砥辰の討たれ 現代の歌舞伎 2005.5.9

4日、歌舞伎座夜の部へ行ってきました。

主な配役
守山辰次 勘三郎
平井市郎右衛門 三津五郎
平井九市郎 染五郎
平井才次郎 勘太郎
萩の方・およし 福助
八見伝内・番頭 弥十郎
おみね 扇雀
芸者金魚 芝のぶ
小平権十郎・野次馬 獅童
役人町田・良観 橋之助

「砥辰の討たれ」のあらすじ
第一場 粟津場内の道場の場
ここは近江の国、粟津藩城内の道場。数日まえに江戸で起こった赤穂藩士の吉良邸討ち入りの話でもちきりである。武士の鑑だと賞賛する人々の中に、一人赤穂藩士や浅野内匠頭をばかにしている男がいた。

研ぎ屋から侍へ最近取り立てられた守山辰次というこの男に腹をたてて、まわりのものは殴りかかる。そこへ家老の平井市郎右衛門がやってくると、辰次はさっそくなぐられたことを言いつけるが、市郎右衛門はかえって辰次をしかりつける。

そこで辰次はころっと態度を変えて、剣道の達人である市郎右衛門に剣道を教えて欲しいと頼み込む。ところが息子の九市郎と才次郎たちが相手をすると聞き、何日くらいで上達するのかなどと言い出して、一層市郎右衛門の怒りを買う。

そこへ現れたのが、主君の奥方萩の方。辰次はさっそく市郎右衛門に剣術を習おうと思ったが断られたと言いつける。すっかり辰次に同情した奥方は家老に辰次の相手をするように命じる。

しかたなく相手をする市郎右衛門に、辰次がかなうはずもなくこてんぱんにやっつけられて気絶してしまう。奥方もあきれて立ち去る。まわりのものは辰次を嘲笑する。

第二場 大手馬場先門殺しの場
その夜、昼間奥方の前で散々に辱められた辰次は市郎右衛門になんとか仕返ししてやろうと、昔の職人仲間に頼んで、踏み板をふむとお堂から気味の悪いからくり人形が出てくる仕掛け作って待ち伏せる。

やがて家老平井市郎右衛門の一行がやってくるが、踏み板を踏みそうでなかなか踏まない。だがついに市郎右衛門が踏み、おどろおどろしい人形が飛び出し、市郎右衛門は仰天のあまり卒中をおこす。

一行はこの仕掛けが辰次の仕業だとすぐに見破るが、気がつくと市郎右衛門が卒中で死んでいたため、それでは外聞が悪いからと、辰次に後ろから切りつけられたということにして遺体を刀で切る。

駆けつけた家老の息子たち、九市郎と才次郎はすぐさま仇討の旅に出る。

第三場 道後温泉蔦屋の場
第四場 峠の場
第五場 大師堂百万遍の場
あれから二年がたち、道後温泉までやってきた平井兄弟が泊まった宿には偶然にも辰次が泊まっていた。辰次は追われる身でありながら、酔っておよしとおみね姉妹やいやがる芸者金魚までくどく有様。

宿代をためた辰次のところへ番頭が役人を連れてやってくる。そこで辰次は「自分は平山九市郎と才次郎兄弟を仇討のために捜し求めているのだ」と口からでまかせを言う。

ところがこのことが宿中に知れると、いままでとはうってかわって辰次は人気者になる。およしとおみねは争って妻になろうというし、金魚までが態度を変える。この様子を見て辰次はますます調子にのる。

しかし宿帳に平井九市郎と才次郎の名前を見つけた番頭友七が、役人の町田とともに飛んできて仇討の手助けをしようと申し出るので、辰次はあわてる。ついに兄弟に見つかった辰次は「仇」と叫んで灯りを消してその隙に逃げ出す。

辰次は峠の頂上まで兄弟に追い詰められるが、畚(ふご)にのって谷を渡ろうとする。ところが追いかけてきた町の人々が辰次に仇討をさせようと畚を引き戻す。平井兄弟に追いつかれた辰次が綱を切ると、兄弟は谷底へ。辰次は逃げたが、町の人々は平井兄弟を追い詰め、辰次のかわりに仇を討とうとする。

どうもおかしいと思った兄弟から真実を聞いた町の人々は、辰次にだまされていたことを知って、今度は兄弟とともに辰次が逃げ込んだ大師堂へと向かう。

とうとう兄弟は大師堂で辰次を捕まえ当身をくらわせて庭へひきずりだす。野次馬が取り囲む中、堂守良観が現れ兄弟を励まし去って行く。息を吹き返した辰次は必死で言い逃れようとし立ち会おうとはしない。

野次馬や兄弟が刀をとれと迫ると、辰次はこれは仇討ではなくて人殺しだと叫ぶ。その言葉に兄弟はひるむが仇討がみたい群衆は納得しない。するとさきほどの良観が再び姿を見せ、辰次に平井兄弟の刀を研ぐようにという。

死にたくないと泣きながら刀を研ぐ辰次を見ながら、良観は平井兄弟にできることなら許してやるように説得する。兄弟は刀を納め立ち去り、がっかりした町の人々も散っていく。

辰次がやれやれ助かったと喜んでいると、疾風のように平井兄弟が戻ってきて、有無を言わさず辰次を切り捨てる。しかし仇討がなったというのに九市郎の心は人殺しをしたように思えて晴れない。ぽつんと残された辰次の遺骸の上に真っ赤な紅葉がはらはらと散るのだった。

野田版「研辰の討たれ」は平成13年8月に野田秀樹演出で初演され、当時その斬新な舞台には新鮮な驚きを感じました。今回は満を持しての再演で、難しいといわれる再演がどんなものになるだろうかと期待を持って見ました。

「二度目は面白くなかったと言わせない!」というように、波田陽区など最近のお笑いのギャグをふんだんに挿入し、終始テンションが高い演技は、面白かったと思いましたし、役者さんたちも楽しそうに演じていたようです。

けれども面白くしようとしすぎたためか、初演の時には感じられた辰次への哀れみが、今回はあまり感じられなかったのは残念でした。しかし野田版研辰の討たれの特徴は、赤穂浪士の討入りと結びつけたことだそうで、その辺はとてもよくできているお芝居だと思います。

今月の襲名祝い幕は辰次の迷彩柄の衣装と同じ迷彩柄で、刀を掛けるものとか、刀に関係する道具が描かれていたようです。(先日はカメラを忘れてしまったので、今度チャンスがあったら撮ってきたいと思います。)

この幕が一度定式幕に換えられ、それが開くとまた幕があってそこに雪がしんしんと降っている様子が投影されています。その幕の後ろから影絵のように切り合いの様子が映し出され、山鹿流陣太鼓が聞こえる中、大石内蔵助の姿や吉良の首を討ち取る様子が映り、赤穂浪士の討ち入りだなと思っていると幕があがって、見ればそこは城内の道場だったという演出は、初演の時にもその鮮やかさには感心しましたが今回も見事でした。

家老を驚かすためのからくり人形の仕掛けも楽しく、亀蔵の恐ろしい人形ぶりも面白いですが、あそこまで大声で威嚇しなくてもよいのではと思いました。この場の三津五郎の家老平井市郎右衛門、踏み板を踏みそうで踏まない愉快な足取りといたずらっ子のような顔つきが傑作。

平井兄弟が仇討の旅をするところで、廻り舞台を反対にぐるぐる回しながら、いろいろな商売の人が行き来させる場面は、内盆と外盆を反対に回したという江戸の昔を連想させるユニークな演出だなと思います。

競って辰次の妻になろうとするおよしとおみねの姉妹、福助と扇雀はキャーキャー高い声の使い過ぎで聞いていて疲れました。最初から終わりまでエネルギッシュに押し通そうとするのが、見ているものをくたびれさせるのだと思います。芸者金魚の芝のぶの観客をぐっとつかむような演技が印象にのこりました。

しかし福助の萩の方が、なにかというと扇子を開いてかざし「見事じゃ!」と叫ぶところの素っ頓狂さは、この人以外には考えられないほどぴったりはまっていました。

宿屋の場では階段上に登場した清太夫が見台をもって辰次のそばまで降りてきて語るという大活躍。この見台は簡便なものを使っていたようです。ここで辰次の勘三郎が糸にのって演技しますが、歌舞伎を見慣れない観客に伝統的な歌舞伎の手法を面白く見てもらおうという試みかと思います。

宿屋の大道具も舞台から奈落へ降りる階段を二箇所に作ったりして、立体的に使っているのは歌舞伎では珍しいです。辰次が逃げ回るところでだんまりが使われ、そこにミュージカル・ウェストサイドストーリーの踊りが取り入れられています。

兄弟から逃げて辰次の勘三郎は正面二階席にまで姿を現します。谷を渡る畚(個人用ケーブルカーのようなもの)の綱が紅白に花道、本舞台、仮花道とはりめぐらされていたのも、コクーン歌舞伎なみに縦横無尽に劇場全体を使っているという感じでした。

最後の場面は真っ赤な紅葉が舞台奥一面に壁のように飾られていて、印象的な舞台です。助かったと思った辰次が次の瞬間風のように戻ってきた平井兄弟に切られたあと、辰次の死体の上に紅葉が一枚ひらひらと落ちてきます。これはテグスを伝っておちてきていましたが、今回は首の近くに着地。前回見たときはもうちょっと良い位置におちたように思います。

辰次が殺された後に胡弓、それから琴と尺八も加わってカヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲が演奏されるのも面白い試みです。

見終わって、今回の野田版研辰の討たれは、面白くはありましたが、お笑いに走りすぎて悲しみがあまり感じられなくなってしまったようです。ユーモアとペーソス、このふたつのバランスを上手く保ってこそ、心に残る芝居になるのではと思いました。

その他には、菊五郎の忠信、海老蔵の義経、菊之助の静御前で「四の切」。澤潟屋よりも地味な音羽屋型の忠信でしたが、それをものたりないと感じさせない菊五郎はさすがです。

海老蔵の義経と菊之助の静御前はまさに眉目秀麗な一対。狐に深い同情を寄せる海老蔵の御大将義経に対し、菊之助の静にはしっかりした気性を感じました。他の顔ぶれも揃っていて、格調の高い一幕だったと思います。

音羽屋型では上手屋体がなく、したがって澤潟屋型のように忠信が早替わりで姿をちらっと見せるというところはありません。

席が上手だったので、狐忠信が水車のような仕掛けで下手の柴垣へとびこむ全容が見えましたが、仕掛けを使ってもなかなか重労働だなと思いました。

最後は上手の立ち木をつたって宙にあがるところを見せましたが、あの仕掛けを「手斧振り」をいうそうです。

踊りは勘三郎が「研辰を見てくださるお客様にぜひ見て欲しかった」という玉三郎の「鷺娘」。白無垢に綿帽子姿で登場した玉三郎はまるで博多人形。全ての瞬間が美しい絵になっていました。開いた傘をふわりと浮かすところが夢のようで大好きなところですが、気のせいか以前はもっと傘を高く上げていたように感じました。

この日の大向こう

最初の演目「四の切」にはたくさんの声が掛かっていました。菊五郎さんの忠信が偽物を捕まえようと刀の下緒をぱっと投げるところでいっせいに「音羽屋」と掛かっていました。会の方は4〜5人いらしていたそうです。

「鷺娘」ではしっとりした踊りだけに声を掛けられるところは少なく、白無垢から赤の衣装に引き抜いた時に沢山の声がかかりました。静まり返った場面で「やまとや〜」と気の抜けた声が何度もかけられたのは、いわるゆ贔屓の引き倒しで、がっかりでした。

型破りのお芝居、砥辰にも掛けどころがあまりなかったようです。
いまや野田歌舞伎につきもののようになったカーテンコールは一度だけあり、この日はスタンディングオベーションはほとんど見られませんでした。

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