賀の祝 白太夫の芝居 2005.9.30

7日と千穐楽に、歌舞伎座昼の部に行ってきました。

主な配役
白太夫 段四郎
梅王丸 歌昇
扇雀
松王丸 橋之助
千代 芝雀
桜丸 時蔵
八重 福助
百姓十作 権一

「賀の祝」―「菅原伝授手習鑑」のあらすじ
これまで
ここは河内国の佐太村。菅丞相の別荘番をつとめる四郎九郎には、天下泰平の吉相といわれる三つ子の息子たちがいた。三つ子は成長してそれぞれ、長男の梅王丸は右大臣菅丞相、次男の松王丸は左大臣藤原時平、そして三男の桜丸は帝の弟・斎世親王の舎人となって仕えていた。

時平は帝の寵愛を受けている菅丞相をねたみ、なんとか失墜させようと画策。斎世親王と菅丞相の養女・刈屋姫が恋仲だと知った時平は「菅丞相が帝を廃し、斎世親王を帝位につけようとしている」と帝に讒言する。そのため菅丞相は謀反の汚名をきせられ、大宰府に流される。

刈屋姫と斎世親王の仲を取り持ったのが三つ子の一人・桜丸だったため、敵味方に分かれた主人に仕える兄弟の仲は険悪になる。―

今日は四郎九郎の七十歳の祝いの日。菅丞相から、この日を境に名を白太夫と改めるようにと言われていた父親の誕生日を祝うために、兄弟とその嫁たちは父の家へと集まることになっている。

白太夫は近所に餅を配り、百姓の十作がその礼に立ち寄る。「ふるまった酒に酔ったのか」と言われ不審に思う十作に、白太夫は「さっき配った餅には茶筅で酒塩がうってあった」と明るく笑う。(茶筅酒)

そうするうちに兄弟たちの女房、春、千代、八重が仲良く連れ立ってやってくる。男たちがまだ来ていないので、女房たちは膳をととのえ、菅丞相が大事にしていた梅、松、桜の木の前に陰膳を据える。

嫁たちはそれぞれ手作りの頭巾、梅松桜三本の扇、三方と杯を祝いの品として白太夫に贈る。白太夫は八重を伴って、氏神様へお参りに行く。

そこへ松王丸がやってきて、まだきていない兄弟たちをなじる。その後からやってきた梅王丸は、松王丸と喧嘩を始める。女房たちがとめるのもきかず、米俵を振り回して暴れているうちに、桜の枝が折れてしまう。兄弟は互いに「おいらは知らぬ」と罪をなすりあう。

そうするうちに帰ってきた白太夫は、大切な桜が折れているのに気がついたが、なぜか何もいわない。その父に二人は願書を差し出す。梅王丸の願書には「大宰府へ行って、菅丞相に奉公したい」と、松王丸の方には「勘当してほしい」と書かれていた。

白太夫は松王丸の願いを聞き入れ、これももって帰れと千代の手作りの頭巾も投げつけて、二人を追い返す。梅王丸には「筑紫へ行くのは自分の仕事だ」と願いを許さず、こちらへ残って御台所や菅秀才の面倒をみるのが先だろうと言う。

梅王丸と春は家を出るが、桜丸が姿を見せないのに不安をいだき、家の後ろへ忍んでいく。

ただ一人になった八重は戸口にたたずんで、夫がくるのを待っている。すると奥から、のれんを分けて桜丸が青ざめた顔で出てくる。すると白太夫が八重の持参した三方に腹きり刀を載せて出ている。

あまりのことに驚き嘆く八重に向かって、桜丸は「菅丞相が謀反の罪をきせられたのも、元はといえば自分が斎世親王と刈屋姫をとりもったためで、そのお詫びに死ななくてはならない」と話す。

白太夫にとりすがってとりなしを頼む八重に、「どうにかして桜丸を助けたいと思い、さっき神社に三本の扇子を持参して御神籤がわりに占ってみたが、何度やっても桜を引くことは出来ず、帰ってみれば桜の枝が折れていたので、桜丸の運命は定まった」と泣く白太夫。

白太夫が念仏をとなえ鉦をたたく中、桜丸は腹を切って自害する。八重も夫のあとを追おうとするが、奥からひそかに様子を伺っていた梅王丸夫婦が現れて、これを止める。

白太夫は梅王丸にあとを託し、菅丞相のもとへと旅だっていく。

延享三年(1746年)正月竹本座では上演された「楠昔噺」が当たり、その祝いの席で三好松洛が「菅原伝授手習鑑」の上演を提案。二段目を松洛、三段目を出雲、四段目を千柳が執筆することに決め、丞相と刈屋姫の生別れ(二段目道明寺)、白太夫と桜丸の死別れ(三段目賀の祝)、松王と小太郎の首別れ(四段目寺子屋)の父子別離三題が成り立ったという伝説がある。―平凡社「歌舞伎事典」より―

そのためか、場によって特に松王丸の印象が違うのが目につきます。「寺子屋」の中年男のような松王と違い、「賀の祝」の松王丸は若者で、梅王丸と俵を持って取っ組み合うところにはまるで子供の喧嘩。橋之助の松王丸のこの荒事は力強く、充分に楽しめました。歌昇の梅王はいつもながら発声が安定していました。芝雀は、しっとりした風情の感じられる千代を演じました。

橋之助はこの前に「正札付根元草摺」の五郎と、二幕続いて同じ前髪姿で出てきましたが、この鬘がなぜかあまり似合っていないように私には思えました。

今回白太夫のひょうきんなところが出る「茶筅酒」が上演されましたが、その後の嫁たちの食事の支度が省かれて、いきなり用意のできたお膳が登場しました。3人が野菜を刻んだりする、わきあいあいとした場面を見てみたかったです。

ところで「引窓」の母お幸、六段目のおかるの母おかやなど、上方の芝居には老人が主役ともいうべきものが沢山あり、この「賀の祝」の白太夫も大変重要な役です。段四郎初役の白太夫は、千穐楽に見た時もセリフがなかなか出てこなかったりで、芝居の流れが円滑とはいえませんでした。そのために白太夫の嘆きがストレートにこちらに伝わらなかったのは残念です。

千穐楽では、時蔵の桜丸の顔に大きなハエがまとわりついて離れず、さぞ気持ち悪かろうと気の毒でしたが、それでも身動き一つせずにこらえていたのを見て、役者というものはつくづく大変だなぁと思いました。

このほかは魁春の舞鶴と橋之助の五郎で舞踊「正札付根元草摺」。そして雀右衛門の「豊後道成寺」。雀右衛門がセリからあがってきた時の美しさは、他のだれにもないものだと感じました。しかし足が弱っているのはいかんともしがたく、後ろに下がるときなどは倒れないかとひやひやしました。しかしそれがとまって極まると、露がしたたるような瑞々しさです。

7日に見た時は一度だけ座ってまた立っていましたが、千穐楽では最後に座ってそのまま幕になりました。途中引き抜きがあるので、衣装がぼってりと重そうでしたが、引き抜いた後の黄色の衣装がなんとも言えず品がよく素敵で、雀右衛門の博多人形のような姿をはんなりとひきたてていました。

最後が「東海道中膝栗毛」。富十郎の弥次郎兵衛に吉右衛門の喜多八のコンビで、俳優祭かと見間違うようなにぎやかな芝居でした。富十郎も吉右衛門もこのコメディを楽しげに演じていました。

愉快だったのは占い師細木数子のそっくりの姿で出てきた歌江と、その弟子の京蔵。歌江はお得意の物まねで細木のほかに先代仁左衛門や先代勘三郎、六代目歌右衛門などを真似てみせ、大拍手を浴びていました。巫女の弟子を演じた京蔵も、いつものしとやかな腰元とはガラッと違う、田舎弁まるだしのちゃっかりした女をテンポよく演じて、間の良さを感じさせました。

その他にも、小田原宿では「蔦紅葉宇都谷峠」の文弥の幽霊が出てくる場面もありました。大井川の川渡しでは翫雀の川人足が活躍。富十郎の弥次さんを肩車して(かついでいる足は小学生の工作のような作り物)川を渡る途中で嵐が来て放り出されて、川の中をかっぽれで泳ぐところは変化に富んでいて面白かったです。しかし昼夜とおしで見ると、この後すぐに平家蟹の海のシーンが出てくるので、つきすぎているようにも感じました。

元来この芝居には、上演する時々のタイムリーな話題を取り入れる習慣だそうで、今回は開催中の愛・地球博が選ばれ、最後の場は「尾張地球博の場」でした。占い師にマンモスの牙を身につければ九死に一生を得られると聞いた悪者の伊右衛門が、地球博に展示されているマンモスの牙を盗むという筋で、万博のマスコット・モリゾーとキッコロも出てきたと思ったら、中から富十郎と吉右衛門が現れました。

信二郎が名古屋名物の超特大海老フライを押し戻しの持つ竹のように振りかざして花道から出て、一緒に福助が「天むす」と書いてある名古屋城をかたどった嶋台のようなものを持ち、海老フライ型のかんざしを挿して登場し、大きなマンモスの牙を頭にかぶり騎馬戦の馬にのった歌昇の伊右衛門と三人で五つ頭の見得をするというハチャメチャぶり。

万博を芝居に取り入れたことについて「テーマが愛と平和で、図らずも私が常に訴えたい事、伝えたいことと合致いたしましたのでちょうどいいなと思っています。役者としてそんな事しかお役にたてませんので」と吉右衛門は筋書きのインタビューで述べています。

しかしながら万博と歌舞伎という組み合わせにはやはり無理があり、途中までは勢いがあって面白かったものの、最後はちょっと締まりませんでした。

しかしこういうたあいのないドタバタを見て大笑いし、歌舞伎の多様な一面を味わうのも、たまには良いかと思います。千穐楽には富十郎ジュニアの大ちゃんも可愛い黒衣姿で舞台に登場してお手伝い。女掏りの福助はご贔屓タイガースの縞のタオルを持っていました。

この日の大向こう

7日は「賀の祝」に6〜7人の声が掛かっていました。会の方は3人いらしていたとか。「賀の祝」で三人の女房たちが戸口から入る時に、一人一人順番に声を掛けた方がいらっしゃいましたが、疑問を感じました。

歌江さんの先代仁左衛門の物真似に、吉右衛門さんが「大向こうさん、これはどなたでしたっけ?」と聞くと三階から「十三代目!」と応えていたのは、千穐楽ならではのご愛嬌。この日は5人、会の方がみえていたそうです。

トップページ 目次 掲示板

壁紙:まなざしの工房 ライン:「和風素材&歌舞伎It's just so so」