二条城の清正 堂々たる清正 2007.9.18 W194

4日に歌舞伎座夜の部をみてきました。(11日に「二条城の清正」だけ再見)

主な配役
加藤清正 吉右衛門
豊臣秀頼 福助
徳川家康 左團次
大政所 魁春
清正奥方・葉末 芝雀
本多佐渡守 段四郎

「二条城の清正」のあらすじ
第一幕 
清正の館

関ケ原の戦いに勝利し、征夷大将軍となった家康は引退して大御所となってからも、豊臣家を徹底的に滅ぼそうと機会を伺っていた。

慶長16年、家康は京都の二条城へ豊臣秀頼を招き対面したいと申し出た。秀頼の母・淀君が反対することはわかりきっているので、従わなければこれを反逆の証として一挙に豊臣を滅ぼそうという腹づもりなのだ。

豊臣譜代の忠臣・加藤清正はこの企みを見抜き、なんとか事態を救えないものかと病中の身にもかかわらず一間にこもり神仏に祈念し続けている。

そこへ愛宕山へ参内し占ってもらうようにいいつけた家来が戻ってきて、秀頼の上洛は良くないというお告げがでたと伝え、徳川の家来が秀頼の命を狙ってあちこちにひそんでいると言う。

清正の奥方・葉末も淀君は、もし秀頼が上洛するのなら自分は秀頼と共に自害すると、ひきとめるのに必死だと報告する。そこへ大阪城へやった使いが戻り、秀頼は上洛の意思を固めたが先導役の福島正則が家康を恐れて役目を辞退したことを伝える。

これを聞いた清正は残りの命をかけて最後のご奉公をすることを決意し、家中のものたちに甲冑をつけるように言いつける。そして自らも陣羽織を身につけ、家来をひきつれて大阪城へ向かう。

第二幕
二条城大広間

ここ二条城では、家康と秀頼の対面が実現することになったことに家来たちは驚いている。秀頼の到着が伝えられると家康をはじめ、秀吉の正室だった大政所、徳川の家臣・本多佐渡守、池田輝政たちが出迎える。清正は家康と秀頼の内うちの対面に陪臣が列座するのはおかしいと抗議するが、秀頼はこれをたしなめる。

家康が秀頼に酒を勧めると、秀頼は清正に飲んでも良いか目で尋ねてから飲み干す。家康から秀頼への引き出物が運ばれた時、本多佐渡守が秀頼に近づこうとするが、清正はそれを制す。

家康が秀頼の器量をおし測ろうと放った質問に、秀頼が立派に答えるのを聞いて、清正は安堵し喜ぶ。本多佐渡守が酒をつごうと再び秀頼に近づこうとすると、清正はこれを一喝。佐渡守は秀頼が秀忠が将軍になった折、上洛しなかったことに難癖をつけるが、清正は秀頼が頭を下げなくてはならないのは帝だけだと言い切る。

そして家康に徳川豊臣両家が末永くむつまじくあるように宣言をすることを求め、今度は家康が大阪城へ出向いて秀頼と対面するように願う。

家康は清正の願いを聞きいれ、秀頼に休息するように言うが、母淀君との約束があるからと秀頼はこれを断り、立ち帰ろうとする。その時、隣の部屋から大勢の者の騒ぐ声が聞こえるが、清正は秀頼をかばい「還御」と大声でこれを鎮める。

淀川御座船の上
その夜、御座船で大阪へ帰る秀頼を狙って徳川の家来が近づいてくるのを、清正は短銃で防いでいる。清正はひたすら早く夜があけるようにと念じ、二条城の対面がともかくも無事に終わったことを神仏に感謝する。

ここへ秀頼が姿を見せ、清正が病気をおして忠義をはたしてくれたことに深く感謝する。だが清正は懐から賎ヶ岳の戦いで亡き秀吉から賜ったという一ふりの短刀を出し、万一の時はこれで秀頼を刺すつもりだったと打ち明けて詫びる。

やがて大阪城が見えてくると清正は秀頼が幼かったころの思い出を語り、今日の秀頼の立派な振る舞いを亡き太閤に一目見せたかったと涙を流す。秀頼は「決して死ぬな」と清正をいたわり、御座船は無事に大阪城へと向かうのだった。

吉田絃二郎作「二条城の清正」は1933年に初代吉右衛門の清正、十七代目勘三郎(当時はもしほ)の秀頼、二代目左團次の家康という顔ぶれで初演。すでに清正役者として定評があったこ初代は、この年に清正所用の短刀を入手したのを縁だと思い、「自分のための清正ものを」と望んでこの作品を書いてもらったという話に、初代の人間味を感じます。

当代吉右衛門がこの役を演じるのは9年ぶり、二回目ですが、袈裟をまとって奥の部屋から現れた清正には堂々たる存在感があって、見る間にぐいっと芝居の中にひきこまれます。秀頼が対面の場へいかなければそれを口実として家康は攻めてくるにちがいないし、行けば暗殺されるかもしれないというジレンマの中、清正の焦りと苦悩がひしひしと伝わってきました。清正の妻・葉末を演じた芝雀の夫の身を案じながらもしっとりとおちついたものごしが印象に残りました。

この場でちょっと面白いのは清正の家来たちが戦の準備をする様子を見せることで、鎧をつけ、白い紐を腰に巻いてそれに小刀をさしたりする有様が興味深く思えました。

秀頼を演じた福助は特に二条城の対面の場が立派で、豊臣の御曹司らしい品があって凛々しかったです。しかし御座船の場では、思わず昔にかえってということなのでしょうが、19歳という年齢にしては「爺!」と叫ぶ声の甲高さがあまりにも子供じみているように思えました。

左團次は狸爺といわれる家康にぴったりで、表面は快活で度量が大きそうだけれどはらの中では何を考えているのかわからない人物になっていました。

豊臣家の赤い御座船は姿が半分しか見えていないのに舞台の三分の二をしめていて、人の背ほどもある房飾りや紅白の縞の椰子の葉っぱのような屋根の上の飾り物など、その大きさとド派手さが亡き太閤の力を表しているようで、逆に滅亡を目前にした豊富家の哀れさを強調していました。蛍が飛びかう暗闇の中で清正が短銃を撃つ場面も緊張感がただよう場面。

御座船の上で、命をかけて自分と豊臣家を守ってくれた清正に心から感謝する秀頼に対し、敵陣において堂々と行動した秀頼の成長した姿を一目秀吉に見せたかったと感涙にむせぶ清正。圧倒的な敵を相手に一歩もひかず修羅場をくぐりぬけてきた主従に爽やかさが感じられました。

次第に大きく見えてくる大阪城を背景に、斜めに方向を変え威容をあわらした御座船の舳先に佇む秀頼。しかし幕切れでがっくりと倒れる清正の姿は数年後の豊臣家の滅亡を暗示しているかのようでした。

夜の部の最初は玉三郎の「阿古屋」。

―源頼朝によって、御所を守護する代官に命じられた秩父庄司次郎重忠は人格優れた立派な人物。しかしその助役の岩永左衛門致連は邪な人間である。ここ堀川の御所に、平家滅亡の後、姿をくらました勇将・悪七兵衛景清の恋人で景清の子を身ごもっている五條坂の遊君・阿古屋が裁きのために連れてこられる。

先月以来、重忠は阿古屋が景清の行方を知っているのではないかと詮議を続けていたが、阿古屋が知らないと言い張るので、今日堀川御所へ連れてこられたのだ。

縄もかけられていない阿古屋を見て岩永は重忠のやり方が手ぬるいと責め、自分にまかせれば力づくで拷問すると言う。しかし阿古屋は重忠の情ある詮議は拷問よりも辛いので、もし自分の言うことが信じてもらえないならばいっそ殺してくれと言う。

すると重忠はそれでは拷問にかけようと言い、責め道具として琴、三味線、胡弓の三つを運ばせる。重忠に命じられるままに阿古屋は琴を弾いて景清とのなれそめを語り、続いて三味線、胡弓と弾きながら阿古屋は景清との恋ははかないものだったと語る。

聞き終えた重忠は阿古屋の言うことに偽りがないと断定し、阿古屋の釈放を命じる。納得できない岩永が不服を申し立てると、阿古屋の弾く楽器の音色には全く乱れがなく、それゆえ罪がないことは明白だと岩永をたしなめる。阿古屋は重忠に感謝しつつ去っていくのだった。―

捕り手に前後をはさまれて花道を進んでくる阿古屋は、まるで美しく咲いている牡丹の花のような完璧といっていいほど美しくまた瑞々しかったです。音楽を使って罪があるのかないのかを判定しようという重忠を演じた吉右衛門は最初から人柄の温かさが感じられ、また長袴の片方を階段に流して聞き入る姿は絵になっていました。また阿古屋とのやりとりが手に取るようにわかりやすく感じました。

敵役の岩永を人形ぶりで演じた段四郎は顔に古風でひなびた味があって、最後には阿古屋の奏でる音楽にうきうきと体を動かしてしまう滑稽な身振りに愛嬌がありました。

榛沢六郎は染五郎でしたが、阿古屋を連れてきたあとはほとんど下手で合引に腰掛けたまま、銅像のように身動きもまばたきもせず仮花道の揚幕にあたるところをじっと見続けていて、これは大変だなと思いました。全員が役に合っていた充実した舞台で、竹本は前回と同じ若い愛太夫、鳴門太夫が健闘していました。てんでにおかしな顔をした案山子のような竹田奴が動きのあまりないこの芝居の愉快なアクセントです。

その次が團十郎の「身替座禅」。團十郎は昼夜通して今月はこの一役だけですが、とても元気そうで楽しげに右京を演じていました。台詞の癖はちょっと気になるのですが、花子のところから帰ってくる花道の出はふんわりと夢心地という感じがよく出ていて素敵でした。

左團次の奥方は大柄なこともあって迫力満点。染五郎の太郎冠者はひょうきんなところが合っていました。千枝と小枝は珍しいことに家橘と右之助のベテランコンビがしとやかに演じました。^^;

この日の大向こう

「阿古屋」にはほとんど声が掛からず、重忠に一度声が掛かっただけ。幕切れで年配の女の方が一階からやおら「大和屋」とおかけになったのにはびっくりしましたが、充実した舞台にもかかわらず全然声が掛からないのに我慢できなくなったのだろうと思いました。

「身替座禅」からは会の方も二人見えて、渋いお声が控えめに掛かっていました。下手からは明るい特徴のある声が頻繁に掛かり、この陽気なお芝居にはあっていましたが、「二条城の清正」の深刻な場面になると、重い内容と無関係な声のように感じてしまいました。

「対面の場」では出てくる役者さんたちにお一人の方が次々と声を掛けられていました。この場しか登場しない役者さんも多いので仕方ないのかもしれませんが、あまり美しいとは思えませんでした。最後の柝頭では数人の方が声をかけられ「大播磨」という声も聞こえていました。

歌舞伎座9月夜の部演目メモ
「壇浦兜軍記」 玉三郎、染五郎、段四郎、吉右衛門
「身替座禅」 團十郎、左團次、染五郎
「二条城の清正」 吉右衛門、福助、歌六、芝雀、歌昇、芦燕、段四郎、魁春、左團次

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