亘理家住宅 Watari ![]() |
| 登録有形文化財 (令和6年12月3日登録) 宮城県登米市迫町佐沼字内町12 建築年代/明治25年(1892) 用途区分/旧邑主 残存建物/主屋・茶室・表門 公開状況/外観公開 県北に位置する旧佐沼町を知行した佐沼亘理家の明治以降に住した屋敷である。藩政期における佐沼要害の内郭に位置する場所に旧邑主家の最後の当主となった9代・亘理隆胤が明治維新後に建てたもので、仙台藩御一家の家格と共に5000石の知行主という大身の家臣でありながら、奥羽列藩同盟により朝敵となった故か、建物は小振りで簡素な設えである。ただ旧佐沼要害の内郭というだけあって、起伏に富んだ地形の最も眺めの良い高台に在る。屋敷構えとしては格式を感じさせる風情である。主屋は茅葺寄棟造の直屋建物で、小振りな入母屋屋根の玄関が付されている単純な建前である。この主屋の座敷上手奥には茶室が設けられており、規模の割に接客空間の充実が感じられるが、こちらも決して凝った造作の建物ではない。施主であった亘理隆胤は藩政末期には奥州戦争において秋田藩領への出兵を指揮した人物で、維新後は駒形神社の宮司や岩木山神社の権宮司を拝任するなどしたが、明治22年から30年に亘って旧佐沼町の初代町長を務めている。当住宅はその頃のものということになる。 |