日蓮宗妙厳山信隆寺(茅ヶ崎市) | トップへ |

合掌。処暑の候。夏の暑さが終わる頃合い・・・(どこが?)
また、このころを「二百十日」とも言います。節分より二百十日ほどが経ち、稲の穂に実が入る大事な頃合い、台風の時期でもあると警告するのです。
昔は稲が台風で倒れれば飢饉となり、飢え死にするかもしれなかったわけですから、台風は怖かったのでしょう。けれど現在は台風を恐れる人は少ないかもしれません。一方、雷はやはり恐怖です。茅ヶ崎は幸い、ほとんど発雷することはありませんが、天気予報を見れば、あちこちで発雷しています。そして頭の上で雷が「ドカ~ン」と鳴れば首がすくみます。地震 雷 火事 親父 などと言い、雷は恐れるべき事象なのです。但し、カミナリは神鳴りで、雨に田と書き、稲のつま(パートナー)と言われ、お米豊作の予兆で、有り難くもあるのです。逆に、カミナリ親父は姿を消し、今の親父は怖がられることなく、地震 雷 火事 奥さん などと世間は言うのです。「鬼の居ぬ間に洗濯」の語源も、家で肩身の狭い嫁(妻)が夫の居ない間にのんびりとすること・・・だったはずなのに、今では奥さんの居ない間に羽を伸ばす夫のイメージが強くなっているのです。時代は変わったのです(苦笑)
ところで、我が家の稲妻は四番目に控えたりはしません。堂々とカミナリサマの位置に鎮座し、そして毎日毎日、発雷しています。これは自然災害だと思うしかないのです・・・
さて、気を取り直して・・・本当は自然災害を話の種にしてはいけません(反省)。特に日本は昔から自然災害が多い国です。
先人が自然災害を恐れ、畏怖の念をいだき、自然崇拝のもとにあらゆるものに八百万の神々を宿し、神仏を祀ったことも理解できます。先号で「敬い」について記しましたが、日本人は生来「敬い」の心をもった人種なのです。「互いに礼!」武道、スポーツ、色んな場面で見られる光景です。これから闘う相手に敬意を表して敬い、闘いの後も勝ち負けを問わず、相手を敬って一礼する。これだけではありません・・・「熱闘甲子園」野球を観ていますか?選手たちはグラウンドに一礼をします。美しい光景ではありませんか。お正月「箱根駅伝」を観ていると、タスキを渡した選手がフラフラになりながら自分の走ったコースを振り返り、一礼するのです。毎年、思わず「うるっ」としてしまいます。私は昔からスポコンに弱いのです。感動的な本や映画を観ても、それほど涙を流しませんがクサい演技のありふれたスポコンドラマで涙がでてしまう・・・
たぶん人と違うところにスイッチがあるのだと思います。
「敬い」「一礼」と言えば最近、本堂に一礼する人が極端に少なくなりました。目の前をただ通り過ぎていくのです。どうしてでしょうか? 私がお願いするのも変ですが本堂の前で「合掌一礼」して下さい。できれば「南無妙法蓮華経」とお題目を唱えて頂きたいところですが、すぐには中々無理があるかもしれません。「合掌一礼」だけでも結構です。本堂の前を通るたびに何回もするということでなく、お寺に来たら一度だけでも本堂に参拝して仏さまに顔を覚えてもらって下さい。仏さまや神々に顔を覚えてもらえば、お得だと思いませんか? あっ!「悪いことしてバチがあたるのが怖いから覚えてもらわないほうが良い・・・」確かにそれは言えるかもしれませんね。どちらがお得かよ~く考えてみましょう。
日蓮聖人は苦労苦労の人生でした。小さな難は数知れず、命が危険にさらされる大難は四度。一度目は鎌倉松葉谷の草庵(家)が焼き打ち、殺されかけ、二度目は伊豆沖の俎板岩に置き去りにされ、三度目は千葉の小松原で東条景信に襲われ額を刀で割られ、四度目は藤沢龍ノ口で斬首(寸前で助かる)。そしてその後、真冬の佐渡へ流罪とされます。聖人は己を振り返り、これは前世で犯した罪障でバチが当たっているのだと言っています。そして、本来なら大地獄に堕ちていたはずなのに、人としてこの世に生を受け、こんな小さなバチで済んで良かったとも言っているのです。「転重軽受=重きを転じて軽く受く」と言いまして、過去世に積んだ重い罪障を、信行によって積んだ功徳力によって転じ、現世にその報いを軽く受けることと捉えたのです。聖人の生涯とは比べものになりませんが、バチは受けといたほうが良い場合もあるのです。
人に見つからなくても・・・人は騙せたとしても・・・私たちは、大いなる何かに見られているのです。
南無妙法蓮華経
そして、お盆棚の下にはお膳が隠されています。ご飯とお汁、煮物、漬物、野菜のおかずに水を添えて・・・これもまたミソハギで水を注ぎます。餓鬼道に堕ちた霊の為のお膳です。地獄や餓鬼にいる霊は、棚の上の供物を食べられないからです。このミソハギは喉の渇きを潤すと言われています。昔ながらの風習には意味があるのです。そして意味のある良い風習は今、伝えられることなく消え去ろうとしているのです。人の心が失われていくのです。