黒手組の助六 パロディづくし 2006.5.12

9日、歌舞伎座夜の部を見てきました。

主な配役
助六
権九郎
菊五郎
鳥居新左衛門 左團次
揚巻 雀右衛門
白玉 菊之助
牛若伝次 海老蔵
朝顔仙平 亀蔵
紀伊国屋文左衛門 梅玉
三浦屋女房お仲 田之助

「黒手組曲輪達引」(くろてぐみくるわのたてひき)のあらすじ
序幕
忍ヶ岡道行の場
ここは上野、忍ヶ岡。三浦屋の新造・白玉が大店の番頭で醜男の権九郎をそそのかし廓から逃げ出してくる。そこに待ち構えていた白玉の間夫・牛若伝次は、権九郎が店から着服してきた金を奪い取り、権九郎を池に突き落とす。

上手く行ったと喜ぶ二人だが追っ手に取り囲まれ、仕方なく伝次は一人で逃げ、白玉は廓に連れ戻される。その後を、やっとの思いで池から上ってきた権九郎が未練を捨てきれず追っていく。

二幕目
新吉原仲の町の場
新吉原の仲の町へ、お玉ヶ池の道場主・鳥居新左衛門の門弟・朝顔仙平が仲間を引き連れてやってくる。そして通りかかった白酒売りを捕まえて言い立てを聞かせろと言い、その隙に皆で白酒を好きなだけ飲んだあげく金を払おうとせず、白酒売りになぐったりけったりの乱暴狼藉。

ここへ現れたのが評判の侠客・助六で、仙平たちを散々にうちのめし、股をくぐらせる。仙平たちはほうほうのていで逃げていく。

助六が白酒売から話を聞いてみると、偶然にも助六の父が殺害された時に居合わせたという。助六の父は何者かに闇討ちされて北辰丸という刀を奪われ、助六は必死に下手人を探していたのだが、新兵衛の話から相手は34,5歳の侍だと判る。その上新兵衛はなんと助六の恋人・揚巻の父親だということも知れ二人は驚く。

そこへ紀伊国屋文左衛門が姿を見せ、助六の短気をいさめ、敵をうつまでは自重するようにと諭す。父の友人だった文左衛門の言うことには逆らえない助六。文左衛門は助六の刀をこよりで封印する。

大詰
三浦屋格子先の場
新吉原の三浦屋の前では、遣り手のお辰が、伝次に操をたてて客をとろうとしない白玉を折檻している。そこへ助六がやってきて、吸いつけ煙草を所望する。すると店の奥から鳥居新左衛門が「助六に吸いつけ煙草を遣ろう」と弟子を連れて出てくる。

新左衛門は弟子がやられた仕返しに、助六になんとかして恥をかかせてやろうと喧嘩をふっかける。助六が謝ると、弟子に思う存分なぐらせれば許しても良いと応える。「いやなら弟子たちの首を全部はねろ、だがそうすれば死罪だぞ」と言われて、助六は怒りをこらえがまんする。

それを良いことに新左衛門は助六に、足で煙管を渡したり、頭に刀に通した下駄をのせたり遣りたい放題。あまりの無礼に耐えかねて助六が刀を抜こうとすると、奥から揚巻が出てきて二人をとめる。

新左衛門は揚巻を見請けして意趣をはらそうとすると、三浦屋のお女将・お仲が出てきて、助六が約束を守って刀を抜かなかったことの褒美として紀伊国屋文左衛門が揚巻を身請けしたと話す。

はらをたてた新左衛門は、腹いせに助六の額を刀の鍔で割る。見ればその刀こそ助六の父が所蔵していた北辰丸。それを見ていたお仲は文左衛門の命だと言って刀の封印を切る。助六は急いで新左衛門のあとを追う。

仕返しの場
大屋根の上で、助六は新左衛門の一派と戦い、ついに新左衛門の眉間を割って、恨みをはらす。

河竹黙阿弥作「黒手組曲輪達引」は四代目小團次によって1857年に初演。「助六」を演じたかったけれど背が低くてその柄ではなかった小團次のために、黙阿弥がこの作品を書き下ろしたと伝えられています。

最初からお終いまで、「助六」のパロディだということはもちろんのこと、いろいろな芝居のパロディだと思われる箇所がたくさんある、にぎやかなお芝居でした。

序幕の忍ヶ岡道行の場、上野の不忍池のほとりに菊五郎の三枚目・番頭権九郎と遊女白玉が逃げてくるところでは、池を鴨が横切りますがそのうちの一羽の頭に矢がささっていて、昨今話題になっている矢ガモです。

白玉と逃げるつもりで権九郎が店から着服してきた金を、白玉の間夫でスリの牛若伝次がとりあげるのですが、この伝次の拵えが与三郎そっくり。しかし海老蔵は唇も完全に白く塗っているので、ちょっと死人めいているのが気になります。

権九郎を池に突き落とした二人は一緒に逃げようとしますが、捕り手に捕まってしまい、伝次は花道七三、白玉は上手へと引き裂かれるところは「三千歳直侍」を思い出させます。

この後突然R.シュトラウスの「ツァラトゥストゥラーはかく語りき」が鳴り響き、光の渦巻きの中から着ぐるみの矢がもが出てくるのですが、よく見るとこれが矢がもに飲み込まれた権九郎。ぼやきながら花道をひっこんで行きます。この時下座音楽が「恋のダウンロード」で、ここを徹底してチャリ場にしています。菊五郎は花道を「やっとことっちゃうんとこな」と暫もどきの六方を踏んで引っ込んでいきました。

こんなのあり?と思うむきもあるでしょうが、かつて十五代目羽左衛門がこの助六と権九郎二役を演じた時は、蓮の葉っぱをかぶって「前畑がんばれ」といいながら池からはいあがってきたそうです。美男子の誉れ高い羽左衛門の権九郎の写真です。^^;

三浦屋店先の場となると、本家の「助六」とは反対に、鳥居新左衛門という助六の敵が、キセルを足にはさんでとらせたり、下駄を助六の頭にのせたりと、助六はやられ放題。この時の助六は紺地に流水に扇の模様の着物。尺八は後ろへはさんでいますが、どちらかというと「御所五郎蔵」にそっくりないでたち。頭も生締めではなくて車鬢でお祭りつきの五郎蔵の鬘のようで鉢巻もしていません。

左團次の新左衛門も星影土右衛門に似た拵えでした。ちょっとだけ出てくる揚巻の雀右衛門には、一字一句にいたるまでプロンプターがついていたのにはちょっと興ざめ。

大詰めの屋根の上では助六は赤地にベージュの菊五郎格子の襦袢姿、菊五郎劇団らしい、華やかな立ち廻りで桜の花びらが降る中、捕り手が持つ桶を斜めにずらっと並べた幕切れは豪華絢爛でした。

夜の部の最初は「傾城反魂香」通称「吃又」。三津五郎が演じた又平が非常に新鮮に感じられました。どもる演技の不自然さがいつもとても気になるこの役ですが、三津五郎はどうしても言いたいことがあるというときに限って、言葉がでてこなくなるという風に又平の心の動きと結びつけて演じていたようで、好感がもてました。

奇跡が起こって手水鉢に書いた自画像が裏に抜け出るというところでは、普通だと描いたものと同じものが出てきますが、今回はそのまま突き抜けたということで描いたのとは左右が逆になっているのが襟を見ると判ります。

女房おとくを演じた時蔵も、つねに夫を思っている様子がよくわかり、しゃべりの時にも嫌味がなくて良かったです。又平の訴えを聞いている彦三郎の土佐将監も辛さをこらえている表情から、冷たくするのは本意ではないのだということがかいま見えて、この人物が理解しやすいように思えました。

幕切れはいつものように幕外でおとくが又平に武士の歩き方を教えるという終わり方ではなく、本舞台で全員揃って絵面の見得。

次の幕の踊りは菊之助の「保名」。花道を出てきたとこはあまりぱっとしなかったですが、本舞台にくると物憂げな顔が生きてきて、良かったです。狂っているということはあまり強調せず、菜の花と桜の咲き乱れる春の野原で保名の悲しみと憂鬱を表現していました。

音楽は清元でしたが、特に静かに聞かせるところで、たて三味線のうなり声がだれかがおしゃべりしているかのようでとても気になりました。

暗転の後、続いて海老蔵の「藤娘」。襲名以来女形の姿を見せていない海老蔵が、なんで今頃と思いましたが、意外なことにとても可愛らしい藤の精でした。

ぱっと明るくなり後ろむきに海老蔵が立っているのを見た瞬間は、やっぱり男性的で大きいなぁと思いましたが、踊っているうちにそんなことは気にならなくなり、流し目で手招きするところなどぞくっとするほど蠱惑的でした。お終いは花道をひっこんでいきました。

この日の大向こう

数人の方が声をかけていらっしゃいました。会の方はおひとりだったとか。女の方も声を掛けられましたが、なかなか良いタイミングで掛けていらっしゃいました。特に黒手組で菊五郎さんに掛けられた方は、お声も堂々としていらしたと思います。

「黒手組」の幕切れでは、一階2列目からもご年配の女性が菊五郎さんに「音羽屋」と掛けていらっしゃいましたが、長年のファンがついにだまっていられなくなったという感じで、微笑ましかったです。

三津五郎さんの又平の台詞「どもりでなくばこうはあるまい」と悲痛に叫ぶところで、「こうは」の後で「大和屋」と声が掛かりましたが、ここで掛けるのは良くないのではと思いました。

「台詞に間がある場合、そこで息をしていれば掛けても良いけれど、息が続いている時は掛けないで欲しい」というのが役者さんからのご要望だと、南座の大向こう・来洛座さんから伺ったことがあります。台詞の途中で声を掛けるときは、十二分に配慮する必要があると思います。

「黒手組」で白酒屋新兵衛を好演した坂東橘太郎さんに「橘屋」と声が掛かっていました。

五月歌舞伎座夜の部の演目メモ

●傾城反魂香
●上:保名 菊之助
  下:藤娘 海老蔵
●黒手組曲輪達引 菊五郎、雀右衛門、田之助、左團次、梅玉、菊之助、海老蔵、亀蔵、


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