日蓮宗妙厳山信隆寺(茅ヶ崎市) | トップへ |

合掌。夏は暑いもの・・・暑いから夏であり、「涼」を求めるその楽しみもあるというもの・・・にしても暑すぎませんかぁ?の候。
スイカを井戸水で冷やして庭で食べる。甚兵衛、浴衣、素麺、金魚夏の暑さを和らげる昔ながらの「涼」は全く役に立ちません。夕方には夕立がきて、涼しい風が吹き抜ければ「夕涼み」なんて言葉もありましたが今は西日に焼き尽くされるかと思うほどです。蚊、すら出てきません。虫も鳴きません・・・と思ったら鳴いていました。
今年のお盆のお経回りで、ある方のお家に行ったときのことです。「こんにちは」と言いながら玄関からおじゃますると綺麗な虫の声がするではありませんか! 「リン リリリリン」と涼やかな声が聴こえてきます。虫もエアコンが効いてる部屋では元気にしているわけです。この後の私と、その家の奥様との会話はこうでした。
私 「わ~ 良い声! 鈴虫ですか? 涼やかですね~」
奥様「あっ これ エサ なんです・・・」「コオロギです・・・」
私 「・・・・・・・・・・・・・・・」
すぐ近くで白と黒の模様のトカゲ(イモリ)ぽい生きものがペロリと舌をだして涼やかに笑ったような気がしました。お経をあげながら何とも複雑な心境だったことを思い出します。そしてある意味とても涼しかったです。
みかん箱ほどの大きさのリクガメ(たぶん)を散歩してるお家もありました。キャベツをムシャムシャ食べて、歩くのが早いこと早いこと。今年の春はキャベツが高かったからエサ代が大変だったろうに、と余計な心配をしてしまいました。また、あるお家には庭にパッションフルーツやドラゴンフルーツがなっていて、そこの奥様は「暑すぎて実が落ちちゃうのよ」と言っていました。南国のフルーツなのに日本の夏に堪えられないのですね。我が家では食べた後のパイナップルの頭をプランターに差しておいたら実がなりました。五年もすれば庭でバナナやパパイヤが育つかも知れません。ペットと言い、フルーツと言い、熱帯雨林ですか?と言いたくなります。人間は鈍感ですが、自然界は敏感です。食べるものが無くならなければ良いのですが・・・秋に庭で鳴くコオロギの声を聴いてお腹を鳴らすのはイヤです。

さて、お盆はどのようにお過ごしでしたか?昔はお盆に家族、兄弟、親戚、みんなが集まってご先祖様にお参りして食卓を囲みながら・・・という風景が当たり前だったのですが、核家族化が極端に進み、全てがコンパクトな時代になりました。時代は変わっていくものですから仕方の無いこともあります。ですが出来る限りのことは、続けていきたいものです。中々会社を休めず、お盆には家族で旅行に出かけたいという方もいて、その場合はお盆中ではなく別の日に時間を取って個々に訪問させて頂いています。お盆にご先祖様が帰ってくるのに別の日?という疑問も湧きますが、そこは柔軟に考えています。七月盆の地域があったり、農繁期でお盆をずらしたりといったことも昔から行われています。七月盆から八月盆の間はお盆の期間といった具合に、大目にみても、仏さまやご先祖様はお許し下さるでしょう。核家族化と言えば墓じまいも進んでいます。結婚しない方や、子供が無い方、娘さんしかいない方、事情は様々ですがパートナーも子供もなく、自分一人の場合は墓じまいをしなければ、ご先祖様も自分も無縁になってしまう。
これは全く以て仕方のないことです。無縁墓になってしまうより永代供養墓に納める方が丁寧な供養となります。独居の方が亡くなられて、家族が無く、お墓があるのに納骨されず、無縁遺骨として処分され、ご先祖様も無縁墓・・・このようなケースが増えています。
当山の檀家さんもつい先日、孤独死をなされてお墓に納めれなかった事例が出てしまいました。どこのお墓もそうですが、あとを引き継ぐ者がいないと存続出来ないので、お骨を納められなくなってしまう。墓じまいは勇気がいることですし、自身の死後のことを考えたくないのは当たり前ですが、考えなければいけない時代です。永代供養墓の生前契約をしている方はまだ安心ですが、自分のお骨の行き所を決めとかなければいけない時代なのです。どのようなことも時代に応じて変化します。それが良いのか?悪いのか?どちらにしても大きな流れは変えられません。
個人に重きを置く個々の時代、今までのお墓の形態も変化していくことでしょう。ですが・・・時代は変わっても変えてはいけないことや、変わらぬこともあるわけです。人は霊魂というものとずうっと寄り添ってきました。祈り、もしくは死後の魂を慰め、鎮魂や供養といったことでその存在を身近に感じて来ました。数千年という歴史がそうしてきたのです。それが今、崩壊しかけています。死んだ者より生きてる自分が大事。しかし「他」を大事にすることが出来ない者には本当の幸せはやってきません。人はそういうものです。今を生きる自分が大事なのは分かりますが、それならば尚更に自らのルーツを大切にしなければならないのではないでしょうか。私は決して墓じまいを勧めているわけではありません。娘さんしかいない場合でも(姓が変わっても)檀家としてお墓を継承して下さっている方は大勢います。有難いことです。人によって状況が違いますが、どのように考えてもお墓の継承、存続が難しい場合は早めにご相談下さい。より良い方法を見つけましょう。墓じまいがご先祖様との縁を切る行為となってはいけません。それは「愚の骨頂」です。今の時代の人間より遙かに知恵が優れていた人たちが丁重に扱ってきたものを蔑ろにしてはならないのです。人は一人では生きられない。みんな繋がって生きている。過去世も現世も来世も繋がっているのです。「愚か者」にならぬようにしたいものです。いつの世も「欲」が人を「愚か者」に変えてしまいます。
今・・・「貪瞋痴(とんじんち)」の三毒に支配された愚か者は脱炭素という名の下に山の木を切り倒し、巨大な太陽光パネルを設置する。二酸化炭素を酸素に替えてくれる木を切ることが本当に環境に良いことなのか?「利権」という魔の手が「愚か者」を次々と生み出し、命の元、水と空気さえ、売買される日がくるのです。せめて先祖が生きたこの国を、子や孫が生き延びるこの国を、 守りたい・・・明日を思い、バナナの木を一本植えてみよう・・・
南無妙法蓮華経
昨年来、信隆寺開創四百年を記念して改修工事の為のご寄付をお願いし、ご協力を頂いておりますが、目標としていた金額の半分を超えるご寄付を頂いております。誠に有り難く、この場をお借りして皆様に心より感謝を申し上げます。
お盆も明け、本堂の北側漆喰の雨漏り修繕が始まる予定です。本堂内陣の天蓋・憧旛・瓔珞の一部の飾りが経年劣化で突然落下し、人が怪我をする可能性がある危険な状態になってしまいましたので、当初は予定していなかったのですが急遽、修繕候補に組み入れることをご承知願いたいと存じます。
年末には西の塀の工事にも着工できればと思います。引き続きましてご協力お願い申し上げます。合掌。