新吉とお久。新吉は夜になると豊志賀が怖くてたまらないとお久に打ち明ける。お久は継母に折檻されるので下総の叔父のところへ行きたいがひとりでは怖くて行けないと言う。新吉はお久が好きだが、豊志賀の面倒を見るのは自分ひとりしかいないのを承知しているので、言いだせない。だがついに新吉はお久と一緒に家出しようと決心する。

するとにわかに蝋燭の火が細くなり豊志賀がうらめしげな顔で現れる。新吉は死ぬほど驚いてお久を残して逃げだす。

新吉は池之端にある伯父勘蔵の家に駆け込む。豊志賀のもとから逃げ出したいという新吉を、勘蔵は「恩のある師匠を捨てては義理が立つまい」といさめる。勘蔵は新吉が非業の最期をとげた旗本の次男坊だということを打ち明ける。門番だった勘蔵は赤ん坊の新吉を甥として育てたのだ。「だから曲がったことをしてはならない」と勘蔵にさとされ、新吉は豊志賀のもとへ戻ることを承知する。

それを聞いた勘蔵は、実はさっきから豊志賀がきて奥の部屋で休んでいるのだと言う。現れた豊志賀は「わがままな自分が悪かった。これからは姉弟となり、新吉は若い嫁をもらうように」としおらしげに言う。

勘蔵が駕籠を呼びに行くと、新吉は豊志賀を隣の部屋に寝かせる。そこへ同じ長屋に住む落語家のさん蝶があわててやってきて、豊志賀が死んだと告げ新吉を連れ戻そうとする。さん蝶は豊志賀のむごたらしい最期を物語るが、新吉が豊志賀なら奥の部屋にいるというと「それは幽霊にちがいない」と逃げ出す。

駕籠がきたので新吉が奥の部屋を覗くと、そこにはだれもいなかった。―

この話はここだけ上演されると、どうして豊志賀があんなむごい死に方をしなくてはならないのかちょっと理解しがたく、これで終わり??という尻切れとんぼな感じもします。

実は豊志賀がああいう目にあうのは新吉の親が豊志賀の親を殺した因果。長い長い因縁噺のほんのとば口が「豊志賀の死」なのです。

39歳にして初めて恋人をもったという豊志賀の福助、「新さ~ん、新さ~ん」という呼び声が執着に満ちていてねばっこくて、あれでは新吉もいやになるだろうと思わせました。勘太郎の新吉は最初の方は良かったですが、さん蝶の勘三郎とのやりとりになると微妙に間が合わず、緊迫感にかけました。お久の梅枝は娘らしく清楚でしたが、豊志賀に嫌味を言われるとわかっていながら見舞い続けるのはどういう気なんだろうという感じをうけました。

二部の最後は河竹黙阿弥作「船弁慶」。まず橋之助の弁慶がなかなか大きくて立派でした。登場した静御前の勘三郎、壺折も上品でとても綺麗だと思いました。一瞬も気を抜かない踊りは素晴らしく、ことに能と同じ歩き方が美しいと思いました。四天王は松也、巳之助、新悟、隼人。

間狂言は三津五郎の舟長に亀蔵、高麗蔵の舟子。三津五郎の「六歌仙」には勘三郎がお梶を、反対に勘三郎の「船弁慶」に三津五郎が舟長とお互いに協力するというのが納涼歌舞伎の良いところです。

後ジテの知盛の霊となって登場した勘三郎。亡霊としてはちょっと声が高いように思いましたが、踊りは気合いが入っていて、ことに花道の引っ込みは知盛の霊が苦しみながら海の底へおちていく様子が見事でした。足捌きの切れの良さに、やはりこの人は名手だとつくづく思いました。

第一部の最初は真山青果作「天保遊侠録」。幼き日の勝海舟・麟太郎を橋之助の次男・宗生がしっかりと演じていましたし、その父小吉の橋之助も役に似合っていました。義姉・阿茶の局を萬次郎、芸者八重次を扇雀。

―無頼の生活を送っていた旗本・古普請組の小吉は、幼くして秀才のほまれ高い息子麟太郎の将来を思い、ぜひとも役につきたいと一年発起し、借金までして組頭たちに馳走しようとしている。組頭の贔屓の芸者八重次が呼ばれてくるが、八重次は昔小吉が駆け落ちしようとした恋人。だが小吉は座敷牢に閉じ込められて駆け落ちは失敗し、八重次はそのことを恨んでいて帰ろうとするが小吉は訳を話して協力してくれるように頼む。

たまたま叔母に呼ばれてこの場に居合わせ、父が自分のために無理をしてまで役につこうとしているのを知った麟太郎は「今の時勢は小役人がいばっていられる時ではない」と反対する。それを聞いた八重次は麟太郎の聡明さに驚く。

やがて宴が始まると小吉や甥の庄之助は組頭たちに貧乏を散々ばかにされ、とうとう堪忍袋が切れそうになる。そこへ小吉の義姉・阿茶の局が登場し「小吉は貧しい我が家に養子にきてくれたのであって、貧しいのは小吉のせいではない。小吉にかわっておわびします」とその場をおさめる。

若殿のお相手として望まれた麟太郎はお城務めをきらっていたのだが、父のためを思って叔母に連れられお城へあがる。息子と離れがたい思いをいだきつつ小吉は涙ながらに後を見送るのだった。―

勝海舟の少年時代を知ることができる興味深いお芝居。萬次郎の存在感が光っていました。

第一部の最後は三津五郎が5役を踊る変化舞踊「六歌仙容彩」。遍照、文屋、業平、喜撰、黒主と移り変わっていく踊りは、いつもだと喜撰と文屋くらいしか見ることができませんが、通して見てみると本当に変化にとんだ面白い踊りだということがわかります。中でも文屋の軽妙で柔らかな風情がえがたく、とても素敵だと思いました。

六歌仙のひとり小野小町の福助は最初の「遍照」と最後の「黒主」に出てきます。「喜撰」のお梶は勘三郎が勤めましたが、三津五郎と並んで踊る心地よい緊張感が伝わってきて、技を競いつつ高めあっているという感じがしました。ともかくこういう競演は大歓迎で、これからも見せてもらいたいものだと思い、見終わって豊かな気分になれた「六歌仙」でした。

この日の大向こう

18日は、第二部が4人くらい掛けていらして、大向こうさんは2人。第三部は5~6人掛けていらして会の方はおひとりでした。「乳房榎」で「松島屋」「橘屋」と出にたて続けに掛けていらした方の声が、台詞にかなりかぶっていましたが、やはり避けたいことだと思いました。

「乳房榎」で、福助さんだけに掛けていらした女性の方がいらっしゃいましたが、落ち着いたお声で回数も控えめででした。「船弁慶」の花道の引っ込みではたくさん声がかかり雰囲気が盛りあがりました。女性の方も果敢に掛けていらっしゃいました。

8月歌舞伎座演目メモ
第一部
「天保遊侠録」―橋之助、勘太郎、扇雀、宗生、彌十郎、亀蔵、萬次郎
「六歌仙容彩」―三津五郎、福助、勘三郎
第二部
「豊志賀の死」―福助、勘太郎、梅枝、彌十郎、勘三郎
「船弁慶」―勘三郎、福助、橋之助、三津五郎、亀蔵、高麗蔵、新悟、隼人、巳之助、松也
第三部
「お国と五平」―三津五郎、勘太郎、扇雀
「怪談乳房榎」―勘三郎、福助、橋之助、彌十郎、亀蔵、家橘

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