栗原電鉄・くりはら田園鉄道の保存車
東北本線の石越から細倉鉱山に向けてのローカル私鉄であった栗原電鉄は、鉱石輸送を中心にして業績を伸ばしていました。しかし、1970年代に貨物、旅客ともモータリゼーションの影響を受け、更に1987年の細倉閉山が追い討ちとなり採算が悪化し、国の補助金の打ち切りを契機に、1995年に第三セクターの非電化私鉄「くりはら田園鉄道」に移行しました。しかし、第三セクターでの経営にも限界があり、2007年に廃線となり、会社は解散となりました。その後、若柳駅及び車庫に保管されていた車両は「くりはら田園鉄道公園」に正式保存、公園は2017年に「くりでんミュージアム」としてリニューアルされています。なお、保存対象にならなかった車両は、2009年7月にまとめて解体されてしまいました。
くりでんミュージアムの保存車
保存車 栗原電鉄M15形(153号)ほか
撮影:くりでんミュージアム(2019.9.15)
旧若柳駅構内に、大きな屋根を付けて電車、気動車、機関車、貨車などを屋外保存しています。
先頭はM153号で、栗原電鉄時代の電車としては唯一、この場所に保存されています。
その次位が、くりはら田園鉄道時代のレールバスKD11号、オリジナル気動車KD953号と続きます。
右奥に見えるのは、電気機関車ED203。
保存車 栗原電鉄M15形(153号)ほか
撮影:長谷川竜様(若柳 2014.10.4)
くりはら田園鉄道公園の時期の写真です。
先頭はM153号で今と同じですが、その次位がオリジナル気動車KD951号で、レールバスKD11号が最後尾でした。
M153号は、栗原電鉄オリジナルの電車で、湘南電車の影響を受けた2枚窓ですが、通常の湘南スタイルと異なり妻板の傾斜がありません。それでも左右対称の曲線で塗り分けられた「金太郎腹掛け」スタイルによってだいぶスマートに見せています。
動態保存車
撮影:くりでんミュージアム(2023.9.17)
くりはら田園鉄道 KD95形(951号)
1995年のディーゼル化に伴い富士重工で3両を新製した軽快気動車。レトロ調のスタイルに仕上げられ、内装には木材、正面には鉱山のカンテラを模したヘッドランプが付けられています。
KD951号は、旧若柳駅のホームに置かれ、乗車会などに使用できる動態保存車のようです。
保存車
撮影:くりでんミュージアム(2023.9.17)
くりはら田園鉄道 KD95形(952号)
KD952号は、車庫内で静態保存となっています。
この車両の正面には、ミニシアターがあります。
動態保存車
撮影:くりでんミュージアム(2019.9.15)
くりはら田園鉄道 KD95形(953号)
KD951号とともに動態保存車となっています。
動態保存車
撮影:くりでんミュージアム(2023.9.17)
くりはら田園鉄道 KD10形(11号)
1995年に名古屋鉄道から2両を譲受したレールバス。富士重工製のLE-Carで、閑散路線の合理化用に作られたものです。バス用部品を多用した2軸車で、正面貫通式である以外は外観もバスと共通性があります。くりはら田園鉄道では名鉄時代の外装のままで使用していました。
「くりでんミュージアム」では、乗車会などにも使用できるよう動態保存となっています。
保存車
撮影:くりでんミュージアム(2023.9.17)
くりはら田園鉄道 KD10形(12号)
LE-Carのもう1両です。
屋内で静態保存となっていました。運転シミュレーターの機能もあります。
保存車
撮影:くりでんミュージアム(2019.9.15)
栗原電鉄 ED20形(203号)
1950年製の凸形電気機関車。栗原軌道が電化に合わせて導入したもの。
同型車はチャチャワールドいしこしと細倉マインパーク前駅にも保存されており、3両全車が健在ということになります。
形式の20は自重を表し、この車両は20tということだそうです。
移動機や貨車などを従えて、旧駅舎側の側線に保存されています。
保存車
撮影:一関市民様(若柳 2010.4.3)
栗原電鉄 TMC-100F
富士重工製の保線作業用のモーターカーで1967年製。線路保守と貨物列車に使用する目的で1993年に導入したとのこと。ED203の後ろで保存されています。
前後の車両と比べると、車高が低いのが分かります。
保存車
撮影:一関市民様(若柳 2010.4.3)
栗原電鉄 DB10形(101号)
国鉄の貨物移動機と同じような車両ですが、栗原電鉄ではディーゼル機関車という位置づけで車籍がありました。電鉄でありながらディーゼル機関車なのは、架線電圧の異なる石越駅構内での入換や細倉鉱山の構内作業に使用する目的で作られたからだそうです。
1965(昭和40)年製。
保存車
撮影:一関市民様(若柳 2010.4.3)
栗原電鉄 ワフ7形(74号)
1924(大正13)年製の木造貨車。緩急車で、右側に車掌室があり、窓がついています。左側のHゴム支持の窓は後の増設だと思われます。
1959年に西武鉄道から譲受した車両で、米の輸送などに使用されていましたが、最後は除草剤散布用に改造されていたそうです。貨車の形式は荷重を表すようで、7は荷重7tと言うことだそうです。
保存車
撮影:一関市民様(若柳 2010.4.3)
栗原電鉄 ト10形(102号・103号)
撮影:一関市民様(若柳 2010.4.3)
1910(明治43)年製の無蓋貨車。栗原電鉄が改軌に合わせて1955年に西武鉄道から譲受したものですが、その前歴は播丹鉄道(現在のJR加古川線)にも遡るそうです。こういう車両が2両も台車付で残されているところがすごいです。
鉱石などの輸送用に使用され、1987年の貨物営業廃止まで使用されました。
保存車
撮影:くりでんミュージアム(2023.9.17)
栗原電鉄 ワ10形(101号、102号)
若柳の車両区の隅に放置されていた木造貨車の車体ですが、きちんと屋根まで付けられて保存されていました。車輪はありません。
3両ありましたが、ワフ72号が開園前に焼失し、現在は有蓋貨車2両が保管中とのこと。
いずれも1922(大正11)年の製造で、前歴は武蔵野鉄道(→西武鉄道)の所有で、1955年の改軌後に栗原電鉄が譲受しました。
チャチャワールドいしこしの保存車両
保存車
撮影:一関市民様(チャチャワールドいしこし 2009.6.28)
栗原電鉄 M15形(152号)
撮影:一関市民様(チャチャワールドいしこし 2009.6.28)
1955(昭和30)年に狭軌(1067mm)に改軌するのに際して新製投入された15m級の電車。ナニワ工機製の車両で、当時各地で木造車の鋼体化車両で見られた2扉、上段Hゴム固定窓のスタイルを取り入れています。形式は電動車を示すMと車長を示す15とを組み合わせた付番方法で、スタイル、形式ともに当時としては斬新なものだったようです。
チャチャワールドいしこしの保存車は、きれいに塗り直されており、屋根が青い独特の雰囲気を今に伝えています。この車両だけは車内に入れるようになっており、木製ニス塗りの車内を見ることができます。天井の蛍光灯に仕切り板がついていて、今で言う間接照明のような高級な感じに仕上がっています。
保存車
撮影:一関市民様(チャチャワールドいしこし 2009.6.28)
栗原電鉄 C15形(152号)
譲受した木造車の車体を西武所沢工場でM15形に似せて鋼体化した制御車。片運転台で、主にM15形と組んで使用されていました。正面窓の4隅の細部がM15形と若干異なります。
この車両だけは正面の塗り分けが現役時代から異なっており、保存後もそれが引き継がれています。
保存車
撮影:一関市民様(チャチャワールドいしこし 2009.6.28)
栗原電鉄 ED20形(201号)
チャチャワールドいしこしで電車2両とともに保存されている電気機関車。こちらもきれいに塗り直されており、電車と同じく屋根上などが青く塗られています。
細倉マインパーク駅の保存車両
保存車
撮影:一関市民様(細倉マインパーク駅 2009.7.11)
栗原電鉄 ED20形(202号)
細倉マインパーク駅前に保存展示されている電気機関車。1950年の電化に際して3両が新造され、改軌に際して台車を拡幅したそうです。そのためか車体幅に対して台車が張り出しているように見えます。
こちらも塗り直されたようですが、色調が若干渋めです。
保存車
撮影:一関市民様(細倉マインパーク駅 2009.7.11)
栗原電鉄 ワフ7形(71号)
細倉マインパーク駅前にED202号とセットで保存されている木造貨車。電気機関車に対するおまけだと思われますが、木造貨車というのも貴重です。車端には車掌室があり、車内から手ブレーキが操作できるようになっています。
これも塗り直されていますが、車体表記や後方警戒版も含めて黒く塗りつぶされてしまいました。
過去の保存車両(2009年7月に解体された車両)
保存車
撮影:一関市民様(若柳 2009.1.17)
栗原電鉄 M15形(151号)
M15形のトップナンバーです。車庫の奥に置いてありました。
保存車
撮影:一関市民様(若柳 2009.1.17)
栗原電鉄 C15形(151号)
制御車C15形のトップナンバー。チャチャワールドいしこしの保存車とは塗り分けが異なります。
保存車
撮影:一関市民様(若柳 2006.8.5)
栗原電鉄 M18形(181号)
栗原電鉄の電車の中では大型車。改軌と同時に西武鉄道から購入した木造車を、1959年に西武所沢工場で鋼体化したもの。その際に、西武鉄道モハ501形とよく似た湘南スタイルになりました。
最後はイベント車両になっていたようで、車体には絵が描かれています。
保存車
撮影:一関市民様(若柳 2009.1.17)
栗原電鉄 M18形(182号)
1991年に福島交通のモハ5300形2両を譲受したもので、両運転台の18m級3扉車。福島交通が1971年に日本車輌で新製した車両で、栗原電鉄ではそのままのカラーで使用されていました。もっとも栗原電鉄オリジナルカラーとはそう遠くない色なので、違和感はありません。現役時代には正面には愛称板が付けられ、「くりこま」と呼ばれていたようです。
保存車
撮影:一関市民様(若柳 2009.1.17)
栗原電鉄 M18形(183号)
こちらは「はくちょう」と名づけられたヘッドマークを付けています。
栗原電鉄流の形式の付け方によりM181号の追い番となりましたが、M181号とは全く異なる車両です。
参考文献
- 小林隆雄(1987)「栗原電鉄」(鉄道ピクトリアル87-3増)149-151
- 梅澤有人(1997)「くりはら田園鉄道」(鉄道ピクトリアル97-4増)188-194
- 高嶋修一ほか(1997)「東北地方ローカル私鉄の保存車・廃車体」(鉄道ピクトリアル97-4増)209-210
- くりでんミュージアム発行リーフレット(2023)