勧進帳 仁左衛門の弁慶 2008.4.19 W214 | ||||||||
13日歌舞伎座夜の部を観てきました。
「勧進帳」のあらすじはこちらです。 仁左衛門が東京では21年ぶりという弁慶を演じ、そのうえ富樫が勘三郎、義経が玉三郎という珍しい配役で人気役者が顔を揃えるということもあって客席は三階西まで超満員。 勘三郎の富樫、名乗りでは「方々左様」というところなども、声を低くせず全体に高い調子で通していました。富樫にしてはちょっともっちりとした口跡だと思いましたがまずは品格があったと思います。 「これやこの」で登場した玉三郎の義経はさすがに花道七三での所作が美しく少年という雰囲気。 花道を登場し「いかに弁慶」と義経に呼びかけられて「は〜ぁ」と低く答えひざまずく弁慶。仁左衛門は無骨さこそないものの大きく立派で、どうかなと思った声も充分に深くいかにも華がある弁慶でした。 仁左衛門の弁慶は知力をつくして義経を守り抜き、絶対絶命のピンチに義経を杖で打ち据える時もほとんど躊躇しません。けれども関所を無事に通りぬけた後は、悄然とうなだれ杖の後ろ端をカタンと落とし義経と入れ替わって下手に下がるときは身の置き所がないという風情で、弁慶の人柄がよく出ていたと思います。 関所を破って通ろうと詰め寄る四天王を金剛杖で抑える時の仁左衛門の手は、片方が順手でもう一方は逆手。両方とも逆手の場合は戦うつもりはないけれど、右手が順手なら場合によってはいつでも戦える体勢だと「粋にいなせに三津五郎」坂東三津五郎著にあったのを思い出しました。 延年の舞になってからはスーッと踏みだして前を少し上げておろす能の足どりが美しいと思いました。富樫と別れ花道に一人残る弁慶は、富樫のいた方角へむかって深ぶかと頭をさげた後天へむかって感謝をささげます。そのあとの飛び六方の指先がとても力強く綺麗でした。ひたむきで勢いのある素晴らしい弁慶だったと思います。 ところで勧進帳を読みあげ終わったあとだったか、仁左衛門が舞台中央で中啓を落としハッとした瞬間がありました。後見にも見えないところなのでどうするんだろうと思いましたが、それに気がついた仁左衛門はポンと突いた金剛杖で斜め後ろに座っていた四天王の方へ中啓を飛ばし、最終的に一番近くにいた亀井三郎の友右衛門が後ろへ下がる時に回収していきましたが、実に鮮やかな処置でした。 玉三郎の義経は弁慶を慰めようと「判官御手」のところでそっと出す右手が優しく、慈愛の情がにじみでていて素敵でした。 勧進帳にかぎらずこのごろ同じ役者が同じ役を演じることがとても多いですが、それは観客にとっては決して望ましいことではないと思います。新鮮な顔合わせで演じられれば見慣れたお芝居にまた新たな魅力を発見できるでしょう。 夜の部の最初は真山青果作「将軍江戸を去る」。三津五郎の口跡は青果の台詞に見事にあっていて、慶喜という人物を浮き彫りにし、一見地味なこの芝居を面白く見せてくれました。彌十郎の伊勢守も存在感があり、橋之助の山岡も若さが似合っていましたが、台詞をがんばりすぎてはりあげることが多くワンパターンに感じられたのがちょっと残念でした。「江戸の地よ、江戸の人びとよ、さらば」という慶喜の最後の言葉が印象的でした。 夜の部最後は井上ひさし原作「手鎖心中」より「浮かれ心中」。 そして話題をもりあげるために、鳥越の絵草紙屋に一年たったら別れるという条件で持参金を積んで入り婿となる。今日はその婚礼の日だが、金がないため吉原で居残りをくった仲人・太助は付き馬のお辰につきそわれてやってくる。 独り者の太助は遣手のお辰に仲人の片割れになってもらって、栄次郎とおすずの婚礼をあげる。栄次郎は決して手をふれないと約束したおすずの美しさにぼ〜っとなる。 しばらくたった吉原で栄次郎に頼まれた読み売りたちが「百々謎化物名艦」を売り歩くところへ栄次郎と太助がやってくる。そこへちょうど通りかかったのが帚木の花魁道中。帚木の間夫・大工の清六が手紙を渡そうともめるが、気風の良い帚木に太助はすっかり一目ぼれしてしまう。その様子を見た栄次郎は、自分の名をあげるために帚木を身請けし、そのあとで太助に譲りわたすことを約束する。 「百々謎化物名艦」はおまけに凧をつけると良く売れるようになったが、それは伊勢屋の番頭が子供たちに金を与えて買わせていたのだと知り、栄次郎はがっかりする。そこへ太助がやってきて、話題作りのためにおすずと栄次郎は帚木を身請けすることが原因で派手な夫婦げんかをするようにすすめる。 帚木は栄次郎に身請けされ深川の妾宅へ囲われるが、ちゃっかり間夫の清六を従兄だと偽って家に引き入れている。帚木を女房にした太助は清六がめざわりでならない。訪ねてきた栄次郎は版元の蔦屋や戯作者の山東京伝が捕まって手鎖の刑になったと聞いて、人目を集めるために自分も手鎖の刑を受けたいと言い出す。 そこで従順な女房おすずと太助は、奉行所の役人に栄次郎の頼みどおり手鎖にしてやってくれるように頼みに行く。ところが役人はもっと政府を痛烈に批判しないと手鎖にはしてやれないと言うので、二人は礼を言って帰る。 念願かなって手鎖の刑になった栄次郎だが、父親の太右衛門は怒って家に連れて帰ろうとする。太助がおすずと栄次郎が約束を破って本当の夫婦になっていると話すと、父親の太右衛門は勘当をもう一年のばすと不機嫌そうに帰っていく。おすずと栄次郎は手を取り合って喜ぶ。 ついに栄次郎は大茶番として、太助の女房帚木と心中することを決心する。太助はこの茶番劇がすんだあと、おすずを伊勢屋につれてかえるのならと承知する。 花見客でにぎわう心中の当日、向島にはたくさんの野次馬が集まる。口上を述べ、栄次郎と帚木は形ばかりの心中を演じてみせるが、それを本物と思い込んだ帚木の間夫・清六がふたりを次々に刺す。 誤解から殺されてしまった栄次郎は、自分が描いた絵草紙のねずみの背中に乗り、天国へと登っていく。皮肉なことに自分が死んでしまった後、絵草紙が売れ出したと知って複雑な思いの栄次郎だった。― 「籠釣瓶」の見染の場を上手く劇中に取り入れたお芝居。はかまを胸高にはいて登場した勘三郎は、こういう役はお手の物です。勘三郎の栄次郎は売れっ子の戯作者になりたいばかりに、馬鹿馬鹿しいことを次々に考え出し、わざとつかまって牢屋へ入ったり、ついには心中を演じるまでになる狂騒ぶりを面白おかしく演じました。 三津五郎の太助はいかにも江戸っ子らしく台詞の切れがよく、勘三郎との掛け合いの間が最高でした。おすずの時蔵は人が良くておっとりしたところがぴったりで、小山三の遣手婆・お辰の独特の味が光っていました。 人気をとるために仕組んだ心中だったのに、本当だとおもいこんで嫉妬にくるった男にあっけなく殺されてしまった栄次郎は、茶番でももしかしたら本気に勝ことができるのではないかと夢を語りながら、自分の作品の中に出てくる大きな鼠に乗って華やかに宙乗りで引っ込みます。キラキラ輝く三角巾を頭にまき、チラシやキラキラする紙吹雪を客席にふりまきながら「イッツアスモールワールド」の唄に送られて勘三郎はにぎにぎしくにこやかに三階に設置された鳥屋の中へきえていきました。 |
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この日の大向こう | ||||||||
この日私は残念ながら掛け声が聞こえにくい席に座っていましたが、会の方はお二人みえていたそうです。席は満席ですが、三階に宙乗り用の鳥屋が設けられているため、その蔭になる上手の席が大向こうさん用になっているものの、上手で掛けられる方は立って掛けなければならないとか、ご苦労なことです。 「勧進帳」では主な三人が登場する時に声がかかったほかは、富樫が勧進帳を覗こうとするのに気がついた弁慶がパッと巻物を隠すまで掛かりませんでした。最小限の掛け声が舞台の緊張を壊すことなくかかり、最後も手拍子などにならなくて気持ちのよい幕切れでした。 |
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4月歌舞伎座夜の部の演目メモ | ||||||||
●「将軍江戸を去る」 三津五郎、彌十郎、橋之助 ●「勧進帳」 仁左衛門、玉三郎、勘三郎 ●「うかれ心中」 勘三郎、三津五郎、亀蔵、彌十郎、梅枝、時蔵、 |
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