特発性低髄液圧症候群(spontaneous intracranial hypotension :SIH)は1983年に Schaltenbrand により初めて報告された症候群であり、腰椎穿刺などの明らかな外的誘因なく頭蓋内圧の低下をきたすものである。主な症状は、頭痛で、立って15分以内に起こり横になって30分以内に改善または消失する体位性頭痛が認められる。これは腰椎穿刺後頭痛と同じ性質をもつ。また、悪心・嘔吐、羞明、後頭部痛、こわばり、めまい、複視、聴力障害なども多く認められる。当時の症状から、Shievink氏によると、初期診断では合計11例が片頭痛、6例が髄膜炎、4例が心因性疾患または詐病と診断された。特有の体位性頭痛の存在により正しい診断が可能である。
 平均発症年齢は
40歳前後であり、約3:1の割合で女性に多い。予後は一般的に良好であるが、時には硬膜下血腫の合併が認められる。
 SIHの原因は、
特発性の脳脊髄液(CSF)漏出であることが多い。単純な硬膜裂孔または脆弱なくも膜嚢胞から漏出することがあり、軽い頭部外傷やむちうちなどにより続発することも多い。RI脳槽シンチグラフィやCTミエログラフィで髄液漏出を検出し得た症例の報告が相次いでいる。



 従来は腰椎穿刺が第一選択の診断法であったが、現在では頭部MRIがこれに取って代わった。「頭蓋内圧低下の画像上の3大特徴は、硬膜の造影剤による増強効果脳の下方偏位(脳の下垂)硬膜下液貯留である」。





 造影MRIでびまん性に肥厚した硬膜がガドリニウムで強く造影されるのが本症候群の特徴である。髄液量の減少に伴い、頭蓋内の血液量が増加することによると考えられる。頭蓋内硬膜造影所見は、本症候群のほか悪性腫瘍の硬膜浸潤、結核菌や真菌による肥厚性硬膜炎など多くの疾患で認められる所見であるが、これらの疾患ではSIHにおいて認められる脳の下方偏倚や頚部硬膜外静脈の拡張が認められることはなく、他のMRIの所見との組み合わせにより、画像上からも鑑別可能であると考えられる。
44歳女性、ガドリニウム造影T1強調水平断MR画像。硬膜がびまん性に造影されている。(矢印)



 頭部MRI矢状断では脳の下方偏倚が認められる。これまでに小脳扁桃が下方へ偏倚しChiari I 型奇形様を呈する症例や、視交叉、橋の下方偏倚を認めた症例が報告されている。
40歳女性、T1強調矢状断MR画像。脳の下垂が認められる。キアリ奇形によく似た視交叉の下方偏倚(矢頭)、脳橋の平坦化(真っすぐな矢印)、および小脳扁桃ヘルニア(曲がった矢印)を認め、このため後頭下減圧開頭術を受けた。



 SIH患者の10%程度に硬膜下血腫の合併が認められる。これは架橋静脈がMonro-Kellieの法則に従って拡張するのに加えて、脳の下方偏倚により過伸展することにより、わずかな刺激により破綻しやすくなるためと考えられている。
37歳男性、FLAIR法による水平断MR画像。発症からの時間経過の異なる両側性の硬膜下血腫が認められる(矢印)。




 硬膜下水腫はSIH患者の50〜70%程度で認められる。硬膜の微小血管内皮には blood brain barrier を形成する tight junction がないため、拡張した静脈から血漿成分が漏出することにより生じると考えられる。




 SIH患者において、下垂体の腫脹および造影所見が認められた症例が報告されている。この所見はSIHの症状の軽快に伴い消失し、下垂体の血管拡張によるものと考えられている。





a.漏出した髄液の検出

 脊髄MRI矢状断では漏出した髄液が高率に検出される。宮澤氏らによると、漏出した髄液は1例で頚椎、13例で頚・胸椎移行部、2例で脊椎全長にわたって認められている。漏出した髄液はT1・T2強調画像ともに髄腔内の髄液と等信号〜高信号を示している。


脊髄MRI矢状断
 A〜Cは36歳女性。発症約1週間後の頚髄MRI。Dは26歳女性。Myelitisの患者の頚髄MRI(T2強調画像矢状断)。
A: T1強調画像矢状断。小脳扁桃の下方偏倚を認める(矢印大)。
B: T2強調画像矢状断。脊髄の腹側および背側の硬膜外に液体貯留を示す高信号域を認める(矢印中)。髄液と比較し、やや高信号を示している。硬膜外に漏出した髄液と考えられる。くも膜下腔は漏出した髄液により圧迫され、消失しており、延髄前部のスペースも狭小化している。C2-4レベルで拡張した硬膜外静脈を認める(矢頭)。
C: Bの拡大図。漏出した髄液とくも膜下腔の境界に硬膜と考えられる線状の低信号域を認める(矢印小)。
D: 髄液中に線状の低信号域を認めるが、頭側にたどっても髄腔内に留まることから、硬膜ではなく、髄液のflowによるartifactであると考えられる。




A:Gadolinium 造影T1強調画像矢状断  B:T2強調画像矢状断

Retro-spinal fluid collection。43歳女性。発症5日後の頚髄MRI。C2レベルの脊髄
背側
T1強調画像では低信号域、T2強調画像では高信号域として液体貯留が認められる。




 SchievinkらのRI脳槽シンチグラフィおよびCTミエログラフィでの髄液漏出部位の検討では、SIH11例中頚椎で2例、頚・胸椎移行部3例、胸椎5例、腰椎1例で髄液の漏出が検出されており、頚・胸椎移行部、胸椎部に多い傾向を認めている。この原因は同部が頚部の過伸展にたいして脆弱であるためと推察されている。


 硬膜外への髄液漏出部位の検出に有用な検査である。腰椎穿刺により髄腔内へ造影剤の投与を行い全脊椎レベルでの撮影を行う。脊髄神経根が脊髄管を出るくも膜反転部で造影剤の硬膜外への漏出が認められた症例や、髄液の漏出が神経根周辺に存在したperineural cystから生じたと考えられる症例が報告されている。また、頚部MRIで認められた拡張した硬膜外静脈がnegative shadow として捉えられる。


 CTミエログラフィーにより両側性のくも膜嚢胞(矢印)およびC7神経根からの特発性CSF漏出が判明した。  硬膜下血腫摘出のため両側開頭術を受けたが、その後のCTミエログラフィーで右T9神経根(*印)に沿った特発性CSF漏出および反対側のくも膜嚢胞(矢印)が判明した。



 腰椎穿刺によりRIを髄腔内に投与し撮影を行う。髄液漏出はRIの硬膜外の異常集積として確認されるが、その陽性率は70%程度である。RIの腎や膀胱への早期集積や大脳半球部の描出遅延および不良も特徴的な所見である。
 
 脳生検を受けたが、その後の脳槽RIシンチグラフィーで頚胸移行部に特発性の髄液漏出(矢印)が認められる。     RI脳槽シンチグラフィ 28歳女性。発症後約1ヶ月後に撮影。

A:頭頚部、RI髄注後2.5時間後。下部頚髄レベルに髄液漏出による異常集積を認める(矢印)。
B:腰部、RI髄注後2.5時間後。両側の腎にRIの早期集積を認める(矢印)。



 SIHの診断には、腰椎穿刺を行い、髄液圧の低下(<60mm H2O)を証明することが重要とされているが、宮澤氏らによると、60例中11例(約18%)で髄液圧は正常であった。髄液は正常であることが多い。



    


 ほとんどのSIH患者において安静、十分な水分の経口摂取、カフェインの投与、グルココルチコイド、またはミネラルコルチコイド製剤が奏効する。改善が認められない場合にのみ、CTミエログラフィなどで髄液漏出部位を確認した上で、硬膜外自家血パッチなどの侵襲的な方法が試みられるべきである。

 
硬膜外自家血パッチは多くの症例で有効であるが、数日から数週で再発し、数回の施行が必要となる場合も少なくない。髄液漏出部位の近傍の硬膜外腔に自家血10〜20mlをゆっくりと注入する方法が一般的である。注入した血液が硬膜を圧迫することによる髄液漏出減少および髄液圧の上昇、注入した血液が器質化することにより漏出部位を閉鎖することなどが効果発現の機序として考えられている。副作用としては注入部の痛み、不快感が最も多く、重篤な副作用が稀ではあるが、血液注入後に急激に頭蓋内圧亢進が生じ神経症状が悪化した症例の報告もあるため、慎重に行われるべきである。

 硬膜外自家血パッチが無効の場合には、髄液漏出部位の閉鎖を目的とした手術が行われる。髄膜憩室を認める場合には憩室の頚部の縫合や結紮が行われる。その他、フィブリンや筋肉による漏出部位の被覆が行われている。


文 献 

Wouter I.Schievink  Archives of Neurology(2003; 60: 1713-1718),
宮澤 康一  脳神経 56(1):34-40,2004 より引用させていただきました。






症例 30代 / 神奈川県 / I 様
 
 突然メール申し訳ありません。HP拝見いたしました。○歳女性ですが、EBPを4回受けましたが、悪化改善ない為再度Riシンチを受けましたが、漏れ像は写っていませんでした。初診時のミエロCTも写っていませんでしたが、MRIミエロには体外貯溜が認められました。このような事があるのでしょうか?
 MRで漏出が写り他の検査では全く正常です。この段階でEBPを再度受けても心配ないか迷っています。えびなクリニック先生のHP拝見で、漏れた箇所がない時はEBPをしない方がいいのでしょうか。低髄に関して無知でHP大変参考になりました。
 
 もしよろしければアドバイスいただけませんでしょうか?現在ではRIシンチでは漏れていません、との診断です。MRミエロだけでEBPをするのは危険なのでしょうか?こんなに診断基準が違うのでしょうか?



A:    ○○様 こんにちは
      当クリニックホームページのアクセスありがとうございます。

 ○○様の臨床症状とその経過が記載されておられないことから、これまでどのような経緯でEBPを4回もされたのかよく分かりません。しかしながら○○様は現在このEBPでは決して良くならないのではないかというような、印象を受けておられると思います。

 私は低髄液圧症候群の最も基本的で重要な症状とは、起きて20分〜30分程度で明らかに増悪する頭痛と、逆に臥床して横になりますとその頭痛がみるみるひいていくという明らかな体位に伴う頭痛の変化であります。この体位の変化に伴う頭痛の消長がはっきりしない限り私は低髄液圧症候群の診断をつけるべきではないと考えております。

 本症はマスコミでセンセーショナルにとりあげられたせいか、あまりにも一般にマスコミ病として広まりすぎたきらいがあるように思われ、その治療方針や診断基準があいまいなままに治療がなされてるような印象を受けております。今まで受けられた治療から何が一番正しいのかを自分自身でもう一度吟味されてみてはいかがでしょうか。
本当の真実はあなた自身の体が知っているはずであります。多くの場合2週間程度臥床しますと低髄液圧症候群の多くは消失し治ってしまいます。

 適応を広げますと必要のない患者にEBPがなされる状況が蔓延してしまうようなことを危惧してしております。そしてマスコミにおどらされないようにきちんとした診断の出来る先生の元での治療を受けられることをお勧めします。
そもそもあなたは低髄圧症候群だったのでしょうか?正しい診断に基づいた、正しい治療がなされなければ症状は良くなるはずもありません。




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