道明寺 十三代目追善公演 2006.3.11

3日と6日、歌舞伎座昼の部を見てきました。8日は道明寺だけ観劇。

主な配役
菅丞相 仁左衛門
苅屋姫 孝太郎
覚寿 芝翫
判官代輝国 富十郎
宿禰太郎 段四郎
土師兵衛 芦燕
立田の前 秀太郎

「道明寺」(どうみょうじ)のあらすじ
これまで

醍醐天皇の時代、左大臣藤原時平は右大臣菅原道真をなんとか失脚させようと機会をねらっていた。そんな時帝の弟・斎世親王と菅丞相の養女・苅屋姫が恋仲となり、(菅丞相が名づけ親となった)三つ子の末弟・桜丸の取り持ちで密会しているところを時平の配下のものに見つけられ、しかたなく二人は駆け落ちする。

時平はこの事件を菅丞相の謀反のしるしと帝に讒訴し、ついに菅丞相は九州大宰府へ流されることになった。

道明寺
菅丞相は流刑になる前に叔母・覚寿に別れを告げるため、叔母の館に滞在している。丞相の養女・苅屋姫はこの叔母の実の娘であったが、父の丞相に一目会いたいと願い、姉の立田の前の手引きでこの館にかくまわれている。

しかし苅屋姫を見つけた覚寿は親不孝者となじって杖で折檻し、身替りになろうとする立田の前をも打ちすえる。この時隣の部屋から菅丞相の声が聞こえ、折檻をとどめ、「苅屋姫に面会しよう」と言う。―杖折檻

喜んだ苅屋姫が部屋の戸を開けてみると、そこには丞相が叔母への形見として彫った自らをかたどった像があるばかり。

そこへ立田の前の夫、宿禰太郎(すくねたろう)とその父・土師兵衛(はじひょうえ)がやってくる。夜もふけたころ、二人はなにやらひそひそと話し始める。時平の意をうけた二人は、偽の迎えで菅丞相を誘拐し殺そうとしているのだ。それを立ち聞いた立田の前は二人に悪事を思い止まるように頼む。

土師兵衛はいったんその頼みを聞き入れたふりをして、息子に立田の前を切らせる。立田の前は死の間際に口をふさぐためにつめこまれた夫の着物の裾を噛んで離さないので、太郎はやむなく着物の裾を切りはなす。二人は庭の池に立田の前を沈める。そして偽の時を告げさせるために用意してあった鶏を、箱のふたに乗せて池に浮かべる。

「死体の上で雄鶏は時を告げる」という言い伝えどおり鶏は時を告げ、それを合図に偽物の迎えがやってくる。すると菅丞相が姿を見せ、見送る覚寿に挨拶もなく輿に乗り込む。―東天紅

覚寿が落胆しながらも立田の前の姿が見えないことに気がつき、屋敷中の者が捜す。すると奴・宅内が池の中から立田の前を発見する。宿禰太郎はしらぬそぶりで、発見者の宅内に殺害の罪をなすりつけようとするが、覚寿は立田の前が咥えている布が、宿禰太郎の着物のやぶれた裾と同じ布なのに気がつき、太郎こそが犯人だと悟る。

そこで自分で犯人を成敗すると偽って太郎の刀を借り、太郎の腹に刀を突き刺す。そこへ本物の使者・判官代輝国が菅丞相を迎えにやってくる。

覚寿がさきほど連れていったではないかと言うと、覚寿に別れを告げるために自分が骨をおったのに、そんなへたな言い訳をするのかと輝国は不快に思う。ところが奥から旅立ったはずの菅丞相が現れたので覚寿はびっくり。そうこうするところへ、さきほどの使者一行が戻ってきたと知らせがくるので、輝国は隠れて様子を見ることにする。

偽の使者は「丞相のかわりに、木像をよこした」と怒るが、輿の扉をあければちゃんと菅丞相が出てくるので不思議がり、再び丞相を輿におしこめ連れさろうとする。偽迎えの一味の首領は土師兵衛なのだ。

様子を見ていた判官代輝国は一味を捕らえる。覚寿が輿を開けると、輿には菅丞相の彫った木像が乗っていた。菅丞相の魂が入った木像が身替りとなって丞相の難儀を救ったのだ。

再び姿を見せた丞相は自分がここへこなければ、このような悲劇はおこらなかっただろうと涙を流す。しかし覚寿はたとえ娘を何人失ってもあなたが無事ならばと言って太郎にとどめをさし、輝国は土師兵衛の首をうつ。

とうとう旅立ちの時刻がやってくる。覚寿は餞別にと苅屋姫の打ちかけが掛けられた伏籠を持ち出す。一目見て菅丞相は、苅屋姫を連れていくようにとの叔母の配慮だと悟り、涙ながらにこれを断り、姫を手元においてくれるように頼む。伏籠の中から姫の泣く声がする。

帝への遠慮から、苅屋姫と顔を合わせようとしない菅丞相は、すがりつく苅屋姫の手に形見の扇を残して去っていく。だがとうとう気持ちを抑えきれなくなり、振り返って名残を惜しみつつ、筑紫の地へ旅だつのだった。―丞相名残

1746年に初演された「菅原伝授手習鑑」の二段目にあたる「道明寺」は、三好松洛によって書かれたものだと伝えられています。浄瑠璃では普通二段目というのは軽く考えられていますが、「道明寺」だけは別格で、とても重要な場と言われているそうです。

前回は昼夜通しで「菅原伝授手習鑑」が演じられた中でこの「道明寺」を見ましたが、今回は菅丞相を当たり役とした十三代目仁左衛門の十三回忌の追善興行ということで、この場だけが上演されました。

この芝居は菅丞相の叔母・覚寿の館が後に道明寺になり、今も道明寺に残る菅丞相の木像の縁起を解き明かすという趣向で書かれたそうですが、同じ「菅原伝授」の「寺子屋」などに比べて上演回数がとても少なく、単独で上演されるのは十三代目仁左衛門が大阪毎日ホールで菅丞相を初演した時以来初めてのようです。

今回の上演を見て、話の展開が非常に面白く、休みなしで二時間ほど掛かるこの芝居が、長いと感じませんでした。

仁左衛門の菅丞相は品格があり高潔で、本当の丞相はこのような人ではなかったかと思えました。神に見えるか見えないかがこの役を演じる時、重要視されるようですが、丞相はこの後筑紫に流されわびしい生活を送るうちに、帝位を覆そうという時平の悪巧みを知って怒り狂い、雷神となって都に飛んでいくわけですから、私にはこの場の菅丞相が神のようでなければならないとは思えません。

仁左衛門は白の装束の木像の丞相の時はまばたきもせず、ククッという小さく鋭角的な動きの連続でお辞儀をしたり方向をかえたり、決して滑稽には見えない人形的な表現をしていました。苅屋姫との別れは、その日によって少しずつ違うようで、初日には丞相が池の水に映る姫の姿を一目みたいと水面をのぞきこむけれど、やはりやめようと思いなおし、しかしもう一度見たけれど、すでに姫の姿はなく・・・という具合でしたが、8日に見た時は柱に寄りかかって背伸びする姫の姿を一瞬水面に認め、立ち去ろうとすると・・・という風でした。

苅屋姫の孝太郎は可憐で、実の親子ならではの情が通い合っていたように思いますが、扇と一緒に崩れ落ちるところが、もう少し優雅だとよかったのにと感じました。前回は玉三郎が苅屋姫を演じましたが、義理の親子とはいっても実は従兄妹同士のこの二人が、恋人のように見えてしまう瞬間もありました。

花道七三で天神の見得をして本舞台を振り返り名残をおしむ仁左衛門、揚幕へ向き直ったときには、涙で頬がしとどに濡れていて、おもわずこちらも涙がこみあげてきました。花道を去っていく丞相の姿は、毅然としていて立派でした。

ところで先日テレビで見たビデオによると、十三代目よりも当代の方が七三で振り返って名残を惜しむ間が長いようでしたが、当代の工夫かと思います。

今回の道明寺で、妹背山の定高を思わせるようなしっかりした気性の芝翫の覚寿は、この不思議なお話の要になっていて、三婆の一人という覚寿の重要性がよくわかりました。段四郎の宿禰太郎は父親ほど非情ではなく、間がぬけたところを上手くとらえ、コウロギのような化粧の顔にも存在感がありました。

立田の前の秀太郎も、しっとりと落ち着いていて良かったと思います。途中で滑稽な芝居で場に風をいれる奴・宅内の歌六や弥藤次の市蔵も面白く場を盛り上げていました。

富十郎の照国は初日は全部プロンプターがついていましたが、8日はかなり取れ、凛とした口跡の良さはさすがと思わせました。今回の道明寺は役者が揃い、それぞれが役にあっていたため、どの部分をとっても見ごたえがある舞台でした。

序幕の「吉例寿曽我」は別名「石段」と言われるそうですが、今回初めて見ました。工藤祐経の家来・八幡と近江が鎌倉八幡宮の石段の下で出会い、近江がお家転覆を狙っている証拠となる一通の文をめぐって切り結ぶのですが、最後に二人を乗せたまま石段が弁天小僧の大屋根のように、がんどう返しでゆっくりとひっくり返り、冨士の見える景色に変わるのは、いかにも歌舞伎らしくて壮大な見もの。しかし景色が冨士山に変わったと思ったとたん、ガタン!ドスン!とすごい物音がしたのは、だれかが落ちたのではと心配になるほどでした。(初日)

花道から出てきた進之介の近江は、下駄をはいている足が不安定で、七三で足を踏み出して見得をした時すべっていましたが、敵役には合っているのではと思いました。「進之介は十三代目に似ているわね」という声も周囲から聞こえてきました。愛之助にはいかにもすっきりとした立役がよく似合い、落ち着いて見えました。

そして大薩摩の後、工藤や五郎十郎、大磯の虎、化粧坂の少将たちがせり上がってくるのですが、曽我の対面と違って廓通いの梶原源太景季が出てくるのが面白く感じました。

中幕は幸四郎の忠信、福助の静御前、東蔵の逸見藤太で「吉野山」。福助の静が花道に出てきたところは義経の愛人らしい雰囲気があってとても綺麗でした。しかしながら後半意味なく口を開けたり閉めたりするのはあまりよくないと思いました。

東蔵の藤太が「荒川静香のイナバウア〜」ネタを取り入れていました。今月もイナバウアー人気は健在のようです。

この日の大向こう

初日のこの日はたくさんの声が掛かっていました。会の方も10人ほどいらしていたとか、一般の方も大勢掛けら、一番多いときはまさに合唱状態でした。女の方の声も道明寺の最後の方に聞こえていたようです。

道明寺では菅丞相の引っ込みで「大松嶋!」と一階席からも声が掛かっていましたが、十三代目を偲んでファンが掛けられたのかなと思いました。

菅丞相の嘆きのせりふ「小鳥が鳴けば親鳥も」に劇場中が静かに聴き入っているとき、途中で「まつしまや〜」と気の抜けた声が聞こえたのはがっくりでした。

「吉野山」では男雛女雛の件で「御両人」、清元連中が登場したとき「志佐雄太夫」と声がかかっていました。

歌舞伎座三月公演昼の部の演目メモ

●吉例寿曽我 我當、芝雀、信二郎、愛之助、進之介、吉弥、亀三郎、亀寿
●吉野山 幸四郎、福助、東蔵
●道明寺 仁左衛門、芝翫、段四郎、秀太郎、孝太郎、歌六、市蔵、芦燕


トップページ 目次 掲示板

壁紙&ライン:「和風素材&歌舞伎It's just so so」