9日、三越劇場で「傾城反魂香」を見てきました。
主な配役 |
浮世又平 |
右近 |
妻・おとく |
笑三郎 |
土佐将監光信 |
寿猿 |
狩野四郎二郎元信 |
笑也 |
銀杏の前 |
春猿 |
不破入道道犬 |
猿弥 |
修理之助 |
弘太郎 |
雅楽之助 |
段治郎 |
「傾城反魂香」のあらすじ
序幕
近江国高嶋館の場
館外竹藪の場
ここは近江の国の高嶋館。絵師・狩野四郎二郎元信「武隅の松」を描いて殿様に認められるようになった。代々この家の絵所をつとめてきた長谷川雲谷はそれを妬み、姫君・銀杏の前を自分の息子にと望んでいる家老・不破道犬とともに元信を陥れようと企てる。
その元信にこの館の姫君・銀杏の前は思いをよせているが、元信は一向にその思いにこたえてくれない。今日、姫に頼まれた掛け軸を届けにやってきた元信の前に、藤袴と名乗る腰元があらわれ「既に妻がいると聞けば姫君もあきらめがつくでしょう」と自分と仮そめの夫婦になろうと元信に持ち掛ける。
承知した元信は藤袴と夫婦の盃をかわすが、そこへ宮内卿の局が「銀杏の前の婿への持参金として田上郡七百町の土地が与えられる」というお墨付きの御朱印状をもって現れる。藤袴と名乗った腰元は、銀杏の前その人だったのだ。
この様子を見た道犬と雲谷は元信に謀反の罪をきせ、元信は柱に縛り付けられる。元信は故事を思い出し、自らの肩の肉を食い裂き、襖に血を吹きかけて虎の絵を描く。すると奇跡がおこって虎が絵から抜け出し、元信をしばっている綱を食いきり、悪者を追い散して元信を助け出す。
元信の弟子・雅楽之助は元信の命をうけ、銀杏の前を助けようと戦うが、力及ばず姫と御朱印状を敵に奪われてしまう。
第二幕
土佐将監閑居の場
ここは帝の怒りをかい、山科の里に蟄居している絵師・土佐将監の家。門の外では百姓たちが虎が出たと騒いでいる。将監の弟子・修理之助は様子を聞いて、日本に虎はいないはずだがと不思議に思う。
ところが実際に竹やぶの中に姿を現した虎を見た将監は、これは本物の虎ではなく元信が絵に描いたもので、その証拠に足跡がないという。将監が筆で虎を消そうとすると、修理之助は自分にやらせて欲しいと頼む。修理之助は見事に虎を消し、その手柄によって将監から土佐の苗字を許され、土佐光澄という名を与えられる。
百姓たちが立ち去った後へ、将監の弟子で誠実な人柄だが、吃りという障害をもつ又平が妻のおとくとともにやってくる。二人は百姓たちから弟弟子の修理之助が手柄をたてて土佐の苗字を許されたことを聞いていた。口の不自由な夫のかわりにおとくは将監に「夫にも土佐の苗字を許してほしい」と頼み込むが、将監は手柄もあげていないのに苗字はやれないとにべもない。
そこへ重傷をおった雅楽之助が、師匠元信が襲われ銀杏の前も連れ去られたと告げ、援助を頼んで立ち去る。将監は、修理之助はまだ若いし、又平は吃りなので助けにはやれないと悩む。それを聞いた又平は手柄をあげるチャンスとばかりに、ぜひとも自分に行かせてほしいと志願する。だが将監はそんな又平を叱りつけ、修理之助に救援にむかうように言いつける。
将監が内に入ると、もう苗字を許されることはないと絶望した又平は死のうと決心する。おとくは自分も一緒に死ぬというが、死ぬ前に手水鉢に自画像を描き残すよう又平に勧める。
思いの全てをこめて描いた絵は不思議なことに手水鉢の厚い石を突き抜けて裏側にも現れた。将監はこの奇跡に感銘をうけ、又平に土佐光起の名を与え、印可の巻物と筆を授け、姫君の救出へむかうように言う。奥方は真新しい紋付と裃と大小の刀を又平に与える。
又平がちゃんと口上がいえるかどうかと心配する将監に、おとくは節があれば又平はつかえずにしゃべることができるのだと話す。又平はおとくの打つ鼓で舞を舞って謡う。将監夫婦に見送られて、又平夫婦は意気揚々と銀杏の前救出へ向かうのだった。
近松門左衛門作「傾城反魂香」は1708年に人形浄瑠璃で初演されました。最近では「土佐将監閑居の場」だけが単独で上演されることが多いこのお芝居ですが、今回の澤瀉屋一門の公演では「近江国高嶋館の場」と「竹藪の場」がついたことで、銀杏の前はどうしてとらわれの身になったのか、虎はどこからやって来たのかなど話の背景がよくわかってとても面白く思いました。
「高嶋館の場」では笑也がめずらしく立役の狩野元信を演じました。悪人に縛られた元信が、自分の肩の肉を噛み切って流した血で襖に虎を描いて助けてもらう件で、田楽返しで回転する襖から本物の大きな虎となって現れるところは迫力があって楽しめます。
「国爺谷合戦」に出てくるような大きな虎が、三越劇場の狭い舞台を縦横無尽に走り回って大暴れ。腰元だと身分を偽って恋する元信と祝言をあげてしまう大胆なお姫様・銀杏の前に、春猿がぴったりとはまっていました。
次の竹藪の場では、悪人たちに館を追われた銀杏の前を孤軍奮闘して助けようとする狩野雅楽之助を段治郎が好演。華やかで美しい立ち廻りをたっぷりと見せました。ことにソクに(両足を揃えて)立った見得が姿よくきまっていました。この場は「義経千本桜」の「小金吾討死」にいろいろな面でよく似ています。
「将監閑居の場」では弘太郎の修理之助が筆で絵から抜け出した虎を消すわけですが、その時空中に「龍」と書いて消すのが、どうみても「龍」になっていなくて、あれでは虎は消せないなぁと思いながら見ていました。そういう細かいところがきちんとしていないとお芝居がなりたたないと思います。
右近の又平は見た目がとても若く感じる又平でした。出てくる時はすでに弟弟子の修理之助が手柄をたてて苗字をもらったということを知っていて、うち沈んでいるはずですが、右近の又平はあまりそう見えません。
師匠に切々と訴える吃りの台詞は大変難しいと思いますが、右近は全身全霊をかたむけてとてもリアルに演じていました。しかしあくまでも台詞ですから、聞いていてほとんど意味が判らないのでは本末転倒ではないかとも思いました。女房に言いたいことをかわりに言わせて黙って座っている時と、必死になって訴える時の気力の差もありすぎるように思いました。
一番良いなと思ったのは、おとくに「気が違ったのか」と言われて、「おまえまでそんなことを言うのか」と泣きながらおとくを殴るところで、心にじんときました。
手水鉢に描いた自画像が反対側にも同じように現れるというくだりでは、そのまま突き抜けたということで襟が左前になった絵が出てくることもありますが、今回は描いたのと全く同じ絵が出てきていました。この後、おとくが反対側に現れた絵を又平に教えるところでは、澤瀉屋型ではとても長く時間をかけます。又平が奇跡に気づいてから「かか、抜けた!」と言う台詞をなかなか言わないのは、ちょっと気が抜けてしまうように感じました。
笑三郎のおとくは垢抜けた美人でしたが、台詞をこってり言いすぎているように感じ、又平のかわりにしゃべくるところなども、もっとさらさらと言ったほうが良いと思いました。最初から力がはいりすぎるのは見ていて疲れます。将監の寿猿はベテランらしい渋さで、お芝居の奥行きをだしていました。
めでたく苗字をもらって舞を舞う又平は心から嬉しそうでした。最後に幕外の引っ込みは普通は花道を使うのですが、三越劇場は花道がとても短いためか、舞台中央のハシゴから右近、笑三郎の二人が客席に降りてきて、中央通路を通って下手の出口へ引っ込んでいったのは親しみがもててとても良かったと思います。
三越劇場の舞台は間口12メートル、奥行き6メートルという狭さで、「竹薮の場」の激しい立ち廻りなどは大変だろうなと思いますが、千穐楽まで怪我がないようにと願っています。
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