女殺油地獄 三越歌舞伎 2006.6.7

3日、三越劇場で三越歌舞伎初日を見てきました。

主な配役
河内屋与兵衛 獅童
豊嶋屋お吉 笑三郎
同・七左衛門 段治郎
芸者・小菊 春猿
与兵衛父・徳兵衛 寿猿
母・お沢 竹三郎
兄・太兵衛 猿弥

小栗八弥

薪車

「女殺油地獄」(おんなごろしあぶらのじごく)のあらすじ
序幕 徳庵堤茶店の場 
大阪天満町の油屋河内屋の次男・与兵衛は、なじみの遊女・小菊が自分を袖にして田舎客と野崎参りにでかけたと知り、思い知らせてやろうと仲間と一緒に徳庵堤で待ち伏せしてる。そこへ子供を連れて来合わせた同業の豊嶋屋の女房・お吉が与兵衛をいさめるが、聞こうとしない。

与兵衛たちはやってきた小菊たちにいちゃもんをつけ田舎客ととっくみあいの喧嘩になる。そしてお参りにきた武士・小栗八弥の衣服へ泥をかけてしまう。与兵衛をつかまえたのは小栗家の家来で与兵衛の母の兄・山本森右衛門。無礼討ちになるところを、参内をすませてからとその場は許される。

戻ってきたお吉は、川に落ちて泥だらけになった与兵衛をみかねて、茶屋に連れていき、着物を洗ってやる。後からやってきたお吉の亭主・豊嶋屋七左衛門は、表に子守をしながら待っていた自分の子供からお吉と与兵衛が着物をぬいで茶屋にいると聞かされ不義密通かと仰天するが、事情を聞いてあきれ、お吉をせきたてて去っていく。

二幕目 河内屋内の場 
それから数日後、河内屋へ与兵衛の兄・太兵衛が「叔父の森右衛門が与兵衛のしでかした不始末が原因で浪人した」と知らせに来る。かって与兵衛の母・お沢は主人を亡くしたあと、番頭だった徳兵衛と一緒になった。徳兵衛はかつての主人の子である与兵衛を大切に育てたが、与兵衛は徳兵衛をばかにして、言うことをきこうとしない。

与兵衛の妹・おかちは、与兵衛から頼まれ、死霊にとりつかれた芝居をして「兄に好きな女を娶らせ、この店をつがせるように」と言って見るが、徳兵衛はそれでは店は半年でつぶれると全く聞き入れない。

それを聞いた与兵衛は養父・徳兵衛を足蹴にし、母親にも手をあげる。徳兵衛はそれを見てとうとう天秤棒で与兵衛を打ち、母・お沢は与兵衛を家から追い出す。

とぼとぼと去って行く与兵衛の後ろ姿をみながら、徳兵衛は「まるで死んだ主人を追い出すような気がする」と嘆く。

三幕目 豊嶋屋油店の場
その夜豊嶋屋では、櫛の歯が折れたり、一旦戻って来た七左衛門が立ったまま酒を飲むという不吉なことが重なってお吉は不安を感じている。しかし七左衛門は再び掛取りに出かけていく。

家を勘当になった与兵衛が金もなくさまよっていると、出あった金貸しに「貸した銀二百匁を今日中に返さないと明日は一貫匁になる」と催促され、たった一人親切にしてくれた豊嶋屋のお吉のところへとやってくる。するとそこへ養父・徳兵衛がやってくるのをみつけ、与兵衛は物陰に隠れる。

徳兵衛はお吉に、与兵衛がもし姿を見せたらこの金をやって欲しいと三百文を預ける。その後から母のお沢も現れ、徳兵衛を甘すぎるとたしなめるが、その懐から落ちたのは銭五百文と粽。やはり与兵衛が可愛いと涙ながらに語る二人の気持ちを察して、お吉は銭と粽を預かる。

二人が帰った後に、入ってきた与兵衛はお吉から両親の心づくしの銭と粽をわたされ、これで改心しなければ罰があたると意見される。

しかし今夜中にどうしても銀二百匁が必要な与兵衛は、お吉に金を貸してくれるように必死に頼む。しかし亭主も留守なうえに、野崎参りの一件で不義の疑いまでかけられ迷惑したお吉は、とうてい貸すことはできないからどうぞ早く帰ってくれという。

与兵衛は親の印を使って借りた金が、明日になれば金額が変わること、それを知った親の嘆きが悲しいと追い詰められた今の状況をせつせつと語る。

それを聞いていったんは貸そうと思うお吉だったが、すぐにいつもの嘘だと思いなおし、やはり貸すことはできないとつっぱねる。「不義になって貸してくだされ」と迫る与兵衛に、もはやお吉は気味の悪さだけしか感じられない。

最後に「油を二升わけてくれ」といわれ、それならお安い御用だと量りはじめるお吉の後ろから、与兵衛は持っていた刀で斬りつける。こぼれる油の中を逃げまどうお吉にとどめをさし、与兵衛は震えながら金を盗んで逃げていく。

近松門左衛門作の人形浄瑠璃「女殺油地獄」は1721年初演。すぐに歌舞伎にうつされたものの江戸時代には再演されることがなかったこの芝居ですが、明治に入って坪内逍遥の近松研究会で高く評価されて以来、盛んに上演されるようになったそうです。

三越劇場は514席という小さな劇場で舞台と客席が非常に近く、独特の居心地よさがありますが、舞台の天井も低く間口も奥行きも狭いので、土手の場はかなりせせこましく人の出入りも大変に感じました。普通は馬にのって登場する小栗八弥も歩いて登場。この役の薪車はりりしくさわやかで、いかにも与兵衛に温情をかけてやりそうな人物に見えました。

獅童の与兵衛は最初のころは、声のくもり、硬さが目立ちましたが、河内屋内の親子のやりとりあたりからはだんだんなじんできました。上方色の濃い芝居だけに、難しいと思いますが体当たりで演じていました。しかしさらさらと行き過ぎて、もうちょっとタメがあったらと思われるところも何箇所かありました。

元番頭の養父・徳兵衛を演じた寿猿は、前の主人の残した義理の息子をきつく叱れない律儀さが出ていましたし、母お沢の竹三郎にはきっぱりとしたところと上方らしい味があってよかったと思います。

笑三郎のお吉は世話好きな商家の若い主婦の雰囲気がよく出ていました。一番よかったと思ったのはいったんは与兵衛に金を貸してやろうと立ち上がりかかったのに、与兵衛が嘘をついているのだと断るくだりで、恥をしのんで本当のことを言ったのに、拒否された与兵衛が屈辱と絶望を感じるなりゆきが手にとるようにわかりました。

油(使われているのはフノリだそうです)まみれの殺しの場では、初日ということもあってか、お吉の帯がなかなかほどけなくて芝居がストップしてしまったり、獅童があまり奮闘しすぎてベトベトになった鬘がいまにもずれそうになったりという、アクシデントもありました。仁左衛門、雀右衛門のビデオを見たとき、与兵衛とお吉が左右に分かれて転ぶところが見事にそろっていたなぁと思い出し、何度も二人バラバラに転ぶのがちょっと気になりました。

獅童の与兵衛はお吉を殺そうと決心した変わり目が、あまりはっきりしなかったように思います。今回獅童は仁左衛門に与兵衛を教わったということですが、仁左衛門の与兵衛は、悪心を抱いた瞬間、目がオレンジ色にギラッと光り、その光景が今でも目にやきついているので今回は少し物足りなく感じました。

段治郎の豊嶋屋主人は上方なまりにも不自然さがなく、なかなか存在感のある七左衛門でしたが、少し声の調子が悪いようで、咳き込んでいたのが気がかりです。与兵衛の妹・おかちを演じた鴈成と白稲荷法印を演じた延郎も印象に残りました。

「車引」は春猿がめったに演じない立役、桜丸を演じましたが声がちょっと女形のままという感じでした。筋隈が良く似合う猿弥の梅王は、どっしりとした安定感がありましたが、もっと「怒り」が持続するとよかったと思います。

なにしろ花道が短い上、揚幕が花道と平行についているので、飛び六方も二回したら直角にまがらなくてはならないのが可哀相でした。時平に襲い掛かろうとする梅王と桜丸が壊した牛車の部品で牛のお尻をつついて追っていましたが、こんなことやっていたのかと微笑ましく思いました。吉田神社の塀が道具幕になっていたのも、この劇場ならではでしょう。

段治郎の松王、この低い声は良かったですが、隈取りの工夫しだいでもっとよくなるのではと思いました。薪車の時平は藍隈からのぞいた目が可愛らしく、この役はやはりニンではなくて気の毒でした。

この日の大向こう

初日でしたが声を掛けた方はとても少なかったです。会の方がお一人みえていて、後は一般の方が1〜2人時々声を掛けられただけでした。「車引」などはほんとどが澤瀉屋という顔ぶれなので最初のうちは「猿弥」「春猿」と名前で掛けられていましたが、それぞれのしどころでは「澤瀉屋」と声が掛かっていました。

「車引」の笠をかぶった梅王と桜丸の出ですが、出てきた時に声がかかって、笠を取ったときには掛からなかったようです。顔の見えないうちに声が掛かるのは、早々と種明かしをしてしまうようにも感じました。

三越歌舞伎演目メモ
●車引 猿弥、春猿、薪車、段治郎
●女殺油地獄 獅童、笑三郎、寿猿、竹三郎、

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