児雷也豪傑譚話 菊之助会心の児雷也 2005.11.7 W128 | ||||||||||||||||
2日、新橋演舞場昼の部を見てきました。
児雷也豪傑譚話(じらいやごうけつものがたり)のあらすじ するとにわかに空が暗くなり傍らの洞窟から大蛇があらわれて一行に襲いかかるが、一人の若者が現れて大蛇を追い払う。照友は大蛇丸と名乗るその若者がすっかり気に入って養子にすることにし、人が変わったようについ先ほどまで足利将軍に忠誠を誓った決意を翻して、尾形、松浦を滅ぼし天下を取ると言い出す。 序幕 だが時遅く松浦の家も滅ぼされ、大蛇丸は尾形家の一子・雷丸と松浦家の息女・綱手姫、二人の子供を捕らえ、谷底へ突き落とす。 同 谷底術譲りの場 相模国鶴岡八幡社頭の場 勇美之助に野望を阻まれた照秀は、手下の夜叉五郎に義父・照友殺害を命じ、その罪を照行になすりつけようと画策する。 藤橋だんまりの場 元の姿に戻った照秀が鉄砲で蝦蟇を撃つと、中から大鷲に乗った児雷也があらわれ、悠然と空中へ去っていく。 第二幕 そこへ都から盗賊よけのまじないをするという巫女・宝子がやってくる。宝子が掛け軸の絵から小判の入った本物の壷を抜けださせるのを見た鹿六夫婦は、欲の皮をつっぱらせ、盗賊よけのほかに今ある財産をさらに増やしてくれるようなまじないを宝子に頼む。 月影館奥殿の場 これを怪しんだ照秀の家来たちが中納言に剣の由来などを尋ねているうちに、とうとう中納言の正体が児雷也だということがばれてしまう。 気持ちのはやった児雷也は「浪切の剣を手に入れたうえで、綱手とともに戦え」という道人の教えにそむき、一人で敵陣に乗りこんだのだ。案の定大蛇の毒気に当てられ、目も見えず身動きも出来なくなった児雷也は絶体絶命の窮地に陥るが、助けに現れた綱手に、危ういところを助けられる。 大詰 大蛇の毒で不自由な身体になった児雷也と綱手はこの温泉に逗留していたが、その話を聞くにつけ地獄谷こそ浪切の剣の在処に違いないと思うが、どうすることもできない。 この宿には、幼い時に熊手屋欲四郎夫婦に拾われ養女として育てられた、あやめという娘がいた。そこへやってきたお大尽(実は照秀)は欲四郎に大金を渡し「あやめとの仲を取り持って欲しい」と持ちかける。もとより金儲けの話に目のない欲四郎は早速承知して、あやめにお大尽のもとへ行くように申し渡す。 あやめは綱手がいない時をみはからって、蘭奢待の香をたいている児雷也のところへ忍んでいき、ずっと慕っていたと気持ちを打ち明け、しなだれかかる。児雷也は驚き諭すが、あやめは聞き入れず、帰ってきた綱手に嫉妬していきなり切りかかる。 もみあううちにあやめは深手を負う。するとあやめは「実は私は児雷也の姉の雛衣姫」と素性を明かし、蘭奢待の入ったおそろいのお守り袋をみせる。「大蛇の毒は巳の年の巳の日、巳の刻生まれと揃った女の生き血を飲めば直る」と医師から聞いたあやめは、児雷也に自分の生血を飲ませようと考えたのだ。 そのお陰でたちまち児雷也の目は見えるようになり、手足に力が戻ってくる。感謝する児雷也と綱手に、あやめは必ず親の敵を討って欲しいと言い残して息絶える。 箱根山山中地獄谷の場 そこへ高砂勇美之助が駆けつけ、照秀にとどめをさせというが、児雷也は「もう照秀は真人間に戻ったので、これからは三人で力を合わせて、国を治めて行きたい」と申し出る。 勇美之助はこれを聞き届け、一行は穏やかな月の光をあびながら、静かにたたずむのだった。
河竹黙阿弥作歌舞伎狂言「児雷也豪傑譚話」は 1852年江戸河原崎座で八世團十郎の児雷也で初演されました。「児雷也豪傑譚話」は1839年から約30年にわたって出版された大人気の草双紙で、その連載中に書かれた同名のお芝居とあって人気が高く、幕末にいたるまで度々上演されたそうです。(筋書きより) 1975年に国立劇場で当代菊五郎によって通し復活狂言として上演され、翌年とあわせて3度演じられたほかは、1992年に一度一幕ものとして出たきりで、昨年御園座で久々に上演されたというわけです。 菊之助の児雷也は颯爽としていながら甘さのある二枚目で、藤橋のだんまりの大蝦蟇、とぐろを巻いた大蛇、大蛞蝓の三すくみから一転して大鷲にのっての宙乗りが、まさに動く錦絵のような美しさ。生き生きとした若武者ぶりで、歌舞伎の荒唐無稽な楽しさを満喫させてくれました。 巨大な蝦蟇の背中がぱっくりわれて出てくる鷲そのものも素晴らしくリアルかつ豪快で、この宙乗りが劇場中の人に見えるように、本舞台の大きなスクリーンに最初から最後まで菊之助の姿を映してみせるのも観客へのサービスということでしょう。菊之助には菊百の頭もよく似合っていて素敵でした。 この見たこともなくくらいかっこいい宙乗りにくらべると、その後に見せた飛び六方はちょっと速すぎて重みに欠けていたかなと思います。 大蛇丸を演じた松緑は、悪役としての骨太さがありました。大百の鬘が思いのほか似合っていて、隈取(特に筋書きのグラビア写真)も良かったです。大蛇丸の目に注目していたのですが、今回はずばり蛇を思わせるようなメタリックのコンタクトを使っているのは確認できませんでしたが、黒い目がキラキラ光って蛇の執念深さを感じさせました。義太夫的な時代な笑いもなかなか良かったです。 綱手を演じた亀治郎は、三人の中ではおとなしめでしたが、蛇の毒にあたって立てなくなった夫・児雷也をいざり車にのせて温泉から帰ってくるところなどは夫を案じる妻の気持ちがにじみ出ていました。 このほかに印象的だったのは権十郎の月影郡領照友。最初でてきたときはあらっと思うくらい、高い声でしたが、大蛇丸にたぶらかされてしまった後では深くて暗い声になっていて、いかにも魂を取られてしまったという感じが出ていました。その後、大蛇丸にすっかり生気を抜かれてしまった照友は、顔も灰色のゾンビのようで凄みがありました。 鶴岡八幡社頭の場に登場する菊五郎の高砂勇美之助は、捌き役で大詰めにも登場しますが、この場では衣装からして忠臣蔵大序の若狭之助そっくりで、他にもこの芝居にはあちこちに有名なお芝居を思わせるシーンがちりばめられています。 あやめ実は児雷也の双子の姉・雛衣姫がわざと児雷也に懸想したように見せかけて弟に自分の血を飲ませ病気を治そうとするところは「合邦」そっくりですし、いざり車をひいて帰ってくるところは「箱根霊験誓仇討」を思わせました。この離れ座敷の場は芝雀があやめを可憐に演じていました。 八鎌鹿六(やかましかろく)屋敷の場では、團蔵の演じた鹿六が、ヒロシや波田陽区のギャグをふんだんに取り入れての軽妙な演技が愉快でした。 菊五郎の演じた鹿六の妻お虎はまるでマリーアントワネットのようなヘアスタイルに豪華なネックレス、オーストリッチのストールにマスカラをゴッテリ塗った付けまつげというスタイル。 松也の演じた娘お辰もうさぎの耳のヘアバンドをした頭といい、口調といい渋谷あたりを歩いている女の子そっくりで、この二人に客席は大爆笑。お笑いを思いっきりこの場に集中させたのは成功だったと思います。下座音楽もヴィバルディの四季やラヴェルのボレロを使っていました。 地獄谷の場では炎をあらわした火の粉四天が「近江のお兼」のような長い濃淡の赤いさらし布を振っていましたが、初日のせいか、人のを踏んでしまったりで落としてしまう人が続出。この場の立ち廻りは普段の歌舞伎とはちょっと違うものの、炎の向こうに並んでいる下座の方たちの音楽も力強くて迫力満点でした。 大蛇丸をやっつける「浪切の剣」がスターウォーズで使うようなライト・セーバーになっていたのは、ちょっと漫画チック。 その剣で大蛇丸に切りつけると、照秀に取り付いていた大蛇が空へと飛び去ります。「とどめをさせ」という高砂勇美之助に対して、児雷也が「大蛇丸はもう真人間に戻ったのだから討ちたくない。これから3人協力して国を治めていきたい」と言うラストは、なるほど、人道的結末だなぁとは思うものの、ご都合主義というか、重みのない結末と言う感じがしてしまいました。 もとが草双紙で、娯楽本位に出来ている話ですから楽しめれば良いのでしょうが、なんだかちょっと肩すかしをくらったように感じるのは私だけなのかしらと思ってしまいます。 このラストを除いては、歌舞伎としてじっくり見せるところあり(熊手屋離れ座敷の場)、吉本新喜劇のようなところあり(八鎌鹿六館の場)、スピード感あふれる立ち廻りあり(地獄谷の場)で、期待していた通りの面白いお芝居だったと思います。筋が大蛇退治へと集約されていくのも、わかりやすくて良かったです。 その他下座音楽もいろいろと工夫をこらし、衣装では熊手屋の場で松緑が中尾彬風の毛皮つきねじねじマフラーをしていたり、あちこちに遊び心が感じられましたが、伝統的な芝居と分離せず上手く溶け合っていたと思いました。 |
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この日の大向こう | ||||||||||||||||
初日昼の部には、たくさんの声が掛かっていました。会の方も4人みえていて、一般の方もかなり掛けていらしたようです。 松緑さんに「紀尾井町」と言う声が連発で掛かっていましたが、他の「音羽屋」と区別するためかと思います。ですが、静かな場面にも「紀尾井町」と掛かったのは、雰囲気が合わず、まわりの席から笑い声が起こっていました。 菊五郎さんのマダムお虎の柝頭の極まりにはこの日一番たくさんの声が掛かっていたようでした。(^^♪ |