奥州安達原 亀治郎の二役 2006.8.8 | ||||||||||||
6日、国立小劇場で第五回「亀治郎の会」を見てきました。
「奥州安達原」のあらすじはこちらをご覧下さい。 そこで義家は、奥州でご禁制の鶴を殺した罪で捕らえた金兵衛と名乗る者を引き出し、「頼時の息子・宗任ではないか」と問い詰める。金兵衛が否定すると、奥州征伐で掲げた源氏の白旗と、安倍の頼時が放った矢の根を出して、手水蜂に打ち付ける。 そこへ勅使の桂中納言則氏が姿を現し、儀丈に見舞いとして白梅の枝を差し出す。様子を聞いた則氏は金兵衛が宗任であっても、奥州に育った獣同然だとあざ笑い、金兵衛に自分の持ってきた花を知っているかと問う。 すると縄で縛られている金兵衛は手水鉢の矢の根を口に銜え、白旗に自分の血でもって「わが国の梅の花とは見つれども、大宮人は如何に云うらん」と書き付ける。見事に歌を詠んだことで、宗任である疑いが高まった金兵衛は詮議のため奥へ連れていかれ、則氏は儀丈に、潔く切腹することを勧める。― 東京では二回目となる第五回「亀治郎の会」、期待にたがわず歌舞伎の王道を歩みながらもエネルギッシュで熱気あふれた面白い舞台を見せてくれました。まず「奥州安達原」では普通だとカットされてしまう、貞任の弟・宗任が白旗に歌を書く場面と、桂中納言に化けた貞任がこの館にやってくるところを上演したので、後の展開がとても判りやすくなってよかったと思います。 全体で2時間に収まるように、不必要な義太夫の台詞なども大幅にカットしたそうですが、同じような場面が延々と続くという印象のこの芝居を、ゆるみのないスピード感で最後まであきさせずに見せたのは素晴らしいと思います。 二時間の長丁場を葵大夫ただ一人で通したのも、敢闘賞もの。考えてみると歌舞伎座の大きさに比べ、国立小劇場は3分の1くらいに小さいわけで、文楽の太夫はいつもここでやっているのですから、この狭さは竹本の太夫にとっても普段よりずっとやりやすいのではないでしょうか。 儀丈の段四郎、義家の愛之助、宗任の亀鶴、浜夕の竹三郎全員が義太夫狂言を得意としているメンバーだったのも、演技がしっくりとかみあう要因となり気持ちよく見られました。どちらかというと小柄な亀治郎が立役を演じるにあたって、脇を支えた役者とのバランスがとれていたことも良かったと思います。 宗任を演じた亀鶴の意外な線の太さには驚かされ、片目が真っ白になるくらい寄せた見得にはすさまじい迫力さえ感じました。竹三郎のふみこんだ演技もよかったです。愛之助は最初のうち、ちょっと声が低すぎたように思いましたが、だんだん小忌衣を着た人物にふさわしい調子になってきました。 亀治郎の袖萩は哀れで儚げな風情があって、なかなかに美しかったです。一度ひっこんでから再び登場し、刀で胸を突いたのは吹き替えで、この吹き替えの役者さんは全く顔を見せず、貞任のところへよろよろと近づいて、再会を果たすのも全部後ろ姿のままで、その後消し幕で退場。伝統的な吹き替えのやり方で、最近お面を使ったりする吹き替えも見ますが、やっぱり吹き替えはこうあるべきだと感じました。 子役のお君を演じた下田澪夏は、とても難しい振りがつけられていたにもかかわらず懸命に演じていて好感がもてました。 桂中納言ならびに貞任を演じた亀治郎は妻が胸を突いたと知りつつ、ぐっとこらえてこの場を去ろうとするところなど演技に重みがあり、その心理が手にとるようにわかりました。とにかく袖萩と貞任の二役替わることでこの芝居がぐっと面白くなったのはたしかで、女形のイメージが強い亀治郎ですが、上も下も無理のない幅広い声域からいっても兼ねる役者として充分やっていけることを実証したように思います。 そういえば吉右衛門がみせた赤旗をヨーヨーのように客席に向かって投げるところを、亀治郎は弟・宗任に向かって投げたのには少しがっかりしましたが、二役替わるならそれで充分なのかもしれません。 今回のチラシ&プログラムのセンスの良さにもちょっと感心しました。どちらにも亀治郎が二役を演じた袖萩と貞任の写真が表と裏に使われており、盲目の袖萩の写真は真っ白ななかに目鼻口だけがくっきりと見える素敵なもの。貞任の方は正体が見破られ赤旗を肩にかけてにらんだところで良い面構えだなと思います。 30分の幕間をはさんで「天下る傾城」。最初は傾城の姿で、扇乃丞と京紫二人の禿とともに艶やかに踊り、後シテは獅子となって石橋とともにせり上がって登場、最後は橋の上で豪快な毛振りを見せました。 見に行ったのは楽日だったので、カーテンコールがあり、まさかり銀杏・裃姿で現れた亀治郎は盛大な拍手に迎えられお礼の口上を述べました。終演後プログラムを買った人全員にサイン会も行ったのは、自主公演とはいえ見上げたサービス精神だと思います。 |
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この日の大向こう | ||||||||||||
一ヶ月間聞けなかった、締まった良い声がバンバン掛かっていました。女の方の声もかなり掛かり、袖萩が門に手を掛ける時などちょっと早すぎたり、いかにも女性といった高い声も聞こえていました。 けれども総じて皆さん非常に気合が入っていて、中には堂々たる声をお掛けになる方もいらっしゃいました。とにかく気の抜けた声というのが掛からなかったのは、聞いていて気分がよかったです。 お見かけした大向こうさんは一人だけでしたが、少なくとも3人はいらしていたそうです。見たところ客席の95%が女性という感じでしたが、男性の良い声もたくさん掛かっていました。 |
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亀治郎の会の演目メモ | ||||||||||||
●「奥州安達原」 亀治郎、愛之助、亀鶴、段四郎、竹三郎 ●「天下る傾城」 亀治郎、扇乃丞、京紫 |