1970年代奥の細道
岩手県南バス5(ワンマンカー)
板橋不二男様から頂いた1970年代撮影の岩手県南バスの写真を、カテゴリー別に掲載します。ここでは、ワンマンカーをまとめます。
岩手県南バスのワンマンカー運行は1966年のことで、一関地区だったそうです。前中引き戸で、当初は短尺車を採用したため、県南バスの主力である日野車は含まれていませんでした。
岩2く1484
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撮影:板橋不二男様(一関営業所 1976.5.4)
岩手県南バス いすゞBA741(1966年式)
県南バス最初のワンマンカー15両のうち川崎ボディで導入された10両のうちの1両。
当初ワンマン車としては前乗り前降りで、ツーマン車としては中乗り中降りで使用されるため、両方の扉脇に方向板差しがあります。
この時点では、前面窓内のワンマン表示はなく、前ドア脇は「乗降は後扉から」、中ドア脇は「しめきり」と表示されており、さらに正面方向幕も空で、どのように使われているのか分かりません。
岩2く1491
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撮影:板橋不二男様(一関営業所 1976.5.4)
岩手県南バス いすゞBA741(1966年式)
こちらはワンマンカーとして使用されています。ある時期に中ドアから乗車する整理券方式に変えたようで、正面に大きな「中乗り前降り」看板がついています。このやり方は、1976年の岩手県交通成立後、しばらく経ってから全エリアでの共通の乗降方式となります。
岩2く1494
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撮影:板橋不二男様(一関営業所 1973.11.3)
岩手県南バス いすゞBA741(1966年式)
県南バス最初のワンマンカー15両のうち5両は、北村製作所製ボディになっています。方向幕は正面のみで、側面は行き先表示板を入れています。前ドア脇に「出入口」と表示されていますので、1973年時点では前乗り前降りだったのでしょう。
行き先表示板には「一関〜中条〜厳美」と書かれていますので、厳美線です。
岩2く1498
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撮影:板橋不二男様(一関営業所 1973.11.3)
岩手県南バス 日産デ4R82(1966年式)
県南バスの初期ワンマンカーの中で、3両だけ日産ディーゼルが導入されていました。大量のいすゞ車に混じっての導入理由は不明です。富士重工ボディでの新車というのも珍しい存在です。
岩手県交通に引き継がれたものの、1977年には廃車になったそうです。
岩2く1499
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撮影:板橋不二男様(一関営業所 1976.5.4)
岩手県南バス 日産デ4R82(1966年式)
日産ディーゼルのもう1両。岩手県交通成立まで1ヵ月を切った時期の撮影で、側面には大きなべた書き広告が描かれています。
やはり岩手県交通に引き継がれた後、1978年には廃車になり、岩手県交通から一旦UD車は姿を消しました。
岩22か102
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撮影:板橋不二男様(一関営業所 1973.11.3)
岩手県南バス 日産デ4R82(1966年式)
一関営業所で並ぶ2台の日産ディーゼル車。左が岩22か102で2ドアのワンマンカー、右が岩2く1548で前ドア車。
この岩22か102は1971年に再登録されていますが、元の登録番号は不明。製造番号では、上の写真の岩2く1498,1499の続き番号なのですが、登録番号では続き番号に空き番はありません。
よく見ると、おでこの白いひげの塗り方が異なります。県南バスと密接な関係のあるどこかからの移籍車ということでしょうか。
岩2く1503
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撮影:板橋不二男様(大東営業所 1976.5.4)
岩手県南バス いすゞBA20(1966年式)
1966年に引き続き増備されたワンマンカーですが、先のロットがBA741だったのに対し、今回からBA20に変わりました。
メーカー側の呼び名が変わっただけかと思いきや、諸元表を見ると、ナロー幅でした。よくBA20Nと呼ばれていますが、正式な型式にナローの表現はありません。
大東営業所などで狭隘路線のワンマン化に使われたのでしょう。
岩22か720
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撮影:板橋不二男様(一関営業所 1976.5.4)
岩手県南バス 三菱MR410(1976年式)
岩手県交通成立直前の1976年の新車。撮影時点でもほやほやの新車だったはずです。
日野車5両、いすゞ車5両と同時に納入された三菱車3両のうちの1両です。
岩22か724
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撮影:板橋不二男様(一関営業所 1976.5.4)
岩手県南バス 日野RE100(1976年式)
岩手県交通成立直前の1976年の新車で、日野車。
新製時に既に岩手県交通に移行することは分かっていたはずですが、側面には昔ながらの岩手県南バスのマークがしっかり書かれています。もっとも、以前の金属製マークの外付けではなく、赤いペンキでのペイントになっています。
岩22か728
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撮影:板橋不二男様(水沢営業所 1976.5)
岩手県南バス いすゞBU04(1976年式)
岩手県南バス最後の新車のうちのいすゞ車。まだピカピカです。また、ライト類の取り付け部分には白い線が見えるので、赤く塗ったパーツを後付したことが読み取れます。
方向幕には「高橋」と出ています。胆沢町に向かう小山線の途中折り返し系統です。