6日と15日に歌舞伎座昼の部をみてきました。
主な配役 |
大判事清澄 |
幸四郎 |
久我之助清舟 |
梅玉 |
太宰後家・定高 |
藤十郎 |
雛鳥 |
魁春 |
曽我入鹿 |
彦三郎 |
「妹背山婦女庭訓」のあらすじ
―天智天皇の時代、曽我入鹿は天皇の地位を奪おうと企み、忠臣である藤原鎌足に無実の罪をきせ、天皇のそばから遠ざける。鎌足は入鹿を滅ぼすために必要な、爪黒の牝鹿の血と疑着の相の女の生き血を捜し求める。―
小松原
季節は秋。腰元たちと奈良春日野の小松原へやってきた太宰の娘・雛菊は、吹き矢を携えた凛々しい若者・久我之助と出会ってお互いに一目ぼれし、腰元たちの計らいで二人は恋仲となる。
だがやってきた入鹿の家来・宮越玄蕃から、久我之助の親・大判事清澄と雛鳥の親・太宰の少弐は以前から敵同士と聞かされ、二人は驚き悲しむ。雛鳥に横恋慕している玄蕃は無理に口説こうとするが、腰元たちに助けられて雛鳥は逃げ去る。
そこへ「帝の寵愛を受けている采女の局(鎌足の娘)が行方不明になった」という知らせが届き、玄蕃は入鹿へ知らせようと走り去る。その後へ当の采女の局が姿を現して、付人の久我之助に匿ってほしいと頼み、久我之助は引き受ける。
花渡し
それからしばらくたったころ。今では三種の神器の剣を奪い、内裏を占領してまるで帝のようにふるまっている入鹿が太宰の館へやってくる。そこへ呼びだされた大判事を、夫亡き後後家としてこの家を守る定高は辛らつな口調でやりこめる。
そんな二人を前にして入鹿は「自分が思いをよせている采女の局が猿沢の池に入水したと聞いたが、それは偽りで、その行方を大判事が知っているはずだ」と言う。ここぞとばかりに大判事を責める定高に向かい、入鹿は「大判事と敵対しているというのはみせかけで、本当は両家で帝も匿っているにちがいない」と決め付ける。
「その証拠には両家の息子と娘が密通しているではないか」と告げられ、大判事と定高の二人は驚き憤慨する。入鹿は「もし潔白ならば、雛鳥を側室として入内させ久我之助を出仕させるように」と命じ、従わなければ命はないと言う。
逆らえば所領は没収、一族は滅亡だと、二人に桜の枝をそれぞれ渡して返事をするように命じる。そして家来の新巻弥藤太に香具山の頂上から遠眼鏡で両家の様子を探るように命じる。
吉野川
ここは吉野川。流れの速い川をはさんだ右岸は紀の国・背山の大判事の下館、左岸大和の国・妹山には太宰の下館がある。久我之助がこの地で謹慎しているので、雛鳥はその後を追って出養生に来ているのだ。
今日は桃の節句とあって、腰元たちが雛人形をかざりつけているところである。親同士が不仲のせいで恋しい久我之助に会えないのを嘆く雛鳥に、せめて久我之助の姿だけでも見られるようにと、腰元たちは窓を開けて対岸の様子を見せる。一方の久我之助は父・大判事の本心がわからず悩み、柏の葉を川に流して占う。
対岸の雛鳥に気づいた久我之助は川をへだてて顔を合わせ、泣く雛鳥を久我之助は慰める。そこへ両家の親がやってくるという知らせが届く。
吉野川をはさんで、大判事と定高は双方とも、子供たちに入鹿の命令に従わせ、言うことを聞かなければ切ってすてると言う。大判事がもし息子が言うことをきけば桜の枝をそのまま流し、切ることになれば枝だけ流すと言うので、定高も同じようにしようと約束する。
母親から「入鹿のもとへ入内させる」という話を聞かされ驚愕する雛鳥だが、「入内すれば久我之助の命は助かる」と言われて、泣く泣く承知する。一方久我之助は大判事に、采女の局を匿ったことをうちあけ切腹を願い出る。内心では帝に忠誠を誓っている大判事は息子が今まで秘密を守ってきたことを誉めるが、采女の局の詮議を打ち切らせるには切腹するしかないと言う。
入内するために髪形をおすべらかしに変えた雛鳥。しかし雛人形の首がぽろりと落ちたのを見て、定高は雛鳥の首を切って入鹿へ差し出し、久我之助への操をたてさせてやりたいという本心を打ち明ける。これを聞いて雛鳥は喜ぶ。
久我之助が刀を腹につきたてた時、大判事は最後に雛鳥と会いたくはないのかと尋ねると、久我之助は「もし自分が自害したと知ったら雛鳥もきっと自害するだろう」と言う。息子の気持ちをくんで、大判事は桜の枝を花がついたまま川へ投げ入れる。
流れてきた桜の枝を見て、雛鳥は「久我之助は無事だ」と喜ぶ。雛鳥の首を討つ前に、定高もまた満開の桜の枝を川へ投げる。大判事はそれを見て、久我之助に雛鳥の無事を伝える。
とうとう定高は雛鳥の首を打ち落とす。しかし定高の嘆き悲しむ声が背山にも聞こえ、大判事は雛鳥の死を知り、同時に定高も久我之助が切腹したことを知る。互いに相手の子供だけは救おうとしたが、無駄に終わったことを川越しに嘆きあう。
定高は久我之助がまだ存命の間に雛鳥を嫁入りさせたいと言い、雛の輿に乗せた雛鳥の首と雛の道具を川へ流す。大判事はそれを弓で引き寄せ、久我之助に最後の対面をさせ、切腹の介錯をする。大判事は定高とともにこういう事態に至って初めて両家が和解できたことを嘆きながら、二人の首を両脇に抱えて入鹿に差し出すために出立するのだった。
近松半二他作「妹背山婦女庭訓」は1771年に初演された時代物の浄瑠璃で、同じ年に歌舞伎に移されました。
「吉野川」は単独で上演されることが多いですが、今回は雛鳥と久我之助の見初めを描いた「小松原」や、大判事と定高が入鹿に無理難題をふっかけられる「花渡し」が上演されたので、話の細部がよく判ってより面白く感じられました。
「小松原」は「菅原伝授手習鑑」の「加茂堤」に似た牧歌的な雰囲気の場で楽しめました。同じようにお節介と言っていいほどの家来たちによって結びつけられる若い二人を演じた梅玉と魁春はとても初々しく、この場があることで、その後のお互いをおもいやる気持ちの動きが納得しやすく思えました。長い吹き矢を使ってささやく恋のやりとりが新鮮で、道化役の腰元・小菊(幸太郎)の色っぽい台詞も悲劇の前の明るい場面として効果をあげていました。
「花渡し」ではめったに見られない曽我入鹿が王子の鬘に藍隈という姿を現します。彦三郎は入鹿の超人的なおどろおどろしさを上手く出していました。
「吉野川」は5年ぶりの上演ですが、くるくる回転する滝車が急流を表している吉野川をはさんで、仮花道から大判事の幸四郎、少しおくれて本花道から太宰の後家・定高の藤十郎が登場すると、まるで劇場全体が物語の舞台になったかのよう。それだけで歌舞伎の醍醐味をたっぷりと味わうことができます。
文楽と同じように上手と下手に二つ床を設置し、二人の太夫が交互に語り進行していくという演出は数ある演目の中でも飛びぬけて優れたものだと改めて思いました。陰惨な話の内容と対比するような全山花盛りの妹山背山の景色も目をひきます。
6日の大判事の幸四郎は早くからあらわな嘆きにどっぷりと浸りきっていて、そのためか非常に長く感じられた「吉野川」でした。顔もしわをかかず影で老けさせていたのにはちょっと疑問を感じました。ですが15日に見た時は全体に良くなっていて藤十郎とがっぷり四つに組んでいる大判事でした。
いつもはこってりしていると感じる藤十郎がきっぱりと定高を演じ、この芝居をリードしているという印象を受けました。やはり藤十郎は女形を演じると上手いです。定高が雛鳥の首に死化粧をするところは凄絶で、庭に片足踏み出して「入鹿大臣にさしあげる雛鳥が首、お受け取りくださいましょう」と呼ばわった時には、3階で見ている自分が遠眼鏡を手に見張っている入鹿の家来であるかのように感じました。
雛鳥の魁春は特に横顔がひたむきで可憐でした。久我之助の梅玉も端正で高潔な人格を感じさせました。
次が松貫四こと吉右衛門の新作「閻魔と政頼」(えんまとせいらい)。
―鷹匠の政頼は大事な鷹を死なせたために主人に手討にされて、六道の辻へやってくる。なんとか地獄へ行かず極楽へ行きたいという政頼の願いを閻魔大王は無慈悲にもはねつけ、地獄行きを命じる。
政頼は閻魔大王に「自分は鷹を使って獲物を取っただけで、殺したのは鷹だ」と言い訳する。政頼の語る鷹狩りの由来を面白く思った閻魔は実際に鷹狩りをするように命じる。鬼たちを勢子に使って捕らえた獲物を焼いて閻魔や鬼たちに食べさせたところ、閻魔は大層気に入って「何でも望むものを褒美にやろう」と政頼に言う。
すると政頼は閻魔のかぶっている冠が欲しいと言い出す。思いがけない願いに、閻魔は「これは人の生死にを決めるものだからやれない」と断るが、政頼は鷹を使ってまんまと冠を奪い取り意気揚々と娑婆へ戻って行くのだった。―
富十郎の閻魔大王が見た目にも気力にあふれていたのが印象的で「わしは鷹には弱いのじゃ」という楽屋落ちにはどっと笑いが起こっていました。花道をとぼとぼと出てきた政頼の吉右衛門は手に鷹を止らせ、自身の作という富士と茄子をのびのびと描いた肩衣をつけていました。けれども吉右衛門の政頼は今ひとつ生彩が感じられませんでした。
赤鬼の歌六の紅隈をとった顔が立派で、青鬼の歌昇とのコンビも良かったです。今時の若者に尋ねたら「ビミョウ〜」と応えたなどという現代ネタも取り入れられていました。
最後が福地桜痴作「侠客春雨傘」(きょうかくはるさめがさ)。初演は九代目團十郎で、主人公の大口屋暁雨(おおぐちやきょうう)こと大口屋治兵衛は実在した札差。二代目團十郎と親交があったため助六の扮装のモデルではないかと言われているとか。
―ここは吉原仲之町。花魁の薄雲と和泉屋の亭主新兵衛が待っている大口屋暁雨は元札差大口屋の治兵衛という若旦那だったが、今では名の知られた侠客となっている。暁雨がやってくると、そこへ高麗屋が孫のお宮参りの途中で挨拶による。
一行が去ったあと、稲妻組に身をよせる逸見鉄心斎が暁雨に用があるとやってくる。鉄心斎は元逸見一角という御家人で、札差の大口屋へやってきてたびたび金を無心していたが、あるとき治兵衛が借金を断ったため、一角は治兵衛の額を算盤で打って二十両の金を持ち去ったのだった。
その事件いらい治兵衛は身代を弟に譲り侠客となった。その鉄心斎が暁雨のなじみの女郎・薄雲か葛城を取り持てと言う。実は薄雲は鉄心斎が闇討ちをくわだてている今西玄之進の娘なのだが、暁雨のなじみと知ってからんできたのだ。
もとより逸見を恨みに思っている暁雨は、打ちかかってくる鉄心斎から煙草盆を奪い、算盤で打たれた仕返しに鉄心斎の額を打つ。そこへ通りかかった花魁葛城が中へ入るので、二人は遺恨を残しながらもこの場は思いとどまるのだった。―
鬘、衣装(鉢巻はなし)いずれもちょっと違うのですが、いかにも助六を思わせる格好で花道から登場した暁雨の染五郎は、なかなか格好良くすっきりとした男前でした。しかしその後の展開は二歳になったばかりという高麗屋の孫・斎ちゃんのお披露目に終始した一幕でした。跡継ぎの手をひいてゆっくりと歩く祖父・幸四郎はいかにも嬉しそうで、その後ろで見守る父・染五郎はいかにも心配そうだったのが記憶に残りました。
6日にはお辞儀も出来、一声台詞も言えた齋君ですが、15日にはご機嫌が悪く、下をむいたっきりピョンピョン飛び跳ねてばかりで、幸四郎が「昨日まではできたのに・・・今日はお芝居が違うようで申し訳ございません」と恐縮していました。そんな齋君、一本締めが始まるとやおら参加したりで、お父さんは大汗をかいていました。^^;
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