「仮名手本忠臣蔵」 見ごたえある七段目 2007.2.23 W178 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
9日と20日に歌舞伎座昼の部、11日と15日に夜の部を見てきました。
「仮名手本忠臣蔵」のあらすじ(短いほうはこちらです) 高師直は義貞の兜を奉納することに反対するが、若狭之助は兜を納めることで新田の残党を鎮めようという尊氏の計略だとたしなめ師直の怒りをかう。義直はたくさんの兜の中から義貞の兜を見つけ出すために、以前御所に勤めていた塩冶の妻・顔世御前を呼び出し、兜を選ばせる。 義貞が兜の内側に蘭奢待の香りをたきしめていたことを知っていた顔世はすぐにその兜を見つけだし、皆は討ち揃って兜を奉納するため神社に入る。 後に残ったのは顔世と、以前から顔世に横恋慕していた高師直。師直は和歌の添削をしてやろうと近づき、恋文を手渡そうとするが、困った顔世はそっと投げ返す。なおも師直が夫の仕事が上手く行くようにするのは顔世の心一つだとしつこく言い寄っているところへ、若狭之助が戻ってきてこの有様を見、顔世に退出させる。 いいところを邪魔された師直はますます若狭之助に恨みをいだき、嫌味を言い募る。我慢できなくなった若狭之助が思わず刀を抜こうとするところへ義直が戻る「還御」の声が聞こえ、すんでのところで若狭之助は刃傷を思いとどまる。 三段目 同 松の間刃傷の場 なんとか若狭之助の怒りはそらせたものの、屈辱をしいられた師直は怒りのやり場がない。そこへ遅れて現れた塩冶判官に小言を言い始める。おりしも顔世から師直への文が届けられるが、それは顔世が師直を袖にする意味をこめた古い歌だった。 師直はてっきり顔世が夫にうちあけたのだろうと腹をたて、塩冶判官をねちねちといびり始める。師直の態度を初めはうけながしていた判官だったが、師直の無礼に刀を抜こうとする。だが師直に殿中で刀を抜けば死罪の上、お家取り潰しだぞと脅され、一旦は思いとどまる。 だが師直の悪口雑言にとうとうたまりかねた判官は、ついに刀で師直の額に切りつける。だがちょうど近くにいた桃井の家来・加古川本蔵に抱きとめられ、師直に止めをさすことはできない。 四段目 その時、国許から由良之助が到着。判官は苦しい息の下で、腹を切った九寸五分を形見として由良之助に与え、無言の内に敵を討ってくれるよう由良之助に頼み、由良之助も主君の遺言を受けとめる。 九太夫について行こうとする若い侍たちを由良之助は、「城にたてこもって戦おうという人間が金を知行高に割れなどと言うだろうか。」と短慮をいさめる。由良之助の、自分は亡き主君の遺言どおり仇討ちをするつもりだという本心を聞いた家臣たちは、由良之助に全てを一任しようと衆議一決する。 ひとり判官の形見の九寸五分をふところから取り出した由良之助は、そこについた血をなめ主君の無念を思い、改めて仇討の決意を固めつつ去っていく。 浄瑠璃 道行旅路の花婿 逢引していたために殿の大事の場にいることができなかった申し訳なさに、勘平は切腹しようとするが、お軽の説得でそれを思いとどまる。そこへ以前からお軽に執心の師直の家来・鷺坂伴内が捕り手を引き連れて二人を捕らえにやってくるが、勘平はなんなくあしらって、二人は先を急ぐ。 五段目 偶然にもそれはかつての塩冶の家来・千崎与五郎だった。千崎から仇討の企てを聞いた勘平は、仇討ちに参加するために必要な五十両の金をなんとか工面したいと考えながら別れる。 同 二つ玉の場 かたわらの稲村で与市兵衛が休息しているとやおら稲村の中から手がのびてきて、五十両を奪って与市兵衛は刺し殺される。現れたのは斧九太夫の息子で、今は山賊になっている斧定九郎。 思わぬ獲物にほくそ笑みながら定九郎が破れ傘をさして行こうとすると、向こうから猪が走ってくる。猪をやりすごした定九郎が石に躓いたところへドンと一発。猪を狙った勘平の鉄砲があたった定九郎は絶命する。 てっきり猪をしとめたと思った勘平はまた火種を消してしまい、あたりは真の闇。手探りで獲物を見つけた勘平はそれが猪ではなくて、人間なのに仰天する。あわてて薬はないかと懐をさぐると手にさわったのが、五十両。 びっくりして逃げようとする勘平だが、ふとその五十両があれば仇討に参加できると頭にひらめき、うしろめたさを感じながらも五十両を取って、立ち去る。 六段目 そこへ勘平が上機嫌で帰ってきて、おかるから事情を聞き皆の気持ちはありがたいがもうおかるをつとめに出す必要はないという。それでは困るお才が与市兵衛が書いた証文を見せ、さらに与市兵衛に貸したのと同じ嶋の財布を見せると、にわかに勘平の顔色が変わる。 その財布は昨日勘平が死人のふところから取ったものと全く同じものだったのだ。勘平はてっきり自分が与市兵衛を殺してしまったものと思いこみうちのめされる。証文があるからにはおかるはやはり勤めにいかなくてはならなくなり、罪におののく勘平におかるは身を切られるような思いで別れを告げる。 おかるを乗せた駕篭が行ってしまった後へ、村の猟師たちが与市兵衛の遺体を戸板に乗せて運んでくる。母・おかやはさきほど勘平が血染めの財布を持っているのを見かけていたため、勘平が与市兵衛を殺したのではないかと問い詰める。おかやは怒りにまかせて言い訳もしない勘平のたぶさを掴んで引き回す。 そこへ塩冶浪士の不破数右衛門と千崎弥五郎が勘平を訪ねてくる。放すまいとするおかやを腰につけたまま勘平は二人を内へと誘う。しかし大星由良之助が不義を犯した勘平の金を受け取ることは出来ないと金が返されたとしって、勘平は衝撃を受ける。おかやは勘平が与市兵衛を殺して金を取ったと二人に訴える。不破からそんなことをして殿の恥辱になるだけではないかと言われ、勘平は帰ろうとする二人を引きとめ必死の申し開きをする。 猪と思って撃ったのが旅人だったこと、その懐からいけないこととは知りつつ金をとって千崎に届けたこと、うちへ帰ってきてみたらその金は女房を売った金で、撃ちとめたのは舅だったと話終えた勘平は腹に刀をつきたてる。 不破はすぐに死人の傷を改め、それが刀傷だと気がつく。おまえはかえって舅の仇を討ったのだと聞かされ、瀕死の勘平は喜び、どうか百両の金を受け取って欲しいと頼む。不破はそれを受け取り五十両を供養に使うようにとおかやに返す。 不破は勘平に仇討の連判状を見せ、署名するように言う。はれて仇討の一員となった勘平は喜びながら、後悔しなげき悲しむおかやを後に残して息絶える。 七段目 浪士たちは由良之助の有様を見て、怒りくるい切ろうとするが平右衛門がこれをなだめ止めさせる。平右衛門は、寝ている由良之助の前に仇討に参加したいという嘆願書をおくとすぐに投げ返され相手にしてもらえないので意気消沈する。 斧九太夫は師直の家来鷺坂伴内と通じ、由良之助に仇討の意思があるのかどうかたしかめるために判官の命日の前夜で精進しなくてはならないと知りつつ、由良之助に蛸を勧める。由良之助がためらわずにそれを食べるのを見て、仇討の意思はないものと思うが、一抹の疑念がわき、部屋の床下に忍んで様子を伺うことにする。 そこへ由良之助の息子・力弥が顔世御前からの密書を届けにくる。だれもいないのをみはからって密書を読む由良之助。しかし、離れの二階からは遊女となったおかるが手鏡を使ってそれを読み、床下から身をのりだした斧九太夫は、手紙の端を破りとる。 二人に見られたことを知った由良之助はまずおかるを二階からはしごで降ろし、身請けしてやろうと持ちかける。3日だけ女房でいてくれたらよいと言われて、おかるは有頂天で承知する。由良之助は秘密を知ってしまったおかるを殺さなくてはならないと憂う。 由良之助が身請けの相談に去り、おかるが実家にこのことを知らせようと手紙を書いているところへ、平右衛門がやってきて、兄と妹は久しぶりに出会う。しかし由良之助がおかるを身請けすると聞いて、秘密を知ったおかるを由良之助が殺そうとしていることに気がついた平右衛門は、いきなりおかるに刀を向ける。 驚いて逃げまどうおかるに、平右衛門は「密書を盗み見たかどで由良之助様に殺されるなら、自分が殺しその手柄で兄に仇討に参加させくれ」と小心者ゆえの悲しさを訴える。 そして父・与市兵衛が殺されたこと、さらにおかるの夫・勘平が切腹したことを話すと、悲しみのあまりおかるは癪を起こし苦しみだす。そして覚悟をきめたおかるが自害しようとするところへ、ものかげで全てを聞いていた由良之助の声が聞こえ、平右衛門ははれて仇討に参加することが許される。 さらに由良之助はおかるの手に刀をにぎらせ、床下を突き刺し、裏切りものの斧九太夫を引きずり出す。平右衛門に命じてこいつには鴨川で水雑炊を食べさせろと言う由良之助だった。 十一段目
忠臣蔵の大序は、歌舞伎ならではの楽しい演出で、細かな約束事を確かめつつ見るのも一興です。本来だと開演前に出てきて役人替名を述べる口上人形が開演の時間ちょうどに出てきたのは、口上人形が出るのを知らない方がこれを見逃してしまわないようにと配慮してのことかと思います。 人形がする「えっへん」という咳払いを数えてみたら、三回して注意を喚起する主要な役者さんは7人で、二回の方が6人、一回の方もなしの方もありました。大序の幕は、47回打つという柝に合わせて最初のうち太鼓16に対して柝ひとつと非常にゆっくりと、中央過ぎると8つでひとつ、判官の前からは4つにひとつとだんだん速くなって最後は細かくきざんで開きました。 「トーザーイー、トザイ、トーザーイー」と下手からまず7回、中央で5回、上手で3回かかる東西声は語尾が下がってはいけないとされているそうですが、今回は見事下がっていませんでした。 今回直義を演じた信二郎、烏帽子の紐は白で、階段の下で靴と履き替えていましたが、広げるのは片袖かなと思ったら両方広げていました。座元系の御曹司が義直を演じる場合は紐は紫、靴は階段の上、袖は両袖だとか。「仮名手本忠臣蔵」を上演するにあたって受け継がれてきた歌舞伎ならではの伝統が、残されているところかと思います。信二郎の直義はちょっと生彩がないように感じられました。 人形のようにうなだれて座っている登場人物が、次々と義太夫の呼び出しで命を吹き込まれ、師直が7つ、桃井若狭之助が5つ、塩冶判官が3つで、クククと顔を上げるのも面白いところですが、師直だけがツケ入りだというところが師直がこの場の主役なのだと改めて思い知らされます。 富十郎の師直は口跡が冴え、若狭之助と判官をぐっと押さえつける大きさといい、顔世に言い寄る場面の軽妙な面白さといい、生き生きとした師直で「還御だ、還御だ」と若狭之助の怒りをかわすところもとても良かったです。 顔世に袖にされたため、それまで特別何の感情ももっていなかった判官に、たまったイライラをぶつけるようにいじめにかかるところは、まるでわがままな子供のようでもあり、あまり憎めない師直でした。 若狭之助を演じた吉右衛門は若々しく颯爽としていて新鮮に感じました。三段目の師直と判官の喧嘩場では富十郎のたたみかける間が絶妙でした。かたや判官の菊五郎はボーッとしているように見えるほど鷹揚に演じていました。 顔世の魁春は、大序、四段目ともに格調が高く大序での立ち姿の美しさ、四段目の「此れ見てたべ」と由良之助に切った髪を見せる件は品があって絶品。古風な女形である魁春の長所が最大限発揮された顔世だったと思います。 腹に九寸五分を突き刺した判官が由良之助に話すところに切なさがとぼしく、幸四郎の由良之助とのかみあわせも良いとは言えず、主従の強い絆が感じられるという具合にはいかなかったように思います。 斧九太夫の芦燕は「頭割り不承知。知行高がよかろ」というあたりに、九太夫の人品の卑しさを匂わせていました。九太夫のところへ走ろうとする若い侍たちを説得し「御料簡が若い、若い」というところが幸四郎の由良之助の一番立派にきまっていたところだと思います。 「落人」で時蔵のおかると勘平を踊った梅玉は、五段目で全くキャラクターの違う定九郎を演じましたが、やはりすごみが足りず、役にあっていないように思いました。お使いに出た腰元のまま矢絣の衣装を着た時蔵のお軽は積極的な雰囲気が良く出ていました。 菊五郎の勘平は笠をとって顔を見せるとき、実際に雨の降り具合をたしかめているといった様子でした。音羽屋型では猪は花道から出て舞台をぐるっと一周して上手に入り、勘平は花道七三で二発目を撃ち、六段目では勘平は着替えた時から刀を身近に置いているのが特徴です。 六段目のお軽の玉三郎は昨年大阪で仁左衛門の勘平と演じた時に感じられたような二人の間に濃密に通い合うものがなく、ずっとひかえめな印象。菊五郎の勘平は自分のしでかしたことで頭が一杯で、おかるの気持ちを思いやる余裕がないように見えました。 七段目は由良之助に吉右衛門、おかるが玉三郎、平右衛門が仁左衛門と役者も揃い、見ごたえがありました。玉三郎のおかると仁左衛門の平右衛門の兄妹は、甘える妹を目に入れても痛くないと言うくらい甘やかし可愛がる兄といった感じで、仁左衛門はこの役のコミカルな面を小気味良いテンポで演じていました。 これほど可愛がっている妹に「髪の飾りに化粧して、その日その日は送れども、可愛いや妹、わりゃ、何にもしらねぇな」と真実を告げる台詞には、胸がはりさけそうな思いが感じられました。玉三郎のおかるは美人画から抜け出たような美しさでしたが「もったいないが父さんは」と糸にのって言うところだけはぎこちなく聞こえ抵抗がありました。 吉右衛門の由良之助はところどころで本心をするどく覗かせながらも、ゆったりとした遊びが感じられるはまり役です。七段目と十一段目の力弥は児太郎が演じましたが、口跡がいかにも幼くてまわりから浮いてしまい、四段目の力弥を演じた梅枝が全部演じたほうが良かったのではと思います。 義太夫は七段目だけが出語りで下座音楽と連携が面白く感じました。後は皆御簾の中で語っていましたが中でも六段目の葵太夫の語りが臨場感があって印象に残りました。 今回の通しでは全編中一番重い九段目が省かれて、十一段目の討ち入りの場が上演されました。ひさしぶりで見た十一段目はちょっと劇画調で、あとくされなく終わるのは良いのですが大味に感じられました。 |
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この日の大向こう | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
9日昼の部は大向こうの会の方は5〜6人いらしていたとか。本来静粛であるはずの四段目に驚くほどたくさん声が掛かっていました。中でも気のぬけた声が、きっかけになりそうなところ全てに掛かったり、やたら大きな声が遠慮なく掛かったりしたのははた迷惑というもの。特に四段目の由良之助の花道の引っ込みに「大当たり」と声を掛けたりするのは、どうか止めていただきたいなと思いました。 11日夜の部は連休とあって、昼の部から大阪や名古屋からも会の方がいらしていて、あわせて8〜9人ほどだったとか。この日は納得できる声ばかりで安心して見ていられました。 20日昼の部は3〜4人の大向こうさんが来ておられましたが、四段目にはどなたもいらっしゃらず、とても静かでした。判官の出や切腹の台に乗るところには掛からず、由良之助が判官の「どうか仇を討ってくれ」という願いをくんで「委細」と言い胸をたたくところでお一人、石堂のひっこみでお二人、由良之助が若侍たちに「ご料簡が若い、若い」というところで数人、後は由良之助の幕外のひっこみに声が掛かったくらいでした。大序、三段目、(落人)には、会の方も一般の方も適度に声を掛けていらしてなかなか良い雰囲気でした。 |
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歌舞伎座2月演目メモ |
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●「仮名手本忠臣蔵」通し上演 菊五郎、富十郎、吉右衛門、魁春、梅玉、時蔵、左團次、信二郎、東蔵、翫雀、仁左衛門、玉三郎、 |