たのきゅう 新作舞踊劇 2006.8.13 W158

9日、歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」第一部と第二部を見てきました。

主な配役
たのきゅう 三津五郎
おろち 染五郎
きゅうきゅう 弥十郎
けんきゅう 巳之助
ぽんきゅう 小吉
いっきゅう 秀調
さんきゅう 高麗蔵
母・八萩 扇雀

「たのきゅう」のあらすじ
昔々のお話。ここはある旅回りの芝居一座の楽屋。今日は幼いぽんきゅうの初舞台なので父親のきゅうきゅうはさかんに親バカぶりを発揮している。

そこへ一座の花形役者たのきゅうが帰ってきて、皆は口上の練習を始める。幕が上ると、一座の名物「とんとん踊り」は村人たちの拍手喝采をあびる。

ある日、たのきゅうの母が病で倒れたという手紙が届く。母親思いのたのきゅうはやもたてもたまらず、日が暮れると峠で人を呑むおろちに襲われるからと引き止められるのを振り切って出発する。しかたなく皆は馬車とけんきゅうを供につけ、何かあったら太鼓をたたけと言い聞かせる。

峠にさしかかると案の定老人に化けたおろちが姿を現す。おろちは恐れおののくたのきゅうに名前を尋ねる。ところが「たのきゅう」を「たぬき」と聞き違えたおろちは、狸だったら何かに化けてみせろと言う。上手く化ければ命を助けると約束するので、化けるのが商売の役者・たのきゅうは二つ返事で承知する。

たのきゅうは馬車につんであった道具を使って、女子、殿様、坊主と次々に姿を変える。最後におろちは狸の腹鼓をやってみせろと言う。これには困ったたのきゅうだが、けんきゅうに太鼓をたたかせ、とんとん踊りを踊ってごまかす。

たのきゅうをすっかり気に入ったおろちは、明日もやって来るようにと言い、お互いに信用した証拠に苦手なものを教えあおうと言い出す。たのきゅうは考えた末、「金が苦手だ」と答え、おろちは「煙草のヤニが苦手で、身体につくと腐って死ぬ」と教える。

翌朝、たのきゅうが母親のところへ着いてみると、母親はたのきゅうの顔を見るや元気を取り戻す。そこへ昨晩けんきゅうの太鼓の音を聞いた一座の面々も駆けつける。たのきゅうは、仲間や村人たちに頼んで煙草のヤニを大きなつぼに集め、おろちの住家へ向かい、ヤニをおろちに塗りつける。

おろちは苦しみながらたのきゅうに巻きついて殺そうとするが、たのきゅうが一寸法師の刀でおろちの眉間を刺すと、最後の力をふりしぼって、たのきゅうの苦手と聞かされた大判小判を雨あられと投げつけ逃げていく。

たのきゅうは「この金は神様が芝居小屋をたてろと下さったものだ」と皆に言い、皆で賑やかにとんとん踊りを踊るのだった。

舞踊劇「たのきゅう」は三津五郎の依頼でわかぎゑふという若い女流脚本家が、民話を原点とした落語「田能久」を題材にして書き下ろしたものです。今月一番の注目作品ですが、渡辺えり子作の「今昔桃太郎」にどこか似た雰囲気の作品でした。

「桃太郎」の方は桃太郎再生の葛藤で、勘九郎が主要な踊りのさわりを次々と踊りぬくという見せ場がありましたが、こちらは最後までのんびりと明るく楽しくお子さんにもわかりやすく、クライマックスといえば染五郎の蛇踊りかなといったところ。

衣装もわかぎゑふのデザインということで、たのきゅうの着物は明るいブルーに踊る人々のシルエットの模様。全体が絵本のように明るくはっきりした配色でした。それに加えて「アィーン」「ヒューヒュー」「萌〜」など今時の言葉がちりばめられていたのは、後世に残る作品を期待していただけに、こうしなくては面白く見せることができないのかと疑問に思いました。

三津五郎が皆と一緒に「とんとん踊り」を踊る時の愛嬌のある顔つきや、紙の着せ替え人形のような前半分だけの衣装や鬘で、娘や殿様や坊主に化けるところには、踊りの名手・三津五郎の片鱗が伺えましたが、もっと三津五郎の歌舞伎役者としての踊りの魅力をたっぷりと見せて欲しかったというのが正直な感想です。

狸の腹鼓が聞きたいというおろちのリクエストに応え、けんきゅうの巳之助がいくつかの太鼓をドラムのように叩き、それにあわせてたのきゅうが踊るのは面白い趣向でしたが、まだ慣れないせいか、ちょっとリズムが重くて踊りにくそうでした。

おろちが化けた老人を演じた染五郎は青い目張りに青い口。しかしどことなく愛嬌があり恐ろしさは感じられませんが、持っていた杖がキラキラと青く光り輝く蛇の頭だったのはかなり不気味でした。

劇中で故・坂東吉弥の孫でぽんきゅうを演じた小吉の初舞台披露と、かんきゅうを演じた三津五郎の弟子・坂東三津右衛門の名題披露がありました。三津五郎は生前から吉弥に小吉のことを頼まれていたのだそうで、小吉の大叔父にあたる弥十郎が劇中で「天才だ!」と連発していましたが、第二部の「駕屋」で小吉の踊りを見た後では、もしかしたら冗談ではないかもしれない!と思ったくらい雰囲気をもった子役です。

たのきゅうの役者仲間にはいろいろと面白い名前がついているので何か面白いことがおこるのかと思っていたのですが、ちょっと期待はずれ。村人に芝居を見せるところなど少し冗長に感じましたので、あの辺に何か工夫があっても良かったように思います。

大道具としては舞台の真ん中にかなり大きな1メートル以上の高さがある丸い舞台の全貌が見えていて、そのまわりに舞台の高さと同じくらいのミニサイズで、芝居小屋や、おろちの住む岩やや、たのきゅうの母の家などがおかれいました。

場面の転換ではこの丸い舞台が少しずつ廻って、その道具が正面に出てくるという、歌舞伎座では珍しいやり方でしたが、この間のパルコ歌舞伎「決闘!高田馬場」の安兵衛の長屋の場を思い出させました。しかし長屋の外が中側で、長屋の中がこちらに見えるという新鮮さに比べると、平凡に思えてしまいます。

野田秀樹の「研辰の討たれ」でも廻り舞台の全体が見えるようにしておき、ぐるぐるまわして使っていましたが、現代の演出では廻り舞台全体を見せて使うのが主流のようです。

丸い舞台のところどころに穴が開いているのは、何だろうと思っていましたが、幕切れで小判が噴水のように吹き出し、キラキラとまばゆい幕切れでした。

第一部の最初は橋之助の丸橋忠弥で「慶安太平記」。

由比正雪に組した丸橋忠弥は、幕府転覆の企てを妻の父にもらしたことから計画が発覚し捕らえられる。

忠弥の家でうたたねしている橋之助の面長な顔が、素晴らしく歌舞伎的で美しいのを再発見。松竹座で平成13年に同じ橋之助がこれを演じたのを見ましたが、その時より立ち廻りがずっと激しくなっているようでした。

放射状にはった縄の上で見得をしたり、斜めにした戸板を駆け上って屋根に登るというのは前回もあったように思いますが、戸板を冂に組んでその上に乗ったまま横倒しにする「戸板倒し」は今回初めて。この日は少し重心がずれたためか、戸板が斜めになって倒れたときはドキッとしましたが、なんとか無事着地。

その他にも一歩間違えば怪我をしそうな激しいアクション満載で、どうか千穐楽まで皆さんが無事でありますようにと祈らずにいられません。スリリングな演技で観客を魅了するのも結構ですが、役者さんの安全が第一です。

忠弥の女房・おせつを演じた扇雀には、こういう武士の妻が一番似合うように思います。伊豆守の染五郎は若すぎる感じでしたが、凛とした雰囲気はあったと思います。おせつの父藤四郎の十蔵は筋書きに「この父親の心理は現代人にはわかりにくく難しい役」と書いていましたがが、やはり我が身の保身が先にたったように見えました。

最後に大勢の捕り方に囲まれ、高いところへ上がった忠弥に赤い槍が何本もつきつけられていたところは、磔になった姿を暗示しているように見えました。

次が福助の「近江のお兼」。花道七三で、若い衆の背中を支えにして、えびぞりをしながら布をふってみせたり、最後に馬の背に片膝を乗せて、さらし布を大きくふってきまるという華やかな演出でした。袖の模様の一つが裏梅だったのはご愛嬌でした。(長くなったので第二部のウォッチングは別にアップします)

この日の大向こう

第一部は会の方はいらっしゃらず、一般の方だけが数人さかんに掛けていらっしゃいました。中にはいかにも慣れた感じで間は良いのだけれど割れ鐘のように大きな声の方もいらっしゃいました。

「慶安太平記」の橋之助さんに、「音羽屋」と聞こえる声が何度も掛かって、とても気になりました。橋之助さんや染五郎さんに「〜代目」と頻繁に掛かるのにも、首をひねってしまいました。

忠弥が祝杯をあげようとすると、その茶碗が真っ二つに割れる不吉な瞬間、渋い声で小さく「こまや」と掛かりました。

福助さんの「近江のお兼」には、おそらくファンでいらっしゃるご年配の女性の方がなかなか良い感じに声を掛けられていました。

歌舞伎座第一部演目メモ

●「慶安太平記」 橋之助、染五郎、扇雀、十蔵
●「近江のお兼」 福助
●「たのきゅう」 三津五郎、染五郎、扇雀、秀調、弥十郎、亀蔵、巳之助、高麗蔵、

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