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埼玉県の謎のキャブオーバーバスについて

#1795名前:浦田 慎時刻:2018-11-19 12:06:59

記事、興味深く拝見いたしております。昔の記事についての話題ですみません。

埼玉県の謎のキャブオーバーバス(海和さんの苦悩編)で紹介されていた「車内から発見された紙の切れ端」ですが、これは国鉄貨車で運送する際に貨車に掲示される「貨車車票」です。

このバスが、富岡まで貨車で運ばれてきた際のもので、車票の様式から、昭和32年以降のものであることが分かります。

左に記入されているのが積み込まれた発駅です。発駅が関とすれば、岐阜乗合自動車から富岡に運ばれたという可能性も考えられるように思います(川崎航空機も比較的近い場所ですが)。

昭和32年ごろ、岐阜乗合自動車からの移籍(あるいは前所有者から上信に移る際に川崎でボディ換装した車)という可能性は無さそうでしょうか?

なにしろずいぶん前の記事ですので、すでに十分解明されているようでしたら、すみません。

Re:埼玉県の謎のキャブオーバーバスについて

#1797名前:管理人時刻:2018-11-19 22:12:40

浦田 慎様、こんばんは。
貴重な情報、ありがとうございます。
貨車車票でしたか。それも昭和32年以降なのですね。
関駅と言えば、川崎航空機の工場にはごく近いところにありますね。(高山本線の方が近くを走っていますが、バスを貨車に積み込める貨物駅が関駅ということかも知れません)

解決編のところの車検証を見ると、上信電鉄の車検証発行が、A車は昭和29年、B車は昭和30年となっており、昭和32年より少し前になります。
そうなると、昭和32年に岐阜から運んでくる前に上信電鉄の所有になっていたわけで、車体改造を川崎で行ったと考えるのが、妥当ということかも知れませんね。
あの記事を書いてから、ほとんど解明は進んでいませんので、ありがたい情報です。
後日、この掲示板の内容を引用の上、本文に注書きを加筆させていただきます。

ありがとうございました。

Re:埼玉県の謎のキャブオーバーバスについて

#1799名前:浦田 慎時刻:2018-11-19 23:47:22

管理人様 お返事いただきありがとうございます。また画像もお示しいただき感謝いたします。

昭和30年までに上信電鉄の所有になっていましたか。そうなると、言われる通り上信からいったん川崎航空機に運んだという可能性がありそうですね。

車票の書式として、「封印環記号番号」欄と「シート員数」欄は、昭和32年4月改正でこのようにそれぞれの記入欄が設けられました。封印環記号番号欄の上が品名欄ですが、ちょっとうまく文字が読めません。

道路事情がよくなかった30年代は、バスの貨車輸送はさほど珍しいものではありませんでしたが、断片とはいえ当時の貨車車票が残っていたのはすごいと思います。

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80s岩手県のバス“その頃”