——————「中川文化の会」とは——————

  一九八五(昭和六十)年三月、七人の異人(同人)が集まって「中川文化の会」なるものを結成し、同人誌「万化境」を発行した。
 私(福沢)や「ぷりずむ」の田中氏も異人(?)として会に参加、雑文を投稿した。準備会(飲み会)などでの意気は盛んであったが、「万化境」は二号までしか出されなかった。本部・事務所を名古屋市中川区の宮田住宅に置いた。 代表は南部宙平氏。
 「万化境」の「発刊のことば」に曰く、

 『「万化境」の境は土の心。(意)
  しわ、しわの種をみずみずしい実に化けさせる土をして、土にはそれぞれの心がある。

  …
   そういうくらしの中の文化、地域の中で育つ文化を求め、七人のなかまたちで「万化境」を発刊することにした。…
    昭和六十年 三月三日
               万化境 異人

 
  あえて七人の異人を紹介すれば、今西喬、山田茂里夫、槇葉薪作、緑川英人、何己待応、福澤正男、田中幸博
  他に挿絵を担当したのは みうら英、加古マツオ。


<万化境>
(表紙をクリックすると jpg ファイルが開きます)

  第1号 (1985年3月 A4本文20ページ)
 表紙の版画の作者は不明。題材は武士のようでもありアイヌの衣装のようでも。これも不明。聴いたけど忘れたのかも。
 (回りの黄ばみは経年劣化によるもの)

  第2号 (1985年6月 A5本文32ページ)
 第1号に比べA4からA5へと一回り小型になってやや読みにくくなったか。内容は充実している。
 新たに、市岡誠、池内勝が参加し、同人も増えた。
 気になるのは誌の名前(表記)がひらがなになっている。理由はわからない。表紙の版画は加古マツオ(サイン)。
 もうひとつ、発行日の記載がないので、末尾の「合評会あんない」の日付から、1号と同じ年の6月とした。


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