一九八五(昭和六十)年三月、七人の異人(同人)が集まって「中川文化の会」なるものを結成し、同人誌「万化境」を発行した。
私(福沢)や「ぷりずむ」の田中氏も異人(?)として会に参加、雑文を投稿した。準備会(飲み会)などでの意気は盛んであったが、「万化境」は二号までしか出されなかった。本部・事務所を名古屋市中川区の宮田住宅に置いた。
代表は南部宙平氏。
「万化境」の「発刊のことば」に曰く、
『「万化境」の境は土の心。(意)
しわ、しわの種をみずみずしい実に化けさせる土をして、土にはそれぞれの心がある。
…
そういうくらしの中の文化、地域の中で育つ文化を求め、七人のなかまたちで「万化境」を発刊することにした。…
昭和六十年 三月三日
万化境 異人』
あえて七人の異人を紹介すれば、今西喬、山田茂里夫、槇葉薪作、緑川英人、何己待応、福澤正男、田中幸博
他に挿絵を担当したのは みうら英、加古マツオ。
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第1号 (1985年3月 A4本文20ページ)